Part4

 翌日。


「あの……」

「いらっしゃいませ」


 日が昇ると同時に宿を出たクラリスは、自警団や立ち寄った冒険者向けに開かれている武具店を訪れていた。


「あなたが噂のクラリスさんですね。何をお求めでしょうか」

「一番軽い短剣、どれくらいありますか?」

「今の在庫だと六本ですかね」

「全部ください」

「は、はい。30000オールになります」


 そして迷わず在庫の軽い短剣を全て買い占め。さらに店を物色すると、鉄の杭を指差して店主に告げる。


「あとこの杭、二十本ほど」

「は、はぁ……」


 目の前の美しい少女による意図の見えない謎の大量購入を、何に使うのだろうかと思いながらも店主はただ呆然と見守っていた。






 日が真上に昇る少し前、次にクラリスが訪れたのは峡谷の近くにある洞窟だった。


「この洞窟に……」


 名もなきこの洞窟は別に何処に繋がっているというわけでもなく珍しい魔物や強い魔物がいるわけでもない。名を付けられていない事からもわかる通り、誰にとっても特に近寄る意味のない場所である。


 だがこんな洞窟にも、クラリスには訪れる理由があった。


「いた……」


 発見した目当てのもの。それは、この洞窟に棲むカエル。

 カエルの姿を捉えるとクラリスは武具店で買った杭を容赦なく次々と脳天に突き刺し仕留め、籠の中に放り込んでゆく。このカエルには毒もない為、狩りはトラブルもなく至って順調に進んでいった。




 


「何やってんだあれ」

「さあ……」


 そして町に戻ったクラリスは、今度は火を起こして鍋に湯を沸かし、何かを煮ていた。その様子を、町の人々は何をしているのか疑問に思いながらも何か考えがあるのだろうと見守っている。


 期待と疑念を抱きながら、人々がその奇行に対し声を掛けられずにいた中、怖気づくことなく話しかけたのはサラだった。


「何してるのクラリスちゃん。お料理?」

「まあ……うん」

「何作ってるの?」

「見てみる?」

「うんっ!」


 興味津々のサラに尋ねられ、クラリスは桶に入った作っている途中のそれを見せるが……。


「いやぁーっ!」


 それを見たサラは、そのあまりのおぞましさに思わず悲鳴を上げた。


「カゲガエル」

「か、カエル、食べるの……?」

「干し肉にして食べる。チキンみたいで悪くないし、小さいから持ち運びやすい」


 クラリスが見せた物とは、皮を剥いで塩漬けにしているカエルの肉。それも、殆ど形が残ったまま。ただでさえ苦手なカエルのグロテスクな姿とそれを食べるというクラリスに、サラは思わず引いてしまっていた。


「そっちは、何してるの……?」

「剥いだ皮を煮てる」


 そして鍋の方はというと、剥ぎ取られたカエルの皮がぐつぐつボコボコと音を立てて煮込まれていた。こちらもこちらでおぞましい光景である。


「それも、食べるの……?」

「食べない」


 だが肉は食べると言ったクラリスも、流石にこの皮は食べない様子。一体何をするのだろうかというサラの疑問に答える為、スプーンを手に取り鍋の中身を掬って見せた。


「このヌルヌル。これが必要なの」

「何に使うの、そんなの」

「前に図鑑で見たけど、カゲカエルは火を吹く魔物の攻撃から逃げる為にこのヌルヌルを全身に纏ってるの。だからこの火に強いヌルヌルを使えば」

「炎は効かない!」

「うん。まあ、そんなにもたないとは思うけど……」


 煮込む事で鍋の中に浮かんできた、ヌルヌルとした粘液。これこそ名もなき洞窟の中でクラリスがカエルを乱獲した本当の目的。

 炎を使う魔物の生息域には、こうした炎に対する対抗策を進化の過程で手に入れた生物も少なくない数が棲んでいる。こうしたものを利用するのも、非力なクラリスが戦い抜く為に得た知恵だった。


「今度は何?」

「近付かないで!」

「ご、ごめんなさいっ!」


 次に取り出したのは矢と小さな瓶。近付いて見ようとしたサラを制すると、クラリスは作業を進めながらそれが何なのかを教える。


「これ、猛毒。触ったら死ぬ」


 小瓶に入っているのは、高濃度の毒薬。今はその中身を矢尻に塗って矢筒に収めているところである。


「クラリスちゃんは大丈夫なの?」

「手袋はしてるけど、もし触ったら死ぬより苦しい」

「やったこと、あるって事……だよね」

「言ったでしょ。死なないっていうのは、ずっと痛いって事だって」


 もしこの毒に触れたらどうなるのか。実際に経験したそれを、クラリスはサラに生々しく語り始める。


 この毒は嘆きの森と呼ばれる森に棲む、とある巨大な毒虫の幼虫が持つ物でありその毒性は極めて凶悪。毒液には触れるだけで皮膚が爛れ、激痛と高熱に襲われて苦悶の末に死に至る。

 噛まれた時に至ってはまさに地獄。皮一枚の下で肉が溶け、傷がついた途端に溶けた肉が血のように流れ出る。痛みや苦しみも想像を絶し、喉が裂ける程の苦悶の悲鳴を上げながら息絶え、溶けた肉は毒虫の餌となるのだ。

 生息地が嘆きの森と呼ばれる所以の嘆きとは、犠牲者の悲鳴やうめき声によるものだという。


「人はね、死ぬからそれ以上は苦しまなくて済むの。苦しまなくてもいいようになってるの」


 それでも、死という救いはある。死ぬ事さえできれば、どんな耐え難い苦痛からも解放される。だがクラリスにはそれすら無い。例え全身を溶かされ貪られようと苦痛は消えず、時間が経てば蘇る。


 だからこそわかる。生きる事と同時に、死もまた尊いのだと。救いなのだと。


「クラリスちゃんは……死にたいの?」

「死にたいけど、殺されるのは嫌。神様に許されたら、痛くも苦しくもない優しい死に方をしたい。それが私の夢」

「悲しい夢だね」

「こんなの、ただのないものねだりだから」


 いつか、救われる日を。何十年と戦い続けた果てに、天寿を全うして生命を終える日を夢見て涙をこぼしながら、クラリスは戦い続ける。


 次なる戦いの時は、すぐそこへと迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る