第2章 日常編 

第29話 魔王と母乳(前編)

「あー、楽してお金儲けられないかなー」

「キル嬢はトップアイドルじゃから金には困らんのでは? 今だってこんな良い場所に住んでいるじゃろ」


 キルライトは王都にある55階のマンション『王都ヒルズ』の最上階に住んでいる。王城(5階建)のすぐそばに10倍以上の高さの建物があるのは王族から批判されないのかと思うが、金と権力で王族をうまく丸め込んでいるという話だ。


 キルライトは王城を見下ろしながらワイングラスに入れたミネラルウォーターをゴクリと飲んだ。


「確かにアイドルは儲かるけどさ、年齢だってあるじゃん。いつまでも稼げる仕事じゃないし副業探しておきたいでしょ? 」

「キル嬢はスライムじゃから年齢と関係なく見た目は維持できるじゃろ」

「でもねえ、プロフィール上は年取っちゃうしねえ。そうなるとどうしても人気がねえ、うまく女優にステップアップできればいいんだけど」

「AV女優や風俗関係の仕事ならいくらでも紹介できるが? 」

「客を陥れようとするホストかな? っていうか、ヤミちゃんがそんなことばっかり言ってるからアビ姉の家追い出されちゃったんだよ? 」


 ヤミは今は王都に住むことにしているが案の定、ハピの教育に良くないという理由でアビス邸には住まわせてもらえなかった。そこで仕方なくキルライトの家に居候しているのである。幸いにも高級マンションで部屋はたくさんあるので住人が増えることは問題なかった。


「そうじゃのう、儲けたいのならアイデアが必要じゃ。例えば余っている何かを利用するとかのう……」


 ヤミが机の上に置かれていた新聞紙を眺めるとそこには『牛乳余り、廃棄費用が問題に! 』という見出しがあった。


「……これは使えそうじゃな」

「余った牛乳が? 美味しいけどどうするの、魔法でバターにするとか? 」

「そんな面倒なことするわけないじゃろ。もっと頭を使うんじゃよ」


 ヤミは冷蔵庫を開けて牛乳を1パック持ってきた。そこには『おいしそうな牛乳』とあり、白黒模様の牛が青空の下で牧草をのんびり食べているというごく普通の牛乳パックだった。


「よいか? 消費者はほぼ9割見た目で商品を選んでおる。ならば見た目を工夫してやれば良いのじゃ」


 ヤミが簡単な魔法を唱えると牛乳パックの絵柄が変わって牛の代わりに、牛柄ビキニを着たアビスが恥ずかしそうにセクシーポーズをしている画像が至る所に散りばめられたエッチなパックになった。


「アビ姉が出てきた!? 」

「どの面から見てもセクシーなアビ嬢が見られるぞい。これで男性客の股間を鷲掴みじゃ」

「いや、これ牛関係なくない? どこかで問題にならないかな」

「そこは生産者表示でごまかすのじゃ。『私が育てました』の一文を添えようかのう」

「めっちゃ誤解を生む表現!? それに元の牛さんはどこに行ったの」

「それなら牛乳パックの飲み口を開けた時にパックの内側にこっそり見えるようにしておる」

「ウォーリーを探せかな? 」


 作ったものと作った人の逆転現象が起きてしまっている。まあ美少女が作った食べ物の方が美味しく感じてしまうからしょうがないよね?


