第22話 魔王と魔王と魔王と魔王(後編)
「……この雰囲気はなんなんですか? まるで貴方達が全員魔王みたいな感じじゃないですか? 」
「いや、ボクは魔王だったらどうする? って仮定をしただけでカミングアウトしたわけじゃないんだよ? 」
「ですけど、皆さんのその後の反応を見たらねえ……」
仲間達に疑いの目を投げかけるアビス。そんな彼女の様子を見てノワールは手をあげた。
「こうなったら仕方がない、実はここだけの話なのだが、俺は普通の人間ではないのだ」
「「「それは知ってる」」」
「なに!? 俺が魔王であることは既に見破られていたのか!? 」
「ノワールの普通はラーメン二郎基準なんですよ? あの量は異常です」
「あの量が異常って、少なすぎって意味じゃろ?」
「多すぎという意味です」
お腹がそこまで空いてないから普通にしよ、と思った時に出てくる大盛りラーメンの絶望。その時に感じる『どこが普通だよ!? 』という気持ちがノワールに対する気持ちと一致していた。
「実は俺は千年前に魔王をしていたノワールという。勇者との戦いで相討ちとなり眠っていたのだ、詳しい話はかくかくしかじかだ」
ノワールは自分の今までの出来事を仲間達に話す。一通り過去を話すとアビスは首を傾げる。
「ノワールなんて魔王聞いたことがないですけどね」
「ボクも、過去の魔王のことは本で読んだけどノワールって名前はなかったよ? 」
「まさか時が経つにつれ、誤った情報が流れたのだろうか? 」
「あー、思い出したのじゃ。ノワ坊は初代魔王じゃったな。それなら二人が知らぬのも無理はない」
「初代魔王って謎に包まれて最強だったってことしか伝わってない、あの魔王のこと? 」
「うむ、ノワ坊が復活した後に本名を使えるように、部下達はワザと名前を謎にしておいたのじゃな。二人のように偽名を使って身を隠すアイデアなぞノワ坊には思いつかぬからのう」
「そう褒めるな、照れるだろう? 」
「馬鹿にされてるんですよ? 」
目の前にいるノワールが歴代最強の魔王という情報を得たアビスはため息をついた。
「だけど歴代最強といわれるなら勇者くらいサクッと殺してくれれば良かったんですよ。そうすれば私達も苦労しなかったのに」
「すまぬな、ついつい勇者の成長が楽しみになってしまった」
「ノワ兄と相討ちできる勇者も十分おかしいと思うけどね。その時代にボクは生まれなくてよかったよ」
「それにしてもヤミはなんでノワールのことを知っているんです? 」
「くっくっくっ、それは後のお楽しみじゃ。次はアビ嬢の番じゃぞ? 」
「はいはい、わかりましたよ」
アビスは焚き火で温めたホットコーヒーを飲みながら過去の話をする。自分の敗北した事実を語るのは気が進まないようで話の最中は苦い顔をしていた。話が終わるとキルライトが跳び上がる。
「えええええっ!? マジでアビ姉はあの最恐魔王のアビスティーゼだったの!? 」
「そうですよ、私の恐ろしさは語り継がれていたようですね」
「うん、よく悪いことすると魔王アビスティーゼが全裸で奇声を上げながらチンチンブラブラさせて夢の中に出てくるって言われて、怖くて眠れなかったんだよ」
「誰ですかそんな噂を流した人は!? 」
「あっ、それ我じゃ。ちょっとだけ脚色したぞい」
「じゃあ骨折りますからじっとしててくださいねえ。痛いところありませんかあ? そこ重点的にやるので」
「ちょっ!? ギブギブなのじゃ!? 」
ヤミに関節技をキメるアビス。ノワールはそんな彼女に問いかける。
「その話を聞くとアビスの身体の中には女神エステリアがいることになるんだよな? 」
『コホン、お呼びあらば出てきましょう。私は女神エステリア、今はアビスちゃんのお腹の中に住んでます』
「ちっ、この寄生虫が……」
ズドン!!
