第29話
(そろそろ帰ってくるかしら?)
雅也と瑞樹が帰る日、悦子は今か今かと二人の帰りを楽しみにしていた。
(帰ってくるのを楽しみにするなんて久しぶりね。)
長いこと、無愛想な息子との二人暮らしで、帰ってくるのを楽しみにするようなことは残念ながら無かった。瑞樹が一緒に暮らしてくれるようになり、家中が以前より明るくなったように思えた。逆に、二人がいなかったこの三日間、恐ろしいほど静かで、悦子は落ち着かなかった。
ようやく帰ってくる今夜、嬉しくてつい作りすぎてしまった夕食を見て、浮かれている自分に思わず苦笑する。瑞樹が以前喜んでくれた、ちらし寿司や茶碗蒸し、すまし汁にミニトマトたっぷりの和風サラダ・・・旅行帰りの二人には多すぎるように思えた。そんなことを考えていると、庭からエンジン音が聞こえ、慌てて玄関へと走るのだった。
◇◇◇
「瑞樹ちゃん、それ・・・!」
出迎え早々、悦子は瑞樹の薬指に光る指輪を目敏く見つけた。
「雅也さんから、いただきました。」
「まぁ!」
照れたように笑う瑞樹を見て、悦子は思わず微笑ましくなる。
「なので、改めまして宜しくお願い致します。お、お義母さん・・・!」
恥ずかしそうに頬を染め、それでも笑って頭を下げる彼女を見て、悦子は喜びのあまり涙ぐんだ。
「私の方こそ宜しくね。もうずっと前から娘だと思っていたのよ。」
悦子から、激しくぎゅうぎゅうに抱き締められ、明らかに痛いはずなのに、それでも瑞樹は初めての母親というものに触れ、嬉しくて、胸が苦しくなった。
◇◇◇
「そういえば、雅也はどこで指輪を買ってきたのよ?」
夕食終わり、悦子が不意に尋ねると、雅也は眉を寄せて苦々しい顔をした。
「・・・どこでもいいだろう。」
雅也は明らかに不機嫌になっているのに、瑞樹は幸せそうに、にまにまと微笑んでいる。おそらく雅也が一人でジュエリーショップに入るのを想像しているのだろう。この無愛想な息子が、一人で指輪を選んでいるのを考えると悦子は思わず吹き出しそうになった。
「指輪のサイズはどうしたの?瑞樹ちゃん、自分のサイズ知らないって言っていたわよね。」
そう。悦子のいつものお節介から、いつか息子が贈るであろう瑞樹の指輪のサイズをリサーチすべく、以前瑞樹に尋ねたことがあった。しかし、瑞樹は装飾品が苦手で自分のサイズを把握していなかった。
「ど、どうしてですか?」
瑞樹が、緊張しながらも期待を込めたキラキラした目で雅也を見ていた。母親の尋問には耐えられる雅也も、さすがに瑞樹のこの視線には陥落してしまった。
「・・・・・・寝てるときに。」
ぱぁっと嬉しそうに笑う瑞樹とは対照的に、雅也は「・・・もう戻る」と呟き、席を立った。瑞樹は、テーブルを片付けようと皿を重ね始めたが「ここはいいから、雅也と行きなさい。」と悦子は瑞樹の背中を押した。
悦子が窓から庭の様子を見ていると、離れに戻る雅也に瑞樹が駆け寄った。少し遠慮がちに、瑞樹が腕を絡め、雅也はそっぽを向いたままだったが、嫌がるような素振りは見せなかった。
「お父さん。まだまだそっちには行けないわね。」
可愛らしく懐いてくれる娘も、その娘にたじたじになっている息子も、まだまだ見逃せないと、悦子は夫の遺影に笑いかけるのだった。
◇◇◇
おまけ話まで読んでいただきありがとうございます!
これにて完結となります。またどこかで瑞樹と雅也のお話が書けたらいいなぁと思っております。読んでいただき、とても嬉しかったです!ありがとうございました!
社畜が溺愛スローライフを手に入れるまで たまこ @tamako25
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます