#2【金か、命か。】約84%の死

 ほぼ全員が急いで部屋に入る。一人を除いて。残った人物は入室前に、自分の身元に繋がる物がないか、全身を隈なく漁る。身分証明書や貴重品、通信機器や電子機器は、回収されてしまった様で影も形も無い。上着の内ポケットに刺繍が有り、[犬音いぬね]と縫われていた。おそらく自分の名前だと考え、名乗ることに決めた。

部屋に入ると、中を見渡した。とても狭い上に、綺麗とは言い難かった。小さいベッドと剥き出しのトイレが有るだけで、他に家具といった様な物は何も無かった。長期滞在は見込まれていない、短期決戦させる為にも、敢えて減らして汚しているのだろう。家具以外に存在するのは、ベッドに置かれていた箱だけだった。箱を恐る恐る開けると、中には、スイッチの様な、ボタンの様な物が入っていた。拳を握り親指を人差し指の横につけるとスッポリと隠れる程に小さく、全体的に黒く細長い形状で、一番上には赤い部品があった。一緒に入っていた紙には、使い方やボタンの機能が記されていた。


〈貴方のボタンの機能は、《弾の位置を一つ戻す》です。押すと作動します。作動した場合、1度振動します。もう1度押すと取り消します。取り消した場合、2度振動します。〉

〈*注意:発射準備に入る前までに、使用して下さい。挑戦者の結果発表終了後、再使用できます。〉


「シリンダーの逆回転か。そして、誰かが挑むまでに使って、挑む人毎に使えるのか。」

独り言を呟いて、ベッドに横たわる。記憶が無いまま命懸けのゲームに挑まされる事に頭を抱えた。どうやって生き残るのか、生き延びる為に他人を蹴落とさなければいけないのか、そもそも何で参加しているのか分からなかった。どうしようもない現状をウンウン悩んでいると、前まで居た大部屋から何やら大声や悲鳴が聞こえた。喧嘩でもしているのかと思い行きたくもなかったが、生き延びる為には協力しなくてはいけないと考えて、自室から出て行った。


 部屋に入ると、自分以外は全て揃っていた。揉めていたのは、眼鏡をかけた男としゃがみ込み女。

「オマエサッサトイケヤ!」

「ひっ!い、嫌です。」

「ウンダヨ、ヤレヨ!!!」

「ひっ、死にたくない。」

眼鏡男が、女の人に挑戦させようと脅していた。流石に酷いと思い、犬音が止めに入った。

「ちょっと待って下さい!」

「ナンダヨテメェ!」

「無理矢理やらせようとするのは、良くないですよ。」

「シルカヨ!」

「それに、協力しないと生き残れませんよ!」

「カンケイネェナ!」

「そんな事、無いでしょ。」

「オレサエ……オレタチサエブジナラシラネェ!」

「そー、知らないわー。」

眼鏡男の近くにいた、派手な格好の女が同調した。

「まー、私達だけが生き残れば良いしー」

「そんなぁ……」

「あとー、その女こそ自分勝手だしー。」

「へ?」

「だってー、弾の無い場所を知ってるんだからー」

「!?!?」

犬音は驚いて、後ろでうずくまる女の人を見る。犬音を見たり目を逸らしたり、明らかに動揺していた。

「何で分かるんですか?」

「えー、自分で言ったのよー」

「テメェモスイッチ、モラッタダロウヨ!」

「ありましたけど……」

「ソレデワカフンダトヨ!」

犬音は、後ろの女性に尋ねた。

「本当ですか?」

「ひっ、そ、そうです。」

「何処が空なんですか?」

「ひっ、それは……………………」

「教えてもらえれば、協力して全員が無事に出られるんです!」

「……………………………………………………」

言いたくないようで、黙りこくる。確かに、空の弾倉の場所を話した所で、必ず助けて貰える訳ではない。信じられるのは運営と自分だけなら、空砲が来るまで待てば良い。うずくまる女の人を見つめる犬音に、他の参加者が話しかけてきた。

「困ったのぉ。」

「ええ……」

「わしは、骨場こつばというもんじゃぁ。」

「僕は、ええと、犬音です。」

「よろしくなぁ。」

「はい。」

「まさかぁ、人生最後の大博打がぁ、こんな危ないもんだとはなぁ。」

「最後、ですか?」

「まぁのぉ。ギャンブルから足を洗う為に挑戦したんじゃぁ。」

「なるほど。」

「君はぁ、全員で生き残りたいのかいぃ?」

「そうです!協力すれば、みんな無事に出られるはずなんです。」

「じゃあぁ、君のスイッチの能力は何だいぃ?」

「僕のは、〈弾の位置を一つ戻す〉です!」

部屋にいた者、全員がざわついた。簡単に自分の力を打ち明けた事や、もし本当なら全員が生き延びられるからだ。骨場は少し考えると、うずくまる女の人に声をかけた。

「そこの奥さまぁ?」

「ひっ、私ですか!」

「この子の能力が本当かどうか、確認してもらえませんかねぇ?」

「ひっ、分かりました。」

女の人は立ち上がり、自室に引きこもる。犬音は骨場たちの前で、スイッチを押した。押した本人にしか分からないほどの振動が一度だけ、犬音の手に伝わった。すぐに引きこもった女の人が、飛び出てきた。

