6 空の街に祝砲が、上がる、、

「•••!?•••この光は???」


初めて見る光に口をポカンッとして眺めていると、ユオンがクスクスッと面白そうに笑う。

「これを見るのは初めてですか?触ると暖かいですよ、ほらっ!」


ユオンは金細工をつけた耳を片方、私の方へ向けると、クイッと顎を動かした。私は淡いキラキラする光に導かれるように、ユオンの耳に触れる。ピクッと彼の動きが固まり、耳が熱を持ったように赤くなる。



「ごっごめんなさいっ!!」

しまった!! つい、がっつり触ってしまったっ!!


「いえッ、俺の方こそ、あなたをこの腕に抱いてるなんて、夢みたいではしゃぎすぎてしまったみたいだ。」

少し落ち込むユオンには、普段、騎士たちに勇ましく訓練をつけている騎士団長の面影は見られない。可笑しくなり、「フフッ、•••たしか、騎士の耳を飾る金細工には、防御魔法が施されているのよね?」と見上げると、照れた笑みで頷く。


「この光は、あなたに防御魔法がかかった合図なのです。あなたが危機にあった時にだけ発動し、どんなに離れていても、あなたの居場所は俺には大体分かります。危機の時だけという点は、不満なんですが•••。それに、時々こうして身体に直接触れないとダメなんですが、その点は大丈夫でしょう?」


(爽やかに言ってるけど、ところどころ引っ掛かりを感じるのはなぜかしら?? )


騎士団長に守ってもらえると言うのに、「監視」という単語が頭によぎり、安心感よりも不安感の方が勝るわ。


自分の笑顔が若干ひきつるのを感じつつ、この後の段取りを思い出す。

「ユオンっ! クレールが首を長くして待ってるの。」

先ほどから馬車や携帯用の食糧を準備し、クレールが外で待っているはずだ。もうそろそろこの体勢は恥ずかしい。モゾモゾと動いてさり気なく降りたい意志を伝えているのに、鍛えた腕はビクともしない。


ユオンは私を抱えながら、器用に廊下を進み、入口の門まで白い騎士のマントを翻し悠然と歩いていく。ドアのところに立っている使用人たちが、私とユオンの姿を見るたびに、目を丸くし驚く。一番年若い女性使用人などは、顔を真っ赤に染め、「素敵っ!!」と、目を潤ませ呟く。手に持っていたバケツは、見事に床にぶちまけられていた•••。



ユオンは、遠目に馬車を確認すると、「アネラ、初めての一緒の旅行なのだから、コテージに向かう前に、少し寄りたいところがあるのだが、良いだろうか?」首を傾げて尋ねる。



「え、ええ、良いわよ。」

急いでコテージを確認したいと気持ちは急くけれど、少しだけならと肯定の意を示す。


前方を見ると、クレールが手にバスケットを持ち、ユオンが私を抱えてるのを見て、馬車の前で何やら大声で叫んでいる。


「クレールッ!お待たせっ」

しっかりと私を抱えるユオンとクレールの慌てぶりに、ハハハッと乾いた笑いが漏れてしまう。


「クレールっ、馬車に乗ってから詳しく話すわ!」

ねっ! と目で訴えると、クレールはハァ〜とため息をつきながらも、外で騒ぐと余計に周囲の注目を集めてしまうと観念したのだろう。

渋々馬車に乗り込む。ユオンは私をそっとシートに座らせ、自分はその隣に腰掛けた。



「ユオン様、これはいったいどういう事ですのッ?」

キッと睨むようにして刺々しい声を出す。クレールッ!! 目が怖いっ!!!