「あっ、今お腹蹴ったな。これは良いキックだ、きっと強い子に育つぞ。俺も是非とも戦いたいな」
「ボクがパパでちゅよ〜、養育費ちょーだい」
「勝手に認知しないでください! くそおおおっ、腹があああああっ!? ぐおおおおおおっ!? 」
エステリアの渾身のキックを喰らって悶絶したアビスは地面をダンゴムシのように転がる。
『アビスちゃんはこう見えて恥ずかしがり屋なツンデレなので仲良くしてあげてくださいね』
「もちろんだ、しかし俺としてはエステリアとも仲良くなりたいな。命の取り合い的な意味で」
『愚かな、私を神と知って殺そうとはなんという不届き物であろうか……。いやー、そのノリめっちゃ気にいっちゃいました。アビスちゃん以外にも私を畏れない人がいて私は嬉しいですよ』
「なんかノリが軽いんだけど本当に神様なの? 」
『本当ですよ、その証拠を見せましょう。ニニンガシ、ニサンガロク、ニシガハチ、ニゴジュウナナ』
「掛け算!? しかも間違えてるじゃん! 」
『でしょー? 間違えるのが私なのですよ! これで信用してくれましたか? 』
「これで信用しろとか試されてるのかなボク? 」
楽しく響き渡るエステリアの声を聞いて首を傾げるキルライト。アビスは悲しそうな顔をして声を絞り出す。
「私はこのクソ女神と八百年間、ずっと二人きりだったんですよ……。何度頭がおかしくなりそうだったか……」
「それはお疲れ様だね。それじゃあ次はボクの過去を話そうかな」
「めでたし、めでたし」
「アビ姉!? まだ始まってすらないよ!? 」
「キルライトの過去なんて、どうせたいしたことないでしょう」
「むむむー、話を聞いたらきっと手のひら360度回転するはずだよ! 」
360度回転したら元通りになるだけだが、そんな無粋なことに今さらツッコむ者はいない。そしてキルライトは軽く喉の調子を整えてから自分の魔王時代のことを語ったのである。
「ってわけなんだよね〜、ボクの悲しき過去はどうだったかな? 」
「ぐあああああああっ!? 」
「あれ、アビ姉は急に頭を押さえてどうしたの? どこか調子悪くなった? 」
「なんなんですかっ、ヌードって!! まさかヌードが原因で魔王は負けたんですか!? 」
「負けたわけじゃなくて、自爆だけど? 」
「一緒ですよ! どうして勇者を殺すことができたのに呑気に頭ぶつけて死んでんですか!? 」
「しょうがないじゃん、当たっちゃったんだもん。それにボクは友達を殺すなんてことは最初からするつもりなかったし」
「どうしてこんな奴が魔王になっちゃったんですかあああっ!? 」
アビスは頭を抱えて叫ぶ、彼女が必死に守ろうとした魔族の平和がヌード写真集に脅かされていたと知ったらそうなるのも仕方ない。
「俺はスライムが魔王でも良いと思うぞ。必ずしも暴力で物事を解決する必要はない」
「ノワールがそれいいますか? 」
「人は変わる物だぞ? 確かに昔の俺なら暴力で解決しようとしたはずだがな……」
「じゃあ、今はどうなんです? 」
「今は暴力で全て解決したいと思っている」
「成長してない!? 」
「ノワールらしいといえばそうですけどね」
やっぱりノワールはいつまでたっても力が正義だと思っている。だがそれはあくまで彼自身の話で、世の中的にはそうではないこともしっかり理解している……はずである。
「それじゃあ最後は我じゃな。いやらしくネットリと耳にこびりつくように話してやるから期待するのじゃぞ? 」
「ASMRかな? 」
「力を抜いて……、身体の奥がジーンとしてくるのじゃ。そしてだんだんと……ゼロ! ゼロ! ゼロ! ゼロ! 」
ドゴオオオオオオオオオオ!
