第7話
「これ、作ってくれたのか?」
雅也さんが驚いた様子で私を見る。ふふふ、この表情も始めてだ。頑張った甲斐がある。私は嬉しさを隠さず、にっこり笑った。
雅也さんの厚意のお礼に何かしたいと、検査入院中ずっと考えていた。スマホで検索してみるが、ピンと来るものはなかった。お金や商品券は味気ないし、高い確率で受け取ってくれないだろう。甘いものは、受け取っても悦子さんに渡すか、手芸教室で生徒さんが自由に食べられるように置いているのを何度か見たことがある。おそらく、私が最初に渡した菓子折りも悦子さんのお腹に入ったのだろう。
身に付けるもの、男性に贈るなら、ネクタイとかハンカチとか?だけどハンカチなんて使っているところ見たことない。いつもタオルで汗をがしがしと拭いていて、これがかっこよくて…じゃなくて。ハンカチは使わないだろうし、ネクタイなんて尚使わないはずだ。汗を吹くタオルでいいかな、とも考えたのだけど、出来れば私らしいものを贈りたくなってしまっていた。
自分らしいものを贈る、と言えば手作りのもの、だろう。だけどなぁ。悦子さんに、よく料理のお裾分けを貰うがこれまたプロレベルで美味しいのだ。「料理教室もしてくださいよ!」と何度言ったことか。あんな美味しいものを毎日食べている人に、私の初心者レベルの料理は渡せないだろう。最近は悦子さんにレシピを教わって、ようやく「初心者マーク外してもいいかな?」と一人ニヤニヤしているレベルだ。料理じゃなくて、私が得意なもので、何かないだろうか。
そんな風に苦悩しながら、行き着いたもの。
「こんなのが、作れるのか」
雅也さんは驚きながら、じっくりと見ている。
私は、雅也さんが作っているミニトマトのレシピカードを作った。いつも行く野菜直売所では、野菜の隣にレシピカードを置いていることが多い。それは、農家さんの手書きのものもあれば、文書ソフトでシンプルに作成されたものなど様々だ。そしてそれが雅也さんのミニトマトのコーナーに置かれていないのが気になり、以前尋ねたことがある。「あれは、農家が自分で作らないといけないんだ。俺は、あまり」と歯切れの悪い返事を貰っただけだった。
これは、社畜歴12年の私の出番でしょう!カードのデザインも、作った料理の写真の加工も、私の得意分野だ。まぁ、レシピは悦子さんのものだけど。念のため、先に悦子さんにはメールで相談し、太鼓判を押してもらった。ミニトマトのマリネやカプレーゼ、パスタ、卵と豚肉とのソテーなど、調子に乗って10種類も作ってしまった。こうして、あの野菜直売所ではちょっと浮いてしまうような、大手料理教室の入り口に置いているような、本格的すぎるレシピカードをプレゼントしたのだ。
「野菜直売所で置けたらいいなぁ、と思って」
「ああ」
雅也さんは、私の方を見ず、まだレシピカードを一枚一枚じっくりと見ていた。
「種類が多すぎましたかね?つい作りすぎちゃいました。季節によって、置くものを替えたり、他の納品しているお店にも置けるかな、とか、考えてたら、こんなに増えちゃいました。コピーはいくらでもできますよ」
「ああ」
「あ、無理に置かなくてもいいですからね。使えそうなものだけ使ってくれたら嬉しいです。レシピは悦子さんに教わったもので、悦子さんにも内容チェックはしてもらっているけど、変更や訂正はすぐできます。気になるところがあれば教えてください」
「うん」
雅也さんが、あまりにこちらを向かないから、段々不安になり、私はどんどん饒舌になる。
「これだけじゃ、本当は全然足りないんです。雅也さんに助けてもらってばかりだから。だけど、何かしたくて。雅也さんの作る、ミニトマトをもっと色々な人が食べてくれたらなぁって、そのお手伝いがちょっとでも出来たらなぁって、そう思って、それで…」
やっと、雅也さんが顔を上げた。
「足りなくなんかない。俺の方が貰いすぎだ」
やっと目が合うと、その目はとても優しくて。
「ありがとう、嬉しい。使わせてもらう」
その言葉が、その声が、その表情が、とても優しくて、とても甘くて。やっぱり私の方が、貰いすぎているのだと、心がふわふわした。
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