7 グレーに塗り潰された世界•••

レムーア国では、魔力量が大きな比重を占め、赤ん坊のうちから周囲は大まかな能力を把握できる。だからオレは、物心ついた時から魔力量の多さを褒められ、持て囃され、将来は安泰だと、親や周囲から言われて育った。より正確な魔力量は、この国では6歳になった時に測定される。


6歳の誕生日、オレはこの国で最高レベルの魔力量であることが分かり、実の親であるこの国の王と妃は、大々的に貴族たちを招いてパーティを催した。


王子であり、魔力量も高い。それだけではなく、子どもながらに女性受けする容姿だったらしく、少し年上の女の子だけでなく、妙齢の令嬢からのアプローチもその頃にはすでに常態化していた。



将来が約束されて順風満帆な人生が一変したのは、オレの7歳の誕生日、忘れるわけもない、午後の式典の準備で城内が慌ただしく動いていた時だった。王である父が、式典に参加するため部屋を訪れていた。


父は1人の女性を連れて来た。母ではなく、いわゆる側室という存在だ。まだ子どもだったオレには、父も、そして側室の女性も、母上を裏切った信用できない人たちにしか見えなかった。


今思えば子どもの癇癪だったのだろう•••。だが、魔力量が最高レベルのオレが、感情の赴くまま魔力を暴走させてしまった時、気づいた時には消し炭になった机や椅子とともに、床には大火傷を負った父が倒れていた。


一時期、瀕死の重体となった父は、この国の王である。子どもとは言え、本来は死罪でもおかしくないほどの重罪だ。王子であったオレは、母上の弁護もあり、罪人として牢屋に入れられる事はなかったが、その代わり王位継承権を剥奪され、代わりに側室の子であるシャーロウが王位継承権を継いだ。



その日からオレの存在は秘匿された。『病で伏せったままだ』とか、『死んだ』とか、『罪人として処刑された』など、いろいろな噂がオレについて飛び交ったが、やがてそんな噂の数々は、真実が何かも人々には明らかにされないまま風化していった。




実際は、ある施設で二年間収容されていたのだ。



その施設とは、通常は6歳の時の魔力測定で、魔力がほとんどない者たちを集め、半年間の訓練を受けさせる為の教育施設だ。


「ここがあなたの部屋です。外へ出られるのは、日中の決められた数時間のみ。それ以外は、食事も睡眠も全てこの部屋の中で行うように。」

ギロッと眼鏡の奥の小さな目でオレを睨み、ロビーという名の小太りの男が部屋まで案内した。


教育施設と言えば耳触りは良いが、オレだけは他の奴らとは隔離され、ベッドと机があるだけの、まるで牢屋のような部屋に押し込められた。


そしてそいつは、本を何冊か机の上に放り投げるように置くと、「これでも読んで、魔力のコントロールは自分で学んで下さい。あなたの魔力は危険すぎるので、この私に聞いても何も分かりませんよ。」と、言い捨てると、そそくさと逃げるように部屋を出ていった。


後で分かったが、ロビーはオレの訓練担当教師だったらしいが、一度も何かを教えた事など無かった。魔力が高すぎてこの施設に収容されたのは珍しかったらしく、ロビーはオレの魔力の暴走を単純に恐れていたのだ。


一度、いつも部屋まで食事を持ってくる使用人が、「ロビー先生、あいつ、また部屋には居りませんでしたよ。好き勝手して良いご身分だよな。一応食事は置いてきましたぜ。先生は、この後、あいつに訓練でも?」と、媚びへつらうように、ロビーに話しかけている場面に出くわした事があった。


隠れる必要はないのに、顔を合わせたくなくて、つい柱の影に隠れた。

ロビーは汗っかきなのか、ハンカチで顔の汗を拭いながら、「あの化け物相手に、私が訓練するわけはありません。あんな量の魔力を使いこなせるなんて、誰も馬鹿正直に思ってる者はここにはいないでしょう。ただ、餓死だけは、その後が厄介なので見に来ただけですよ。」とだけ言うと、使用人が食事をオレの部屋の中に置いたのを確かめると、どこかへ行ってしまった。


「あの化け物」が、魔力を扱えるようになる事など「出来ない」と、オレをとことんまで見下したロビーの言葉は、実は、「周囲のオレを見る目」そのものだった。


あれほどオレを持て囃していた女性たちも周囲の者も、一度としてオレの事を探し訪ねて来た者はいなかった。皆、手のひらを返したように、怖いものにはフタをするように、離れていった。


施設に入った頃は、施される食事は殆ど喉を通らず、痩せこけていく日々を、ただ無為に過ごしていた。




唯一の楽しみは、外へ出られる数時間、森の中で湖の魚たちを眺めながら過ごす時間だった。何時間も湖のそばに座り、飽くまで眺める。オレのことは先生さえ見放していたから誰にも咎められることもなく、何時間でもいることができた。



ここへ来て半年ほど経ったある日のこと、いつもの湖の場所へ行くと、見慣れない紫色の流れるような髪の毛の大きな瞳をした少女が、何やら真剣に、訳のわからないコトをしていた。最初は魔力の訓練かと思ったが、どうも見てると独自に何やら熱心にしている。


オレの姿を見た少女は、「こんにちはっ!」と、満面の笑みを向けた。頭の高い位置で二つに結わえた髪は、キレイに整えられていて、リボンのついた桃色のワンピースにはシワ一つない。色艶の良い肌に赤い小さな唇は自然な弧を描き、ひと目で周囲の者に愛され大切にされてきたのだと分かる。