「アビ嬢は『ヤりたい王都の女No1』(自社調べ)じゃからこれは人気出るはずだぞい」

「命の危険もある相当やばい商品だけどね。でもこれで無駄になる牛乳がなくなるのならそれでもいいのかな? 」

「あれ二人とも嬉しそうにどうしたのかしら」


 二人に向かって蛇行するように地面を這いずりながら初代勇者レイがやってくる。


「レイちゃん、おはよー。変な歩き方だね? 」

「ノワール様の精子の動きを馬鹿にしないでよね。ここに住まわしてもらってから今の失言は見逃してあげますけど」

「どうしてボクのとこばっか変態が集まるのかな……、物件価値が下がっちゃう」


 レイも教育上良くないという理由でアビス邸ではなくキルライトの家に転がり込むこととなっていたのだ。


「あらこれはアビスさんのだらしない脂肪だらけの身体ですわね。牛乳とありますけどアビスさんはミノタウルスの魔王だったんですか? 」

「いやそうじゃなくて、かくかくしかじかで……」


 今までの状況を説明するとレイはうんうんと頷いた。


「お金稼ぎをしたいのなら『牛乳』という表現はやめた方がいいわね。加熱殺菌しないことを前提にすれば『生乳』という言葉が使えるわ、後はアビスさんの乳であることを誤認させるように上手いこと商品名を変えて……と」


 レイが女神の力で牛乳パックのパッケージにさらに手を加えると次のようなタイトルになった。



『聖女アビスが育てた生乳、いっぱい出しちゃいました♡ 』



「これもう飲む猥褻物陳列罪だろ……」

「これは素晴らしい発想じゃな、レイ嬢もなかなかやりおる」

「うふふ、牛乳のパッケージにアビスさんを使おうと思いついたヤミ様には敵いませんわ」

「ねえ、これマジでやる気なの? 」

「我等は止まることはできぬ、例え死が待っていたとしてもこのアイデアを活かすぞい! 」

「文句を言う国家権力には自分が武力で脅してくるわ」

「牛乳の仕入れは我に任せろ! これはビックビジネスじゃあああっ!! 」


 盛り上がるヤミとレイを眺めながらキルライトはポツリと呟く。


「今のうちに病院予約しておこ……」




☆ ☆ ☆



 そして一ヶ月後、アビス邸にて


「ノワール、最近何か変じゃないですか? 」

「どうした、変わったことでもあったのか? 」

「気のせいかもしれませんが、近頃私のことをジロジロ見てくる人が増えてきたように思うんです。もしかしたら私が魔王だったことがバレているのかもしれません……」


 顔を少しこわばらせて緊張した様子でアビスは言う。彼女が魔王だとバレてしまうのはこれからの行動を考えると非常に不味い。


「そんなことはないと思うけどな、俺もハピと一緒に街へ買い出しに行ってるがそんな様子はなかったぞ。なあハピ? 」


 ノワールが話を振るとハピは気まずそうな顔で答える。


「……あのさ、お姉ちゃんは最近買い物に行ったりしてる? 例えば牛乳とか」

「いえ、買い出しは二人がやってくれてますし、牛乳は先月からキルライトのスポンサーから直接瓶入りのものが毎朝届くようになっていますから行ってないですね」

「そうだぞ、バターなどの乳製品関係はスポンサーから定期便が届くから、買い出しの時も立ち寄らないじゃないか」

「やっぱり、アレ無許可だったんだ……」

「どういうことですか? 」

「実はこの前お菓子作りのためにホイップクリーム買おうと乳製品売り場に行ったらこんなものがあったんだよ」


 ハピは魔道具『スマホ』に写した『アビスが育てた生乳〜』を見せる。このスマホはエッチなサイトには入れない子供用スマホである。


「一応、自分の意見だけどこの牛のコスプレしたアビスお姉ちゃんはとっても可愛いと思うんだよ? 」

「ノワール、あの三人を連れてきてください」

「もう連れてきたぞ」


 ペットの猫の首を掴むようにキルライト、ヤミ、レイがノワールに連れてこられる。レイはノワールに連れてきてもらい喜びで涎を垂らしていたが、残り二人は顔面蒼白であった。


 グワシャ!! (アビスの手が三人の頭を瞬時に鷲掴みにする)


 バキバキイイッ!! (三人の頭蓋を粉砕する音)


 ピュリリリ!! (アビスの回復魔法で蘇生する音)


 バキバキイイッ!! (三人の頭蓋を再び粉砕する音)



