1-4
「俺は電気工作系に明るい〝隊員〟が来るって聞いたんだけど?」
「俺だって隊員の一部には違いないだろうが」
後日、工具と共に支部に派遣されてきたのは志登だった。一時期DIYにハマったらしい彼は、配線をいじるために電気工事系の資格を取得していたと言った。志登が電気工作系に明るいとは知らなかった松本は驚くとともに、彼の通常の仕事が心配になる。
「志登隊長、隊長としての仕事は?」
「そんなもん副隊長に任せとけばなんとかなる」
「なんとかならない仕事だってあるでしょうが」
松本は以前六条院が数日留守にしたときのことを思い出す。あのときの六条院と今の志登では状況が違うが、彼の下で働いている副隊長に松本は心の底から同情した。
「火災なんて、一番いやだろ。証拠も証人も全部燃えちまう」
「そりゃ火災がいいなんて言う人間はいないだろうけど。ニオイも煙もきついし」
俺も嫌いだよ、と松本は言った。そんな松本に志登は訊ねる。
「今回のどう思う? 本当に電気系統に工作されると思うか?」
志登の問いかけに松本は首を横に振った。
「いや、ここまで仕掛けさせておいてあれだけど、ここはされないと思う」
「ここは?」
「志登さんの耳に入ってるか知らないけど、最近ここに煙草がいくつも捨てられてた。これが回収されるかされないかでやり方を変えてるような気がする……これは俺の勘だけど」
松本の言葉に志登は面白そうに目を細めた。
「人がいないのなら煙草は拾われない。人がいるなら拾われる――そんな感じで見極めをされている気がする」
「正解だな。現にお前が拾った煙草からは指紋も唾液も検出されなかった。単純に燃やされて捨てられた――それが答えだ」
「問題は〝誰が〟と〝なぜ〟がわからないことだ」
「まあそうだな。ここで一つ俺からも共有しておくことがある」
志登の言葉になに、と松本は訊ねた。
「話は去年に遡る。四人組で悪さしてたやつらのうち二人が捕まったんだ。割りとやりたい放題やっててな。ハッキングみたいな情報盗難から、特殊詐欺まがいのことまで多種多様だ」
志登の情報に松本は「ばかだなあ」と言った。
「ハッキングで国家機密に触れようとして足がついて二人が逮捕された。残る二人はまだ野放しだが、今回の事件はこいつら二人が起こしていると見てまず間違いない。男二人組でわざわざ〈アンダーライン〉に喧嘩売ってくるようなやつは他にいない」
「国家機密……」
「今お前が想像してるような情報だよ。ちゃんとそこにアクセスされる前段階で引っかかったから逮捕に至った」
志登のフォローに松本はほっと胸を撫で下ろした。松本の素性や出自は今や〈アンダーライン〉のほとんどの隊員が知りうることだが、外部の人間にいたずらに吹聴したいわけではない。
「……相手は、もしかして結構若いの?」
「ああ。まだ十代だ。だからやり口も動機も拙さが残ってる」
「あーあ、やだなあ。俺、若い子取っ捕まえるの好きじゃないし」
「元同階級のよしみで言わせてもらうが、お前から見たら大体の人間が若いだろうが。俺だってそのカテゴリだろ?」
志登の言葉に松本は少し考えたのちに「そうだけど、俺のいう〝若い子〟とは少し違うかな」と結論を出した。志登はその発言にずっこける。
「なんでだよ!」
「志登隊長の言う通り、俺からしたら大体の人間が若いよ。ただ、俺の言いたい〝若い子〟っていうのは十代後半から二十代前半。みんなそれぞれ親や周囲の大人たちの価値観から抜け出して自分の価値観を築いたり、自力で生活をしたりするんだと思うんだけど、うっかりそれがうまくいかなかった子たちが犯罪に走るのがいやなんだよ」
今でこそまともな生活を送れるようになっている東風も、下手をすると違う未来があったかもしれない。
「自分じゃどうしようもない環境ってあるだろ」
「そうだな、それについては同意する」
だからといって犯を罪していい理由にはならないがな、と志登は言った。それについても同意する、と松本は言った。
「ところでこのモニターだけを見るって結構退屈だな」
