新しい家族

恋・山乗

新しい家族

戦争の最中。


 市街地も爆撃され一面瓦礫がれきと化した。未だ鎮火し切れていないのか煙が空へと登っている。その煙のせいなのか、焦げた臭いが鼻に残る。

 破損した家財道具や、片方だけ残った靴、元々家だった建物の木がむき出しになっている。


「生存者はいるかー?」


 大声で叫ぶ軍服を身に纏った大柄の男の人が叫んでいる。

 その後に続く男の人たちも同様な事を叫ぶ。


 兵士たちは細々とした瓦礫を取り除き、倒壊した家を叩いたり、中を覗いて確認している。

 その確認の中で発見したのは、圧死した者や五体満足とは言えない身体、身体に鉄筋が貫通した者もいた。


「生存者がいたぞー!」


 一人の男の人が叫ぶと散会して捜索していた者たちも集まって来る。

 

 女の子は抱きかかえられ、息をしているものの酷く衰弱していた。

 

 その後、女の子は野外病院に運ばれ治療を受けた。

 意識を取り戻した女の子の周りには、肉がむき出しの兵士や意味もなく永遠に笑い続けている人、包帯で顔がほぼ見えない人もいた。

 

 劣悪な環境の中、女の子は治療を受け続け一人で歩ける程度には回復した。


「君、お母さんとお父さんは?」

「死んだ」


 女の子は悲しくも寂しいとも言わず、弱い声で返事をした。


 返答の結果、女の子は孤児院で引き取られることになった。


 孤児院が建っているのは山奥。

 こんな辺鄙へんぴなところを攻撃したところで戦況の変化はない、と思われている場所。


「よく来たね、この山奥まで。疲れただろう?中に入って休みなさい」

「うん」


 女の子は代表と名乗る男の人に案内されると室内には女児男児5人、少年少女が3人いた。

 この戦禍の中、これだけの子供を養っていけるだろうか。

 その様な疑問も女の子には浮かばず、周りの子供たちは歓迎している。


「俺、〇〇」

「私、✕✕って言うの!」


 周りの子供たちは一斉に自己紹介を始めて騒がしくなった。それでも女の子は懸命に、馴染もうと努力しているのか一人一人に耳を傾けている。


「ほら、そんなに大勢で話しかけても全員覚えられる訳ないだろう?ゆっくり仲良くなりなさい」


 代表の男はそういうと、女児部屋に案内をした。

 女の子は連れられるまま移動する。大人であれば大きくはない建物も、子供には大きく見えてしまうだろう。


 代表の男に勧めれるまま、女の子は一度休息を取った。


 その日の夕食。


「いただきます」


 女の子は久しぶりに肉を食べたというより、もはや記憶の中では肉を食べられた事もなかった。

 ツヤがあり、食べやすく四角形に切られている。匂いも空腹を誘う。

 熱く噛み応えがあり、噛むと僅かな肉汁が口の中に広がる。


 女の子は久しぶりの贅沢な食事に涙を零しながら摂った。

 共に食卓についていた子供たちも代表の男も、女の子をなだめながらも笑顔で食を進めていた。


「泣くほどうめーのかよ、よかったな」

「慌てずに食べたほうがいいよ」

「今まで大変だったね」


 女の子は温かな言葉に今まで我慢してきたものを吐露するように感涙した。

 既に塩なのか、涙の味なのか本来の食の味は失われていた。


 次の日から、女の子は役割というものを初めて貰う。

 女の子はすぐ側に流れる川で子供たちの衣服の洗濯を任せられた。8人分の衣服は女の子1人ではなかなかの重労働だろう。


 その夜はハンバーグが出た。

 子供ならばだいたい喜ぶだろう、女の子も大変喜んだ。

 ハンバーグをメインにサラダや汁物、雑穀もありボリューミーな食事。


「俺、ブロッコリー嫌い」

「好き嫌いしないの!」


 今日の食卓も賑やかで、昨日の大泣きも無かったかのように皆と共に笑顔で食事を摂った。

 寝静まった夜、女児の部屋は2段ベッドとなっておりベッドの空きはない。


 今日も女の子は衣服を洗っている。1人で7人分の衣服はなかなかの重労働だろう。


「精が出るね。大変だろうけど、皆やっていることだ。このまま頑張って。そういえば、新しい子が来たよ。」


 代表の男の人はそう告げると、施設内へ戻って行った。

 女の子の洗濯はまだ終わりそうにはない。


 その夜はビーフシチューが出てきた。

 代表も男の人だから、具がゴロゴロと大雑把な角切りにされた肉に玉ねぎ、形が不ぞろいなにんじん、ブロッコリーが入っている。付け合わせにはコーンが挟まっている粗悪なパンが置かれていた。

 

 今日は誰も好き嫌いせずに食事を摂ったようだ。新しく入った子はがっついて食べていた。


「余程お腹が減っていたみたい」

「戦争の途中だからね」


 洗濯の役割は続く。

 今日もまた7人分の衣服を洗うには重労働だった。途中、女の子が手伝ってくれたが用事を思い出して施設へ戻って行った。

 女の子はやっとの思いで洗濯を終わらせた。


 その夜はロールキャベツが出てきた。子供が食べるにしては大きいが、お腹いっぱいになるには違いない。付け合わせにはニンジンとゴボウをふんだんに使ったきんぴらが出てきた。


