Part3

 クルムの町長邸を出てから一時間ほど。

 クラリスはブラウンの言っていたドラン峡谷を一人訪れ、道半ばでしゃがみ込んでいた。


(地面が焦げてる。でも火吹き鳥の火力くらいでこうはならない)


 彼女が注視するのは、焦げた地面の状態。

 これが本当に町長の言っていた通りだとするのなら、草が生えているのならともかく剥き出しの地面が焦げるような事は殆どない。しかし現にこの場所の地面は、黒く焼け焦げていた。それも、かなり広い範囲で。


「本当にアレなら……」


 これで本当の討伐目標の目星はついた。後はそれが本当に正しいかどうかの答え合わせだ。

 鉄の杭を鞄から取り出すとクラリスはそれを岩肌へと突き刺し、足場を見つけながら少しずつ崖を登っていく。最初の頃は失敗して地面に血溜まりを作った事もあったが、そんな経験も積み重なり今では慣れたもの。

 細く非力な身体でも難なく崖を登り切り上に立つと、ボロボロの服の端を少し千切って空へと放り投げた。


「風向きは……よし」


 今、布の切れ端を投げたのは風向きを掴む為。風下へ向かって飛んでゆく切れ端を見送るとクラリスはその逆方向、風上へと歩いていった。


 すると間もなくして、あるものが彼女の目に映る。


「やっぱり……」


 そしてそれは、クラリスが予想していたそのものだった。






「間に合った……」


 調査を終えた後、ぜえぜえと苦しそうに息をしながら町へと転がり込むクラリス。空を見上げると既に日は沈みかかっていた。


 夜になると視界が悪くなる上に凶暴な夜行性の肉食獣も姿を現す。火を焚けば獣は近寄りづらくはなるのだが、それでも盗賊のリスクなどもあり、野宿よりは戻れるうちに町に戻っておきたかったのだ。


「宿、安いかな……」


 そしてなんとか立ち上がると、今日一夜を過ごす宿を探し始める。

 宿の値段は町によってまちまちで、場所によっては手厚いサービスと引き換えに非常に高価になってしまう。この町の宿が、そのような高級宿でない事を祈りながら。


「クラリスちゃん!」


 ふらふらと歩く彼女に、声をかける少女の声。ふと目をやると、そこにいたのは今朝も声をかけてくれたサラだった。


「ごめんなさい、お父さんが怒らせちゃって……」

「サラが謝る事じゃない」


 謝るサラに頭を撫でながら、クラリスはそう言って微笑む。確かにサラの父親はギルドを、クラリスを騙して危険な戦いに行かせようとした。だがサラは自分と仲良くしようとしてくれただけ。そんな彼女を責める気は、クラリスには毛頭なかった。


「あっ、これ!」

「これは……」


 その後、思い出したようにサラは手に持っていた木の器をクラリスへ差し出した。


「シチュー、あったかいよ」

「ありがとう……」


 ほかほかと湯気が上がるとろみがついたスープに、チキンや山菜、キノコが沢山入ったシチュー。滅多に食べられないようなご馳走のそれを、クラリスはスプーンで掬い息を吹きかけて冷ましながら頬張る。


「美味しい……」

「でしょでしょ! ママのシチューは最高なの!」

「ママの……か」


 濃厚でありながら、包み込んでくれるような優しい味に感動と安心を覚えながら、クラリスはかつて母が作ってくれたスープの事を思い出す。


「懐かしいな……」


 細かく切った野菜と潰した豆、オートミールが入った、人肌程度のぬるさの薄味のスープ。病弱で布団の中から出られなかったかつてのクラリスでも、体を壊さずに食べられるように工夫してくれた母の味。

 不死となった今となっては胃もあの頃よりは多少強くなって色々なものが食べられるようになったものの、母がスプーンで口に運んで食べさせてくれたあの味は今でも強く思い出に残っている。


 今頃両親はどうしているのだろうか。シチューを味わいながら物思いにふけるクラリスに、サラは懐から取り出した小袋を手渡した。


「あとこれ、お詫びの宿代って。うちには泊まりたくないだろうからって」

「あ、ありがとう……」

「器は宿の人に渡してくれたら取りに行くね」


 そうしてシチューと宿代を渡し終えると、サラは手を振りながら家へ帰っていった。


「やるしか、ない……」


 この先に待ち受けるのは、火吹き鳥などではない。自分の実力では勝てる見込みなど薄いような強敵であろう事は既にクラリス自身解っている。

 それでもこの町の人々の、サラの未来を守る為に。彼女は戦う決意を固めるのだった。

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