1-2
「僕、もう一人の副隊長あんまり好きじゃないっす」
「いきなりどうした?」
数日後、支部にやってきた第三部隊の日勤隊員である梶辰也が文句を言った。数年前の採用当時は最年少として誰かの後をついて回ることが多かった彼も今や後輩がいる身だ。今日は物資補給で立ち寄っていた。
結局、松本と眞島の仕事分担は、本部での采配が眞島、支部での采配が松本、というように分担されていた。現場に出ることも求められる本部での仕事が足のハンデを抱える松本にとって難しかったというのが大きい。
「好き嫌いをなくせとは言わないが、今やお前にも後輩がいるだろ。大っぴらに上司の悪口を言うな。手本になれるようにがんばれ。……いや、隠れて言えばいいってもんでもないからな?」
「……それは、そうですけど」
梶はちらりと横で懸命に端末の資料を読み返している後輩――東風周を見る。東風は松本と梶の視線に気がついて顔を上げた。彼は松本が〈アンダーライン〉の第三部隊副隊長になってすぐの頃に関わった事件で助け出した元少年であり、つい先日入隊が叶ったばかりだ。東風も二人の話は聞いていたらしく、彼なりの所感を口にする。
「オレ、仕事を始めてからは眞島副隊長の采配しかまだ知らないんで、よくわかりませんけど、そんなに違いますか?」
「お前、昔一週間くらいうちの隊舎で松本副隊長にくっついて過ごしたんじゃなかったか?」
その時と全然違うだろ、と梶は言ったが、東風も松本も首を傾げた。
「まだ異動して一週間くらいだったし、俺自身あまり隊に馴染んでた記憶がないんだけど」
「オレも松本副隊長にくっついてただけなんで、わかんないんですよ。意外とみんな優しいんだなーくらいで」
最近思い出してわかったのは超庶民のオレに隊長が気を遣ってくれてたことくらいですかね、と東風は言った。松本の独断と独行を六条院は許可するのみで、あとは裁量に任せていてくれたのを松本も思い出した。
「あーそうだった。許可はくれたけど、下手に自分が接して委縮させてもいけないからってお前のことは全面的に俺に任せてくれたんだった」
「懐かしいですね」
その時の念願叶って同じ職場で仕事をすることはできて嬉しい、と東風は言った。
「お前いいやつだなあ」
よっぽど更生施設での待遇がよかったのか、と思いかけ、いやそもそも素直で懸命な少年だったな、と松本は思い直す。環境が整ったことで自然と良い方向に向かったのだろう。
「で、梶はなんで眞島副隊長のことが苦手なんだ?」
理由のない苦手もあるだろうが、おそらく理由はあるだろうな、と松本は思う。七十年程度生きている松本から見れば、可愛い範疇に入ってしまうふるまいだが、彼の部下である梶からすれば癇に障るところもあるだろう、と感じていた。
「まず、副隊長になった経緯に納得がいってないっす」
「なるほど」
通常であれば〈アンダーライン〉の隊員は、養成機関を出ている必要がある。だが、隊長・副隊長といった役職には極稀に〈中央議会所〉から派遣されることがあった。
「でも、他に副隊長になれるような候補の人間もいなくて、派遣されてきたんだろ? 経緯としては妥当だ」
「そこは僕もわかってるんですけど、ええと、第三部隊って良くも悪くも、放任だったじゃないっすか」
「責任はすべて取ってやるからのびのびやれ、ただし困ったらすぐ頼れ、が隊長のモットーだもんな」
「それが、今はちょっと違ってて。僕たちがなにかやろうとするときに一つ一つ報告が必要なんすよ」
梶の言葉に東風が驚く。
「あれ、普通だと思ってたんですけど、前はなかったんですか」
「なかった。映像解析室使ったり、科技研に調査依頼したりするのに一々報告は要らなかった。結果の報告はしてたけど。百歩譲って科技研への調査依頼は費用も発生するからまだいいっすけど、映像解析室の利用まで報告の必要あるんすか?」
梶の言葉に松本は腕組みをして考え込んだ。
「うーん、それは、確かにちょっとやりづらいかもな……」
松本個人としてはそれはやりづらかろう、と同意してやりたいところだが、眞島の立場を慮ると語尾を濁すほかなかった。
「お前たちの話はわかった。もう少しなんとかならないか俺から隊長の耳にも入れておく。ただし、必ずしも改善されるとは限らないから、期待するなよ」
「はあい」
実は六条院も眞島の扱いにはやや困っているのだ、というのは松本の胸中に留めておく。あからさまな監視としての派遣にどう対応するか決めあぐねているようだった。
「なんか、打ち解けるきっかけがあるといいけどなあ」
先日邂逅した際に垣間見えた性格からして、打ち解けるまでには時間がかかりそうだが、やらなければ始まらない。
「彼もまだ就任して半月くらいだろ? そもそも養成機関を出ていない人間には〈アンダーライン〉でやることなすことはすべて不思議だろうから、最初のうちは応えてやってもいいと思う」
「……ずいぶん眞島副隊長の肩持つんすね」
その言葉に松本はドキッとする。監視を兼ねて派遣されてきたと言うので、波風は立てない方がいい、というのが松本の下心だが、それを梶たちに言えばますます憤慨しかねなかった。
「積極的に職場に波風立てたいわけじゃないからな。俺は俺、彼は彼でやり方がある」
「すんません、ちょっと配慮が足りてなかったっす」
松本の言葉に梶は素直に謝罪した。素直で人のいい男でよかった、と松本は胸をなでおろした。
「時間は、大丈夫か」
「あ、大丈夫っす。今は比較的落ち着いてるんで」
梶がそう言った瞬間、東風の持っていた本部との連絡用端末が現場急行の要請を告げた。シン、とした部屋に「了解。向かいます」という東風の声が響いた。
「……行ってきます」
「はいはい。気をつけてな」
またいつでも寄って行け、と言って松本はにこやかに彼らを送り出す。玄関まで見送りに出た松本に梶と東風が「そういえば」と振り向いた。
「最近、〈アンダーライン〉に関連した施設で不審火というか小火というか、放火? みたいな事件がいくつか起こってるので、戸締りと火元の確認は十分に注意してくださいね」
「原因不明なのか?」
「火災現場って消火活動であれこれ動かしたり壊れたりするから原因が特定しにくいんだそうです。でもこれだけ場所が限定されていたら故意を疑わざるをえないというか」
「とにかく、用心するに越したことはないんで、気をつけてくださいね!」
じゃあ、行ってきます、と言って二人は慌ただしく支部を飛び出して行った。その後ろ姿を見送って松本は考える。
「〈アンダーライン〉関連場所での火災か……」
〈アンダーライン〉という組織の性質上、恨みは買いやすい。そのため、どこをどう狙われてしまうかも不明だった。
「気をつけるにも限度があるよなー……」
今の松本は以前のように素早く動けるわけではない。住居兼職場にいる今、しばらくは一番玄関に近い部屋で寝るべきか、と判断した。
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