4-5 終
数日後、朝。
最速で決裁を取って回ってきたと思われる眞島の人事通達が六条院のもとに届いていた。机の上に置かれている封書を見て松本は首を傾げる。
「あれ、隊長は?」
「今日はまだ姿をお見かけしていませんね。っていうか、今は同じ家で寝泊まりしてるんすよね? なんで副隊長が知らないんすか」
「俺はこのところ科技研に泊まってたから家に帰ってないんだよ」
神在の足取りを追う捜査は想像以上に難航した。記録として提出された動画データにおいて彼女は顔がカメラに写らないように巧妙に調整をしていたため、今のところ容姿に関する情報が皆無だった。容姿がほぼわからない人間を追いかけるのは困難だ。
「隊長もこのところひとりであちこちを回られていたみたいなので、お疲れが出て寝坊、とか……」
おそるおそる東風が口を開くが、途中で本人も自信をなくしたようで尻すぼみに声が小さくなっていった。
「それはない、絶対にない。仕事の日は何をどうしても絶対に無断で遅刻、ましてや休むことなんてしない人だ。――何かが、おかしい」
連絡をしてみる、と言って松本は端末を操作した。だが、コール音の前に「電源が入っていないか電波の届かない場所にある」とアナウンスが流れるだけだった。もう一度、今度は私用の端末に連絡を取ろうとするも、こちらはコール音が流れるばかりで、六条院に繋がる気配はなかった。悪い想像を振り払うように松本は頭を振った。
「梶、東風、この封筒はいつからここにあった?」
「えーと、多分昨日の夕方からっすね。確か櫻井さんが持ってきてくれたんすよ。隊長も副隊長もお留守だったから、残念がってました」
現在は総務で働く元第三部隊員である櫻井は機会があればこうして会いに来てくれることがある。そのおかげで二人が時刻を覚えていた。
「ありがとう。少なくとも隊長は夕方から今朝まではここに来てないのか」
「あの、昨日はオレたち一回も隊長のお姿を見ていません」
「一回も?」
「はい。自分がしばらく現場の指揮を取れないから、交替チームの方から補佐を派遣する、と指示をされていたので特に疑問に思っていなかったんですが」
「……」
東風の話に思わず黙り込んでしまう。二人が心配そうに松本の顔を覗き込んだ。
「あの、僕たちの判断間違っていたんでしょうか」
「いや、二人の判断はまちがってない。基本的には隊長が言うことを信じるべきだ。俺のこれはいわば、虫の知らせというか……まあ、根拠のない不信感だな」
ひとまず人事通知を開封せねば、と松本は封書を手に取った。隊長不在の今、副隊長である松本が開ける必要がある。六条院の行方を知るためにも、人事通知に沿って眞島を〈中央議会所〉へ返す方が得策だと松本は踏んだ。
「たった一枚か」
薄いペラペラの紙をつまみ上げて松本はつぶやく。人事異動通知の発令日は週明けになっていた。よく無茶を通したものだ、と思わず感心してしまう。そして、こんな紙切れ一つで人の身の振り方が決まってしまうことに笑いが込み上げてきた。
「副隊長?」
「あ、悪い。とりあえず俺は、眞島くんに連絡をして一回家に帰る。交替班には申し訳ないけど、もう少し指揮を任せたいと伝えておいてほしい」
「了解っす」
松本の指示を受けて梶と東風は動き出す。松本も端末を操作して、眞島へ連絡を取った。勤勉な眞島らしく、コール音が三回に満たないタイミングで通話が繋がった。
『眞島です』
「おはよう。今時間は大丈夫?」
『……それはあなたが一番よくご存知では?』
眞島の皮肉のきいた答えに、松本は苦笑した。
「嫌味に聞こえたならごめん。眞島くんの人事について通知が来たからその連絡」
『? なぜ、松本副隊長が?』
「そこはあとで説明をする。ひとまず、週明けからは元の部署に戻ってこいという連絡が来た。こっちのデスクに置いてあるものは送ることもできるけど、どうする?」