「アネラの父君より、話はまだ聞いていない?俺と彼女の結婚が決まったんだよ。」

フフフッと表情を崩し、嬉しさを隠しきれない様子でユオンが私を見る。



「はぁっ???? 」

私とユオンの顔を代わる代わる見ながら、口をポカンッと開け狐に包まれたようなクレールに、私は父上から貰った手紙などを見せ説明する。そして、私自身も納得した上で了承した事だと、繰り返し言い聞かせた。



最初は驚いて言葉も出ないようだったクレールも、最後の方には、「そうですね•••。冷静に考えればあの殿下の何倍もユオン様の方がマシですね。ただ、時々ですが私、ユオン様がアネラ様に襲い掛かる夢を見るのですが•••、きっと杞憂でございましょうとも。ええ、きっとそうに違いありません。旦那様も言う通り、アネラ様の結婚相手として、騎士団長であるユオン様は、申し分ないお方。アネラ様が良ければ、クレールはもう何も申しません。」と、些か失礼な言葉をユオン相手に投げかける。



ユオンはクレールの言葉に気を悪くするでもなく、楽しそうに笑う。

「クレール、君も了承してくれて嬉しいよ。ーーーコテージに行く前に、先に寄りたいところがあるのだけれど••。」


クレールも観念したのか、

「ええ、構いませんとも。」

と、取り乱して乱れた自らの髪を撫で付ける。




馬車が、城下の賑やかな街並みをしばらく軽快に走った後、ゴトンッと音を立てて止まった。


「さあ、ここです。」

ユオンが手で指し示した先には、王都でも一部の貴族しか出入りを許されていない超高級店だった!


「まあっ•••。」

私も殿下の妃候補に決まった時など、ごく限られた時のみしか訪れた事はなかった。

宝石をあしらった煌びやかなドレスが、上質な素材と組み合わせた気品あるデザインで人気の店だ。


ディスプレイを見ているだけでも、あまりの色鮮やかさに、ワクワクしてくるのが分かる。クレールも、ホゥ〜とうっとりとしている。


先に降りたユオンは、そんな私たちを微笑ましそうに見つめ、上品な仕草で手を差し出し、馬車から降りる私たちをエスコートしてくれた。


店内に入る直前、顔を近づけ、耳元で、「あなたはそのままでも十分美しいが、俺が贈るドレスも着て欲しい。」などと甘い言葉を囁く。女性に興味がないと聞いていたけど、噂って、当てにならないわねっ!!


白い騎士服に身を包んだユオンは、あたかもそこだけスポットライトが当たっているかのように、豪華な店内でも目立っていた。

「どれか気に入ったドレスはあるだろうか?あなたなら、何でも似合うだろうが•••。」


目移りするぐらいのドレスに圧倒され、ただただ感心してしまう。あれもこれもと全てが良く見え、ここから選ぶのは自分には到底無理な気がしてしまう。

「どれも素敵だわ! じつは私、ドレスに全然詳しくなくて、いつもクレール任せなの•••。」


クレールは、私の背中の方に流れてる髪をそっと掬い上げ、胸の前まで持ってくる。そして、今日着ていた、レースがアクセントの空色のドレスに合わせるように、

「アネラ様は、透き通るようなライラック色の髪と愛らしい栗色の瞳が印象的ですので、普段は、明るい水色や上品なピンク色のドレスで、可憐さを引き立ててますわ!」と、ユオンを見る。


ユオンは、クレールの説明に頷きながら、店内のドレスを見渡すと、

「なるほど、すでにそうした色のドレスは沢山持っているのなら、これなどはどうだろうか?」と、ある一着を手に取った。



ユオンが手に取ったのは、シックな紫色のドレスだった。光が当たり裾が揺れる度、アメジストの輝きは深い海のような藍の神秘的な色合いへと変わる。普段はあまりこうした色のドレスは着ないからとても新鮮だ。



クレールはそのドレスを見るなり、

「この色は•••ユオン様の瞳の色ですね。自分を常に側に感じていて欲しいと言う欲求の表れかと。」と、ジト〜とユオンに目を向ける。


!?


ク、クレールッ???


ユオンは苦笑し、困ったような顔で、「クレールの言うことはともかく、あなたに似合うと思ったのは本当だ。」と私の前にドレスをかざす。



言われるままに、試着をさせてもらう。店の人はテキパキと慣れたように身繕いをしてくれるが、、

(こっこのドレス•••ちょっと大人っぽすぎやしないかしら?.?)


