第12話



 重たい空気のまま、雅也さんの運転する軽トラは私のアパートに到着した。ずっと無言だったけど、挨拶はしようと隣を見て声を掛ける。


「送ってもらって、ありがとうございます。」



 雅也さんから返事はない。さっさと降りようといそいそとシートベルトを外し、荷物を掴み、ドアを開ける。






「・・・瑞樹」


 驚いて振り向くと、申し訳なさそうに眉を寄せる雅也さんの顔が見えた。


「嫌な態度を取って、悪かった。・・・瑞樹が嫌でなければ話がしたい。」






「・・・ずるいです。こんな時だけ名前呼ぶなんて。」


 私は抗議の意を込めて、思いっきり睨んだつもりだが、雅也さんは優しく頷いただけだった。







「何、飲みます?」


「コーヒー、お願いしてもいいか。」


 私の部屋に入り、ソファに座って待ってもらう。出発の時と同じままのテーブルを片付けながら、お湯を沸かす。いつもはスティックタイプのインスタントコーヒーばかりだが、張り切ってコーヒーショップで買ってきたドリップコーヒーを淹れ、テーブルに二つのマグカップを置く。


 さっきは私が座る間もなく出てしまったから一緒に座らなかったけど、どこに座ったらいいだろう。二人掛けのソファに、二人並んで座るにはどうしても勇気が出ず、床に直接座った。




「・・・これ」


 ばつが悪そうに渡された、小さな可愛らしい箱には焼き菓子がいくつか入っている。私が好きだと話した、ナッツ入りのクッキーやマフィンばかりだ。そして店名を見て気付く。



「ここ、私が食べてみたいって話してたとこ・・・。」


 手芸教室で聞いた、最近出来たばかりのスイーツショップ。評判が良いようだが、隣町なので運転スキルの低い私は二の足を踏んでいた。いつか行けたらいいな、と思っていた。



「ああ。本当は朝、渡そうと思って・・・瑞樹がお茶に誘ってくれて、その、楽しみにしてた。」


 私がお茶を買い漁ったり、家の掃除を熱心にしていたように、雅也さんも、同じように楽しみにしてくれていた、私の話していたことを覚えていてくれた、そのことが私の胸を暖かくじわじわと満たしていく。雅也さんもソファから降り、私の隣に座った。


「・・・今日来た時、あー、その、緊張してたんだ。嫌な態度だった、ごめん。」


 真剣な表情で一生懸命言葉にしようとしてくれるのが伝わってくる。


「瑞樹といると、いつも余裕無いんだ。」


 こんな話をするのは一番苦手な人なのに。それでも言葉にして、私と向き合おうとしてくれているんだ。


「・・・余裕たっぷりに見えますけど。」


「それは良かった。」


 ぎこちなく見せる笑顔に、私は自分の心がどんどん陥落していくのを感じた。






「私、雅也さんと、もっと仲良くなりたいって思ってて。」


「うん」


「今日、すごく楽しみにしていて。」


「ああ」


「ずっと今日のことばかり考えていて。」


「うん」


「だけど、失敗、しちゃったって。どうしよう、って、思って。」


 気持ちをちゃんと伝えたくて、言葉にしようとすると、胸が詰まって、涙が込み上げてしまう。ぽろぽろと流れ出た涙を、ゴツゴツとした指で遠慮がちに拭いながら「瑞樹、ごめんな」と言われるだけで、私は呆気なく許してしまうのだった。

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