いつもの夕暮れ 


 

「今日はなかなか活躍だったらしいな」

 

 冒険者ギルドの防音の効いた個室に男の声が響く。

 

 男の名はハル。二人組のAランクパーティー『虹の守り手』の戦士にしてこの街の顔とも言える冒険者である。

 良くギルドマスターに駆り出される我々は私生活でも特に仲が良い。家族のように、と言っても良いほどだ。そして今彼はビールを飲みつつギルドマスターの到着を待っている。

 

「流石に耳が早いね。今日はお昼で終わる予定だったんだけどね。彼らを

 見捨てるのも嫌で助けることにしたのよ」


「ほんとはミズキがお昼寝しなかったらもっともーっと採集するつもりだったんだけどねー」

 

 それを言われると耳が痛い。まあ、一休みには絶好の日だったし。そんなことを考えていたら助け船がやってきた。

 

「いつも頑張ってるし良いではありませんか。こんな日くらいゆっくりするべきですよ。はいクロエさんもどうぞ」

 

 そう言って小さく切ったサンドイッチをクロエに渡したのは、ハルとペアで活動してる魔法使いのフローラである。こう見えてギルド支部でも最優と称される腕前である。

 

「そんで特に変わったとこはなかったか?オークどもがやたら強かったとか」

「変わったとこ?特になかったよね、クロエ。まあ、あんな街近くにでるのが珍しいと言えば珍しいのかな」


 「うん?オーク連中は普通だったよー。むしろ教会が魔物退治に出てくるほうがレアなんじゃないー?」

 

 そう言われればそうだ。普段の教会は街中の治安維持担当なのに

 

「それで、そんな事を聞くってことは何かあったの?」


「それはな」ハルがそう口にしかけたあたりで部屋の入口から答えがもたらされた


「遺跡付近の森で怪我人が続出しているらしい。兎に武器を砕かれたとか異種間での魔物の連携とか、そういう未確認の報告が入っている」



 

 この都市の冒険者ギルドの長たるギルドマスターが重々しく告げる。

 彼はゆっくりと歩いてきて席につくとそのまま説明を続けた。その姿はある種の風格に満ちていてなるほど、一ギルド支部の長なのも納得である。


 尚ビールがすぐ側になければもっと様になるのだが――それは無粋な感想だった。ハルもビールを飲んでいるし、フローラも日本酒をのんでいる。


 ちなみに僕のところにきたのはオレンジジュースであった。オレンジなのは良いとしてお酒でないのが少し謎である。実はテーブルに来たウェイターにビールを頼んだら、ニッコリと断られたのだ。不服である。

 

「怪我した中にはCランクのパーティーも複数あった。となればAやBの高位の者に調査を任せるしかない」

 

 その瞬間、部屋を照らす灯りが僅かに揺れて小さな影が師匠に噛みつく。


「ダメ。うちのミズキばかりに頼ろうったってそういかないよ。この間の盗賊団の討伐だって駆り出されたのにー」

 

 クロエがサンドイッチを持ったまま器用に飛び回りながら文句を言う。自由気ままな性格ではあるがここぞという場面で頼りになる。が、今回ばかりは少々その話が気になったので、両手でひょいとクロエを捕まえて僕の肩に乗せた。

 おとなしく肩でじっとしている様子はなかなか可愛い。

 

「トレイン行為があったという報告もあった」

 

 彼はそのまま一呼吸おいて言葉を一旦切った。何か言いたそうだが、なかなか次の言葉を告げないその様子にフローラもこちらを見た。

 

「それならギルドの裏組織の出番では?厄介な者達なら消してしまえば良いでしょう。魔物の調査も楽になりますし、問題も解決するかもしれません」

 

 フローラは一呼吸おくとそのまま意見を続ける。ギルドマスターはただ黙って見ているだけだ。

 

「私達は対人戦闘の専門家ではありませんもの。勿論出来なくはありませんが、目立ちますしそれは不味いでしょう」


「そうそう、それにミズキばかり働かせ過ぎなのよー。いくらミズキは強いし、ギルマスのあんたがミズキの『親方マスター』だと言っても無理させ過ぎなのよー」

 

 僕がギルドにこき使われている理由がこれである。後ろ楯になってくれているのが彼なので強く言えないのだ。

 

「いくらギルマスでも無理言おうってんならオレはこいつにつくぜ。だいたいあんたならいくらでも方法があんだろ」

 

 クロエとかハルが代わりに言ってくれるのでOKではある。ちなみにクロエは今も僕の肩のあたりで「どんどん言ってやれー、もっと言ってやれー」とか喋っている

 

「実は白のローブに龍の紋章をつけた組織とおぼしき者達がいてな。なんとも困ったことにこれが教会じゃないらしい。我々はこいつらを仮に『ファントム』と呼んでいる」


 「『ファントム』、亡霊か。なるほどそいつらが教会に化けて組織ぐるみで悪さしてるって訳だな」


「その通りだ。大昔は魔物に都市を襲わせた例もあったらしいからな。緊急事態発覚となった訳だ」



 それを聞くとするとハルは納得したように一つ頷いた。

 

「俺たちはAランクになってから長いし、ミズキなんか実質Aランクどころかそれ以上の実力だものな。……ミズキが未だにBランクとか詐偽だろ、ちょっとどうにかなんねえのか、ギルマス」


「教会派の連中の反対が厄介でな、10歳くらいにしか見えないとか言いがかりが酷かったんだ」

 



 マスターとアイズの会話を横で聞きながら僕はどんどん奴らに意識をシフトしていった。

 あの連中ならば魔物を用いた実験などしていてもおかしくない。魔物の強化とか変異とか操作なら既に実現していそうだ。むしろ新種の魔物の育種とかお伽噺の存在の復活とかを企んでいても不思議ではない。

 やはり僕自身の手で潰すべきか……深みにはまりかけた思索はのハルの言葉で引き戻された

 

「今回は俺達と一時的にパーティーを組んで調査しないか?」


 ほとんど常にソロで活動している僕をいつも気にかけてくれる皆には感謝しかない。それでも特に今回は駄目だ。巻き込む訳にはいかない。

  

「ありがたい話だけど僕はクロエと二人でいくよ。……『ファントム』の奴らには気をつけて欲しい。奴らはそれこそ何でもしてくるだろうから」


 依頼書を貰いギルドを出る。満月が照らす石畳の道のりを歩いていく。遠い過去を思い出しながら。


 


 


 


 


 


 


 



 


 


 

  

 

  

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