「どうやらぁ、本当みたいじゃなぁ。」

「良かった。」

「お主の能力でぇ、全員が無事に出られるぉ。」

「そうなんです!」

「嬉しいのぉ。」

「ただ、弾の無い場所が分からないといけませんし、分かっても発射位置に動かさないと……」

「それはぁ、大丈夫だろうぅ。」

骨場は、またうずくまっていた女の人に話しかける。

「奥さまやぁ。」

「ひっ、なんですか?」

「空弾倉の場所をぉ、教えてもらえんかねぇ〜」

「………………」

「みんなでぇ、助からんかぁ?」

「………………………………」

変わらず黙る女の人に、骨場は変わらず続ける。

「ダメかぁ〜」

「…………」

「これはぁ、ワシの長年の勘なんじゃがねぇ。」

「………………」

「空の弾倉はぁ、3番目なんじゃないか?」

「!?!?!?」

骨場の言葉に、言われた女の人だけでなく他の参加者も驚いた。

「えー、なんで分かるのー」

「ジジィテメェナニモンヤ!!!」

「どういう事?!」

「骨場さん、その根拠は?」

犬音の言葉に、骨場は解説を始めた。

「なにぃ、簡単じゃぁ。弾は6発でぇ、1つだけ空砲じゃぁ。この奥さんが挑戦しない時点でぇ、1発目じゃ無いぃ。後半の4・5・6発目ならぁ、部屋にこもって待てば良いぃ。この挑戦部屋に居る時点でぇ、前半なのは確実じゃぁ。」

「なるほど、確かに。」

「2・3発目が空ならぁ、すぐに挑戦できるように待ってないとなぁ。そしてぇ、うずくまっている位置的にぃ、3発目が空だと思ったんじゃぁ。」

かなりの推理に、全員が驚いた。確かに筋は通っている。

「決定的だったのはぁ、ワシが『3番目』と言った時の表情じゃなぁ。今までのギャンブルの人読みがぁ、生きたのぉ。」

「ひっ、そんな……」

「でぇ、どうなんじゃぁ?」

「ひっ、そうです…………」

「奥さまぁ、お名前はぁ?」

「ひっ、外池そといけです……」

「外池さんやぁ、あんたのお陰でみんな生きられるわぁ。」

骨場は外池に頭を下げると、犬音に話しかけた。

「犬音さんやぁ、これで全員が助かるのぉ。」

「空の位置は分かりましたけど、発射場所に動かさないと。」

「それはぁ、大丈夫やぁ。」

「なぜですか?」

犬音が質問すると、骨場はポケットからスイッチを取り出した。そして、押した。

「ワシの能力はぁ、〈弾倉の180度回転〉じゃぁ。」

「えっ!」

「右回りかぁ、左回りかぁ、分からんがのぉ。」

「それは大丈夫だと思います。でも、自分の能力と組み合わせたら、空砲に出来ると思います!」

「そうだねぇ。」

「えぇ。自分の能力は、〈弾倉の位置を一つ戻す〉です。なので骨場さんの後に押せば、空砲が正面に来るはずです。」

「ほおぉ。」

「自分以外が挑戦する度にボタンを押せば、全員が無事に出られると思います。」

参加者全員が、犬音の言葉にざわついた。生きて出られるかもしれないからだ。しかし、それだけでは無かった。

「えー、それだと賞金が少なくなるじゃん。」

「テメェラノイノチナンテシルカ!」

若い女とガラの悪い男が、異議を唱えた。犬音はすぐに反論した。

「お金の為に、人の命を蔑ろにするんですか!」

「えー、人って、他人でしょ?」

「そうですけど!」

「まー、みんな命懸けなのは知ってたっしょ。いまさら仲間ごっこしても。」

「全員が無事でも賞金は出るじゃないですか!」

「はー、5千万と30億じゃ桁が違うんですけど。」

犬音と若い女の言い争いに、ガラの悪い男も口を挟む。

「タニンノタマト、オレノカネナラ、カネダ。」

「ちょっと待って下さい。せっかくみんな生き残れるのに、どうして!」

「ソンナニイキタキャ、オマエガヤレヨ!」

「僕が行ったら、誰も助からないじゃないですか!」

「ソモソモホントニ、モドスノウリョクナノカ?」

「信じて下さいよ!」

「ショウコミセロヤ!!!」

2対1で押し込められる犬音に、骨場が助け舟を出した。

「ではぁ、ワシが行こうぅ。」

「骨場さんが?」

「そのお兄さんの言う通りぃ、行けば良いんじゃぁ。」

「どういう事ですか?」

「誰が生きて出てしまえばぁ、30億の特別賞金は無くなるからのぉ。」

「確かに…………」

「ワシが大丈夫ならぁ、犬音くんの主張が本当だと分かるじゃろぉ?」

「それに、骨場さんの能力も本当という事に。」

「よしぃ、じゃあ行くかのぉ。」

骨場は全員の前で、取り出したスイッチを押した。犬音も続いて、スイッチを押した。全員が固唾を飲んで見守る。骨場は磔になると、部屋が暗くなった。天井からブラウン管モニターが降り、床から拳銃の固定された台座がせり上がってきた。モニターには、ゲームマスターのカボチャ頭が映っていた。


《挑戦者が決まりました。》

《生き延びる事が出来るのか。それとも死か。》

《では、開始です。[ルーレットリボルバー]!》


骨場の額に赤い点が灯る。ギギギと重い引き金が音を立てて、引かれる。自動で動く拳銃を見つめる者、磔になった骨場を見守る者、両目を手で覆う者。様々な反応がある中、骨場自身は目を閉じる。絶対に勝つギャンブルほど面白くない物は無いが、賭けている物が命なだけに勝たなければならない。静まり返る部屋の中、突如として破裂音が響き渡る。ゲームマスターの声が、部屋に広がる。


《参加者、死亡。》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る