第12話 その頃のチベットでは
「行ってしまったな。本当にもう行ってしまった。」
チベットのとある山の上で老人がつぶやく。
シャマル•リンポチェ、その人だった。
「ヤクルさん、もういないんですね……。楽しい方でした……。チベット語を喋れるようになってから、なんか大人びた感じを出そうとするし……。でも子供っぽいところは抜けないんですよね、あの人。」
もう一人の、シャマルよりは少し若い男性も感慨深そうに呟いていた。
そうチグルである。
「そうだな。アイツは本当に楽しいヤツだった。辛いはずなのにな。全くそういうそぶりも見せず。なんでもある日本という恵まれた国から来たのに、質素な食事も美味い、美味いと嬉しそうで……。」
鳥葬というチベット独自の弔い方をした、その人物の唯一残された髪の毛を握りしめながら、シャマルは言った。
「ですね。不思議な人でした。しかし最後不思議なことを言われてましたよね? 暖かいオレンジ色のオーラって。ヤクルさん、オーラ認識できてないはずなのに。色まで言って。」
シャマルから髪の毛を手渡され、それを大事に紙の中にしまい、丁寧に折りたたみながらチグルは言う。
「ああ、確かに……。そう言ってたな……。アイツまさか……。今際の際に認識できたのか。なんていう人生……。」
「ま、まあそれもヤクルさんらしいですよね?」
「確かにな。」
「……」
「さあ、チグル。もう帰ろう。今日もまだ修行があるぞ? 共に励もう。」
「そうですね……。帰りましょう。」
形見を二つに分け、お互いの懐に大事に仕舞ってから二人は宮殿に帰った。
そして九ヶ月の月日が経ったある日……。
「おい! チグル! おい!」
慌てた様子のシャマル。
「なんです? 珍しい。そんなリンポチェ久しぶりに見ましたよ?」
対照的に落ち着いているチグル。
「今! 久しぶりにナディ様よりお言葉をいただいた!」
「! なんですって!! もうずーっとなかった交信が! やはりリンポチェの修行は無駄ではなかったのですね……。そしてなんとおっしゃられたのですか? ナディ様は。」
「うむ、ナディ様はな、こうおっしゃられた。『ヤムリ、チグル、共に長い間お疲れ様でした。無事あなたたち二人のおかげでヤクルはしっかりとした土台を手に入れられました。キチンとした知識と、経験に裏付けされた魂で、今、まさに今新しい人生を歩みはじめました。あなたたちには感謝しかありません。これより何年か後になるでしょうが、あなたたちにも幸せな来世を約束します。後は今世をしっかりと生き抜いてください。』とな。」
想像もしていなかった言葉を受け、チグルは固まっていた。
いや、ヤムリも少し固まっている。
「なんと……。そういう意図があったのですね。そして今ヤクルさんは転生したと……。そういうことですね?」
「うむ。そうであろうな。アイツのとこだ。どこで転生したとしても幸せな時間を過ごすだろう。しかし我らの使命が魂の土台作りだったとは……。分からぬことばかりだな。」
「ヤクルさん。どこに転生したんだろう? しかしリンポチェ。不安も少しありますよ? あの人、オーラを認識してから転生しましたよね? もし記憶を引き継いだ状態であれば、産まれた時から修行しそうじゃないですか? ヤクルさん。」
そのチグルの指摘にシャマルはハッとしたようだ。
「確かに……。あり得ない話ではないな……。アイツ無茶をしなければいいが……。産まれた時から修行かぁ。憧れはあるがヤクルだからなぁ。」
「ねぇ、そうですよねぇ。無茶しますよねぇ。ヤクルさんだから。」
こうして二人に心配されている事も露とも知らず、日本に転生したヤクル、今は『黒木俊介』はオーラが認識できる事で、日本でうかれていたのだった。
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