第3話


 武器もしまった二人は改めてそれぞれの簡単な自己紹介を済ます。誅が自分の名前と鬼神に連なるものだという事を伝えると赤は納得したように頷いた。

 そして赤は子供が呼んだ通り自分の事を『あかがね』と名乗った。半分獣のようになっていた見た目も今は人に近い状態に戻っている。しかし額の大きな山吹色の角と、こめかみの小さい浅葱色の角、そして鮮やかなその髪色は唐紅にも真紅にも見えた。

 そして脛から下は鋭い爪を有する獣のような足は右側の一本だけ。


「俺はこの見た目通りイッポンダタラだ」

「このあたりの奴だが?」

「いんや。俺も移ろいながら過ごしてる…コイツらと一緒なのはお前とほぼ同じ理由だ」


 あかがねが言うには、鍛冶の中で使う事もある素材の一つをこの土地で見つけた上にそれが中々良質だったという。そこで腰を据えて集めていた所、森の奥まで逃げてきた三人の子供達と出会って助ける事になったそうだ。


「本当なら関わらなくてもよかったんだろうが、あいつらの顔見てたらなぁ…」


 そう言って出会った時の事を話し始める。

 山奥で素材を物色していた時、軽い足音が近づいてきているのが分かった。人間の村も遠くは無い。だから人間が来たのだろうという事は簡単に予想がつく。しかし、地を踏む足音が大分軽い。近付いてくる足音が去るまであかがねは身を隠そうと決めが、やがて現れた人間にあかがねは首を傾げる事になる。

 なぜ陽も傾いてきた山奥にまだ幼い子供が来ているのか分からなかった。夜は魔の刻でも獣の時間でもある。早く帰れと言いたかったが、あかがねは自分の見目も分かっていた。もし姿を現しただけで、村まで逃げ帰られて退治の話になっても釈然としないだろう。しかし子供を見殺しにするのも後味が悪い。彼らが何をするのか確認してからどうするか決める事にしようという結論に辿り着いたあかがねはそっと三人の後を追った。自分でもお節介焼きだと思ったが、気になるものは仕方ない。

 辺りが暗くなってきて泣きそうな顔をしながらも三人の子供は踵を返す事はしなかった。日が暮れると三人は木の洞のような所で身を寄せ合って眠った。そして翌朝になるとさらに村から離れて山奥に向かっていく。もしかすると孤児なのではないかという考えがあかがねの頭をよぎったが、孤児の着物ほど身に着けている物は草臥れていない。口減らしにしても子供だけで帰り道も分かる場所に放り出したりしないだろう。何より、一番の年かさの男児は村の畑仕事を手伝ういい働き手になる年に見えた。女児も家の事を手伝えるのではないだろうか。そんな子供を山に捨てるなんておかしい、とあかがねは考えたという。そして飲まず食わずで村から離れるように進み続ける所を見ると、何かから逃げているようにしか見えなかった。


「うわぁ!!」

「よたにい!!」

「よたぁ!!」


 あかがねが少しだけ視線を外した時、子供の悲鳴が響いた。急いで三人を見ると、大きな猪が鼻息も荒く対峙している。そして男児が足を抑えながら蹲っていた。その様子を見ていたあかがねは頭を掻きながら一つ息を吐いた後、木を蹴って三人の前に降り立つ。それはちょうど猪が再び勢いをつけて地を蹴ったのとほぼ同時だった。


「ひっ?!」


 突っ込んできた猪は抵抗もなく地面に縫い留められた。その脳天からは鋭い刀がそそり立っている。柄も鍔も鞘すら無い刀身が猪の命を一撃で絶っていた。一部始終を見てあかがねを確認した子供達は腰を抜かしたようにへたり込んで震えている。その様を見て軽くためを吐いたあかがねは刀ごと猪を引き抜いて肩に担ぎ上げた。


「お前ら、昨日から何も食ってねえだろ。コレ捌くの手伝え」

「あ……え……」


 混乱もしているのだろう子供はわたわたとしていて話になりそうにない。あかがねはどうしたものかと一瞬逡巡するが、『よた』と呼ばれていた子供の足を見て三人に近付くと無言で彼を抱えた。


