第3話 ダイエットバトル

僕はコハルの体重の増減をあまり気にしない。病気になるほど太ってほしくはないが、コハルは多少太っても可愛いままであり、痩せたとしてもその可愛さが変わることはないだろう。

そうは思っていても体重が増えれば痩せたいと願うのが女性である。そんなコハルと僕のダイエットに纏わる奮闘記を綴る。


「私ダイエット始める」

コハルはお風呂から出た後その一言を放った後、体重目標、食事制限、運動計画を紙に書き出し、壁に貼り付けた。

「そうくんも協力してね」

そう声をかけられ、僕は正直戸惑った。

「ダイエットに?ダイエットって自分で頑張るもんじゃないの?」

咄嗟にそう発言した後、コハルの表情に怒りの色が見え、自分の失言に気づいた。

経験上ここでは僕本位の意見ではなく、協力の意思を伝えるべきであった。

「一緒に生活してるんだから、協力してくれてもいいんじゃない?」

怒りのまま捲し立てるようにしゃべるコハル。

「あっごめん、運動とか付き合うよ」

僕はその場を収めようと咄嗟に協力の案を出す。

「普段の生活でも発言とか、行動とか気をつけてね。ダイエット中はイライラするから」

現在のコハルの体型に全く不満のない僕は、そんなピリピリした生活になるならダイエットしないでほしいというのが本音だった。

「わかった。気をつけるね。体調崩さない程度にやってね」

僕は本音とは違い伝えるべきことばを選んで発言した。

「体調気遣ってくれるのはありがたいけど、無理しないでねとか、ほどほどにねとか、そーゆーのイライラするからやめてね」

最後にそう言ったコハルの言葉で、ダイエット生活が厳しいものになっていくことを確信した。

そしてその後のダイエット生活で、言葉、行動には気をつけろと言ったコハルの言葉の意味を理解することになる。


案の定、ダイエット生活は共に生活する僕にも大きな影響があった。

大好物の白米は玄米に変わり、コハルが禁止している食べ物は自宅で食べることを控えた。帰宅後の2人でのゲームの時間はエクササイズゲームの時間に変わった。また、ダイエットを始めてからコハルの性欲が激減し、新婚なのに夜の営みが減っていった。


そんなある日僕のある行動がコハルの導火線に火をつけた。

その日はバイトを含めた8連勤が終了し、お小遣いでつまみとなるスナック、ビールを購入し、かなり上機嫌で帰宅した。

「ただいまー。やっと連勤終わったよー。」

そう言いながら僕が帰宅するとコハルから早々に買い物袋を指摘された。

「おかえり。なんか買ってきたの?」

「うん。久々に飲もうと思って。」

この時点で僕には全く悪気はない。コハルはもともとそれほど飲酒機会が多くなく、コハルのダイエット中でも僕が目の前で飲酒をすることは咎めないと話し合いが済んでいたからだ。

「先にお風呂入るね。」そう言い僕は買い物袋ごと冷蔵庫に入れ、入浴した。

入浴後、夕飯を食べ。待ちに待った晩酌の時間。

「じゃあそろそろ飲むかなー」そう言いながらテーブルにつまみと、ビールを用意したその時であった。

「ねえ、私が今どんな気持ちかわかる?」

コハルの冷たい声がとなりから聞こえてきた。

「えっ?お酒は気にしないって確かまえに…」

この後の嫌な展開を予測しつつも、なんとか晩酌を遂行したい僕は以前の話し合いを引き合いに出した。

「お酒、じゃないよね?自分でわかんないの?」

そのコハルの言葉で、疑念は、確信に変わる。

つまみはお酒…には含まれないのか?

しかし、なんとかつまみと共に晩酌を楽しみたい僕は先に予想される展開を見ないふりをして、火に油を注ぐ。

「いや、でもお酒コーナーにあったやつだし、こはるが好きなやつじゃないからさ」

苦し紛れの言い訳にコハルの答えは瞬く間に返ってきた。

「ダイエットしてる人の前でそんなもの食べるなんて、ほんとに自分のことしか考えてないよね」「ていうかそんな理由こじつけられるなら買う時点で私が嫌がるかもって思ったってことでしょ」

