第4話

 腹いっぱいになった子供達を寝かせた後、誅とあかがねは焚火を挟んで座る。子供たちの寝床は元々あかがねが腰を落ち着けていた洞窟で、天に上る空気口はあっても入口は一つしかない場所だ。その入口近くで火を焚いてれば少なくとも野生の動物が入ってくる事は無い。ならば野盗や妖はいかがなものかとも思うが、それも近づけないように近隣にはあかがねが簡易的な結界の細工をしてある。子供の遊び程度のものだが、人間や小さな妖にはそれで十分だった。燃える火に焚き木をくべるとパチリと火が鳴く。


「さて、どう見る?」

「かやが?」

「ああ。本当に山が崩れた後に入ったと思うか?」

「確証はねえどもそれが目安だべな」

「だよなぁ。弥太郎が話すに、おかしくなったってのはそれからだ。もしその前から入ってたってんなら急に動き出した理由が尚更わかりゃしねえ」

「それだどもわらしばりか狙うのになしてあれがたは無事に逃げてこれだ?」

「それもずっと疑問だったんだよな……もし飯にするためなら逃げた所がちょうどいい。逃げだした子供を片っ端から食うはずだ……それをしないって事は何か別の理由があるんだろうが、次の器探しか?」

「んだな……妖さへった人間は弱る、ダメんなるめに次のねぐらどこ見つけてえのかもしれね」

「だが、それだと何回も村の中を回ってた理由が分からねえんだよなぁ」

「うぅん?」


 改めて今まで子供達から聞いた事を反芻すると誅とあかがねの中には疑問ばかりが生まれてくる。

 かやに入っているらしいヘビと呼ばれるモノはある夜に突然出てきたらしい。夜な夜な子供達を見て回り、時には夢の中にも表れる。そしてヘビが徘徊している時は大人たちは起きず、ヘビに見て回られている子供は目が覚めても動けないという。さらにヘビは子供の顔や体を二股に割れた長い舌で舐めて何かをブツブツと呟いたまま去るのだそうだ。冷たい舌で舐められる恐怖と遠ざかる言葉は何を呟いているか分からない。ヘビは毎晩のように村の中の子供がいる家を徘徊していたのだという。多い時は一晩に幾度かやってきたそうだ。聞いた話だけではなおさら何も何も分からない。

 それならば、と誅とあかがねは頷いた。分からないならば何か分かる事が無いか探せばいいのだ。


「とりあえず弥太郎が言ってたその土砂崩れの場所からだな」

「んだな」

「で、だ。誅、お前が行って来てくれねえか?」

「うん?」

「こいつらに何か無いか片方は見てなきゃいかんだろ?俺が使える結界は所詮子供だまし程度のもんだ。それと、俺にはもう一つやる事がある」

「やる事?」


 あかがねの言葉に誅が首をかしげると、あかがねは誅の武器を指さした。それはあかがねと戦った際にヒビが入っている上に必要が無いので鞘から抜いていない。


「お前の刀を直すための材料を集める」

「え?それだばぁ……」

「折りかけたのは俺だ。お前は旅をしてんだろ?だったら壊しかけたモンを直すくらい責任を取らせてくれ」

「だども……」

「お前は俺の事をなんだと思ってる?」

「え?おめは確か……あ」


 対面した時に戦ったのは、互いの意識の相違からで状況を考えれば仕方ないとも言えた。なのにあかがねは誅の武器を直すと言っている。簡単にできる事ではない。だが、あかがねの言葉で誅は思い出す。彼は恐らく材料さえあれば造作もなく金物を直すだろう。理由は何よりも明らかだった。


「俺の一族は金物かなものを材料から扱う事に関しちゃ随一だ」

「んだった」

「ああ。だから子供達と材料を集めて簡単な鍛冶場を用意する。その間に見てきてくれるか?」

「分かっだ」

「場所の案内が必要なら弥太郎も連れて行ってくれ。お前なら背負えるだろ?」

「まあ、あれくらいのわらしだば……だが、なんで弥太郎なんだ?」

「あいつはやんちゃだが誰よりもかやの事を心配してる。多分今も近くに隠れてるはずだからな」

「え?隠れでら?」

「ああ。いつもそうだ。弥太郎!誅に場所案内してやってくれるか?」


 あかがねが急に明後日の方向に向かって問いかけると、茂みがガサリと音を立てた。どうやら本当に弥太郎が近くに隠れていたらしい。茂みを揺らしてしまったせいで二人に居場所がばれてしまった弥太郎は、バツが悪そうに姿を現した。そんな子供を見て誅とあかがねが思わず笑ってしまうのは仕方のない事だろう。