「わひゃぁ?!」

「よたにい!!」

「着いて来い」


 実力行使とも言えたが、子供を現在の寝床の近くまで連れて来る事は出来た。そして小川で猪を捌き、血抜きをしている間にけがをしている男児以外と野草を集めて猪を食べる準備を進めていく。そんな事をしている内に子供の名前を聞けた。猪の近くでケガした足を休めているのが弥太郎、目の下に二つの泣き黒子がある女児がみつ、それよりも年下で眉尻が下がった女児がそのだと名乗った。あかがねの持っていた麻袋に様々な野草を詰めて三人が弥太郎の元に戻ると、彼は辺りの枯れ木を集めて火を起こしていた。


「お前よくできたな」

「与作じいから教えてもらった」


 みつとそのよりも肝が据わっているらしく、褒められてどこか誇らしげに言った弥太郎の頭を軽く撫でたあかがねは持ってきた野草と猪で鍋を作る。中々食べられない獣肉に子供達は我先にと出来上がったものを口に運んだ。


「お前ら、なんであんな所にいた?」


 腹も膨れて落ち着いた所で問うたあかがねの言葉に子供達の顔が曇る。


「……逃げてきた」

「何から?」

「何だろう?何かよく分からないけどきっとこわいもの」

「うん。こわかった」

「多分、へび……」

「へび?」


 みつとそのは首を傾げたが、弥太郎はポツリとその『何か』をへびだと言った。


「へび、だと思う」

「へび、かなぁ?」

「だって、冷たいしシューシュー言ってた」

「そう言われるとへびに似てるかも……」

「じゃあきっとへびだ」

「うん。きっとへび。それから逃げてきた」


 子供達が言う言葉は釈然としないが、へびだと思われる何かから逃げてきたという事だけは理解できた。その後もいくつか問答を繰り返した末、どうやら妖が村の中に紛れてきたのでそれから逃げてきたらしいという事は分かる。しかし実際の所『何』から逃げてきたのかが分からない。

 ただ、問答の中でみつとそのの友人であり弥太郎の妹の中に妖が入っているのではないかという事は理解できた。村には帰りたくないという子供を捨て置ける程、あかがねは非情ではない。あかがねが求めている物を集める手伝いをする代わりに暫く子供達と行動を共にする事になった。


「ん?まず待で」


 そこまで聞いていた誅が話を遮り、怪訝な顔をあかがねに向けながら続けて問う。


「最初は三人だったんでな?なしてこったに増えたんだべ?」

「あー……いつの間にか増えた」

「んん?」

「増えてった」


 日を重ねる毎に村から逃げ出していた子供を最初の三人が招き入れていたらしい。何故子供だけなのか、と不信に思うが皆口を揃えて『何かが来る』と言った。そして先に逃げてきた子供が『へびじゃないか』と言えば、皆そうだと言った。大人に言っても信じてもらえないらしい。

 それはつまり、村にいるらしい『へび』は子供だけを狙っているという事になる。

しかし、そうだとしたら誅の中で腑に落ちない疑問が出てきた。


「これがだが村から出だのはいづよ?」

「いつだったかな?そこそこ時間が経ってるような気がするな……」

「せば村に残ってらったおなごわらしがかやが」

「だろうな」


 誅がかやと話した時、確かに村の子供全員がいなくなってしまったと言っていた。ここにいる子供たちの言葉や状況を照らし合わせると大体は正しいのだろう。実際かやと会って話した誅はともかく、あかがねは子供の話しか聞いていないため確定はできない。しかし、子供たちがかやに入っている何かから逃げて来たという事だけははっきりと分かった。


「んだども分がらねえんだよなぁ……」

「何が?」

「かやと話したども、なんもだったどもな」

「んん?」

「いや、おめも分かるべ?人間とそうでねえ奴」

「まあな」

「そいつらが人間に入ってらったとしたら、違和感があるべどもへ」

「かやにはそれがなかったって事か?」

「ああ」


 誅はたった数刻だけだったが、村に滞在してかやとも話した。ただ、話をし、共にいるだけなら普通の人間の子どもとなんら違いはない。何より、修行中とはいえ神の一族でもある誅が何も感じなかった。もし妖であったのなら、僅かでもかやに違和感を感じるはずである。