「ちょっ、何故二回、頭を砕いたのじゃあ!? 」

「あともう百回くらいやる予定ですけど? 」

「ギブギブギブだってアビ姉! ちょっと言い訳させてよ! 」

「貴女達を殺してからではいけませんか? 」

「ダメですよアビスさん! 確かに無断で貴女の画像を使ったのはこちらのミスでしたわ。しかし、アビスさんの生乳は非常に良い売り上げですのよ! 」

「そうなのじゃ、王都中で大繁盛しているのじゃ。もう出した側からすぐ売り切れという感じなのじゃよ」

「それで街の男共の目が怪しかったわけですねえ」

「おそらくあの乳飲んでるだぜ? という優越感を持ちながらアビ嬢の胸を見ていたのじゃろうな」


 どうやら『アビスの生乳』の売り行きは驚くべきもので、既存の飲料水をぶち抜いて、男達が死に物狂いで飲みまくるという異常事態に陥っていたようだ。


「我等はさらに次のステップを目指すべく、このようなものを開発したのじゃ」

「動きが早いな、これはプニプニしているがなんだ? 」

「お兄ちゃん、それって哺乳瓶のおしゃぶりの部分じゃないかな」

「それこそが『アビスの生乳』に続く商品、『哺乳瓶用ちくび(モデル聖女アビス)』じゃ、これを哺乳瓶につけて生乳を吸うことで更なる臨場感を得られるという神の発明なのじゃ」

「言い訳は終わりましたか? 早く殺したいんですけど? 」

「待つのじゃ! モデルアビスとは言う名前ではあるがアビ嬢のものを使ったものではない。我の豊富なAV女優の知識から、男が最も咥えたくなり、お口にフィットする究極の形を作ったのじゃ」

「それ吸ったら母乳じゃなくてシリコン出てきそうだよね」

「キルライトはツッコミしてる余裕ありますか? 貴女も殺害予定リストに入っているんですよ? 」

「あわわわわ!? ノワ兄助けて! 」

「ノワール、もしここで何もしないでくれたら後で本気で勝負してあげますよ」

「わかった、俺は静観しよう」

「対策してきたああああっ!? 」


 アビスはノワールの扱い方を少し学んだようだ。絶体絶命のピンチ、どうなってしまうのだろうか。そんな時、怒り狂うアビスにハピが恐る恐る声をかける。


「あの、キルちゃんにはあまり酷くしないで欲しいな」

「ハピちゃん!? 」

「ぐっ、どうしてですハピ? 」

「自分、キルちゃんの番組毎日楽しみに見てるから……」

「つまりキルライトのファンということだな」

「ハピちゃんに後でサイン1000枚でも書いてあげるから助けてえええっ! 」


 縋れるものなら年下の女の子にも頼る情けない勇者がいた。


「しかしですねえ、私だって勝手に自分の写真をこんな風に使われて黙っているわけにはいかないんですよねえ」

「アビ姉にもメリットあるよ! プロデューサーが『生乳』の売り上げ好調について取材したいって言ってるんだよ。アビ姉もテレビに出てみたくない? 」

「はあ? 別にテレビなんか興味はないですけど」

「アビスお姉ちゃんをテレビで見てみたいなあ」


 ハピが目をキラキラさせながらアビスの方を見つめる。自分の親しい人がテレビに映って活躍するのを一目見たいというのは誰にでもある気持ちだ、特に彼女は子供なのでその気持ちは強い。


「ハピ、そんなこと言われても困りますよ? 」

「そうじゃキル嬢よ、撮影の際にはハピも同席してテレビ局に連れて行くのはどうじゃ。有名人にも会えるかもしれぬのう? 」

「自分も盗撮スキルでスキャンダルゲットして、ハピさんがお会いしたい芸能人を脅して呼んできますよ? 」

「そこまでしてもらうのは悪いけど……」


 ハピは口ではそう言いつつも、玩具屋の前で欲しいものを眺めるように期待に満ちた目をキルライト達に向けていた。


「あああああっ、そんなこと言ってもテレビには出ませんよ!? 絶対に、絶対ですからね! 」

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