第16話 桜柄の封筒
靑木は走ってきたのか息を荒げていた。
「何があったの?」と夏帆。リサは黙っていた。
「君に急ぎで教えたい術があるんだ」
「急ぎ?」
「いや、別に、いやでも、とにかく教えたい、陰陽道の術があるんだよ。影分身だ」
「影分身?」
「そのままだよ。自分の分身を作るんだ。その分身に自由に生活してもらう。本体は別のところにいる。肉体から魂を引き剥がすんだ」
「それって分身になにがあっても、私自身は死なないってこと?」リサが突然顔をあげた。
「そう、だけど……」
「どうやったら分身は本体に戻るの?」
「それは、分身が戻りたい、と思えば戻れる。でもうまくやらないと、分身がどこかに言ってしまって、一人歩きする」
「私にも教えて」リサは鋭い目つきで靑木君をにらむように見た。
「今日はもう疲れているの」と夏帆。
「教えなくちゃいけないんだよ!」と靑木は怒鳴った。夏帆はびくっと体を震わせた。
「な、なんで?」
「説明しなきゃだめかな?」と靑木はイライラしていった。
「じゃあまず、分身の作り方からなんだけど……」
靑木君の陰陽道の講義がなぜか唐突にはじまった。夏帆は戸惑うばかりで、うまくこなすことができなかったが、リサの目つきは真剣そのものだった。そしてリサはついに分身を作ることに成功した。
「黒崎さん、すごいな。ほら、本体は椅子に座っている」と靑木が言った。夏帆の隣には、ぐったりとうつむいて、動かなくなったリサがいた。
「こっちが分身」靑木が指したのは、本体の目の前にいるリサそのものだった。どちらも本物に見える。
「すごい、まるで誰かが変装をしたかのよう」と夏帆は言った。
「少し、出かけてきてもいいかしら」とリサの分身は話した。
「もちろん、その間に、高橋さんを特訓しないといけないから。ほら、目を閉じて、意識を集中させて、魂を引き抜く」と靑木君の講義は続いていった。リサの分身は庭を出てどこかへと出かけていった。
「ああ、忘れていた、まず、胸のあたりをさするんだ。次に、小指どうしでたたくんだ。そのあと、僕に続けて言ってみて。本体から魂を剥がすことに同意しています」
「本体から……」
「魂を」
「魂を」
「剥がすことに同意しています」
「剥がすことに同意しています」
何をやってもうまくいかなかった。
「本気で分身したいって思ってる?」と靑木は言った。
「そんな思うわけないでしょ。なんで教えられているかもわからないのに。それに、分身でいられる時間はどれくらいなの?」
「一週間を過ぎると、分身がどこかへいってしまうというデータがある」
よくわからなかったが、これを終わらせないと寝られない、ということだけは理解した。
1時間も2時間も立ったころ、リサの本体が突然起きた。
「戻ってきた」と靑木は言った。
「リサ」
リサは動揺したように、体が硬直しているようだった。
「大丈夫、なんでもない」とリサは言った。
「靑木君、疲れた。きっとこの魔法、私が使いたい、と思わないとうまくいかないと思うの。今日は休ませて」
そう言うと、靑木君を振り払って、マランドールの館へと帰っていった。
館の周りに電撃が走るような嫌な感覚があった。夏帆の目には夜桜がうつっていた。マランドールの館の周りに桜が植えられていることに初めて気がついた。月の光を反射し、風に揺れ、まるで夏帆に襲い掛かるかのように、桜が舞った。
朝起きると、ベッド横の机に封筒がおいてあった。夏帆はその封筒を手に取った。あて名はない。ただ、桜の模様が描かれている。不思議と魅力的に見える封筒だった。夏帆は封筒を握りしめた。窓から外を見ると、春風がそよぎ、木々たちが美しく揺れている。夏帆は、まるでいざなわれるように、館の外に出た。
校庭を歩いていると、美咲に出会った。
「夏帆、よかったら、お茶でもしない?話したいことがあるの」
美咲からの誘いは初めてで、夏帆は嬉しい気持ちになり快諾した。
二人が向かった先はカフェコッツウォルズだった。
「ここ初めて連れて行ってくれたのが桃実さん。それからずっと行きつけ」と美咲は言った。