 弥太郎を背負った誅は山の中を駆けていた。土砂崩れがあった場所までいくにはかやのいる村を越えていく必要があるのではないかと不安そうにしていた弥太郎だが、駆ける誅の背でそんな不安は消えていた。人間の作った道を通るのはやはり人間なのだ。その道を通らないというのならば誅は己が駆ける事ができてより早く目的地に着く場所を踏みしめていく。


「弥太郎、おっがくねか?」

「ち、ちょっと怖い、けど大丈夫」

「んだが?大丈夫でねぐなったらすぐに言えよ」

「うん」


 過ぎ去っていく木々の景色の中で遠くに弥太郎の村が見えた。人なんて米粒より小さいかもしれない。遠目に村がある事がわかるくらいの距離だ。


「弥太郎?」

「……」


 過ぎる村を遠目に見ていた誅の着物を握る弥太郎の手の力が強くなった事に気付いた誅が問いかけても、答えは返されない。そして他人の心の中などは窺い知れない。ならば、問いかけた相手が沈黙を選ぶならば誅もそれに従うだけだ。

 やがて辿り着いた土砂崩れのあった場所はまだ人が通れるような道にはなっていなかった。それでもどんな猛者がいるのか、人の足跡がちらほらある。どれくらい時間がかかるか分からないが、いつかまた人が通る道ができるだろう。


「弥太郎、ここでいんだが?」

「うん。ここにあった祠も流された……」

「祠?」

「かやがこっちに来ると絶対お参りしてた小さい祠があったんだ。村まで山が崩れてこなかったのは神様が助けてくれたんだと思う」

「そうか」んだが

「あ!もうぐしゃぐしゃだけど、あそこに見えるのが祠の屋根だと思う」

「……木っ端みじんだな」


 弥太郎が指さした先に見えたのは土砂と様々な枝や木片、何かの装飾品だったのかキラリと光る土の中に屋根のような木材の一部が見えた。

 他にも何か残っていないかと辺りを見回したが、あるのは山が崩れた跡だけ。弥太郎が手前の土砂の中から不思議な石を見つけたくらいだ。子供の拳程も無い大きさで白縹しろはなだ色が珍しい。村から逃げてからたまに見つかる石らしく、あかがねに渡すと喜ばれるのだと弥太郎は笑った。恐らく、誅があかがねと話した時に出てきた素材の一つなのだろう。



 ざくりと外の土を踏みしめる音にあかがねは洞窟から顔を出す。


「どうだった」

「おっきんた土砂崩れだったみでだな。なんもかも流されでだ」

「そうか……それが村まで巻き込まなくてよかったな」

「ああ」

「ところで、弥太郎は?」

「ん」


 帰って来た誅が話しながら背を向けるとそこには寝息を立てる弥太郎が背負われていた。


「弥太郎が途中で寝ちまうなんて珍しいな」

「ああ。おめさに渡すと喜ばれるって石こ探すのさ夢中になっでらったみでだなや。けってくる途中で寝てしまった」

「石?」

「これよ」


 誅が弥太郎を下ろしながら腰に下げていた布の包みをあかがねに渡す。それはずっしりと重く、中にはたくさんの石が入っている事が受け取っただけで分かった。

 あかがねが布の結び目を解くと中には白縹の石がごろごろと転がっている。それに感嘆しつつもあかがねは首を傾げた。


「ん?なした?」

「あ、いや……」

「弥太郎がそれをお前に渡せばおもしろがるって言ってたぞ?」

「確かにありがたいんだが、こりゃあ……」

「?」

「あかがねー、お腹すいたよー?」


 あかがねが誅に何かを答える前に近くに来ていたいとがぽんやりとしながら問いかけてきた事で二人の会話は一時中断となる。


「お?ああ、もう黄昏時か。じゃあ飯にすっかな。いと、皆に声をかけてきてくれ」

「はぁい」


 空を見たあかがねがそう言うと、いとはへにょりと笑って他の子供達に声をかけに行った。やがて腹を空かせた子供たちがわらわらと集まって来る。

 そして夕飯を食べた子供達がやる事はあとはしっかり眠る事だけだ。元々太陽と共に生活をするような村にいただけあって、皆就寝は早い。夜の帳が下りても起きているのは手元にある石をまじまじと見つめるあかがねと、話をするためにその対面に座っている誅だけだ。


