第24話 魔王と勇者達(前編)

「「「魔王、コロス!! 」」」


 勇者ゾンビ達はおぼつかない足取りではあるもののノワール達に駆け寄ってくる。


「なんで勇者達はボク達を襲ってこようとしてるの!? 」

「どうやら魔法陣が不完全なようじゃな。そのせいで勇者としての役目しか頭にない状態で蘇生されておる」

「不完全デス? 某はエロ広告に書いてあった通りに魔法陣を描きましたのデス」

「確かに正確かつ丁寧に描いたじゃろうな。無料体験版の方を」

「無料体験版とはなんだ? 」

「エロ広告をクリックした後、課金させるためのさまざまな仕掛けを仕込んでいたのだが、こやつは小賢しいことに上手いことくぐり抜けて目的の餌だけ手に入れたのじゃ」

「釣り人泣かせの魚かな? 」


 自分が描いた魔法陣がちゃんとしたものではないと知らされたリッチは恐る恐るヤミに尋ねる。


「で、でも無料で会えるって……」

「ど阿呆、無料のエロ広告なぞエロ広告ではなかろう。架空請求されてガクブルするまでがエロ広告じゃぞ? 涙目になりながら金を振り込んだら、ちゃんと製品版の魔法陣が郵送される手筈になっていたと言うのにケチりおって」

「それじゃあ今蘇った勇者達はどんな状態なんです? 」

「身体能力は全盛期のものに近いが中身は別物じゃな。勇者の使命である魔王討伐しか頭にない感じかのう」

「そ、それではエッチなことはできないんデスか……? 」

「できるわけなかろう、会えるだけじゃ」

「そんな……」


 がっくりと項垂れるリッチ、まあ会えるだけでも良心的ではないだろうか。


「馬鹿みたいな話してないで戦闘準備してください! 勇者ゾンビ達が来ますよ! 」

「…………」


 最初に仕掛けて来たのは初代勇者。初代勇者は白銀の兜と全身鎧に包まれており、一歩進むごとにガチャガチャと金属音が鳴る。鎧だけで中身が全く見えない初代勇者はどことなく不気味であった。


「ここは俺が行こう! 勇者と再び戦えるとはこれほど嬉しいことはない! 」

「………………」


 初代勇者の前にノワールが立ちはだかると、勇者は鉄兜をノワールに向ける。


「俺のことを覚えているか勇者レイよ? 」

「…………はい」

「俺はお前と再び会えることを嬉しく思う。お前はどうだ? 」

「…………はい」

「身体は蘇ったばかりだが戦闘に問題はないか? もしあれば本気が出せるように協力するぞ? 」

「…………いいえ」

「ゾンビ化してるせいでしょうか、話し方が少し変ですね」

「ああ、これは元々だ。初代勇者レイは『はい』か『いいえ』でしか質問に答えられないのだ」

「古き良きRPG!? 」

「あれって選択肢と言いながら結局一本道ストーリーですよね」

「勇者よ、アヘ顔ダブルピース見せてくれなのじゃ」

「…………いいえ」

「そんなこと言わずに勇者よ、アヘ顔ダブルピース見せてくれなのじゃ」

「…………いいえ」

「そんなこと言わずに勇者よ、アヘ顔ダブルピース見せてくれなのじゃ」

「…………いいえ」

「無限ループで遊んじゃダメだよ!? 」


 全身鎧に最低限の反応しかしない初代勇者レイからはただならぬ気配を感じる。そしてレイはノワールと数メートル離れて向かい合うとお互いはじっと見つめ合っていた。二人がそうしたまま1分ほど動かずにいるとキルライトが尋ねる。


「さっきからノワ兄達はずっと動かないけど相手の隙を探している感じなの? 」

「無闇に動くな、今戦っている最中だ。それ以上前に出ると死ぬぞ? 」

「えっ、どゆこと? 」

「キル嬢にはわからぬかもしれぬが、二人は今まさに攻撃をぶつけ合っている最中なのじゃ。よく目を凝らせば剣がぶつかる火花が見えるはずじゃぞ」

「……全然見えないんだけど」

「私は、なんとかといったところです」

「皆さん冗談がお上手デスね。何も起きてないに決まってますデス。ほーら、こうやって某が二人の間に入ってもだいじょーぶ……」


 ズバババババババ!!


「ギャアアアアアア!? 」


 ノワールとレイの間に入ったリッチはミキサーにかけられたように粉々に粉砕された。


 不死王リッチ、死亡!!


「不死なのに死んでるとか、景品表示法違反かな? 」

「大丈夫デス、某はアンデッドなので霊体としてこの世を漂えるのデス。直接戦うことはできませんが応援はしてますデス」

「しぶとい奴ですねえ」

「さあリッチの心配なぞしてる暇はないのじゃ。残りの勇者達がやってきたぞい」


 ノワール達を避けるように迂回しながら、残りの勇者ゾンビ達がやってくる。その中で1番勢いよくやってきたのは殺人勇者ジャックだった。


「あいつは私が相手します」

『おやおや? アビスちゃんはまた負けちゃうかもしれないですよ? 』


 アビスが拳を構えると女神エステリアが声をかけてくる。


「てめえが邪魔しなければ負けないですよ。だから手を出すなよ? 」

『うーん、どーしよっかなー? まあ、とりあえずは静観させていただきますよ』

「その言葉忘れるなよ? 」


 アビスは一歩前に出てジャックに向かって中指を立てる。


「来いよ、ぶっ殺してやる! 」

「アビ姉ファンキーだねえ」

「一昔前の暴走族みたいじゃのう」

「魔王、コロス! 」


 盗賊のような身軽な姿であるジャックはナイフを右手に持ちつつ、左手の指を鳴らすと彼の目の前にぼんやりと人型の光が現れる。そしてその人型の光はだんだんと実体を持ち、人間の女の子の姿になり、言葉を発した。


「アビスお姉ちゃん? 」

「ハピちゃん、なんでここにいるの!? 」


 キルライトが驚くのも無理はない、留守番をしていたはずのハピが周囲をキョロキョロしながら出現したからだ。そしてその首元にジャックはナイフを当てた。


「自害シロ、そうでなければコイツを殺す」

「アビスお姉ちゃん、助けてよおおっ! 」

「ハピ……」


 ジャックに首根っこを押さえつけられたハピは苦しそうに足をバタバタとさせる。それを見てヤミはため息をついた。


「雑じゃのう……」

「雑って? 」

「あのハピ嬢は魔法で作った偽物じゃ。声や姿はそのままじゃが、本来はちゃんと裏工作して本物かどうか判断できない状況下で使うものじゃ。目の前で使われたら偽物だと誰でもわかるわい」

「じゃあ相手の誘いにのらなきゃいいわけだね」

「その通りじゃな、ただアビ嬢はカッカしやすいからのう」


 アビスは魔法でできた偽物のハピに冷たい眼差しを投げかける。


「私の記憶から最も見捨てたくないと思う者を呼び出して人質にする。あの時と同じ手を使うなんて、相変わらずのクソ野郎っぷりで安心しました」

「サア、早く自害シロ! このガキをコロスゾ! 」

「別に好きにすればいいでしょう? 偽物だろうが本物だろうが人間がどうなろうと私には関係ないので」

「お姉ちゃん! 自分は本物だよ、見捨てないで、助けてよ! 信じてるからねっ! 」

「コノ冷血女が……」

「残念ですが私は最恐の魔王ですから」


 アビスの回答を聞いて、ジャックは舌打ちをしながら右手のナイフを大きく振りかぶった後、ハピの首めがけて振り下ろした。


 ザシュッ!!


 振り下ろされたナイフは寸前でハピを守りにきたアビスの左腕に突き刺さる。


「でもねぇ、偽物とはいえ、てめえにもう一回大切な者が殺されるのはムカつくんですよ」

「アビ姉なにやってんのさ! そのハピちゃんは魔法でできた偽物なんだよ? 」

「魔法とか関係ないです、相手の好きなようにやられるのは私の好みでないので」

「ククク、バカめ。飛竜すら悶え苦しむ猛毒を塗ったナイフの攻撃をモロに受けるとは」


 アビスがかばっていたハピは人間の姿から淡い光へと変化していって、その場から消えていった。ハピがいなくなったのを見届けたアビスは一息つくと右手を構える。


「少し痺れますけどその前にてめえをぶっ殺せばすむ話ですよね? 」

「動きが鈍っている状態で勝てるカナ? 」


 ジャックは墓地という戦場を活かして墓石に隠れながら不意をつくようにアビスに攻撃を仕掛けていく。アビスはなんとか攻撃を避けているものの、このままでは毒が体に回るのも時間の問題である。


『あらあら、アビスちゃんは大変ですねえ』

「出てくんなって言っただろうがクソ女神」

『もー、今回はアビスちゃんを助けようとしてあげてるんですよ。ほら右手を見てください』


 アビスの右手には太陽のような眩い光が集まってくる。その光は体の芯から温まるような優しいものだった。


「なんですかこれは? 」

『女神パワーを集めてみました。これなら触れるだけでゾンビを一瞬で灰にできますよ。常日頃、お世話になっているお礼です、私もアビスちゃんに死なれると寂しいですから』

「女神の力ですか……」


 アビスは傷ついた左手で右腕を触るとほのかな温かみを感じた。この力を使えばこの勝負に勝てると思った彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「気に食わないですねえっ! 前の勝負の時はクソ女神のせいで負けて、今はクソ女神のせいで勝つ。そんなてめえの手のひらの上で踊るような真似はムカつくんだよ! 」


 ボキッ!!


 アビスは左手に力を入れて自分の右腕の骨を折ると、彼女の右手に集まっていた光は薄れて消えていく。その光景に女神エステリアは驚いた。


『アビスちゃんは正気なんですか!? 』

「マジもマジですよ、クソ女神の力なんてゴミ箱に捨てたいくらいです」

『……ふふふ、あはははははっ! それでこそアビスちゃんです! さあ、それでは貴女の力を見せてください! 』

「うるさいですね、言われなくてもやりますよ」


 右腕は折れ、左腕はナイフで傷ついたアビスは腕をブラブラさせながらジャックを睨みつける。


「ククク、腕が使えなくてどう勝つ? 今まで攻撃を避けるだけで手一杯だったオマエが? 」


 ジャックがナイフを突き刺してくるのをアビスは間一髪でかわす。しかし、腕に力が入らないためか次の動作が遅れてしまう。その隙をジャックが見逃すはずはなかった。


「オワリだ! 死ね! 」

「アビ姉!? 」


 ナイフは人間の急所である胸の谷間、心臓に向かって真っ直ぐと突き立てられていた。


「……ドウイウコトダ? 」

「防御を疎かにしてはいけない、ノワールのアドバイスを聞くのは癪でしたが役に立ちましたね」


 アビスはナイフで切れ目が入っていた衣服を破ると、彼女の胸の谷間には墓石の破片が挟まっていて、それによってナイフは受け止められていたのである。


「まさか、あれはパイズリガードじゃとお!? 選ばれし巨乳にしかできぬ奥義じゃ、眼福眼福! 」

「悔しいけどボクじゃ無理かも……」


 全世界の貧乳キャラに喧嘩を売る防御方法をとったアビス。


「いつの間に、石をイレタ……? 」

「私が右腕の骨を折っている時にコッソリと仕込ませてもらいました。てめえならここを狙うと思ってましたよ、あの時もそうでしたからねえ」

「このクソアマガアアアッ!! 」

「私は最恐の魔王であると同時に、最胸でもあるんですよ。胸が大きいことに初めて感謝しました、それでは死ね! 」


 アビスは身体を高速で回転させながらジャックに踵落としを決める。その勢いの強さから身体が左右にバラバラとなったジャックは呻き声を上げながら泥のように溶けていってしまった。


「さあて、勇者には八百年前の借りは返しました。いずれてめえにも返してやりますから覚悟してくださいね、クソ女神」

『ふふふ、楽しみにしてますよ。魔王アビス』


 アビス vs 殺人勇者ジャック 勝者:アビス

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