「早くやってくれます? ぶん殴りますよ? 」
「前が見えないのじゃ……」
アビスの拳は既にヤミの顔面にめり込んでいた。もう殴ってるじゃんというツッコミはキルライトは怖くてできなかった。
「……それでは話すのじゃ」
ヤミは意外にも落ち着いたトーンでゆっくりとわかりやすく話す。彼女はやればできる変態なのだ。
「これで話は終わりじゃ、わかったかのう? 」
「まさか貴女はヤミ婆だったんですか!? 」
「ほっほっほっ、婆ではないのじゃ。まだピチピチの処女じゃよ。今まで通りに呼んでくれてかまわん」
「細かいことは放っておきますが、まさかあのヤミ婆……、ヤミがこんな変わり果てたことになっていたなんて……」
アビスはひどくショックを受けた様子で唇を震わせる。それには他の者も同意見のようだ。
「竜王様ってすっごく強くて頭脳明晰という話だったと思うんだけど」
「俺も竜王には修行をつけてもらったことがあった。その時はもっと落ち着いた様子だったはずなのだが……」
「そうですよ、人間と魔族の争いからは身を引いていましたが私達が困って相談しに行ったら適切なアドバイスをくれたじゃないですか! 」
「その困り顔いいのう、まるで寝取られビデオレターを見せつけられたようじゃ。いえーい、彼氏くんみてるー? 今からお前の彼女と一緒に、お前を救ってやるからな! 魔王なんかに絶対に負けんじゃねえぞ、気を確かに持ちやがれ!」
「OP曲流れてきそうな熱い展開!? 」
驚いているのはノワール達だけではない。昔からの喧嘩友達である女神エステリアもヤミの変わりぶりにビックリしているようだ。
『まさかヤミがこの世界をメチャクチャにしていたんですね。私の大切なこの世界を……』
「おやおや、何か不服があるのか? 我好みのエロい世界にしてやったというのに」
『いや、クソ面白いのでOKです。地球みたいするとはグッドアイデア、それまでのつまらない世界を作ってたバカに見せてやりたいです』
「その世界作ってたのはエステリア様だよ!? エステリア様は自分の世界の人達がこんな変態に弄ばれててもいいの? 」
そう言われるとエステリアはしばらく黙った後、感情のない無機質な声で呟く。
『別にいいですよ。みんなが死んでも、私はいるもの』
「この女神バカァ? 」
「神としては最悪の発言ですね」
「どんな神だったとしても、この世界と俺を作ってくれたんだ。俺は尊敬するし、感謝もしている」
『こんな真面目な人がこの世界にいるなんて、不良品ですかね? 』
「よく考えるとノワ兄ってかなりまともな方だよね」
「戦いのこと以外なら会話が通じますからね。それだけでこの世界の上位1割には入ると思います」
最初はちょっと頭がおかしい人扱いのノワールも今では常識人ポジションになっている、そんなこの世界は異常だ。
「そういえば俺達が全員魔王なら本物の勇者はどこにいるんだ? 」
『本物の、というか勇者になれる素質を持った人間ならちゃんとこの世界にいますよ。もちろん貴方達以外でです』
「だったらそいつを探して殺すしかないですね、まったく歴代魔王が不甲斐ないから私がやってやりますよ」
やれやれと呆れたポーズをするアビスを見てキルライトはポツリと呟く。
「……アビ姉ってさ、文句ばっかりだよね? 」
「んだと!? 」
「だってそーじゃん、ボク達に文句言ってるけど自分だって普通に負けてね? ボク達は倒そうと思えば勇者倒せたけど、アビ姉は倒そうとしても倒せなかったよね? 」
「うるさいですねえ! だから勇者を殺そうと綿密な計画を立てていたのにアンタらが邪魔したんでしょうが、ぶん殴りますよ! 」
「助けてノワ兄! アビ姉がボクを殴ろうとしてくるの! 」
「アビスよ、喧嘩なら俺が相手になろう」
「ぐぐぐぐぐ……」
「やーいやーい、最恐の魔王なんて怖くないよーだ」
ノワールを盾にしながらあっかんべーするキルライト。彼女は安全圏から人を攻撃することは大得意だ。アビスはしばらく頭に怒りマークを浮かべていたが、最後には深呼吸をしてなんとか落ち着いた。
「まあ今のパーティの状況がわかっただけでも収穫ですね。それじゃあ帰りましょうか」
「おや、墓地に出てくる怪しい人影は調査しなくていいのか? 」
「あー、それなら私のでっちあげた嘘ですから。貴方達をここに誘き寄せるためにつくったんです」
「なーんだ、それならそうと言ってよ。ビビり損じゃん」
「言ったら意味ないでしょう? 」
「確かにのう、寝取られは予告されてしまうとパワーが落ちるからのう」
「ハハハ、怪しい人なんていませんデス。某は毎晩墓地に来ていますデスがそんな人見たことないデス」
「「「誰だよ、お前!? 」」」
いつのまにか会話に混ざっていたのは黒いローブを被った真っ白な骸骨。それはカタカタと骨を鳴らすと名刺を差し出してきた。
「某は八魔将軍の一人『不死王リッチ』と申します。勇者を倒すべくこうやって毎晩墓荒らしをしているのです」
「どうもどうも、俺達は勇者パーティをやってるんだ。キルライトは名刺持ってるか? 」
「アイドル活動用のならあるよ、はいどーぞ」
「これはこれはが丁寧にどうも、ふむふむ、なるほど。キルライトさんは勇者アイドルをやってるんデスか」
初対面同士、社会人の挨拶がわりの名刺交換をするとしばらくの硬直の後、その場にいた全員が叫び声をあげる。
「「「ええええええええっ、八魔将軍!? 」」」
「ええええええええっ、勇者!? 」
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