旧き神の魔銃使い

雪のつまみ

魔銃使い ミズキ

「クロエ、出発するよ」


 どうやら泉でうたた寝してしまったようだ。隣で同じように寝ころぶ妖精を見ながらそう思う。春の陽気がようやくやる気をだし始めるこの時期に、泉で少しのんびりするか、と思った時点でこの結果は見えていたのかもしれない。


 もっとも今冒険者ギルドで受けている仕事はないし、この泉は街道から少しばかり外れているくらいで何も問題はない。山菜採りと日向ぼっこを楽しむ有意義な休日になったと思えば上出来だ。ついでにポーション類の材料も採れたので調合しておけば役に立つだろう。


 妖精のクロエに再び呼びかけて帰途に着くことにする。夕刻までに城門にたどり着けば街に入れるので気楽なものだ。ちなみに妖精というのは自由気ままな存在らしく、今も肩のあたりで四季なり苺を食べながら進んでいる。

 街道に出て歩くことしばし、金属音が聞こえた。


「街道に魔物が出たのか、珍しいね」


 二人で街道横の岩に隠れながら様子を探ることにした。並んで顔だけ出して確認すると、どうもこの先で衛兵がオークと戦闘しているらしい。舞い上がる土埃と地面を揺らす重撃の音が確認できた。


 ここは隠形できるクロエに偵察をお願いするのがいいか。とりあえず頼むと「見てくるねー」との声を残しクロエが上へ飛んでいった。

 それを眺めながらもこちらは戦闘準備に入る。右腰のホルダーから紅の魔銃――銃口より魔法を発射する杖の代わりの魔道具――を右手に引き抜き魔力を通す。戦闘の気配に銃が僅かに明滅した。




 僕は右手に銃、左手には大柄のナイフを構えたスタイルで軽量、高速の戦闘を持ち味にしている。毒なども絡めれば大抵の相手は倒せるのだが、以前知人に「そんなおかしな冒険者はお前ぐらいだ」とか言われてしまった。「ギルドの暗部組織の人間ですか?」など大真面目に聞かれたこともあった。こちらは僕に似ている裏の人物がいたかららしいが。


「衛兵12人がオーク6体にハイオーク1体と戦ってるね。不利だし助けたほうが良いかも。ただ……龍の紋章っぽいのよね」


 クロエの言葉に僅かに顔をしかめる。龍の紋章といえばこの世界では断然に教会だ。世界を終焉の危機から救ったとされる龍を主神と仰ぐ教会は、危機を招いたとされる異人種に厳しい。人族優位主義である教会はこちらを敵視しているらしく、微妙な関係なのだ。


「助けに行くね、援護は任せたよ、クロエ」

「了解~。夕食はおまけちょうだいね~」


 のんきなクロエの声を聞きながら岩から駆け出す。身体強化した体は一瞬で最高速に達する。風圧にローブの頭が脱げ、赤が一房混じった金の髪が陽光に眩しく煌めいた。




 現場にたどり着いた時、ちょうど一頭のオークが倒れた衛兵に対して剣を振りかぶっているところだった。


 滑るように減速を効かせながら背後より魔銃でオークの後頭部を撃ち上げるようにして風弾を放つ。


 不意をついた一撃にオークは音を立てて倒れこんだ。


「ありがとう……っ妖精様!?それにあなたは紅の」

「その話は後ほどで、援護するよ」


 戦乙女、と続けて呟く衛兵への返答を濁して対オーク戦に集中する。オークは鋼鉄の鎧を纒い長剣や斧で武装した魔物である。


 筋骨隆々な素の肉体ですら強固で生半可な斬撃や魔法を弾き返す性能を持つ。時に3mにも及ぼうかというその体でさらに武装したのだ、弱い訳がない。加えて知能もあるのが厄介であった。


 ともかく上位種のハイオークをこちらに引き付ける。まずは敵の頭部に風弾を連射する。頭蓋骨に何度も弾かれるが流石に鬱陶しく思ったのだろう。苛立たしげのこちらを見た後にいきなり地を蹴って跳んだ。敵の巨体が宙を舞う。


 いきなりの跳躍。不意を突いた一撃は、例え鎧を身に付けていても防具ごとかち割るのではないか、そう思える重撃だった。咄嗟に大きく回避したが、大地が大きく揺れた。真横に振り下ろされた斧にまずそう感じた。そして半瞬遅れて体を撫でる風と同時に安堵を覚える。今度はこちらの番だ。


 まずは左手のナイフを投げる。万全の態勢でなかったせいだろう、ナイフは頬にかすり傷をつけただけ、特段刺さるることもなく地面に軽い音を立てて落ちた。だがこれで充分。次のナイフを取り出しつつも魔銃での牽制は忘れない。今度は氷弾、敵の足元を集中的に狙う。


 敵は溶けかかった氷のせいで上手く力が入らないようだ。苛立たしげな叫びとは裏腹に動きは鈍い、斧の一撃も幾分遅い。


 そんなやり取りをした後すぐ、奴の体がふらついた。ナイフの毒が効いてきたのだ。こうなればもう詰みだ。やぶれかぶれの最期の一撃も、近づかなければ怖くない。


「クロエ、お願い」

「まかせてー。貫け雷撃ー」


 敵の巨体に妖精の雷撃が命中した。敵後方よりクロエが放った雷撃は流石の威力だった。魔法に特化した妖精という種族の雷は速やかにハイオークの心臓を停止せしめた。


「死体撃ちで悪いけど念の為。ごめんね」


 最後に一発頭部に撃ち込んだが一切抵抗はなかった。敵のリーダーは討伐、衛兵も一応は無事、後は殲滅するだけの簡単なお仕事だ。

 

 リーダーを失った事で敗北を悟ったのだろう。残りのオークの統率はもはやなく、逃走する個体に突っ込む個体にとばらばらであった。


 こうなればもはや何ら脅威にはならない。魔法とナイフで引き付けたところをクロエが側方視界外より雷撃で仕留める。手慣れた連携により、数分ほどで全ての討伐が完了した。





「助かりました。紅の戦乙女殿」


 一人の衛兵が感謝とともにこちらに告げたのが、僕のその二つ名であった。なお、その後ろでは怪我の手当てをしたり装備の点検をしながらも和気あいあいとした会話が広がっていた。「あれが戦乙女」とか「可愛い」とか聞こえる。


 途端にクロエがにやけ出すのを感じる。後ろで聞こえる「可愛い」という声に突っ込んでやりたい。いや、その前にすぐ横のクロエを問い詰めたい。しかし非常に不本意ながら、まずは目の前の衛兵に返答してからにする。

 気にしなくても良いと口にしようとして、しかしその言葉は新たな登場人物に遮られた。

 

 「これはこれは鮮血の君でしたか今回は助けられましたな」


 駆けつけてきた教会所属の騎士は乗馬したまま敵意を隠そうともしない。

 神の遣いの二つ名とか僕が異種族であることなどいろいろと許せないらしい。


「そんなこと言ってー。ミズキに頼らないと治安維持もできないじゃない。だいたい鮮血とかそんなこと言い始めたのだって、あの戦争でミズキが一人で敵を倒して解決したからでしょー。現場の子達はこんなに頑張ってるのに上が無能だと大変ねー」

「クロエ、流石に言い過ぎ。いくら上級妖精だからってやりすぎはよくないよ」


 クロエは隣で「えー」とか言って不満顔だが、お返しには充分だろう。

 

 部下の目の前で散々に言われたのだ。顔を赤くしているが何も言い返せらしい。面目を失うとはまさにこのことだ。

 なにやら捨て台詞を吐いて帰っていく騎士を見送ること数分後、再びのんびりと会話が始まった。

 

「クロエ、僕のかわりにありがとうね」

「こればっかりは私の役目だからねー。ミズキを悪く言われるのは私も許せないのよー」


 クロエを撫でつつそう言うと若干照れたようにそう返してくれた。


「衛兵の子達へのフォローはまかせるわー」

「わかったよ」




「教会を悪く言ってごめんない。今回も皆のおかげで通行人への被害もなかったですし」

「そんなことないですよ。それに妖精様が言って下さって嬉しかったんですよ。今回だって上に無理矢理命令されたんですから」


 どうやら魔物戦の経験の少ない人達らしい。見れば怪我人何人かもいるが、薬が足りないようだ。


「これ怪我した人の手当てに使って」


 言いながら医薬品を渡す。怪我の1つ病気の1つで命を落とすことは珍しくもないので、薬は何よりも喜ばれる。


「ありがとうございます。って、ポーションじゃないですか。こんな高いの貰えませんよ」

「気にしないで、これでも僕はBランクだからね。依頼を受ければ買いたい放題なのよ」


 お礼を言って帰っていく彼らと別れてクロエと二人ゆっくり帰っていく。お昼寝で終わるだけの一日のつもりだったが結構いろいろとあった。疲れたがとにかくこれだけはクロエに聞いておきたい。


「可愛いとか失礼だよね、これでも格好いい男の子なんだけど」

「誰も気づいてないと思うよ、ミズキは小さくて可愛いから」

 



 ーーーーー


 異人種  エルフやドワーフや獣人など狭義の人間種以外の人族のこと。精

      霊や聖獣の血が入っていて寿命が非常に長い。

 

   

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る