第8話
「…あー、今日…時間あるか?」
手芸教室の帰り、雅也さんの軽トラに乗り込むと、眉間に皺を寄せながら歯切れ悪く聞かれた。
「大丈夫です!」
「…じゃあ、少し遠回りして帰るか」
雅也さんからの初めての提案に、思わず顔が弛んでしまう。弾む心が抑えきれず、つい「嬉しいです!」と言ってしまう。
雅也さんからの返事が無いので顔を見ると、眉間の皺が減っていた。
いつもと違う山道をしばらく走ると、開けた所に出た。展望台になっているところで、ここら一帯が一望できる。
「綺麗!雅也さん、海!海が見えます!」
私のはしゃぎ声を聞き、雅也さんは強張った表情を少し優しくさせた。
「…こっちの海は行ったことないのか」
「仕事ばっかりでしたから」
話しながら、夕焼けに染まるオレンジ色の街を見ていると、何だか胸がいっぱいになる。綺麗な景色を隣で見られるだけで嬉しい。
「…次は、海、見に行くか」
雅也さんと海なんて、考えただけで素敵すぎて胸が高鳴る。きっと今日以上に舞い上がって、ふわふわするだろう。洋服悩んだり、何かお土産を準備したくなるだろう。前日からドキドキして、夜は寝付けないだろう。だけど、これ以上は。
「雅也さん、こんなことされたら、私、勘違いします」
言うつもりは無かった。心の中だけで思ったつもりだった。だって、言ってしまえば、もうこんな風に一緒にはいられなくなる。
返事が怖くて、隣を見れずに景色を眺め続ける。しばらく無言が続き、耐えられず、言葉を探す。
「…あ、の、雅也さん」
「……勘違いじゃない」
「へ?」
「勘違いじゃないから」
いつも無言になるとたくさん話していた。私ばかり話していたけど、それでも二人で話すのが楽しくて、大好きな時間だったから。一つでも多く、あなたのことを知りたいと思っていたから。話すだけで、胸がいっぱいになっていたから。
帰り道の車内は、初めてずっと無言だったけど、雅也さんの少し赤く染まった横顔を見るだけで、私は満たされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます