Part3
儀式による神の加護を受け、ついに王都から旅立ったクラリス。
旅立ち早々、彼女は今最初の危機に直面していた。正面で、グルルと音を立てながら威嚇する獣。草原の獣、グラスドッグだ。
「みんなやってる。なら、私にも……」
このグラスドッグだが、冒険初心者にとっての最初の壁とも言われている。
これより弱いモンスターは他にもいるものの、そのどれもが害のない草食性。グラスドッグは、人間に対する攻撃性を持つ肉食獣の中では最弱のモンスターである。その為冒険に出た者たちは皆、最初はこのグラスドッグで戦いを学ぶのだ。
他の皆が戦い、勝っているのだ。できない筈はない。そう自分に言い聞かせて鼓舞し、鞘から剣を抜いて構える。
「グアァッ!」
だがその瞬間、グラスドッグは声を上げながら突撃、体当たりを仕掛ける。
「きゃあっ!」
クラリスは剣を振り抵抗するも出鱈目な斬撃は届かず、直撃。受け身も取れずに倒れ込んでしまう。
「かはっ!」
さらに追撃の踏みつけ。胸に勢いよく一撃を受け、肺の中の空気が吐き出される。
「や、やめ……」
息も絶え絶えの中、クラリスの視界に映ったのは、涎を垂らしながら睨みつけてくる獣の牙。恐怖に震えるクラリスだったが、助けを乞う声は知性なき獣へは届かない。
「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
悲鳴が響いた。
腹に喰らい付かれ、皮を、肉を、内臓を引き千切られ、痛みで絶叫を上げる。
限界を超えた喉の痛みなどわからない。それ程の激痛が、容赦なく虚弱なクラリスを襲う。
「いっ……あっ…………!」
もはや満足に声も出ない。それでも、容赦のない蹂躙は続く。
(痛い、痛い、痛い痛い痛い!)
臓物を引き出され、食い荒らされる。溢れんばかりの血が辺りの草を染めてゆく。
踏み躙られ、蹂躙され、辱められ、首から下が原型も留めない血肉と骨の残骸となった頃。クラリスの痩せた肉を喰らい尽くし満足したのか、獣は彼女に興味を失い何処かへと去っていた。
「あ……ぁ…………」
ようやく解放された。そう思ったその時、ポツポツと落ちてくる水滴。それはあっという間に土砂降りの雨となり、クラリスの身へと降り注いだ。
(痛い、息が出来ない、身体が動かない……)
雨のひと粒ひと粒が針となり、剥き出しの肉へ、骨へと突き刺さり激痛となる。だがもう痛がる気力もない。身体も動かず、肺も食われて声も出なければ呼吸もできない。
(何も、できなかった……)
気が狂いそうな苦痛の中、クラリスは悔しさを覚えると同時に絶望する。
どうして私は、こんなに弱いのだろう、と。
(苦しい……痛い……)
どれだけの時間が経ったのかもわからない。一秒なのか、一分なのか、一日なのか、はたまた一月なのか。時間感覚すら苦痛に塗り潰されてゆく。
(早く寝たい、眠りたい……なのにずっと痛い……)
殺されたら、もっと早く眠れるものだと思っていた。消えられるものだと思っていた。なのにいつまでも続く痛みと苦しみに、クラリスの心は折られかかっていた。
「こんなところでやられたのか。可哀想に……」
そんな中、声が聞こえた。光を失った目に、微かにぼやけた人らしき姿が映る。
「たまにいるんだよ。村のお荷物を厄介払いに送りつけてくるのがな」
姿は見えないが、もう一人の声も聞こえた。どちらも男の声だ。
「やめろ。この子の前だぞ」
無残な姿となったクラリスの身体を発見したのは、馬に乗る二人の男だった。上司らしき男は部下と思われる者の不謹慎な発言を戒めると馬から降りて、クラリスの隣にしゃがみ込む。
「よく頑張ったな。後はゆっくり眠れ」
そしてそう言うと彼は、クラリスの顔に手を掛けて目を閉じさせる。
瞬間、ようやくクラリスは解放されたのだった。絶え間なく続く、耐え難い程の苦痛から。
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