「•••」

オレはもう誰にも構って欲しくなかったから、無視をして、ひたすら湖を眺めていた。



翌日も何やら不思議な事をしていた少女は、今度は、「こんにちはっ!これ、美味しいよっ、一緒に食べない?」とサンドイッチを差し出した。小さな手に有り余るほどの、トマトやチーズを挟んだ大きなサンドイッチを、籠から取り出してオレの前に差し出す。オレは横目でチラリとだけ見た後、何も言わずまた湖を眺めた。


(オレが痩せているから同情してるのか?どうせ、オレが何をしたのかを知れば離れていくくせに•••。)


それなら最初から知り合わない方が楽だ。


少女は、拒絶の態度にも、何ら気にすることのない素振りで、毎日オレと会うと楽しそうに挨拶し、籠からフルーツやらビスケットやらを取り出して勧めてくれた。

そして、オレが無視をして湖のそばに座り始めると、また何やら一生懸命、毎日、意味のよく分からないことを繰り返してた。



そんな事が3週間ほど続いたある日、とうとうオレはその子に、「名前は•••何と言うんだ•••?」とポツリッと呟くように自分から話しかけてみた。


聞き取れなかったかなとも思ったが、少女は、胡桃色の瞳を真っ直ぐと俺へ向け、「アネラよ。あなたは?」と、さくらんぼのような唇を綻ばせる。



「オレの名は、•••ユーリだ。毎日ここで、何をそんなに一生懸命やってるんだ?」

王子としての名を言えば気づかれるかと一瞬警戒したが、その子は名前を聞いても特に気にしてはいないようだった。


「ユーリ?? うふふっ、わたしね、魔力が殆どないって言われてここへ連れてこられたの。それでね、先生が、魔力がちょっとでもあるなら教えられるけど、わたしはちょっともないから、教えることもできないって!!! だから、やる事もとくに無いし•••自分でどうすれば魔力が増えるのかしらとじっけんしてたのよ!」


目をキラキラさせて、こちらを向いたかと思うと、手振りまで大きくつけ、明るい笑顔を見せた。けれど、この子もオレと同じように先生に見放されていたと知って、少なからずショックを受けた。


(どうしてこんなに楽しそうなんだッ???)


「実験•••?」

確かに、目前の少女からは魔力が感じられなかった。この国ではどんなに魔力が少なくても、多少の魔法は使える事が普通だ。この施設に来る奴らも、魔力は少ないが、それでも全く何も扱えないと言う事はない。ところが、目前の少女は、本当にからっきし魔力が扱えないようなのだ。これでは訓練できないと言われても仕方ない。


(魔力が全てのこの国では、相当なハンデになるだろうな。)



「そうよっ!みんな『できない』『無理だ』ってかんたんに言うの。でも、わたしの心は、まず自分でやってみて!! って言ってるの。」


少女は、急に立ち上がり、ワンピースの袖から覗く白い手で、近くの花や草などを優しくそっと触れていく。


(こんなに儚げな少女に、なぜ力強さを感じるのだろう•••。)


少女は立ち止まると、眩しそうに空を眺め、今度は空にまで両手を伸ばし始めた。美しいライラックの髪が風に揺れ、陽の光を浴びたその子は、そのままどこかへ飛んでいってしまいそうだった。



「それで•••やってる事が、いろんなものに話しかける事なのか?」

話を聞いた今なら、少女が何をしようとしていたか分かる。


「うんっ!だってみんな風とか火とか水とか、自分のが分かってるでしょ?でも、わたしはそれが何かさえも分からないの。だから、いろんな精霊さんたちに話しかければ、答えてくれるかなぁとおもって•••!!」

大きな瞳は好奇心で溢れているかのように、クルクルとよく動く。その子の声は綿菓子のように甘く、耳に心地よさを運んでくる。


「•••答えてくれたか?」

気まぐれな精霊の声は、普通の人には殆ど聞き取れない。ましてや魔力がほぼ無いなら尚更だ。


(話の流れでつい聞いてしまったが、こんな質問、しない方が良かったか??)


恐る恐る少女の顔を見ると、予想外に明るい表情をしていた!?


小さな手を胸に当て、茶目っ気たっぷりに色付いた頬を緩ませ、首を横に振る。

「ううん、全然っ•••。私にはちっとも聞こえない!! でも、魔力があってもなくても、ほんとはどっちでもいいのっ!私は今、私の心がやって!と言うことをやるのが楽しいの!それだけっ!」

言い終わると、もう片方の手で、胸の前に置いた手を握り締め、大切な宝物を思い浮かべるように、目を瞑る。




(魔力があってもなくても、どちらでもいい?? 心がやりたいこと??)


少女の言う事は、これまでオレの周りの奴らが言う事とは、全然違っていた。心が•••やってと言う事???

オレの心???



その時までの自分は、今考えると、自暴自棄の状態だったんだ。周囲が見放したからと、そんな理由で、とうとう自分でさえ自分を諦めてしまっていた!!!

でも、オレは心の奥底では、「諦めたくないっ!」「魔力を使いこなして自由になりたいっ!」と、そう叫んでいたんじゃないか?


(だったら、周囲が何と言おうと、自分の心にまず耳を貸すべきじゃないのか?)




この施設に来て以来、父を傷つけた罪悪感と、見放された無力感で、薄暗い部屋で膝を抱えたオレの世界は、グレー一色に塗り潰されていた•••。







そして今、この小さな少女に出会ったことで、少しずつ、でも確実に、豊かに色づき始めた。

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