コロナ純情恋愛物語
鴉
隼人と雅美
コロナ禍の最中、ある二人のカップルはとある繁華街で待ち合わせている。
(今日こそ、やれるんだ……!)
神楽隼人は、胸の奥底から湧き上がる、「じん」とした感情に胸をときめかせながら、マスクを整えて、待ち人を待っている。
街はクリスマスという事もあり、コロナ禍だったがワクチンが普及している為に行動制限も無く、人流が戻り、活気に満ち溢れ、改めて「医学って凄いな」と隼人は感動しながら辺りを見回すと、雑踏の中から手を振って近づいてくる、黒の某人気ブランドのダウンジャケットを着た長い髪の女性を見て、隼人の股間は熱くなった。
「雅美!」
隼人は目の前にいる、如何にも過去に水商売を経験していた雰囲気を醸し出す、若干ビッチ寄りの雅美と言う名前の同年代の女性に近づいていく。
「会いたかったよお……!」
雅美は目に大粒の涙を流しながら、人目を憚らずに隼人に抱きつき、隼人もまた雅美を愛おしげに抱きしめる。
ぐう、と言うお腹が鳴り、まさか自分の腹じゃないよなと疑ったが、雅美は慌てて、「お腹空いちゃったんだよね」と照れ臭そうに、これまた如何にも安い香水をぷんぷんと匂わせており、男目的の売春婦と言った具合である。
「早速食べに行こうか。店は予約してあるんだよ」
「うん楽しみだね!」
彼らの様子を見た、くたびれたスーツを着て、まだ20代前半の年齢なのだが皺と加齢臭があり、頭が見事に禿げ上がって腹が出ている、如何にも女性から恋愛対象にならない、おっさんというのにはまだ早いそいつは、「ウゼェよクソ野郎が」と捨て台詞を残して地面に痰を吐いてそそくさとその場を立ち去った。
❤️❤️❤️❤️
神楽隼人と、柴野雅美は、中小規模の広告代理店で10年前位に知り合い、何度か話をしていくうちに意気投合して付き合い始めた。
程なくして隼人は単身赴任になったが、喧嘩らしい喧嘩はしたことはなく、仲睦まじいカップルなのだが、コロナが彼らの仲を切り裂いた。
仕事は感染対策の一環として、在宅ワークに切り替わり、幾多の緊急事態宣言による自粛で誰とも会うことはなく、彼等の心身は疲弊していった。
外に出ようものならば、ワクチンと治療薬がない正体不明で対策のできないウイルスが待ち構えているのである。
隼人はzoomにいまいち慣れず違和感を感じながら何とか定時に仕事が終わり、シャワーを浴びて部屋着に着替えて自室に行き、いつものようにスマホをつける。
『ねぇ終わった?』
雅美からのLINEからは、早く自分と話したいと言う意思の表れなのか、某漫画キャラのLINEスタンプが送られてきている。
『終わったよ』
『疲れたよな』
『いつ会えるんだろうね、私達』
雅美は深いため息をつき、ビールを口に運ぶ、オンライン飲み会が彼等にとってはもはや定着してしまったのである。
『だよな』
『ビデオ通話に切り替えようか』
隼人はiPhoneのビデオ通話機能を開き、雅美に電話を掛ける、このルーティンが彼等の毎日のやりとりである。
『お疲れ様』
化粧をしていない、すっぴんの雅美の顔には慣れたが、別に化粧をしなくてもいいんじゃないかと思うんだが、尋ねると「キャバクラで働いてた時のクセだよ」と、隼人はそう言われたのである。
『あーあ、会いたいなあ』
隼人はふと、そういってソフトアルコールを口に含み、おつまみにサラミソーセージを口に入れ、テレビを点け、いつも見ている深夜放送のアニメを見やる。
『隼人と会えなくて寂しいよ』
『うん俺もだよ』
『ねぇ、ワクチンが出来るみたいよ』
『マジで?』
『近いうちに会えるかも!?』
『だよな! なぁ、もし会ったら、ホテルに行かないか?』
『えー、うーん……』
『いやさ、俺らホテルに行っても本番する気分じゃないとかって言ってやらなかったじゃん!10年もずっとさ! どう!?』
『うーん、でもさ、なんか本番って怖くない?』
『いやでもさ、俺ら付き合って一回しかやってないじゃん! カップル的に致命傷だよ! ねぇ、いいんじゃん!?』
『子供できたら嫌よ、まだ遊びたいし』
『ちゃんとゴムはつけるからさ! 第一俺魔法使いだよこのままだったら!』
『うーんそうだよね、分かった、しようか!』
『よっしゃ! 早くワクチンできないかなあ!』
『だよね!』
雅美はそう言い、「トイレだよ」と軽く立ち上がり、スマホの画面から消えていった。
❤️❤️❤️❤️
隼人と雅美は、あれからすぐにワクチンを打ち、抗体ができたタイミングでクリスマスの店を予約して有給を貰い今に至る。
彼等は、一人2万円程の豪華なディナーに舌鼓を打ち、デザートを食べた後に彼らはそれなりに豪華なラブホテルに出向き、ショートステイ7000円の1番高い部屋に入った。
「……なぁ?」
隼人は服を脱いでやる気満々だが、何故か雅美は頻繁にトイレに出入りをしており、深刻な表情を浮かべている。
「どうしたん?」
「うん、ごめんね、なんか腹の調子が悪いみたいで。ここんところ下痢気味なんだ……」
「はぁ!?」
「いやちょっと待てば良くなるかも? うーん、痛てて……!」
雅美の腹の音がグルグルと鳴り、慌ててトイレに行き、「これは深刻だぞ」と隼人はどうせまたいつものようにやれないんだろうなと諦めているが、ただ後一月もすれば魔法使いになるのは確定必至であり、性的欲求に襲われている。
隼人は来年で30歳になるのだが、雅美とは一度しか性行為の経験は無く、幾度かの直訴はしたが、「やる気が出ない」という返答に別れ話を考えたが、ここで別れたら出会いはないんだろうなと思い今まで我慢を強いられてきたのである。
トイレから出てきた雅美を、隼人は神様に縋るような目つきで見つめている。
「なぁ、やはりやらないか? なんか、俺この日のために我慢したんだよ、アニメやゲームやお酒もさ。駄目かな?」
「うーん。……そうよね、やろうかやはり」
雅美は腹痛に耐えながら、愛する隼人のお願いを聞こうと服を脱ぎ、自分の願いが届いたんだなと、隼人もまたほっとして、常套句であるコンドームを装着しようとする。
「……!?」
「どうしたの?」
「駄目だ、自粛で座ってばっかだったから、あそこがデカくなってしまってコンドームが入らねえ!」
「えー!? 私中出しなんて嫌よ!」
「ふざけんな畜生!」
「これが本当の緊急事態宣言ってやつね……!」
突然の緊急事態で、精神が酷く混乱した隼人の鳴き声と、「これは一本取られたわ」と言う雅美の笑い声が部屋の中にこだました。
(完)
コロナ純情恋愛物語 鴉 @zero52
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