夏帆は私も、と言おうとしてやめた。
「私、本当は音楽家になりたかった。スカウトも来ていた」
「え?」
「でも医者になるの。仕方がない」
「おうちの事情はよくわからないけど、せっかく上手なのにもったいない。もしかして、ミッションだけでなくて、それもあったの?今年は何か様子が違った」
「様子が違う?」と美咲。
「去年とは、打って変わって、静かになったというか……」
夏帆はアッサムティーを、美咲はダージリンを頼んだ。店内では、イギリスロックバンド曲のバイオリンアレンジが流れていた。
「それで、話したいことって?」堰を切ったように夏帆は聞いた。
「去年私は、ミッションのリーダーをJ.M.C.会長からの指名で務めた」
焦った夏帆はきょろきょろとあたりを見渡した。
「大丈夫。言ったでしょ。ここは、御用達。私たちJ.M.C.の。今日は貸し切り。全員関係者」
「ここは、会議のための場所ってこと?」と夏帆。
美咲はふっと笑った。
「夏帆、本当に記憶力がいいね。ミッション、リーダー何を指しているか覚えているなんて」
「ミッションは竹内義人からくる殺害命令、リーダーは、実行犯のリーダーでしょ、覚えているよそりゃ」
「実行犯、その通り。そして君は、ここ、カフェコッツウォルズが活動場所だってことを知っていた」
「ええ」
「誰に聞いたの?」
夏帆はクビを横に振った。
「まあ、いい。本題じゃない。そして今、我々の会話が聞こえないようにさらに魔法をかけている。心配する必要はない。とにかく、私はミッションのリーダーだった。リーダーは大役。それを、竹内直人を差し置いて、私が先に務めた。大変名誉なことだった。計画は順調だった。グループメンバー10人を集め、入念に練習をし、多くの資料に目を通して、確実に成功する道筋を立てた。途中計画の成功が困難にも思えた。でもそれがまた、難しい仕事を任せてもらえたと、嬉しくもあった。当日も、ターゲットをポイントへ引き込み、取り囲むところまでは成功した。ただ相手も強かった。順調とはいえなかった。私は前日なぜか全く眠れず、かなり寝不足だった。判断が遅れた」
「昨年……」夏帆は鳥肌が立った。
「ああ昨年だ。ほんの一瞬の隙だった。ターゲットが倒れた。ほっとしたのも束の間、もう一人、倒れていることがわかった」
夏帆はティーカップをぎゅっと握りしめた。美咲は紅茶をポットがから注いで飲んだ。
「稲生和真」
昨年、美咲は稲生和真、林省吾とバンドを組み、週末になると領域を抜け出すと、新宿で路上ライブをしていた。モンティの『チャルダッシュ』はアンコールに演奏すると決めている曲だった。
毎度の通り、ライブは大盛況で終わった。
「素晴らしい演奏だった」
一人の男性が手を叩きながら近づいてくると、「プロになれるよ」と囁いた。
3人は顔を見合わせた。
「ごめん、ごめん。申し送れたね。僕は、レコード会社のスカウトをやっているんだ」
「ストーカー?」と省吾。
「スカウトだ」
美咲は男性の差し出した名刺を受け取った。
「君たちのその実力なら間違いなく売れる。日本だけじゃない。世界中でだ」
「本当ですか!」
省吾は満面の笑みを浮かべ、和真とはしゃいだ。
「技術はもちろんのこと、何よりも心から音楽を楽しんでいる。チャルダッシュなんて特にそうだ。三人の息がぴたりと合って、心の迷いがない。君たちの演奏は、人の心を惹きつける力を持っている。有名曲のアレンジで名前を売って、ゆくゆくは自分たちの曲を作ることもできるだろう。どうかな?SNSでも噂になっているし、CM契約もすぐにできるに違いない」
「SNS……?」
美咲は呟いた。サービスアンドサービス?いやサークルノットセンシティブ?後輩二人は美咲の指示を仰いでいた。
「急に話しかけて悪かった。混乱しているようだね。別にすぐにとは言わないんだ。ゆっくり考えてもらえれば」
「お断りします」美咲は即答した。
「えっ?」と驚いたのは男ではなく、省吾と和真だった。美咲の声は震えていた。