ここまで来てしまってはもう晩酌を心置きなく遂行することは不可能だと後になればわかるが、その時の僕はまだ粘ってしまう。

「いや、連勤頑張ったんだし、これくらい大目に見てよ」

もうこの発言は負けた側の発言である。コハルはとどめまで正論で述べた。

「連勤したら私が嫌がることしても良いの?それは夫婦としてどうなの?」

ごもっともである。

「わかったよ。おつまみは食べないよ。」

そういつつも不貞腐れている私にコハルの怒りは収まらず、火種は飛び火し、他の不満についても延々と怒られる時間が深夜まで及んだ。

そして火種を生んだおつまみは棚に封印されたのであった。


そんなダイエット生活はある日終わりを告げる。

「ねえ、なんか背中が異常に痒いんだけど、みてくれない?」そういうコハルの背中を確認すると、そこには無数の赤いぶつぶつが広がっていた。

「これは、やばいかも、毛虫とかかな?」

昔、毛虫に刺された時に類似している皮膚の状態にそう発言した。

「いや私仕事家だし、毛虫はなくない?」

たしかにコハルはテレワークだ。

「えっじゃあダイエットのストレスじゃない?」

僕は自分がストレスを抱えていたこともあり、本音でそれが原因ではと思い、発言した。するとコハルは表情が強張り、

「なんで頑張ってる時にそうゆう発言をするわけ?ダイエットやめて、太れって言ってんの?」

「いやいや、そうゆうことじゃなくてさ、身体心配してるんだよ」

このまま話してもピリついた雰囲気になると察知した僕はすぐにダイエットと、皮膚の症状の関連を調べた。

「これじゃない?色素性湿疹ってやつ」

コハルの症状に当てはまる記事を見つけ、原因が判明した。

「糖質制限が原因でなるらしいよ。こはるやってたよね?」

僕の心配した顔にコハルも頷く。

「ダイエットは応援したいけどこのままは身体がダメってサイン出してるんじゃないかな」

そう伝えると

「うん。そうだよね。無理はしないようにする」

お互い同意した上でダイエットを軽くしていく方向で決めた。

しかし部分的に緩めるとタガが外れるのが人間である。

そこから1週間ほどでダイエットは忘れ去られていた。


そしてダイエットが終わりを告げてから数日後、僕は仕事終わりに晩酌のためのお酒を買って帰った日があった。

今日こそはこないだのおつまみと一緒にお酒が飲めるな。その思いで意気揚々と帰宅した。

夕飯、入浴後、缶ビールを片手に棚の奥にあったつまみを取りに行った。

「あれ?おつまみないな」

まさか、あんな喧嘩した後に、まさかな。

そう思いつつもリビングでテレビを見ているコハルに尋ねた。

「こはる。棚にしまってたおつまみ知らない?」

コハルは一瞬考え

「なんのこと?おつまみしまってたっけ?」

おそらく喧嘩のことも覚えてないのだろう。

「ほらダイエット中に喧嘩して食べれなかったやつだよ」

その言葉でコハルも思い出したようだ。

「あーあれね。たしか食べちゃったよ」

ん?いや聞き間違いか?

「え、おれ食べてないよ」

自分の記憶を辿りながら僕がそういうと

「いやだから、わたしが食べちゃったよ」

一瞬妻の言葉を理解できなかったが、状況を把握するとフツフツと怒りが湧いてきた。

「食べちゃったよじゃないよね。あれ俺のお小遣いで買ったやつだし、こはるが怒ったからおれ食べれなかったんだよ。それを何も言わずに食べるってどうゆうことなの。」その日はおつまみを楽しみに帰宅をしたこともあり、より一層イライラが増していった。

「こっちはダイエット中気を遣って応援してたのに、そのお返しがこれなのかな。」続け様に言葉を発している僕にコハルがしっかりと私の目を見て少し甘える声で言葉を返した。

「ごめん。食欲に勝てなかったの。今度おつまみ買うから許して」

そうですよね、それは間違いなくそうなんでしょう。食欲に勝てなかったのはわかります。でもなんか腑に落ちない。そう思ってはいたが、謝られるとそれ以上怒ることはできない。

ましてや相手は私がベタ惚れしている妻である。

「わかったよ、もうー。ほんとそういうとこだよ」

許した理由も自分の発言もよくわからないまま、おつまみ泥棒の罪は無罪放免となった。

そうしておつまみをめぐるダイエットバトルは私の完全敗北で幕を閉じた。


夫婦生活で理不尽なことに怒りを覚えることは多いだろう。これは僕たち夫婦に限らずである。

そんな時相手をどうすれば許せるのか、その答えは単純である。大好きな相手と結婚すれば良いのだ。大好きな人であれば我慢できること、許せることは多い。これは真理であると僕は思う。

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