「祠がねえ……これはその近くにあったんだな?」

「んだ、ぼっこれた社のちがくから弥太郎がへっぺ拾ってだった」

「ふぅん?」

「で、それだば何よ」

「簡単に言えば俺らが扱う類の武器の素材の一つだな。お前みたいに祓いが得意な奴の得物には必要不可欠なもんだ」

「ほう?」

「祠があったっていうが、大抵ああいう所にあるのは道祖神か産土神のもんだろ?」

「ああ」

「これはその神気が宿ってる」


 人を守るための神の神気に当てられた石が長い年月をかけて徐々に変化していくと、あかがねが持つ白縹の石になるという。

 一見ただ綺麗な石だが、その中に秘められているものは確かに自然物のそれではない事は誅も薄々勘付いていた。弥太郎が拾った石を誅が布に包むために受け取った時、不思議な脈動と温かさを一瞬だけだが感じた。本当に一瞬だったので気のせいかもしれないと思ったが、弥太郎に倣って見つけた石を拾う度に同じような感覚が掌で踊っていたので『こちら側』に関係がある何かだという事は確信したのだ。


「んだども……」

「ああ、こっちだろ?」

「なんだず」


 大小様々な白縹の石の中に見た目は似ているが、何かが違う石が混じっている。よく見れば、見えるはずのない石の中に墨を混ぜ込んだような黒が渦巻いている気がした。あかがねは首を傾げる誅にその石を手渡す。と、ほぼ同時に誅は渡された石を投げ捨てていた。


「おいおい、これも大事な素材になるんだから粗末にしてくれんなよ」

「な、な、な…なんだその禍々まがまがしいもんは?!」

「これもな、大抵『神』って言われるもんが作るんだ…」

「そんたもんをか?というかよ、おめいぐちょしてなんもだなや?」

「俺は神じゃねえからな。それに扱いさえ知ってればこれくらいどうって事もねえ」


 誅の反応に少し笑っていたあかがねは投げ捨てられた石をそっと拾って白縹の石とは別の布に包んだ。それは布同士が擦れるとざらりと音がする不思議な物で、あかがねの言う素材等に関してあまり明るくない誅でも特別な物だと察しがつく。


「そんたにいだましいいもんか?」

「大事といえば大事だが、まだまだ俺も修行が足りなくてな…こういう類は細心の注意が必要なんだ」

「本当になんなんだべソレ」

「そうだなぁ、なんて言ったらいいか…簡単に言えば神の『祟り』だな」


 どんな神でも人間がその存在をないがしろにすれば災いを起こす。だが、災厄をすぐに引き起こせるほどの神ばかりではない。小さい道祖神や産土うぶすな神などが怒りや恨みで祟りを起こすには、その神通力が大きく関係してくる。元々が小さな神ならばすぐに起こせる災厄などはたかが知れているが、恨み、辛み、怒りが溜まれば溜まるほど話は変わってくる。大きな負の感情はそのまま神通力に影響を与え、時には大災害や疫病などの災厄をもたらす。


「それが祟りだ」

「すっただ事ぁ分かってら」

「ああ。一応確認だ」

「で?」

「あの石は……俺は祟り石って呼んでんだが、祟り石は神の恨みやら怒りやらが溜まり始めた時に出来始める」

「……へばよ」

「祠の主が何か思う所があるんだろうな」

「元から祟り神だったって事は?」

「ねえな。祟り神を祀った祠ならここら辺から出てくるのはもっと凄まじい祟り石だ。それに祟り石が出始めたのもつい最近だな」

「祠の主がごしゃいでるが何かを恨んでらって事か……?」

「だろうな。まあ、神の怒りや恨みなんて分かりゃしねえ……」

「それだば、んだな……」

「……祠は人間が壊したわけじゃねえのになんでだろうな」

「なんだがわやわやじいな」


 白縹の石に混ざる祟り石の事は分かったが、それは祠の神が何かに怒りか恨みを抱いている事になる。仮に自然災害で祠が壊れた事でそこの主が怒りを覚えている事に納得がいかない。本来道祖神とはそこから先に災厄が入ってこないようにする結界でもある。その結界とも言える神が災害に巻き込まれただけで簡単に怒る事があるのだろうか。そこばかりはなんとも納得がいかないが、祠が壊れたという事は結界も無くなったという事と同義だった。


「まずよ、祠がねぐなったがら色んたモンた村さへえれるようになったって考えてもいいべな」

「ああ。それで入って来たカガチの何かがかやに憑いてる、って所か」

「なんとしてったかは分からねども、そう考えるのが自然だべな

「とりあえず、かやに入ってるカガチを祓えば子供達は村に帰れるよな」

「んだどもへ……祓うったってなんとする?村さ行ったって、残ってらわらしはかやだけだった。表立って行っだところで俺らだ袋叩きだど」

「困ったな」

「ああ」


 なんとなくだがかやがどうして『へび』になったか予想はついたが、それをどうするか、どうしたらいいのかの案が浮かばない。

 ならばうだうだと話しても仕方ない。月が空を歩き始めてからそれなりに時間が経っているので、二人は眉間にしわを寄せたままだが眠る事にしたのだった。

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