第2話 同棲開始
コハルと付き合って2年が過ぎ、世の中に異様な変化があった。新型の感染症が世界中で流行したのだ。
医療従事者である僕は流行が始まった当初、その正体のわからない感染症対策として、外での飲食は愚か、コハルと出かけることすらも控えていた。デートもできず、彼女とは電話のみの日々が2ヶ月ほど続いた。
このまま会えない日々が続くのかと、いつこの日々は終わるのかと、悶々とした日々を過ごしていた。
そんな時ふと思いついた。
同棲してしまえば毎日気兼ねなく会えるじゃないか。もともと同棲については話し合っていたが、同棲開始予定まであと半年ほどの期間があった。
思いついたその日のうちにコハルに電話をした。
「コハル、一つ考えてることがあるんだけどさ、同棲早めない?会えない日が続いているのもあって、なるべく早く一緒に住みたい」
コハルの考えも同じだった。
「私も同じこと考えてた!来月からでも良いと思ってるよ」
そう話し合ってから僕たちの行動は早かった。ネット上で物件を探し、初期費用、家具等について決め、資金の負担割合を話し合い、1ヶ月後には引っ越しが決まっていた。
そうやって待ちに待ったコハルと2人(実は犬もいるが)で過ごせる夢のような日々が始まったのだった。
僕は同棲に対して正直、不安はなかった。一人暮らしも10年ほどになっていたし、一人暮らしの家に度々コハルもきていたからだ。しかし、今になればこの考えは甘かった。甘すぎた。
僕みたいなだらしない人間が、しっかりもののコハルと暮らせば、問題が起こるに決まっていたのだ。
2人で住む家から僕の職場までの通勤時間は1時間半くらいで、コハルの職場までは1時間程度であったが、コハルは感染症の影響でテレワークで仕事をおこなっていた。
自宅で家事を行える時間はどうしてもコハルが長くなってしまい、僕はその生活に完全に甘えていた。
僕が行っていた家事は食器洗い、風呂掃除、ゴミ捨て、洗濯のみだった。食事の用意、部屋の掃除、洗濯物の取り込みと時間がかかる家事は完全にコハルに任せてしまっていた。
さらにもともと綺麗好きでもない僕は帰ったら上着は椅子にかけっぱなし、仕事のカバンはリビングに置きっぱなし、床が汚れていても全く気にしない。それが普通になってしまっていた。
そんな生活をしていれば、当然、爆発の瞬間は来る。
その日は同棲開始からわずか2週間で訪れた。僕は仕事場でみたコハルからのLINEで青ざめた。「同棲を解消したいです。お金のこととか大変だと思うけど、ストレスでもうソウくんとは生活できません」
その文面をみてすぐに仕事を切り上げコハルに電話した。
「ごめん!おれなんかしてしまったかな?同棲解消とか言わないでほしい」
「なんかしたんじゃないよ。何もしないんだよ。もう無理。」
コハルはそれだけ言ってその後は電話に出なかった。
僕は一目散に帰宅した。帰ったらコハルはいないんじゃないかと不安に駆られながら自宅まで走った。
玄関のドアを勢いよく開け、リビングに入るとコハルが俯いて座っていた。
「コハル!ごめん!なんかいやなことしちゃった?なんか嫌なことあった?」僕は間髪入れずに、コハルに話しかけた。今になって思えば鈍すぎる男である。
「逆にさ、なんで私がこうなってるかわかんないの?」コハルの問いかけに僕は頭をフル回転する。
「2人の時間がおもったより少ないから?」本当におめでたくて、鈍い男である。
「私が何がストレスかわからないの?」怒りの表情を前面に出してコハルが問う。
「家事とかがストレス?」僕はここでようやく答えの一つに辿り着く。
「それだけじゃないよ」呆れ、怒りが混ざった表情のコハル。
「だらしないから?」大雑把であるが、なんとなくあたっている答えにも辿り着く。
そこからはコハルの不満が津波のように僕に押し寄せてきた。
「ソウくんが綺麗好きじゃないのは、一人暮らし見てたからわかってるけどさ、上着も、カバンも出しっぱなし、同棲してから掃除機のひとつもかけない。一緒に住む上でこんなの我慢できない!なんでこの家綺麗か知ってる?私が掃除してるからだよ?」
「家事も私が家にいる時間多いからしょうがないけど、ソウくんが通勤してることが家事をやらなくていい理由にはならないからね。やってもらって当たり前みたいな感じでてるしすごいストレス」
「あと細かいと思うかもしれないけど、洗濯機回した後は水洗が開けたままだし、食器洗ったあとはシンク周りが濡れてるし、そうゆうのすごいイライラするから」
不満の畳み掛けに僕はただ謝ることしかできなかった。そしてなんとか事態を収めようと「ごめん。直せるところから少しづつ直していくから、ただ元々だらしないから、そんなにいきなり全部変えるのは難しくて」と返した。
そんな中途半端な回答をコハルが許すはずがない。
「全部直すか、同棲やめるか、今ここで決めて」
その言葉に一瞬怯むが、すぐに覚悟をきめた。
「全部直します!」
それからたまの忘れはあるが基本的に不満を言われた部分はすぐに直すことができた。コハルに言われたことをすぐさま修正したことで、僕に足りなかったのはコハルと共に暮らすという意識と覚悟であることが露呈した。
同棲して、なかなか自分のリズム、習慣が変えられず、相手に合わせられないと悩んでる人は多いだろう。自分は変えられる。変えられるのは自分だけ。この精神は元々他人だった2人が暮らす際には必要になるのだと強く感じた。
相手を思う気持ちがあれば、変化を受け入れるのは容易である。そう考えると自分を変えてもいいと思うことができる人をパートナーに選ぶことも重要なことなのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます