第6話

「いやぁ、すまないなぁ。人間はたまにどうしても旨そうに見えてしまう」

「……お前らからしたら人間だって飯にもなる事もあるから仕方ないんだろうけどよ、あんまり怖がらせてやるな」

「ヒッヒ、すまんすまん」


 引きれた笑いをしながら大きな一つ目の大きな何かは悪びれもせずにあかがねに謝ってくる。その何かの隣を歩くあかがねの背には、意識を失ったみつが背負われていた。


「それにしても見つけたのがオイでよかったなぁ」

「そうだな。俺も一緒のお前で良かったよ」

「そうじゃねぇ、今なぁ、ここいらを守ってる神さんの一人がいなくなっちまってなぁ……他所よそからももっと悪いのが来たりするんだぁ」

「人に憑くヤツか?」

「そいのもいるが、人間を食っちまうやつが多いかもなぁ。今まではへびさんが守ってたんだけどなぁ」

「へびさん?」

「ああ。へびの神さんさぁ。人間の村の近くにふたっつ家があってなぁ、それぞれにいたんだけど最近山が崩れたんだ。そん後に少し経ってから一人どっかいっちまったんだよ」


 一つ目の何かはため息を吐きながら愚痴のように話す。どうやら元からこの山にいる妖達はその二人の神との暗黙の了解のもと悠々自適に暮らしていたらしい。しかし、対で存在していたはずの神の片方が急に消えた時からおかしくなってしまったという。


「ここにいた二人の神さんみたいなのはよぉ、土地に憑くもんだ?祠なんて人間にとって神さんがいるっていう目印でしかねぇ。だからそんなもん壊れても神さんはそこにいるはずなんだぁ」

「なのに一人が消えたのか」

「ああ。どっか行くなら次のが来てから行くだろうよぉ。だが、いきなり消えちまったのさぁ」

「この土地に愛想が尽きたとかは?」

「ねぇなぁ。愛想が尽きたら神さんは皆出てっちまうのに片方だけいなくなっちまったのさぁ」


 互いがいないと存在できないというくらい仲睦まじかった対の神は片方だけが姿を消した。そして残された方も自分の片割れが消えてからおかしくなってしまったらしい。土地の様子から近くにはいるような気配は感じるが、どこにいるのか分からない。そして対ではなくなってしまった神の守りが弱まったせいか、あまりよくないモノが流れてきては好き放題し始めているという。


「神さんが戻ってくりゃあいいんだけどなぁ……と、オイはここまでだぁ。あとはお前らでやってくれやぁ」

「ああ。ありがとよ。おかげでいい酒が手に入れられた」

「いいって事よぉ。ああ、それと……その人間が旨そうに見えたのはもしかすっと……いや、お前みたいなのがかくまって色んなもんに触れたせいだろう」

「?」

「なんでもねぇ。もし神さんに会ったらよろしく言っといてくれやぁ。それとご神体をまたなくすなよってな」

「ん?あ、ああ。分かった。ありがとうよ」


 大きな一つ目と別れたあかがねが誅の元に帰り着いたのは雨も止んで空が赤くなり始めたくらいの時間だった。



 昼間の雲がどこかに流れ、明るくなった夜空の下で金属を打つ高い音が響いている。

 子供たちには布で耳栓をさせて眠ってもらっているが、もしかしたら起こしてしまうかもしれない。そうしたら誅にどうにかするようにあかがねは頼んである。真っ赤を通り越して真っ白になった刀に白縹の石や元から持っていた材料を砕いて次いで、愛用の大きな鎚で叩いて鍛える。ただ傷を直すだけならこんなに大仰な事をする必要は無いが、実際の使い手の事を考えるとそれは必要な事だった。


「なんか、前よりもでっけくなったな」

「誅が使うからな」

「あ?なんだずば」

「そのまんまの意味だな」


 眉間にしわを寄せ始めた誅を放っておいてあかがねは刀を鍛え続ける。もともとの大きさよりも一回り太くなった刀身はまだ白く熱を持って叩かれている。それを見ながら誅はあかがねが持ち帰って来たかめの中身が気になり、ふたを開けようとした。


「こらぁ!開けるな!」

「うお?!」


 いきなりのあかがねの怒声に驚いた誅はほんの少し開いた甕の蓋からほんの一滴だけ酒を跳ねさせてしまう。それが地面に落ちると、たった一滴にも関わらず酒の甘い香りが辺りに立ち込めた。


「酒……」

「ああ。カガチ退治には酒って決まってんだろ」

「んだども、こりゃぁ……」

「上等すぎるってか?」

「ああ」

「とりあえず、その蓋はしっかりとはめとけよ」


 誅の戸惑いににやりと笑ったあかがねはまずは甕の蓋をきっちり閉めさせると、再び刀を打ちながら口を開いた。


「カガチはカガチでもどんなモンか分かりゃしねえからな。山の奴らに頼んで上等なのを譲ってもらったのさ」

「こんただもんじょさねぐ譲ってもらえるもんだが?」

「簡単じゃなかったから時間がかかったんだよ……」

「なるほど……よぉ」

「余ったら飲んでもいいぞ」

「……」


 酒の甘い香りに一口味見をしたいと言いかけた誅に釘を刺したあかがねは何とも言えない顔になっている誅を見て肩を震わせている。それに文句を言おうとした誅は聞こえた小さい足音に気付いた。


