第26話 魔王と初代勇者

「俺のせい? 何かやったか? 」


 光のない冷たい目で睨みつけてくるレイであるが、ノワールには心当たりがないようで首をかしげるばかりである。


「ノワールは知らないところで大惨事引き起こしてそうですからねえ。気付かぬうちに彼女の親戚でも殺しているのでは? 」

「いや、俺は殺した相手の顔はほぼ覚えているはずだがレイに似ている者はいなかったぞ? 」

「黒ずくめの組織に欲しい人材だね」

「そうやって貴方は何も気付かないし、わからないままなのよ! 」


 レイの剣による攻撃がノワールの身体に喰らい付こうと四方八方から飛んで来るが、彼はそれらを容易く振り払う。


「なるほど感情がわかれば攻撃も多少読みやすくなるな。先程より格段にやりやすい」

「……ねえ、どうして自分が勇者になったのかわかるかしら? 」

「それはお前が女神の神託を受けたからだろ? 」

「違うわ、貴方が人間と戦ったからよ。普通の人間では絶対に太刀打ちできない圧倒的な力を持つ魔族である魔王、人々は魔王を倒すためになんだってしたわ」


 レイは自嘲しながら金属製の鎧を脱ぐと女の子らしい白いワンピース姿となる。そして彼女がワンピースをめくって振り返ると、レイの白い背中には禍々しい翼を広げた漆黒の悪魔が描かれていた。


「まさか、その模様は……」

「ふふ、これがどうやって作られたか教えて欲しいかしら? 聞いたらきっと驚くわよ? 」

「ああ、頼む教えてくれ」

「シールを貼るだけよ」

「タトゥー!? 」

「なるほど、オシャレなのだな。俺もそのデザインは好きだぞ、意外と気が合うではないか」

「オシャレなんて言葉で片付けないでくれない? この悪魔のタトゥーを入れる時、大泣きしていたんだから、自分の両親がね。格好良かったから自分はとても嬉しかったけど」

「……なんかこの初代勇者からちょっと怪しい雰囲気が漂ってきてますよ? 今まで戦ってきた変態達と同じ感じがします」

「アビ姉もそう思った? よく考えたらノワ兄と戦い続けている時点でまともな思考じゃないに決まってるもんね」


 レイはめくっていたワンピースを戻してノワール達の方に身体を向けた。


「人々は魔王に対抗できるだけの力を持つ人間だったらどんな人だって勇者に仕立て上げたのよ。ごく普通の平民の自分でさえ勇者にしてしまったの」

「平民とか以前にもっと大きな問題があるんじゃないのかな? 」

「奇遇だな、実は俺も魔族の平民の生まれなのだ。まあ魔族は元々強ければ偉いという意識が強いので、すんなりと魔王として魔族のリーダーに選ばれたが」

「いろいろツッコミどころはありますがあの二人は結構似た者同士なところがあるんですね。実力も出自も似ている二人の戦いですか、これは勝負が決まるのには時間がかかりそうです」

『アビスちゃん、それは正解でもありますが間違いでもあります。あの二人には明確な違いがあるんですよ』

「違いですか? 」


 首を傾げるアビスのそばにヤミが歩み寄ってくる。


「そうじゃ、その違いは絶対に埋められるものではない。だからこそノワ坊は1000年前にレイ嬢に負けたのじゃ」

「どういうこと……? それじゃあノワ兄がレイちゃんに絶対勝てないみたいじゃん」

「勝てぬ。もしノワ坊が勝ちたいのであれば、レイ嬢を成長させてはいけなかったのじゃよ」

『ええ、パンドラの箱というのはあの子のためにあるような言葉ですよね』

「それを知っておきながら女神の力を与えたくせにぬけぬけと。我は反対だったのじゃぞ? 」

『えー、だってドキドキしませんでしたか? 』

「確かにしたがのう……」


 エステリアとヤミが大昔の出来事について討論していたがアビス達にはさっぱりわからない。ふとノワールの方に目を向けると二人が再び激突していた。


「さあ勝負を続けましょ! ホーリー勇者スラッシュ!! 」

「ここは後ろに下がれば問題ない」

「……と思ったわよね、ざんねーん、そこにはもう次の攻撃を放ってるわ! 」

「ぐううっ!? 」


 胸に斬撃を喰らい血を流すノワール、度重なる攻撃により彼の足元には血溜まりができていた。しかしレイには傷ひとつない。


「なぜ、そこまで俺の動きがわかるのだ……? 」


 息を切らしながらノワールがそう言うとレイはニヤリと笑った。


「この戦闘が始まってから2874回、これがなんの数字だと思うかしら? 」

「なんだろうな、俺の頭部に対する攻撃回数が近いと思うが……」

「貴方の心臓が鼓動した回数よ。今は2886回です、あっ、今ちょっと早くなったわね」

「あの人、魚沼宇水? 」

「聴覚かなにかで鼓動を数えているのでしょうか? 」

「そんなものと比べて欲しくないわ」


 レイは怪しい目つきをしながら指を折りながら楽しそうに言葉を続ける。


「貴方がこの戦闘中に目を瞬いた回数719、現在の胃液のph1.2、呼気中の二酸化炭素濃度4.37パーセント、この時代に生き返ってから聖女の胸を見た回数1603、本日作られた精子の数8642万4011匹」

「健康診断かな? 」

「ノワールはどんだけ私の胸見てるんですか!? 」

「しかたないだろう、デカければ見るのが男の礼儀だ。しかし、なぜレイはそこまで俺のことがわかる? 」

「それは自分が勇者だからですわ。勇者は魔王を倒すために、魔王のことはなんでも知っておくべきですもの。自分はそのためにエステリア様のお力を使っているのよ」

『えへへ、力を与えちゃいました』

「クソ女神はなんちゅー真似しやがったんだ!? 」

『だって面白そうじゃないですか、あの子に女神の力を与えたらどんなことに使うかワクワクしません? 』

「おかげさまで貴方の私生活や腸内環境、食べ物を噛んだ回数、年間勃起持続平均時間、細胞分裂の周期までありとあらゆることを私は知ってますわ」

「この人、マジでキチじゃない? 」


 ドン引きするアビス達であったが年長組は平然とした様子だ。年長組は見てきている変態の数が違う、これしきのことは結構キツイな……、程度で済んでいた。


『これで皆さんもわかったでしょう。レイとノワールの違いは【相手への想いの強さ】なんですよ。レイはノワールのストーカーNo1受賞勇者なんです』

「レイ嬢にとってノワ坊は攻略本で攻撃パターン完璧に覚えられた裏ボスみたいなもんじゃ。レイ嬢自体もそれなりの実力者ということを考慮すると、ノワ坊に勝ち目はないじゃろ」

「じゃあこのままではノワールはあの変態に負けて死ぬということですか……? 」


 アビスは低いトーンで呟く、恍惚の表情でノワールに攻撃しまくっているレイを眺めながら、自分は何もできないという無力感に囚われていた。


「勝てる方法はあるのじゃが、それはお主達次第じゃな」

「方法があるの!? 」

「うむ、レイ嬢は女神の力をノワ坊の生態情報の入手スキルに全振りしておる。つまりはノワ坊以外の人間は眼中にないのじゃよ」

「もしかしてレイの情報にない私達が戦うということですか? 」

「無理じゃ、まともに戦ったら即死ぞ? お主達にできるのは気を逸らすだけ、そこをノワ坊が攻撃できれば勝ち、できなければ邪魔者としてレイ嬢に殺される」

「ノワールに自分の命を託すと言うことですか……」

「うむ、その覚悟があるなら気を逸らすためのとっておきの言葉を教えようぞ」


 アビスとキルライトはしばらくの間悩んでいたが、ここでノワールが倒れたら世界は間違いなくとんでもないことになる。世界を救うためにはこの初代勇者を止めなければならないのだ。彼女達は決心した後、ヤミから教わった言葉を叫ぶ。


「ノワール! 勝負に勝ったら裸エプロンで美味しい料理を作ってあげます! 」

「バニースーツ着て、夜の単独ライブ開いてあげるよ! 」

「この泥棒猫がああああっ!! 猫殺っちゃった、猫殺っちゃった、猫殺っちゃったら〜、死んじゃった! 」


 視界から姿を消したレイは不思議な鼻歌を歌いながらアビス達を切り刻もうと幾万もの斬撃を上下左右からぶっ放す。


「ひいいいっ!? これ死んだ、絶対死んだよおおおっ!? 」

「……まだです」


 ガキン!!


 その全ての斬撃を弾き飛ばし、レイの剣を止めた金属音が墓地に鳴り響く。


「やれやれ、勝負に集中しろと言っただろ? 」

「ノワ兄! 信じてたよ! 」

「ほら、攻撃のタイミングを作ってあげたんですからさっさと倒しなさい。勇者を倒すのは魔王の役目なんですからね」


 泥棒猫を殺すことで頭が一杯だったレイはノワールの行動予測をするための計算が遅れてしまう。


「計算はできなくても本能で感じ取ってみせるわ! 筋肉繊維と骨量、今までの戦闘経験から、この場合は心臓への突きがくるはず! 」


 レイは剣を胸の前に掲げて防御体制をとると、ノワールはとても嬉しそうな顔をした。


「正解だ、まさかここまで俺を理解してくれるとは素晴らしい。尊敬すらしたくなるほどだ」

「うふふ、その言葉だけで白米十合食べれるわ。貴方の感謝の言葉で研いだ白米パクパクするのを想像するだけで涎が……」

「それなら俺の全身全霊の一撃を耐えてみせろ! これが俺を信じてくれた仲間との絆の力だ!!」


 全身をバネにした鋭い一撃はレイの剣に当たり、ヒビを入れる。そして、まだノワールの突きの勢いは止まらない!


「……ふふっ、やられたなあ。仲間の力でここまで貴方が成長するなんて」

「どうした、まだお前は負けてないのだから弱気になるには早いぞ? 」

「貴方の情報を全て知ってるからわかっちゃうの。今の状態ならこのまま突きが自分を貫いておしまい」


 レイがそう言った通り、ノワールの突きは防いでいた剣を破壊して、レイの胸を貫く。


「くはっ……、やっぱりね……」


 ゾンビ状態ではあるものの、致命傷であるのかレイは光に包まれてうっすらと消えていく。彼女は最後の力を振り絞り、震える唇でノワールに語りかけてきた。


「仲間の力か……、せめて、貴方とは敵同士じゃなくて、仲間として、再会したかった、なあ……」

「俺が将来死んだら真っ先に会いに行ってやる。それまで楽しみにしてろ」

「うん、やくそく、だよ……」


 レイは安心したように笑うとタンポポの綿毛が飛ぶように細かい光の粒子となって消えてしまった。


 全ての勇者が消えたのを確認した仲間達はノワールの周りに集まってくる。


「やりましたねノワール、初代勇者にリベンジ完了お疲れ様です」

「流石に今回はやばかったねー、ヒヤリとしたよ」

「素直に褒めるに値する戦果じゃな。最強の魔王の実力は今なお、健在ということかのう」

「皆ありがとう、そして裸エプロンのことだが……」

「あれはその場のノリなのでやりませんよ!? 」

「そうか、残念だ……」

「それなら自分がやってあげるわ! 代わりに貴方が一日中履いてたパンツちょうだい、頭巾にして匂いをオカズにご飯食べるから! 」

「「「えっ!? 」」」


 突然の変態の飛び込み入場に驚くノワール達、そこには先程倒したはずのレイがノワールのパンツを貰おうと目をキラキラさせていた。


「なんで復活してるのおっ!? また戦わなきゃいけないの!? 」

「落ち着けキル嬢、これは我が再び復活させた本物の勇者レイじゃ。今回はちゃんと製品版の魔法陣で召喚してあるぞい」

「驚かしてごめんね、自分は勇者レイ。自分のコピーゾンビが暴れてたのはあの世から見てたわ、今はヤミ様に召喚されて現世に戻ってきたの」


 丁寧にペコリとお辞儀をするレイ。初めての挨拶ができるだけでまともな人に見えるのは、この世界のヤバさの証明である。


「こんな簡単に復活できるなら、アイちゃんもやってくれないかな? 」

「アイ嬢にも聞いてみたのじゃが、あの世でのコンサートが忙しすぎるようじゃ。オフの時には来てくれるといっておったぞ」

「そうかー、それならしょうがないね。来てくれた時に楽しめるように準備しとこ」

「あの世とこの世の境が、都会と田舎レベルまで落ちてませんか? 」


 どうやらヤミにかかれば死者の復活など容易いことらしい。体験版の魔法陣とは違いレイは血色が良く瞳もキラキラ光っている。どこからどうみても生きた人間にしか見えず、言われなければ死人だとはわからない。


「だけど生き返るならさっきのやり取りはなんだったのさ? ヤミちゃんはどんな気持ちでお別れのシーンを眺めてたの? 」

「寝取られ同人誌の導入」

「ヤミちゃんの思考の行き先は全てそこいくよね、ローマかな? 」

「それよりも復活した勇者はどうするんです? また魔王殺すとか騒がれても迷惑なんですけど」

「あはは、安心して。自分はノワール様一筋なのよ」

「ノワール様? 」


 いきなり様付けされて驚いたのは張本人であるノワールであった。


「別にレイとは主従関係は結んでいないが? 」

「いいのよ、だって呼び捨てなんか恥ずかしくてできないもん。自分はノワール様のことを遠くから見守りながら、盗聴や覗き見、使った歯ブラシペロペロできればそれでいいのよ」

「全て犯罪ではないですか? 」

「禁断の愛、というやつよ」

「この人ヤバくない? 男女逆だったら牢屋ぶち込まれてるよ? 」

「まあ俺は気にしない方だが他の人に迷惑はかけるなよ? 」

「はい、ノワール様成分に悪影響を与えない限りは手を出さないわ」


 レイは可愛らしく両手に力を入れてギュッとする。一応、補足しておくがレイは黙っていれば誰もが認める美少女である。ただ、少し変態なだけなのだ。


「それならいいですけど、私達の邪魔はしないでくださいね」

「自分はノワール様が無事なら他はどうなってもいいわよ、人間滅ぼしてもオッケー」

「マジでこの人、勇者なの? ヤミちゃんは復活の時に間違えてない? 」

「いや、こやつはバッチリ純度100パーセントの初代勇者レイじゃぞ」

「ああ、俺もそうだと思う。この透き通った目を見れば嘘をついてないことはわかる」

「いやん、ノワール様に見つめられたせいで、ちょっと繁殖期きちゃってるかも……」


 頬を染めながらお腹をさするレイを見てノワール以外のメンバーは『やべえやつ増えたよ……』と思ったのであった。

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