「……」

「……」

「……わがらねなぁ」

「ああ、もう少し聞いてみるか……おい、いと……弥太郎を呼んでくれるか?」

「ん?うん」


 たまたま二人の側を通りかかった女児にあかがねが声をかけると、少しだけぽんやりした様子のいとと呼ばれた女児は頷いて弥太郎を探しに行く。


「……いとは少しだけトロい。元々はキビキビとしていたんだが、日を追う毎にトロくなっちまってな」

「やっぱり村から出たせいでね?」

「ああ。多分そうだろう……とりあえず弥太郎が来るまでゆっくり待つぞ」

「ああ、分がった」


 いとが作ってくれた時間を小休止として、誅とあかがねは世間話をする。それはこの地にあったなんら変哲の無い輝石のような石がとてもいい材料になる事や、本来ならば簡単に取れないような石や素材も見つかっているのでそれを収集している事。誅は修行のために北から旅をしているといった他愛のない話ばかりだった。

 暫くそんな事を話していると、いとと共に弥太郎が二人の元までやってきた。あかがねは腰を下ろした弥太郎の服に着いている草の葉を払ってやりながら、かやが『へび』になったのはいつ頃からかと聞いてみる。するとそれまで溌剌としていた弥太郎の表情に暗い影が射した。


「弥太郎?」

「んと……」

「ゆっくりでいい、おべてる事からおへてけれ」

「……うん」


 言葉が出てこない弥太郎に誅が優しく声をかけると、しどろもどろと何かに逡巡していたらしい弥太郎はやがてか弱く言葉を紡ぎ始める。


「かやが……へびになったのは……山が崩れてからだ」

「山?」

「少し前にすごい雨が降って……山が崩れてきた……そのあとから、かやがおかしくなったんだと思う……」

「山が崩れたのはいつ頃の話だ?」

「俺たちが逃げてくる、少し前」


 弱々しく吐き出される言葉にあかがねと誅は言葉を失う。山が崩れたという事は土砂崩れでも起きたのだろう。その時、かやに何かが憑いてしまったのだとしたら大分長い時間かやは何かを体に入れている事になる。もし悪いものなのだとしたら早く祓わなければかやの命を削っていくだろう。そして、かやの命が尽きれば次の器を探さねばならない。そこまで考えると、かやに入っている何かがまだ生きる力が溢れる子供達ばかりを狙うのも納得がいく。

 ならば、あの村からかやに憑いているものが去らねば子供達は村に帰る事ができない。

 逃げて来たと言っても、親元から離れるのは寂しい子どもだっている。いとのように動作に現れる子供もいれば、他の所で今までとは違う状態になる子供もいた。

 現に、夜になるとぐずりながら寝言で父母を呼ぶ子どもだっているのだ。本人にそれとなく聞いてもこの場所にいるという事で気を張っているのかそんな事は無いと言う。それでも帰れるものならば帰りたいだろう。


「さて、どうしたもんか」

「思ってらったよりも厄介な事になってら」

「ああ」


 誅もあかがねも眉間にしわを寄せて黙り込んでしまう。それを不安そうに見る弥太郎に二人が気付いて同時にその頭に手を乗せた。


「まあ、色々あるがこれからどうするか考えるか」

「あかがね……鬼のにいちゃん……」

「俺だけじゃねえ。これからはコイツにも協力してもらうからきっと父ちゃんと母ちゃんの所に帰れるさ。なあ誅?」

「んだ、なんとしてもおめらさけぇしてやる。それとよぉ、俺のことだば誅って呼んでけれ」

「……うん。ありがとう誅にいちゃん」


 小さく頷いた弥太郎に誅が笑いかければ、安心したのか彼も小さく笑ったのだった。


「よし、弥太郎。そうと決まればもう少し色々教えてけれ」

「うん」

「そうだな…それじゃあいつからかやが『へび』だって思ったか…」


 誅とあかがねが質問をすると弥太郎は自分が分かる範囲で答えていく。それはいつからかやがおかしかったのか、何かきっかけはあったのか、夜中に子供の所に来ていたかやは何をしていたのかなど。気づけば日が傾いて辺りは朱色に染まっていた。

腹を空かした子供たちが夕食の材料を持って集まり始めていたので誅とあかがねの弥太郎への問いかけは一旦切り上げになる。それでも大体の事は聞けたので、今後については子供たちを寝かせた後二人で話を詰める事にした。本日の夕食は焼いた川魚に粟と稗の雑炊だった。


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