「ごぼう、嫌い……」

「好き嫌いはいけません」


 女の子よりも年上の少女は、女児に注意した。女児は鼻を摘まんで我慢しながら食べている。


 就寝時間が過ぎた女児の部屋ではベッドが余っているようだ。また追加しないと。


 翌日の朝はチャーシューみたいな物が出てきた。朝から重いが、食べられるありがたみを皆で「いただきます」と言って噛み締めている。


 朝からスタミナを付くものを食べられて皆は上機嫌そうだ。

 女の子は今日も重労働に変わりはないが、6人分の洗濯はいつもより気楽そうにやっている。


「今日は早く役目が終わりそうだね。終わったら私の部屋に来てくれるかな?」


 女の子は従順に洗濯を終わらせ、代表の部屋へおもむく。

 扉をノックすると中から返事が来たので、ドアノブを回した。

 室内はバラの様な良い匂いがした、身なりに気を使っているのかもしれない。


「いつも頑張っているからご褒美をあげよう。これを」


 代表は女の子に飴を手渡した。

 戦争中であり、今のご時世ではなかなか手に入れられないだろう。

 女の子は大切にポケットに入れた。


「本当に良い子だ。今日はもう休んでいいよ」


 女の子は代表の言う通り、夕食まで自分のベッドで過ごした。


 その夜はアスパラガスの肉巻き、ゴボウのしぐれ煮が出てきた。アスパラガス丸々使った肉巻きは1人2本も貰えてすぐにお腹いっぱいになった。でも残すことはできずに、完食した。

 今日は好き嫌いする子もいなかったみたい。


 次の日の朝から新しい子が来た。女の子と同じ年だったのかすぐに仲良くなった。ベッドも上と下の関係で、その日の寝る前は沢山話した。


 女の子の役目が変わり、食器洗いとキッチン・食堂の掃除になった。

 洗濯の役目は新しい女の子になったみたい。


 今日は朝から焼き鳥だったから汚れがややしつこい。はじめての焼き鳥は少し噛み応えがありすぎて、女の子には苦手だった。でも我儘は言っていられない。

 キッチンには色んな調理道具が置いてあり、壊したら怒られそうだ。女の子は慎重に掃除を行った。


「綺麗に掃除してくれてありがとう。これから調理をするから、食堂を掃除しておいで」


 代表は今から夕食の準備でもするのかな、少しまだ早いような。

 その様な疑問も胸のうちに隠しておこう。女の子は言われた通り食堂の水拭き、空拭きを丁寧に行う。これではすぐに終わってしまう。


 その晩は、肉うどんが出てきた。麺から作っていたのだろうか。

 ツルツルと音を立て、満足そうにしている。


「おうどん、美味しいね」

「ね、美味しい」


 女の子は親しげに同ベッドで寝ている子と話している。

 周りの子の衣服は何だか臭う気がした。

 私は食器洗いの役目があるため、食器をキッチンへ運び食器を洗った。洗濯に比べれば、軽作業だ。


 その日の就寝時間が過ぎると女児部屋の扉の隙間から灯りが見えた気がした。


 翌朝の朝食はなかった。戦争中だから仕方がない。毎日ご飯が食べられるだけ幸せなものだ。

 女の子は今日もキッチンと食堂の掃除をする。でもすぐに終わってしまうので、出来るだけ丁寧に行う。

 キッチンには獣の肉でも使ったのか、水垢なのか、赤い汚れが目立っていた。


 その日の夜は朝を抜いた分なのかカレーライスが出てきた。具はいつも通り大きい。夜ご飯を食べられることが出来て安心。

 なんだか今日はいつもより睡魔に襲われるのが早い。


 翌日の朝、目が覚めるも今日は朝食がない。

 それでもお腹は空くので、ポケットに入れていた飴を口の中へいれた。


 グチュと音が鳴り、中からはよく分からない液体が出てくる。


 今日もキッチンと食堂を掃除するが、排水口に何かが詰まっているのか水の通りが悪い。でもこれを解決する術を持っていないため、どうにも出来ず。

 代表に相談すると大分傷んだ菜箸さいばしがあると聞いたので、それで拾うことにした。

 

 夕食は何も出てこなかった。戦争中だから仕方ないね。

 私の役目もない。すぐに寝よう。


 朝は誰も起こしてくれないので、自分で起きるしかない。

 朝ごはんはないので、昨日排水口に詰まっていた飴を食べた。

 

 今日も排水口に飴は詰まっているかな?


 掃除が終わり、時間が空いたので自室に戻って着替えてから休んだ。


 今日の夕食はとても美味しかった。

 でも、皆は静かにしている。どうしてだろう、こんなに美味しいのに。


「これで皆集まったね、新しい家族が出来た」


 私は代表の飴を摘まむと、自然にこの言葉が出た。

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