「住む世界が違うんです。私たちとあなたでは」
その言葉を聞いて、男はクスっと笑った。
「確かに、芸能界は一般人に縁のない世界だけど、それほど遠い存在でもない」
「そうじゃないんです。私たちは、私たちとしてやらなければならないことがあります。それが、私たちの誇りです。芸能界には行けません。世界もいりません。今、こうしているのが楽しいんです。聞きに来てくれる人がいることが嬉しいんです。これ以上手に入れたら、いつか壊れてしまう」
「僕は、君たちのすばらしさを世に広めることが使命だと思っている。必ず売れる。必ず儲かる」と男が言った。
「学校を卒業したら、私たちは別々の道を歩みます。私は医者という夢があります。だから、売れたいとは思っていないんです」
「先輩……」二人は呟いた。
男は困った顔をした。
「そうか。学生か。なおさら、医学生として売っていくこともできる。せめて、誰か二人だけっていうのもいいんだけどな。誰一人をとっても必ず売れると思うんだ」
すると、和真が省吾と美咲の腕を取った。
「大人の事情に利用しないでくれますか?僕も今、こうしているのが楽しいだけなんで」
「僕もです」
省吾と和真はにこりと笑った。
「お前たちは別にいいんだぞ。私に付き合わなくても」美咲はぼそりといった。
「先輩を一人にするわけないじゃないですか」
省吾が言った。
「それに、僕たち魔法使いなんで」
その瞬間男が大声で笑いだした。
「ま、魔法使い?そうかそうか、魔法使いね。そうか。それなら仕方ない。気が変わったらいつでも連絡してくれ。名刺に書いてあるから」
そういうと、男は人ごみの中へと消えていった。
「え、人間が信じた?」
「バカだな、頭がおかしいやつらだと思われたんだよ」と美咲は言った。
「やっば、遅れる!」省吾が言った。
「お前、この後なんかあったのか?」と和真。
「人間学研究部。間に合うかな」
「おまえ魔法使いだろ?」
「そうか、ありがと!」
そういうと省吾も瞬間移動して消えていった。
「帰りますか、先輩」
ふと和真が美咲を見ると、美咲は死んだような表情をしていた。
二人は無言のまま喧噪の新宿を歩き出した。多くのビルが立ち並んでいる。赤く焼けたような夕方の空に、カラスが1羽2羽飛んでいた。
「やっぱりやりたかったな」美咲がぼそりといった。
「ミュージシャンは昔からのあこがれだったからな。魔法使いじゃなかったらな」
「音楽こそ魔法ですよ、先輩が言ってました」
「そうだな」
美咲は大きなため息をついた。
「たまに思うんだよな。もし、魔法使いじゃなかったらって。医者になれって親に言われずに済んだし、一日中音楽やって、路上ライブして。人間の世界の方が、顔も知られていないし、ずっと過ごしやすいだろ。なんで魔法を使わなくちゃいけないんだ。なくても生きていけるじゃないか。魔法なんて、生活を楽にしているだけさ。魔法使いは、自らの手を使うべきことから逃げているだけだ。いっそ人間に生まれていれば……」
次の瞬間だった。和真に後ろから抱き着かれた。美咲の小さな背中は細かく震えていた。美咲はどきりと身震いした。和真の腕は暖かかった。
「先輩が魔法使いじゃなかったら、俺と出会えなかったじゃないですか」
和真がぼそりと言った。
「俺の前では強がらないでくださいよ。泣いてくださいよ、甘えてくださいよ、かっこつけたいじゃないですか」
美咲の目から一粒の涙がこぼれた。
翌日から、美咲は毎朝愛のあいさつを弾くようになった。二人が付き合いだしたのはそれからそう立たない頃のことだった。この恋が思わぬ方向に向かうことなど、その時の美咲は知るよしもなかった。
ある朝、やはり美咲は愛のあいさつを弾いていた。和真への思いと、感謝。後悔してばかりの自分を救ってくれた彼に捧げる曲。高音に差し掛かった時、突然その時は訪れた。弦がぷつりと切れたのだ。
大きすぎる代償とともに美咲指揮のミッションは成功した。J.M.C.の居室には、ミッションのメンバーと幹部が集まり、しんと静まりかえっていた。美咲は和真の前に座り込むと、そこから動けなくなった。泣き叫ぶことさえできず、ただ呆然としていた。