身体に沿った縫製が動きやすいといえば動きやすいけれど、ジェラリアみたいに豊満な身体ならまだしも、••••



私が鏡の前で立ちすくんでいると、横でクレールが、

「アネラ様、綺麗ですっ!! 綺麗すぎて、襲われないか不安です。」と、過保護すぎて要らぬ心配をしている。




カーテンを開け、着慣れないデザインに恥ずかしさを感じつつ、おずおずと、ユオンに見てもらう。

「どう•••かしら???」



「••••」

ユオンは、ボーッと惚けたかのように、瑠璃色の瞳で私を凝視した。


途端、ほんの少し色味を帯びた顔が、妖艶な色気を放出する。

「アネラ、あなたはいとも簡単に俺の心を乱す小悪魔のようだ。これではますますあなたを、俺のそばから離したくなくなってしまう•••。」



普通に聞くと熱烈な愛の告白なのに、私の頭は、ユオンの「離したくない」を、「監視したい」へと脳内変換してしまうっ。だって、なんと言っても最初の出会いが、私の根っからの楽天思考が及ばないくらいに最悪すぎたのよッ!! 騎士団長と彼に捕まる悪人みたいな出会いだったもの。フゥ〜前途多難だわ•••。「あ、ありがとう。」と乾いた笑みが浮かぶ。





「コテージに行く途中、もう一箇所だけ寄ってもいいですか?」


◇◇◇




「ここはっ•••!?」

クレールを馬車に待たせて、ユオンが連れてきたのは、レムーアの街が一望できる高台だった。


私自身、この高台から街を見渡すのは初めてだった。『空の街』と言われるレムーアの街は、家々の壁や屋根は、明るい水色で統一されている。複雑に入り組んだ路地は、迷宮のようで、雑貨屋やオーダーメイドで服を作るテキスタイル屋、薬屋、各種スパイスを売る店などが雑多にひしめき合っていた。

暖かい気候と、屋台も多いこともあり、この『空の街』レムーアの至る所で、のんびり昼寝をしている野良猫を見かけることができる。


城内で暮らしている時にはなかなか気づけない、地平線まで見渡せる美しい空色の街の姿に、自然と心が躍る。「わあぁっ•••!!! 」子どもみたいな感嘆の声が漏れてしまう。


ユオンは、吸い寄せられるように街の風景に釘付けになっている私の所まで歩いてきて、片膝をつき跪いた。急にどうしたのだろうと、疑問に思い、顔を向けると、

「アネラ、結婚を受け入れてくれてありがとう。」と私の左手を取り、それはそれは美しい指輪を薬指に嵌めてくれる。光の当たり具合で、色がホワイトから銀へ、銀からダイヤモンドのような輝きへ、そしてその輝きは赤や紫、緑、オレンジなど、さまざまな色のカケラとなり石の中を満たしたかと思うと儚く消えていく。


(いくら見ても見飽きない!)

とても素敵な宝石のついた指輪だった!!



「ユオンっ!?」

自分でも驚きで目が丸くなるのが分かる!! こんな高価なものを、どうして私に贈ってくれるの? と続けようとした言葉が、ユオンの、どこまでも優しい笑みを目にして止まる。つい、見惚れてしまうほどの美しさだ。


「あなたの気持ちが俺にないことは分かっている。だから、あなたの気持ちが俺に向くまで、これから先、何十回だってあなたにプロポーズしよう。」


ユオンが言い終わると、少し離れた空中で、赤やオレンジ、青白い炎がポワッと現れては消えていく。まるで空に咲く花のように、祝砲が上がる。


あまりの綺麗さに見とれてしまう。


(凄すぎるっ!! )


魔力が高いことは知っていたけど、ここまで色や形、出す場所をコントロールできるのは並の才能ではない。国でもトップレベルの魔力使いだろう。その上、剣の腕も一流とは、若くして騎士団長の称号は伊達じゃないのね。



夢のような一時に酔いしれながら、先ほどのユオンの言葉が蘇る。

私の気持ちがユオンに向くまで•••?


ユオンは、女避けと私の監視の為、私は家のために、私たち2人の、いわば互いの利害関係からこの結婚は始まったのでしょ???






なんだかその言い方は、ユオンが•••本気で私を好きなのではと誤解してしまうじゃない??

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