第14話
俺が瑞樹のことを知ったのは、あの野菜直売所で瑞樹が倒れるよりもずっと前のことだ。
あの野菜直売所では、瑞樹は少し、いや結構目立っていた。というのも、市街地にはショッピングセンターもあり、綺麗なスーパーも多く、野菜直売所には若い客はあまり入っていなかったので、若い瑞樹は目を引いた。そして、いつも疲労困憊の様子でフラフラしながらも、足繁く来店していたせいで余計に目立っていたのだ。そして疲れきった酷い顔だというのに、野菜を見ているだけで嬉しそうに笑うもんだから、つい目が離せなかった。
そして、それは他の生産者達や直売所の職員も同じだったようで、よく「瑞樹ちゃん、これ美味しいよ」と声を掛けられていた。中には長話する爺さん婆さんもいたが、瑞樹はにこにこと一生懸命話を聞いていた。
瑞樹が倒れたあの日、柄にもなく焦った俺は救急車に同乗してしまったが、俺が一方的に知っているだけで、実際は知人でも無いので出来ることもなくすぐ帰ろうとした。その時、瑞樹の上司が現れ、看護師と話しているのを聞いてしまった。
「ご家族に連絡を取ってくださいませんか。保証人が必要なんです。」
「加藤は家族がいないようで・・・入社時も保証人無しで対応していたんです。なので、私が保証人になっても構いませんか。」
正直、そんな境遇の彼女を酷使していた職場に怒りが沸いた。一言言ってやりたいと思ったほど。だが自分はお見舞いに行くことも出来ない間柄なので、一言言うこともできず、病状も確認できず、悶々としていた。しばらくして、瑞樹がお礼に来てくれて心底ホッとしたのを覚えている。それから、母親のアシストがあり頻繁に会えるようになってからは少しずつ彼女のことを知りながら、仲を深めていけている、と思う。
「雅也さん、これ一人で買いに行ったんですか?」
俺が瑞樹の家で大失態を犯したあの日。どうにか仲直りした後、話題のスイーツショップのマフィンを頬張りながら、彼女が聞いてきた。
「ああ」
「ふふふ」
瑞樹は可笑しそうに笑う。あのお店は女性向けのメルヘンチックな外装だった。それを俺みたいなおじさん一人で行ったのを想像しているんだろう。
「次は一緒に行きましょうね。」
「ああ」
頷くとにっこり笑ってくれる。彼女のこの顔がとても好ましいと思う。
「・・・あー、あの、雅也さん。」
「ん?」
「わ、わわたしのこと、いつから、その、えー、すすす好きだったんですか?」
顔を真っ赤にして、額に汗を浮かべながら、必死の形相で聞いてきた。思わず笑いそうになる。こんな顔も可愛く思ってしまう。
「内緒。」
「え~~」
唇を尖らせ不満そうにしている瑞樹だが、今はまだ教えてあげられない。瑞樹が倒れるよりもずっと前から気になっていたなんて。あの直売所で、俺が作っているミニトマトを「これが一番好きなんです!」と満面の笑顔で他の客に力説していた頃から、ずっと見ていたなんて。
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