会長が現われると、会長はまず美咲を寮へと帰らせた。それからはあまり記憶が残っていない。気がつくと美咲は精神病棟へ入院をしていた。林省吾曰く、マランドール戦があるから、とつぶやき続け、入院を拒み続けていたらしい。
ある日病室の窓から外を眺めると、窓にローブを着た男性が移っていた。
「会長就任おめでとう」と美咲は外をじっと見ながらつぶやいた。
「まだだよ」と直人は悲しそうな口調で言った。
「僕は君ときちんと戦って……」
「決勝がもうすぐでしょ、早く帰って。高橋さんに備えて」
「君が勝ってほしいなら、僕は必ず勝つよ」
幼いころ、直人は同じ言葉を美咲に言った。じゃあ勝ってと当時の美咲は返答した。しかし、美咲は黙ったままで何も言わなかった。
「学校に戻ってきてほしい」と直人は言った。
「医者の許可が下りたら」
「君自身が拒否しているじゃないか。J.M.C.に戻ってきてくれ」と直人。
「退会届を出したはず」
「僕が握りつぶした」
窓の外は、梅雨入りをしたためか、雨が止む気配が一向にない。
「わかっているだろ、退会したらどうなるか」
「それでいい」
「まさか」
「私は臆病者よね」
そうだ、いつでも臆病者だ。死にたい、そう思っても、本当に死ぬ勇気など持ち合わせてなどいない。落ち込んで、励ましてもらって、生きている価値を実感したいだけなのだ。
「稲生は残念だった。君が責任を感じるのもわかる。でも、わかってくれ」
「そういう時に、直人はいつも相手に開心術を使わせる。直人は言いたいことがあるのに、はっきりと言えない。だからあえて、相手に心を読ませる。私が臆病者なら、あなたは卑怯」
「そうだな」
美咲は目を真っ赤に染めていた。
「私は今、開心術を使う力も残っていない。でも、弱った心には、あなたの感情が心の奥深いところに、刺さるように入ってくる。ええ知っている。今回のミッションは成功するわけなかった。あえて難題に挑ませ、私が失敗すればそれでいい。あわよくば、私が死ねば。そう私が死ねばよかった。竹内家が私を消すために仕組んだ罠。ええわかっている」
「だから……」
「だから?なおのこと、竹内家にとっては私がいなくなった方が好都合」
「僕は無関係だ」
「いつもそう!無責任の卑怯者!今回は竹内夏海が仕組んだこと?あなたの父親が命じたこと?そうかもしれない。でもあなたは、竹内の人間なのよ」美咲は振り返って直人を睨んだ。目からは一粒の涙がこぼれ落ちてきた。
「君に幹部長をやってもらいたいんだ。会長にも打診している」
「私が引き受けるとでも?」
「小さいころ二人で会長と幹部長をやろうって言ったのは美咲だよ。僕はそれをずっと夢見てここまで来たんだ。ずっと言っていたじゃないか。何か一緒に爪痕を残そうって。全員が幸せに暮らせる未来を作ろうって」
「それなら、あなたは何をすべきかわかっているはずよ!」
直人は黙り込んだ。
「直人!」
「それは、言わないでくれ……時間がほしいんだ」
美咲は直人を睨んだ。
「わかったわ、戻る。でも一度会長と話させて。幹部長の話はそれから」
しばらくして学校に復帰した美咲はJ.M.C.会長の元を訪れた。
「僕も昔部下を殺した。僕の命だ」と会長は言った。「君と同じ悩みを持つものがこれまでも多くいた。これからも多く生まれるだろう。1ついえることがある。君は一人じゃない。正しいことではないけど、君の気持ちがそれで晴れるなら、それでいいんだ」
美咲は会長を睨みながら一粒の涙を流した。
「君に賞を与えよう。今回の功績を考慮してだ。君を幹部長にしよう」
美咲は黙っていた。
「腹が決まったら、ここに戻ってきなさい。退会は認めないけどね。下がっていいよ」
美咲は一礼した。
「ああまって花森さん、死にたくなったら、その前にどこか旅をするといい」
「旅?」
「行きたいところとかは?」
「特に……」
「じゃあトルコだ」
「トルコ?どうやって行くんですか」