「いと……」

「……」


 とろりと溶けたような目をしたいとが暗がりの中で立っている。そして誅の呼びかけにもあかがねにも目もくれず、酒を落とした場所までフラフラと歩いてくると眩暈めまいを起こしたように倒れ込んだ。地面に倒れる前に誅が抱き留めたため特にけがはしておらず、慌ててどうしたのか確認しようとしたがいとの寝息が途切れる事は無かった。

 あかがねもいとの様子に眉根を寄せていたが、呼びかけても起きる気配が無いのなら寝かせておく他どうしようもない。詳しい事は翌朝聞くしかないようだ。



 朝日に照らされた刀身が鋭く光る。それは元より幅広く荒々しい姿になっていた。


「こしぇだもの改めて見れば大分厳つくなったな」

「当然だろ」

「当然?」

「ああ。お前の使い方だとそいつはもたなかっただろうからな」

「なんつう事よ?」

「刀の使い方だ」


 首を傾げている誅にあかがねが自分が持っている刀も交えて説明をする。あかがねのように刃物の扱いを知っている者ならばそれぞれの得物によって微細な使い分けもできるかもしれないが、そういった者の方が稀だ。逆に、刃物を見る目と誅の戦い方があったからこそ刀に亀裂を入れられた。刃を交えたのは一回きりだが、誅の戦い方と刀に亀裂を入れた事をかんがみた上で彼に合う刀がどういった形式か理解している。だから傷ついた刀を持ち主の使い方に合うように少しだけ作り替えた。


「元のその刀の形は技で切る方が得意なもんだったからな。お前みたいに圧し切るやり方には合ってねえんだ。だから俺の刀も嫌がってた。それも考えてお前に合うように少しばかり作り替えたんだ」

「ほぉ」

「少しばかり重くなったかもしれねえが多分そっちのが使いやすいだろう?」

「んだがもな」

「もし必要ならお前がカガチを切ってくれ」

「分がった」


 刀を鞘に納めた誅がこくりと頷いた所で子供達も起き出してくる。

 しかし、朝食のために集まったの人数は一人欠けていた。


「……だめだ。死んだように寝てる」

「んだが……」


 いとは朝から目覚める事無くすやすやと健やかな寝息を立てている。しかしどんなに呼びかけても、体を揺すってもそれ以外の反応が返される事は無い。どうしたものかと誅とあかがねが顔を見合わせていると、外から子供たちの小さな悲鳴が聞こえた。慌ててそこに向かうと、子供たちが石や枝を持って何かを囲んでいる。何かと思ってそこを覗いた二人が見た者はまだ大人のてのひらほどの長さしかない小さな子ヘビだった。


「なんだ、ヘビのわらしでねが」

「見たとこ毒もないだろうし外に逃がしてやれ」

「でも、でも……!」

「へ、へびだよ?」


 子供たちが村に帰れなくなっている原因もかやに入っているというヘビだ。ならばこんな小さなものにすら、過剰に反応するのも仕方がないかもしれない。

 淡い碧色あおいろの子ヘビも警戒しているのか動く気配も無い。膠着こうちゃく状態になっている子供と子ヘビにあかがねは小さくため息を吐いてから口を開いた。


「お前ら、ヘビはネズミを食ってくれるのは知ってるか?」

「うん」

「ちいさい鳥も食べたりするよね」

「そうだな。畑を荒らす奴を食ってくれる。ここで逃がしてやれば大きくなってからネズミや小鳥が畑を荒らす前に食ってくれるかもしれないぞ」

「……たたらない?」

「怖くない?」

「ああ。ヘビは本当は怖がりなんだ。こいつはまだお前らと同じ子供で知らずの内にここに来ちまったんだろう。逃がしてやれ」

「あ、あかがねがそういうなら……」

「わかった……」


 手に持っていた石や枝を離して子供たちが散っていく。周りになにもなくなったと確認してから子ヘビはいそいそと茂みの方へ逃げて行った。


「しかしまぁよくあんな小せえ奴見つけたよな」

「本当によ」

「ところで、ちょっと気になってる事があるんだがお前の意見を聞きてえ」

「俺の?」

「ああ。もやもやしてて引っかかってるんだが、一人で考えても堂々巡りでな」

「なんもだ、いとの様子を見ねがらでいぐねが?」

「もちろんだ」


 誅とあかがねは子供達にある意味感心しながらいとの元へ戻る。すると子供が順番で二人と一緒にいとの様子を見ると言ってきたため、あかがねの相談はされず仕舞いとなった。なのでいとが眠り続けている原因は何なのか誅とあかがねは記憶を辿って話し出す。

 昨日までいとは何も変わらずに過ごしていた。変わった事といえば、夜中に起き出して零した酒の近くまで歩いた事くらいだ。というよりも、十中八九それが原因のような気がしてならないという事に話は落ち着く。もしかして酒に毒が入っていたのではないかと誅が疑っても、あかがねはそんな事は無いと言う。実際に誅もあかがねも真偽を確かめるために酒を舐めてみたが、酒精と甘さが際立っている極上の酒だという事しか言えない。

 その後もどんなに悩んでも原因が分からず、子供達と交代でいとの様子を見ていた二人だったが悩みはすぐに解決する。その日の夕方にいとはいつもと変わらぬ様子で目を覚ました。そして心配する面々に首を傾げながらいとは一言「おなかすいた」と言ってのけた彼女はもしかすると今後大物になるのかもしれない。

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