『お手数をかけますが送ってください。この人事決裁の早さから考えて私と〈アンダーライン〉のつながりを一刻も早く絶ちたいのでしょう。ここから先、接点は少ない方がいいはずです』
「ありがとう。俺も同じ読みだったから助かった」
あとで梶か東風に手配をさせよう、と思いながら松本は話を続ける。
「で、隊長の件だけど、実は昨日から行方がつかめていない。俺も昨日までは科技研に詰めていたから知らなかったけど。眞島くんのところに連絡が来ていたりはしない、よね?」
『はい。私のところには何も』
「もしかしたら本当に疲れきってて家で休んでる可能性があるから、俺も一回帰ってみるけど、どうも違う気がして」
『ええ、私もそう思います。隊長がそういうことをする人だと思えません』
「だから、眞島くんには議会所の方で俺たちをバックアップしてほしい。微妙な立場に立たされているところ申し訳ないけど、頼めるかな」
『はい、もちろんです。私の立場で誰かが救えるかもしれないのなら』
――それは、とても嬉しいことだと思うので。
電話越しに聞く眞島の声はこれまでで一番柔らかく響いた。松本はこみあげるものをぐっとこらえながら「ありがとう」と礼を述べた。
「通知のコピーはあとで電子版を送っておく」
『ありがとうございます。ほかに私がしておくことがあればまた連絡ください』
「了解。こちらこそありがとう」
じゃあ、と言って通話は終了し、松本は自分の荷物と家の鍵をつかむと、第三部隊執務室を飛び出していった。
「六条院隊長の行方、わかったか?」
「いや、全然つかめなくて正直お手上げ」
その日の夕刻、第三部隊執務室内の隊長室で項垂れる松本を志登が気の毒そうに見つめていた。
「最後の手段として残しておいた六条院家への連絡までしたけど、そっちもはずれた。だいぶ事態としてまずいよね?」
「まずいだろうな。隊員たちには伝えてるのか?」
「日勤隊員と眞島くんには伝えた。それ以外にはまだ」
「懸命な判断だと思う。元々副隊長の職務規定として、隊長不在時は隊長代行として権限を行使できるから、お前が指揮権を取ればいいと思うが……」
「さすがにもう一人補佐してくれる人員がほしい」
「だよな。ったく議会所も空気読めよな。眞島の異動はもっと後にしろよ」
チッ、と志登が舌打ちをした。
「今週末だけ眞島くんの手を借りてもいいかとは思ったんだけど、それはそれで角が立つから」
「それは同感だ。議会所に貸しを作るのはよくねえ。雷山を補佐に回すか? あいつは前に一回OJTでそっちに行っただろ」
「それはすごく助かるけど、第一部隊は?」
松本の心配を志登は「大丈夫に決まってんだろ」と一蹴した。
「こっちは日勤にも現場指揮を執れるベテランが残ってるから雷山の穴は埋まる」
「それは心強い。ホント、こんなこと梶たちに聞かせられないけど、櫻井さん抜けてから結構困ってたんだよ。隊長が優秀だから穴は埋まってたけど」
「……隊長が優秀すぎるのも考え物だな」
「隊長の行方がわかったらこれからは、自分がいないときのことも考えてくれって言う。今決めた」
「そうしろそうしろ」
志登の言葉に松本はよし、と拳を握った。ではさっそく雷山を呼んで話をするか、となったタイミングで松本の仕事用端末が着信を告げて震えた。
「え、」
「あ? 誰からだよ」
ディスプレイを見て動きを止めた松本に志登が声をかける。松本は無言のまま端末を志登に見せた。
「……出るよな?」
「出るよ」
ディスプレイには六条院の私用端末からの着信であることが示されていた。震える指で松本は通話開始ボタンをタップする。
「――もしもし」
恐る恐る出した声は情けなくも震えていた。
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