第5話 NO SMORKING

それはコハルとの同棲、婚約してから実際に入籍するまでの間に起きたタバコにまつわる出来事。


僕はコハルと出会う前からヘビースモーカーだった。3度の飯よりもタバコ。深呼吸は息を吸う時ではなく、煙を吸う時。仕事上職場では吸えないが、それでも1日で2箱のタバコが終わるほど日常にタバコが溢れていた。

コハルには初対面の時からタバコを吸っている姿を見せていたし、付き合う時も

「おれタバコはやめる気ないけど大丈夫?」

とお伺いを立てていた。それに対してコハルも

「お父さんも吸ってるし大丈夫だよ。気にしない」

と答えていたので、コハルといるうちはタバコとの縁は切らずに済むと考えていた。


そうはいうものの付き合ってる時もこう聞かれたことがあった。

「ソウ君タバコ辞めたいなとか思う?」

その時は僕ははっきりと答えた。

「いや辞めないよ。タバコの味が好きだし、吸うのは俺の楽しみだからね」

コハルは笑いながら

「楽しみっておおげさじゃない?」

とだけ言った。


同棲が始まった当初。仕事終わりに一服してから自宅に帰ると、コハルが何かをかんがえている様子だった。

「ソウくん、紙タバコやめない?あの流行ってる煙出ないやつにしてみなよ」

僕はコハルと同棲してからは自宅でタバコを吸うことをやめていたが、実際に一緒に住んでみると匂いが気になるようだ。

「んー前吸ったことあるけど…おいしくないんだよね。家で吸わなければよくない?」

僕はなんとか紙タバコを死守したかったが、コハルは少し怒り気味に言った。

「ねぇ、前とは状況も違うんだしまた挑戦しようとは思わないの?臭いつけて帰ってこられるのやなんだけど」

ごもっともな意見だ。挑戦せずして拒否するのは違うなと気づいた。

「確かにそうだね。しばらく電子吸ってみるよ」


その翌日より電子タバコを吸い始め、1週間もするとその味にも慣れていた。やはり相手のことを考えて挑戦するのは大切だな…その時僕はそんなことを安易に考えていた。


電子タバコを吸い始めて3ヶ月後、入籍予定日が間近に迫ったある日。コハルがぼそっとこんなことを言い始めた。

「ねぇ、タバコさ、辞める気ある?」

その言葉に僕は頭が真っ白になった。動揺しながらも答えた。

「えっいやっよっよくないのはわかってるけど。これがないとおれはだめなんだよ」

コハルは真剣な目をしていった。

「それってさ依存症なんだよね。前は味が好きでやめないって言ってたけど、いまは味が好きじゃない電子タバコ吸ってるじゃん。依存してるだけだよね。」

そこに関しては素直に認める。

「うん、間違いなく依存だよ。でもないときついし、辞めたくないな」

コハルは真剣な表情で続ける。

「世の中には薬物とかもあって、それと同じだよね。薬物でも頑張って辞める人いるんだからやめられないことはないと思う」

これは、どんどん追い込まれるパターンだ…でもタバコだけは死守したい。なんとか頭をフル回転させろ。そう自分に言い聞かせていた。

「コハルも知ってる通り、ストレスが多い仕事でさ、ないと家でイライラしてしまうかもしれないし。コハルにも迷惑かけるかも」

コハルの返答は間髪入れず返ってくる。

「ソウ君の性格知ってるけどイライラして人にあたるタイプじゃないし大丈夫。あと好きな人ハグすればストレス減るっていうし、今は毎日ハグできるんだから大丈夫でしょ?」

いや、んー、ハグはしたいけど。いやなんか違う気がするが…と言い負かされそうになるのをなんとか堪える手段を探す。しかしコハルに勝てるわけがなかった。

「タバコは辞めたくないなー生きがいでもあるから…ダメかな?」

コハルはそこから僕を禁煙させるための詰めをしてくる。

「ソウ君には早く死んでほしくないし、死なれちゃ困る。今までと違って一生一緒にいることを誓うんだから、タバコについての意見も変わるよ。」

苦し紛れに僕の一言

「いや、コハルより長生きしたくないし。そのためにもタバコを…」

くるしい、苦しすぎる僕の言い分。

そこからコハルが最後の詰めに打って出る。

「ソウ君、子供好きだよね?子供欲しいってのは2人の共通認識で良いよね?」

僕は黙って頷く。

「タバコってね精子にも影響が出るの。赤ちゃんにも影響があるんだよ。そりゃね、お父さんが吸ってても元気な子はいっぱいいる。でも万が一私たちの子供になにかあったら私はソウ君を責める気持ちを持ってしまうし、ソウ君のことだから絶対後悔すると思う。それでも吸い続けるの?」

タバコは自分のために吸っている。その害が自分に返ってくるなら構わない、ただそれが僕の大事な人にまで害を及ぼす。その事実を告げられた瞬間僕の気持ちは一瞬で切り替わった。

「わかった、辞める。今日からも吸わない。」

惜しい気持ちはもちろんあったが、電子タバコ本体と余っていたタバコをゴミ箱にいれた。

「ありがと。ソウ君のタバコのことずっと考えてたからすっきりした。」

コハルが満面の笑みでいった。

タバコをやめる決意をしていながらも未練が断ち切れない僕は最後に言った。

「子供が自立したら、50くらいになったらまた吸おうかな。」

コハルは真顔で呆れながら答えた。

「そこまで辞めたらもう吸う必要ないでしょ。もう好きにして」


タバコをやめるにはきっかけが重要だったりする。そのきっかけをくれるのはあなたの大事な人なのかもしれない。

僕が禁煙開始して数年。今は20年後の一服を楽しみに日々を過ごしている。

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隙なし妻と隙だらけ夫 リール @reel1409

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