第13話


「しまったわ、余計なこと言っちゃったわね。」


 雅也と瑞樹が軽トラで出発するのを見送って、悦子は一人、肩を落としていた。



 自分の不用意な言葉のせいで、いつまで経っても独身の息子と、可愛がっている瑞樹の間を邪魔してしまったかもしれない。初めて見る、顔を強張らせた瑞樹のことを思うと胸が痛かった。最初に会った時から悦子は、瑞樹のことを可愛く思っていた。無愛想すぎる息子しか子どもがいないこともあり、素直で表情豊かな瑞樹はとても好印象だった。関わっていく内に、悦子に懐いてくれるところも可愛らしい。




(だけど、それだけじゃないわね。)


 瑞樹が最初に入院したであろう日、滅多に感情を見せない息子が、珍しく顔を青くして帰ってきた。理由を尋ねるも教えてはくれず、しばらく元気がない様子だった。一週間ほど経って瑞樹がお礼に来てくれた時、表情や態度には出さなかったが、雅也はやっと安心した様子だった。あの息子がどうにも気に掛けているようなので、ついついお節介をして、瑞樹を手芸教室へ誘った。その時から悦子は瑞樹に興味津々だったのだ。


 それからも少しずつ仲を深めている様子だったが、手芸教室の送迎を買って出た時は流石に驚愕した。あの雅也が、と信じられない思いだった。もうこれは・・・と思い、またしてもお節介をしてアシストしたのだが、これは良い方向に二人を進ませたと胸を張って言える。いつも固い表情の息子が、優しい表情をするようになっていたのだから。二人の間に少しずつ暖かい空気が感じられ、そろそろ良い報告があるのではないか、と期待していたのだが。





(本当、口下手なんだから。お父さんそっくり!)


 不用意な発言をした自分を棚に上げ、随分前に亡くなった夫の仏壇前に座り、遺影に向かって睨みを利かせた。雅也の朴念仁な所は、夫から受け継がれたものだ。悦子も夫の無口さに随分と苦労した。大体、さっきの若い子と雅也が仲良く話していた話だって・・・。



(瑞樹ちゃんの話しかしてなかったじゃない。それを言えば良いのに!)


 あの時、雅也は若い子に瑞樹と付き合っているのか、いつも何の話をしているのか、と根掘り葉掘り聞かれていただけだ。悦子も気になって仕方ない話題だったので、耳をすませて聞いていたのだ。息子は、ほとんど答えてはいなかったが、瑞樹のことを思い出したのだろう、親の悦子でも数十年見ていない照れ笑いを浮かべたのだ。



(もう!お父さん、頼んだわよ。どうか貴方そっくりの息子を助けてあげて。)


 夫譲りの口下手な息子に訪れた、遅すぎる春を思い、悦子は仏壇に向かって手を合わせた。

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