4-3

「あら? 初めて見る顔ね」

 特別監視下に置かれている特別囚人番号〇〇二ことサンに面会を申し入れたのは眞島だった。特別囚人が収容されている監獄は【中枢】地区の中でも寂れた場所にあり、六条院が同行を申し出たが、眞島はそれを断った。六条院には直接言わなかったが、彼がいない方がスムーズに運ぶ予感がしたためだ。眞島の面会申し入れに、サンが快く諾と返答したことだけが意外だった。

「ふぅん、三十二と同階級なんだ」

 サンの視線は眞島の左腕を捉えていた。黄色い腕章は副隊長の階級を示すものであり、部外者からも一目瞭然だった。

「そうです。眞島薫といいます」

「ふふ、私たちに名乗ってくれる人は珍しいから嬉しい」

 サンは眞島の自己紹介に気を良くしたようで、眞島は安堵した。

「それで、今日は何を話しにきたの? 私たちのこと? それとも三十二のこと?」

「あなたたちのこと、に近いと考えています」

「そう。私たちのことで、三十二が答えられないことを訊きに来たのね」

「はい」

 素直に肯定する眞島にサンは目を細めた。

「単刀直入に訊きますが、あなたたちに定期的に会いに来る人がいますね? 名前は神在潤。今年二十一歳になる若い女性です」

 松本から送付された情報を元に問いかける眞島をサンはじっと見つめ返した。強化ガラスで隔たれた二人の間に沈黙が満ちる。先に口を開いたのはサンの方だった。

「本当に知りたい?」

「それが仕事なので」

「そういう面白くないことを平気で言うところは嫌いじゃないから教えてあげる。カオルの言う通り、定期的に彼女は私たちに会いに来た」

 カオル、と名字ではなく名前を呼び捨てにされてやや面喰いながらも、私たち、という言い方に引っかかりを覚えた眞島は問いを重ねた。

「あなた以外にも会いに来たと?」

「ええ。でも私以外はもう外と関わりたくないみたいだから、彼女もすぐに会おうとするのは諦めたみたい」

「あなたは、会ってもいいって思ったんですか?」

 眞島の問いかけにサンは「そんなこと訊かれるなんて思わなかった」とつぶやいたのち、首を縦に振った。

「……会ってもいい、という後ろ向きな感情じゃなくて、会おうって気持ちだったかな。あの子はちょっと……うん、私が初めて出会ったころの米澤先生と似てたから」

「似てた」

「そう。他の三人は多分米澤先生のことをよく思っていないと思うけど、私は嫌いじゃなかったから」

 サンの答えは眞島にとって意外だった。米澤博士のことの多くを眞島は知らない。ただ、松本たちの身体が常人と違うものになった原因を創り出した研究者だということだけを知っていた。サンはそんな眞島を見ながらくすくすと笑った。

「もしかして、意外だった?」

「はい。……松本さんを含めたあなたたちにとって、決していい人だったとは言えないでしょう」

「それは事実ね。でも、米澤先生はあの人のやるべきことを必死になってやった人。だから憎みきれないのよ。なんだか、可愛くてね」

 こう見えても私だってあなたの倍以上は生きているのよ、とサンは笑った。見た目は松本と同じく二十代にしか見えなかったが、その笑みには底知れない怖さがあり、彼女と対峙してから初めて眞島は背筋に寒さを覚えた。

「そういうわけで、時折ここを訪ねてくる彼女と話をしたの。本来私に会うにはカオルみたいな人の立ち合いが必要だけど、彼女は特別許可を得ていたから、ひとりで来ていた」

 特別許可、という聞きなれない言葉に眞島は眉間にしわを寄せた。

「初耳? 私たちはこういう身体だから、学術研究目的であれば立会いなしの面会が叶うらしいの。まあ叶っても、どうせ面会で何を話したかはそれが記録してるんだけどね」

 サンはそう言って部屋に設置されている監視カメラを指さした。

「矛盾していますね」

「そうよ。矛盾している許可だから、彼女の話も、どこまで本当かわからないけどね。私は彼女の言葉を聞くことはできても、確かめる術は持たないから」

 確かめるのはカオルや三十二の仕事でしょ、と言ってサンはにこり、と笑った。眞島は彼女に対して頭を下げる。

「ご協力、ありがとうございました」

「はいはい。たまにあなたと会うのは退屈しなさそうね。また会えることを楽しみにしておく」

「……」

 眞島がここに訪れるのは重大なことが発生したときに限られるため、できれば二度目以降はあってほしくない、と強く願った。

「じゃあね、カオル」

 また明日、と続きそうなくらい軽い口調でサンは言う。ひらり、と振られた手のひらの白さが妙に眞島の目に焼き付いて離れなかった。


「戻りました」

「……戻りました」

 同日夕方、ほぼ同時に松本と眞島は第三部隊執務室に戻った。心なしか声に疲労の色をにじませる松本に眞島は声をかけた。

「大丈夫ですか? なんだかお疲れのようですが」

「うん、まあちょっと」

 貴族の話し相手を数時間ほど務めていました、とは言えず言葉を濁した松本に眞島は「これが終わったら、きちんと休むようにしてくださいよ。倒れられたらみんなが困ります」と付け加えた。至極まっとうな言葉に思わず松本は天を仰いだ。

「言葉がしみる……」

「?」

 怪訝そうな顔をしている眞島に松本は「情報の整理をしよう」と声をかけた。松本が休めるのはこの情報整理が終わってからだ。眞島は松本の声かけにピシッと背筋を伸ばすと、隊長室のドアをノックした。

「すまぬが、少し待ってくれ」

 中では六条院が誰かと話をしていたようで、入室に待てがかかる。おそらく六条院家――双子の兄である常仁と話をしているのだろう、と松本は推測した。眞島もなんとなく理解しているようだった。

「そういえば今さら訊くのもあれだけど、俺たちの監視の話ってどうなってるの?」

「一応月次で報告をしていますが、今のところ『問題なし』以外に書くことがないので特に何も」

「それで、議会所の人は納得してくれてる?」

 松本の問いかけに眞島は若干言葉に詰まった。その様子に松本は笑う。

「眞島くんの報告が疑われたら本末転倒だよ」

「……とはいえ、私が嘘をつけない性格だというのは周知の事実ですので。今のところはその事実のおかげで大丈夫です」

「それならいいんだけど。何かあれば相談するって約束してほしい。俺は自分の知らないところで自分に関わる何かが起きるのが一番困るから」

 必要があれば報告材料になりそうなことを考える、と言わんばかりの勢いの松本に眞島は気圧された。

「はい。もしそういう想定で動かなければいけないときがきたらご相談します」

「絶対な」

 松本が強めの言葉を使うのは珍しい、と思いながら眞島はもう一度首を縦に振った。

「? 何の話だ?」

 ちょうど話が終わったらしい六条院が隊長室のドアを開けながら訊ねた。

「副隊長同士の話ですよ」

「その通りです」

「そうか」

 松本と眞島の雑な誤魔化し方を面白がるように六条院は笑った。そして二人を隊長室に招き入れて鍵をかけた。

「さて、今日の結果を話しておきます。まずは俺から」

 松本はそう言って、八条院から受け取った紙の資料を机の上に広げた。【中枢】地区で臨時雇いの医師として働いていたという情報が記されていた。

「当時病院で働いていた理由まではわかりませんでしたが、その時に一人の交通遺児の身元引受人になったそうです。その遺児の名前が神在潤でした」

「それで〝神〟か。博士が身元引受人になった理由はわかったか?」

「はい。彼女はいわゆる後天的な《ギフテッド・チャイルド》です。交通遺児となるきっかけになってしまった事故による脳の損傷で獲得したものになります。おそらく今も、その症状は続いている、という見立てでした」

 松本の言葉に六条院はため息をついた。プロファイリングの型に当てはまりにくい思考回路の人間の行動を予測するのは難易度が高かった。

「天才児の考えることを予測するのは難しいな」

「プロファイリング自体は私でもできますが、一応試してみますか?」

 眞島の提案に六条院はぽん、と膝を叩いた。眞島は犯罪学を専攻する中でプロファイリングについても多少の経験があった。

「とても助かる。ぜひ試してみてほしい」

 通常であれば科技研の職員に依頼をする範囲だが、事前に試算できる人材がいることは非常に幸運だった。

「では続いて私からの報告です。特別監視下にある特別囚人番号〇〇二――サンと会ってきました」

 非常に気に入られたようだ、という点は伏せて眞島は神在がサンと接点を持っていたことを共有する。サンの言葉通り、面会の様子を写した記録は残っており、二人が時折会っていたことの物証が出た。内容の解析はこれから科技研で行われるという。

「一点気になったのが、特別許可という制度です。私は着任からまだ半年ですし、自分の知らない制度かと思っていたのですが、どこにも特別許可のことは明文化されていませんでした。なにか、ご存知ですか」

 眞島の言葉に、二人とも首を横に振った。

「いや、わたしは何も知らぬ。初耳だ」

「俺もです。あ、いや俺の場合はもう少し特殊ですかね。わざと情報を俺には伏せている可能性がありますし。その許可ってやっぱり〈中央議会所〉が出してたの?」

「はい。看守が許可証のコピーをくれました」

 眞島は二人の前にコピーが印刷された紙を提示した。

「これも紙か。珍しいな」

「原紙は持ち出し不可。紙なのは電子にするよりこっちが早いって言われたからです」

「あーそうか。特別監視の監獄は電子機器の設置が制限されるからか」

 ふうん、と言いながら松本は紙をつまみ上げた。そして紙を見ながらはた、と気がつく。

「そう言えば、議会所の副所長って」

「……お察しの通り私の実父ですが、期待はできませんよ」

 眞島は予防線を張ったが、六条院はその線を丸無視した。

「この許可証について調査に行ってくれぬか。同行は元岡に頼む。彼女であれば例の面会記録データをもとに上手に判断するだろう。わたしや松本では刺激になりすぎる」

 どうして特別許可などというイレギュラーを以ってしてまで彼女を特別囚人に会わせたのか。

 三人で顔を突き合わせていても答えは出てきそうにもなかった。


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