志登は、家の外に監視カメラを難なく取り付けると、家のリビングに端末を置いて、松本と二人見られるように細工をした。
「時間を持て余してる隊長が居ますよって本部へ連絡した方がよかった?」
「よくねえよ。言いたかねえけど、外に犯人がいても、お前じゃ捕まえるの無理だろ。だから残ってる」
「それはそうか」
松本は志登の言葉に同意をした。志登は、言いにくいことでもはっきりと口にしてくれるため好感が持てた。二人してぼんやりと画面を見ていると、志登の端末が鳴った。どうぞ、と松本がジェスチャーをすると、志登は片手を上げて通話に出た。
「あー……わかった、一回戻る。少しかかるぞ」
「なにかあった?」
あっさりと通話を終わらせた志登に松本は訊ねる。
「〈アンダーライン〉の車両整備工場で火事だ。悪いが、一回戻る。お前も来るか?」
志登の問いかけに松本は首を横に振った。
「ここにいる。俺が不在にしたらそれこそ良くない気がする」
「……わかった。一応、遠隔でもカメラ確認できるようにしておくから、なにかあったら迷わず緊急通報ボタンを押せよ」
志登が壁を指さす。つい先日まではなかったそのボタンに、松本は「いつの間に」とつぶやいた。
「カメラと一緒に設置許可もらってきた。〈アンダーライン〉支部とはいえ、常に隊員が控えている場所じゃないからな」
「あー、ありがと。六条院隊長にも言っといて」
行ってらっしゃい、と言って松本は志登を玄関まで見送った。後姿がドアの向こうに消えるのを見送ってから、一言だけ言葉を発した。
「他に〈アンダーライン〉の隊員はいないから、そろそろ出てきてもいいだろ」
松本の言葉に反応して姿を見せたのは若い女だった。黒い髪を短く切り揃えて、切れ長の目をしている華奢な女だ。男二人組、という前情報を耳にしていたので、少し戸惑うが、暗い中での監視カメラの映像など当てにならないと思い直す。彼女は女性の平均身長をよりもかなり背が高く(もちろん男性平均身長を優に越える松本の方が高いが)、一瞬の映像では性別を勘違いされてしまってもおかしくないだろうと思った。
「上手に隠れてたよ」
どうしてわかったのだと言わんばかりの表情をしている彼女に松本は先手を打った。志登の目を欺いて支部内に潜伏していたのだから気配の消し方は一流だ。
「なにか俺に言いたいことがあって、ここに来たんだろ。せっかくならちゃんと言って帰ったらいい」
松本の言葉に彼女は迷ったようだが、しばらくしてからようやく口を開いた。
「……弟にはいつ会えるの」
「弟? あ、もしかして」
先に逮捕したという別の子どもたちだろうか、と松本は思う。先日、二人組を逮捕したという志登の発言を思い出す。
「連絡も取れないし、会いに行く場所もわからなくて、どうしたらいいのか検討もつかなくて、」
「……なるほど」
松本は最初の推察を打ち消す。おそらく彼女は今回の事件関係者の身内で、なんらかの方法でここまでやってきた。彼女に何も連絡がなかったということは、弟の保護者は別にいるか、連絡があっても無視をしているかの二択だ。
「なるほど、ってなにが?」
「いや、こっちの話だ。ここにはどうやって来たんだ」
「〈アンダーライン〉の本部じゃなにもわからなかったから、他に隊員たちがいる場所を探してたらここに着いた」
「そうか……。残念ながらその件については管轄が違うから、捜査が今どうなっていて、誰がどこにいるかは知らない。あとは身内だろうあなたに逮捕の連絡がいかなかった理由もわからない。……ただ、」
松本はそこで言葉を切った。
「さっきまでいた志登さんならきっとわかるし、ここに来る他の隊員でもわかる人がいると思う。もう少し待てるなら一緒に待っててもいいけど、どうする?」
松本の提案に、彼女は一も二もなくうなずいた。ホッとしたように長く息をはく彼女に、松本は声をかける。
「なにか温かいもの淹れようか。お菓子も食べていって」
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