「それは自分で調べる。死にたくなったら調べる」会長が笑った。
美咲は軽くお辞儀をすると部屋を出て行った。
ふと、『僕はストレートがすきですけど』という和真の言葉を思い出した。
美咲は美容院で縮毛矯正をかけ、ストレートにすると、それを和真からもらった紫色のスパンコールのゴムでポニーテールにしばった。鏡を見つめる美咲の顔に笑顔はなかった。
夏帆の目にはなぜか涙が浮かんでいた。
「少し歩こうか」と美咲が言い、二人はカフェを出た。
春が訪れ、外は生暖かい空気が充満していた。
「夏帆ってお父さん似?お母さん似?」
「お父さんかな」
「だよね。女の子ってお父さん似になることが多い。でも私は、どちらにも似ていない」
美咲は立ち止まると、人間界へ出ることのできる境界をじっと見つめた。夏帆が入学の時に入ってきた、あのツジガミマークの入った壁だ。
「医者になりたくはなかった。医者は嫌いだ。医学もまるで興味がない。でも仕方が無い、家のため。そう思って耐えてきた。でも、父親が違うと知ったら」
美咲の声は震えていた。
「私が玄武寮だったことに父は激怒した。玄武寮って、不良の行くところだって。理解を示してくれたのは、桃実さんだけだった。桃実さんにJ.M.C.が居場所になる、必ず入れと言われたから入った。ある日わかったんだ。母は父ではない別の男の間に子供を作っていた。その辺のちんぴらだった。母は今でも父が当直の日は夜中に家にいない」
美咲と夏帆は再び歩き出した。美咲の目に涙が浮かんでいることが見て取れた。
「別にトップになりたいと思ったことはない。でも、何をやっても直人に劣り、何をやっても超えられない。父はそれを見て激怒する。そして私は、責任を放棄した。ミッションでとどめを刺すのは指揮の仕事。でも、私は和真に最後を託した」
「あなたのせいじゃない」
夏帆は小さく、でも力強く言った。それは、自分にも言い聞かせるかのようだった。
「誰も避けられなかった。その時点での最良の選択をした。自分を責めてはいけない」
夏帆は美咲を抱きしめた。美咲は震えていた。
「私に優しくしないで!」
そういうと美咲は夏帆を突き放した。夏帆は呆然とした。
「ごめん。でも、今は……」
夏帆は美咲の後を続いて歩いた。しばらくすると、川の土手へとたどり着いた。美しい桜並木。あの並木が、こんな美しい場所になることを知らなかった。美咲は桜並木を進んで行った。不思議に、夏帆は、この並木を歩くのは初めてではないような気がした。
暫くしたところで夏帆は立ち止った。とある一本の桜がどうも気になる。夏帆はそのすらりとした木を眺めた。頭の奥がガンガンとなるように揺れた。記憶の奥底を金槌で殴るような感覚。そして、強い魔力に吐き気を覚えた。
さくら さくら
野山も里も 見渡す限り
霞か雲か 朝日に匂う
さくら さくら
花盛り
何かの音がした。目の前に黒いフードを被ったたくさんの魔法使いが立っていた。思わず後ずさりすると、夏帆の後ろにもたくさんの魔法使いが姿を現した。完全に包囲されている。夏帆は杖を取り出そうとしたが、いつもある場所は空っぽになっている。後ろにいた誰かにがっしりと腕を捕まれた。
「靑木君?」
靑木君は夏帆の杖を持っていた。目の前に美咲が夏帆に向けて銃を構えた。
「えっ?」夏帆は美咲を見た。
「あなたは知りすぎたのよ」美咲はぼそりと言った。その表情は冷酷だった。
「今日はあなたがターゲット」
美咲はまっすぐ夏帆めがけて銃を構えた。
「さようなら」
―銃声が鳴り響いた
銃口から勢いよく飛び出した黒い弾は風を切るように進む。美咲は唇をかみしめた。夏帆はぎゅっと目をつぶった。多くのJ.M.C.のメンバーが食い入るように、その様子を見ている。夏帆の髪が乱れる。風がどっと吹き、桜の葉を揺らした。銃口からの火薬のにおいがその風に溶け込み、消えていった。
まだ死にたくない
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