第21話 魔王と魔王と魔王と魔王(前編)

 教会からの依頼を受けたノワール達は王立墓地のすぐそばの森で休憩をしていた。時間がまだ昼間であったため、怪しい人物が出ると言う夜になるまで待機することにしたのだ。


「昼間だって言うのに暗い雰囲気だよね。あの墓石の下に死体があると怖いよお」

「ここは人間領最大の墓地じゃ。ここまでたくさんの骨が眠っているのは、他だとケンタのゴミ箱くらいじゃろうな」

「確かに、本数ならいい勝負してるかもしれませんね」

「ドラムとかは分かりやすいけど、その他の部位って何本とか分かりづらくない? 」

「分かりづらいやつは面倒なので1個1000本でカウントなのじゃ」

「クイズ番組の最終問題かな? 」


 パーティが休憩している場所は墓場から歩いて五分ほどにある丘であり、墓場の大部分を見渡すことができていた。


「夜までまだまだ時間があるね、今のうちに腹ごしらえでもしちゃう? 」

「材料ならここにあるぞ」


 ノワールの後ろには巨大な蛇のような海龍が白目をむいて死んでいた。それ見てアビスはあんぐり口を開ける。


「こ、これは海龍王リバイアサン!? 前代魔王の従兄弟であり八魔将軍にも数えられてる超強力な魔族ですよ! 操る津波によって国一つを飲み込んだとも言われているんです」

「俺がついさっきウォーミングアップのためにトライアスロン10セットしに行った時に北の氷河で見つけてな。ちょうどよかったので殺してきた、俺がぶつかった程度で死ぬ軟弱物だっだぞ? 」

「貴方はトラックですか? 」


 八魔将軍の海龍王リバイアサン、撃沈!!


「では早速このリバイアサンで何か作ってくれなのじゃ。楽しみにしてるからのう」

「任せておけ、俺の実力を存分に活かした逸品を作ろう」


 ノワールは気合を入れて腕まくりをして、包丁で丁寧にリバイアサンの肉を極太の骨から綺麗に削いでいく。


「ヤミちゃんは嬉しそうな顔してるけどそんなにお腹へってるの? 」

「いや、出てきた料理に我の辛口批評をぶつけて店を潰すのが楽しみなのじゃ」

「料理漫画によくいる奴ですね」

「あの人達って、大抵おふくろの味で泣いてるよね。マザコンなのかな?」

「ママー! 喉乾いたから、おふくろ味の母乳くれなのじゃあああっ! 」

「ある意味究極のおふくろの味だよね、母乳って」


 ヤミ達がふざけた雑談をしている中、ノワールは真面目にリバイアサンの解体をしている。ナイフでしっかり身を取り出し、骨についた油は丁寧にふきんで拭く。そんな繊細なノワールの姿は、普段のすぐ殺したがる彼とは違う印象を女性陣に与えた。


「へー、なんだかノワ兄格好いいかもキラキラしてる感じ」

「まあ料理ができる男は悪くないですね、少し見直しました」

「おまけにチンコもデカいしのう。ノワールを旦那にしたら、料理も食えてチンコもしゃぶれて一石二鳥じゃわい」

「口内環境とんでもないことになってそう」


 ノワールは切り出した肉にスパイスをかけてクツクツと鍋で煮込むと鼻を刺激する良い匂いが漂ってくる。時々鍋に浮かんできた灰汁をこまめに取り除いて料理を作り上げる。


 そして、一通りの作業が終わるとノワールは達成感に満ちた顔をしながらウンウンと頷いた。


「これは皆に喜んでもらえそうなものができたぞ! 見てくれ、この素晴らしい骨格標本! コイツをどう思う? 」

「「「…………肉は? 」」」


 ノワールの目の前には立派な海流王リバイアサンの骨格標本が置かれていた、博物館で見たら男の子が狂喜乱舞するやつである。


「あれならちゃんとゴミ捨て場においてきたぞ? 」

「いやいや、今までの無駄な調理シーンはなんだったんです? 」

「煮沸消毒と臭い消しだ、生のまま捨てると変なのがくるだろ? 」

「カラス避け!? 」

「しかたないから骨を食べるのじゃ、貴重なカルシウムじゃ」

「犬じゃないんだからやめてください。もう……、私が料理をつくってあげますよ」


 アビスは呆れながら道具袋から食材を取り出して鍋に入れる。そしてしばらく調理するとコーンスープができる。


「パンを渡しますからスープに浸してから食べてください。食べたい時に食べるのが勝利につながります」

「ズズズズズズズズズズッ!! 」

「言ってるそばからヤミちゃんがスープ直飲みしたあああっ!?」

「ゴクゴクゴクゴクゴクウウウッ!! 」

「ノワ兄も負けてないぞおおおおっ!? 」

「馬鹿ばっかりですねぇ……」


 そんな感じで楽しく食事をとりおわるとアビスが鍋の片付けをしながら口を開いた。


「ご飯も食べましたし、夜に備えて寝たらどうです? 私はまだ眠くないので、起きて見張りをしておきます」

「見張りなら俺がやろう、やはり1番強いものがやるべきだからな」


 ノワールはゆっくりと立ち上がった後、剣を抜いて仲間を睨みつける。


「お前達、手を後ろに回してその場に伏せろっ! 決して喋るんじゃねえぞ、殺されたくないならなあ! 」

「銀行強盗的な見張り!? 」

「はいはい、馬鹿やってないでノワールは休みなさい」

「別に俺は疲れてないが? 」

「自分ではそう思ってるだけかもしれません。夜に戦う怪しい敵と本気の全力バトルをしたいなら、ここで寝るのがベストです」

「……なるほど、一理あるな。それなら言葉に甘えるとしよう」


 ノワールは倒木を枕がわりにしてスヤスヤと眠り始める。


「じゃあボクもお昼寝しようっと、ヤミちゃんはどうする? 」

「すやぁ〜、ぐごごごごおおおっ」

「ヤミちゃんは寝てても騒がしい人だねえ。それじゃあアビ姉はしっかりボクを守ってね、最悪他の人はほっといていいから」

「まあ何しても死なない人達ですからね。そこは任せてください、女神の名の下にお守りしますよ」

「ありがとー! すやぁ〜」

「キルライトは眠りの小五郎みたいに不自然に眠りますね。それではゆっくり眠りなさい」


 アビスは口元では微笑みながらも悲しそうな目をしてそう呟いた。


 三人か寝静まり一時間ほどだっただろうか、草むらから聞こえる虫の鳴き声が静かな森の中にこだまをする。アビスはその音を一メロディほど楽しんだ後、自分の中の女神に語りかける。


「聞こえますか、エステリア? 」

『もー、やっと話しかけてくれましたね。寂しかったんですから、アビスちゃんのいけずぅ』


 女神の声が自分の腹から聞こえてくるというのはいつまで経っても慣れるものではない。


「正直貴女とは極力話したいとは思ってませんが今日は特別な日なので声をかけました」

『特別な日? もしかして、お肉の特売日ですか? 夕飯は期待してます、じゅるり……』

「井戸端会議してるんじゃないんですよ? もっとスケールを大きくしてください、これは女神と魔王のお話なんです」

『迷える魂よ、汝は何を訴えかける? 宇宙の真理か、生命の神秘か、それとも死後の世界の成り立ちか? 』

「スケール大きくなりすぎて入りきらないのでもう戻してください。とりあえず、私はこれから勇者達を殺します」

『アビスちゃん、それはやめておいた方がいいと思います。統計上は自己都合で三人殺したら、裁判では百パーセント死刑ですよ? 』

「別にいいですよ、それで魔族が勝利するのであれば」


 アビスはスヤスヤ眠っているキルライトの場に歩み寄り見下ろす。


「まずは勇者の貴女からです。すみませんね、個人的な恨みはありません…………、めっちゃありました。じゃあ罪悪感なく殺せそうです」

『オーガって言われたのそんなに気にしてるんですか? 女の子らしくて可愛い呼び方だと思いますけど? 』

「うるさいですね、ぶん殴りますよ? 」

『おお、こわいこわい』


 アビスはキルライトを起こさないように静かに跨り、両手をゆっくりとキルライトの首元へと近づける。ついにやってきた悲願を目前にしてアビスの息遣いは知らない間に荒くなる。


「おやおや、レイプかのう? 」

「……っ!? 」

「すゃあ、むにゃむにゃ。良い子の皆、レイプは18歳からじゃぞう……」

「……どんな夢見てるんですか? ったく、驚かさないでくださいよ」


 アビスは念の為にノワールもちゃんと寝ていることを確認しつつ、深呼吸した後、彼女の全力を込めてキルライトの首を絞めた。


「死ねぇっ!! 」


 ドロッ……


「…………手が通り抜けた!? 」


 キルライトの首を絞めようとするとまるで液体のように自分の手がめり込んでいく。慌てて手を戻すとヌメヌメしたピンク色の粘液が手に付着していた。


「これはどういうことです、クソ女神? 」

『別に私は何もしてませんけど? 』

「そんなわけないでしょう? 貴女が液化魔法でも唱えて私の邪魔したんですよね? 」

『いえ、何にもしてませんよ。もし邪魔する気があるならアビスちゃんのお腹に百連パンチしてますから』

「じゃあなぜ……? 」


 アビスが今起きた出来事に混乱しているとキルライトはあくびをしてから目を覚ます。


「あれアビ姉? なんでボクに跨ってるの? 」

「え、えと、それはその……」

「ほほう、これは夜這いというやつじゃな? 」

「違いますよ!? 」

「恥じるなアビス、俺の軍でも女同士のカップルは十人中十人くらいはいたぞ? 」

「だから違うって!? 」


 あらぬ疑いをかけられたアビスは必死に否定するもののその慌てっぷりが逆に怪しく見える。そんな彼女を見てキルライトは頬を染めた。


「アビ姉の気持ちは嬉しいけど、ボクはみんなのアイドルだから誰か一人のものにはなれないんだ、ごめんね」

「公衆便所かのう? 」

「ぶちころがすぞお!? 」

「あああああああっ!! もうこのくだらないやり取りにも飽き飽きしました! 面倒ですからここで全員抹殺してやりますよ!! 」

『もう投げやりもいいとこですねえ』


 ついにアビスの堪忍袋の尾が切れた。これ以上このパーティにいると自分の頭がおかしくなってしまうと思った彼女は拳を構えて戦闘体制をとる。


「アビ姉は急にキレてどうしたの? カルシウム不足? リバイアサンの骨ならまだあるよ? 」

「もうどうでもいいです! 私が誰なのか教えてあげますよ! 」


 彼女は勇者パーティの面々を見渡した後、お腹から声を出して叫んだ。


「聖女アビスというのは仮の姿、本当の私は魔王アビスティーゼなんです!! 」

「「「………………」」」


 その場に沈黙が広がる。勇者パーティはお互いに向き合いながら首を傾げる。


「お前が魔王なわけないだろ? 」

「頭でも打った? お薬飲もうね」

「そういうコスプレビデオ撮影会? 」

「本当なんですって! 私は魔王なんですよ!? 魔王の中でも最恐と名高いアビスティーゼです! 」

「その名前はボクでも知ってるけどさあ。その魔王は大昔に死んじゃってるじゃん」

「だから死んでいたわけではなく、実は生き延びていてですね……。そうだクソ女神、証拠を見せてやりなさい! 」


 アビスは腹の中にいるエステリアに呼びかけるが何も反応がない。


「このクソ女神は無視しやがって……」

「お前本当に大丈夫か? ちょっと様子がおかしいぞ? 」

「その言葉、ノワールにだけは言われたくなかったです。はあ、どうしたら私が魔王って信じてくれますかね」

「じゃあ魔王しか知らない情報教えてよ、例えば魔王だった時に一番身近にいた部下とかさ」


 キルライトがそう提案するとアビスは思い出しながらゆっくり話す。なにせ彼女にとっては八百年前の出来事なのだから無理もない。


「うーん、みんな私を怖がっていたのでそれといって仲の良い部下はいなかったです。四天王と秘書役の魔族くらいでしょうか」

「秘書役いいよねー、ボクも秘書の悪魔とは仲よかったんだ」

「我も同じようなものじゃな、秘書と竜の守護者と呼ばれる幹部達とは楽しくやっていたかのう」

「俺は秘書とかいなかったな、軍自体が俺の親友みたいなものだったし」


 各々が意見を言い合うとアビスが首を傾げる。


「待ってください、なぜ私以外の人が答えてるんです? 」

「「「あっ…………」」」

「全く、みんなして私をからかっているのですか? 魔王である私を舐めたら痛い間に合いますよ? 」

「でもねえ、アビ姉はどう見ても人間だしさあ」

「人間に変身できる魔族だっているじゃないですか! 」

「ボク的にはアビ姉は違うんだよねー、そういうオーラがないし」

「そうじゃな、我もお主からは魔族どころか神聖な力を感じるぞ」

「俺もお前の流派は魔族のものではないと思う」

「あああああっ!! もう貴方達は何様のつもりなんですか! さっきから私を魔王じゃないと否定して、貴方達は人間のくせに何がわかるってんですか! 」


 怒って綺麗な髪を手でわしゃわしゃするアビスを見て、勇者パーティメンバーは一息ついてからそれぞれ口を開いた。


「「「 もし自分が魔王だって言ったらどうする? まあ、冗談だけど…………」」」

「「「「…………え? 」」」」


 その時、沈黙が流れた。お互い全く想像のしなかった言葉が出てきたからである。メンバーはポカンと口を開けることしかできなかった。


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