第14話 魔王とアイドル 後編
「ほらみんな! 魔王城がこんなに大きく見えてるよ! 」
キルライトの瞳の中には壮大な魔王城が映っていた。ひび割れたレンガの壁、締め付けるように絡みつく大樹の枝、ニヤリと笑う不気味な像、そんな人間が想像するイメージそのままの建物があった。
「キルちゃん……、世界地図に虫眼鏡当ててなにしてるの? 」
「いやー、地図に描いてある魔王城のクオリティが素晴らしいなと思って、ほらここの門の前にあるガーゴイル、鼻毛まで描き込まれてる!」
「大丈夫かな……」
キルライト達は魔王討伐のために魔族領へとようやく踏み込んだ所であり、先はまだまだ長い。
「正直なところ妾達の実力は一般市民ABCとかそのレベルですわ。雑魚ならともかく、ちょっとでも強い魔族がでたら勝ち目はありませんの」
「妾達? やれやれ、ボクを皆と同じ扱いにしないで欲しいね。言っとくけどボクはめちゃくちゃ弱いからね? 」
「おいおい、キルはアサシンだったはずだから、それなりに戦えるはずだろ? 」
戦士フレイが指摘をするとキルライトは可愛らしく首を傾げる。
「なにそれ、後付け設定? 」
「キルが最初に自分で言ったんだよ! 」
「…………実は英雄の血筋をひいていて最強でしたという可能性は? 」
「うーん、残念だけど0だね」
「…………そこをなんとか、もう一声」
「いや、もう0だからこれ以上安くならないよ? 」
「はぁ、こんな調子で大丈夫なのでしょうか」
ボケ続けるキルライトと魔法使いスーリエを眺めてため息をつく勇者アイ。もちろん自分のために魔王討伐に向かってくれているのだから感謝したい気持ちはあるが、不安もいっぱいである。
そして魔族領に比較的詳しいと自称するキルライトの後ろを勇者達は半信半疑でついていく。しばらくするとアイは不思議そうな顔をしながら口を開いた。
「結構歩きましたけど魔族に全然会いませんね。私達は比較的歩きやすい道を進んでいますけど魔族はこういう道を選ばないのでしょうか? 」
「それはこのボクが魔族がいないタイミングを見計らって道を選んでるからね。スムーズに進めるはずだよ」
「キルにこんな特技があったとは驚いた。流石はプロデューサーに大口叩くだけのことはあるな」
「ふふーん、こういうの得意なんだよ。ボクも昔は『かくれんぼの鬼』とよく言われたものさ」
「見つける方なのか、隠れる方なのか絶妙にわかりづらい呼び名ですわね」
(実は魔王としての命令でこの辺りの道は通らないように魔族に言っておいただけなんだけどね。これで面倒な道中はサクッと進んじゃおう)
キルライトの目論見通り、勇者パーティはサクサクと進んでいく。野営をしても奇襲されることはなく、安心してお昼寝もできる。非常に快適な旅をしていた。
☆ ☆ ☆
そして遂に一行は魔王城まで辿り着く。天には暗雲がゴロゴロと雷を蓄え、周囲に生えている樹木は人間が苦しむ顔のような模様であった。
(ついに魔王城まできちゃったかー。こうなったらもうやるしかないよね)
魔王城を目の前にして勇者達は緊張した顔で唾をごくりと飲み込む。コンサートで大勢の前に立つことに慣れている彼女達でも手に汗握る状態だった。
もちろんキルライトも緊張しているが、勇者達とは立場が違う。挑戦するものと挑戦されるものでは、緊張のベクトルが異なるのだ。
そしてアイが魔王城の扉に手をかけて深呼吸する。
「じゃあこれから魔王と戦うよ。私達は絶対に勝てるはず、今までの戦いも乗り越えてきたもんね! 」
「道中では全く戦いませんでしたわよ」
「戦わなかったけど! たぶん私達なら勝てるはず! 」
「…………ちょっと弱気になってる」
無意識のうちに『たぶん』という言葉にランクダウンしていたが、アイは勢いよく扉を開いた。魔王城の中では蝋燭がチラチラと灯りを照らしており、廊下の奥には薄暗い闇が獲物を待っていた。
「流石に魔王城には魔族がいますわよね。ネズミ程度の魔族であればいいのですけど……」
(魔族はいないんだよなー、ボクのことを守りたいなんて考える魔族はいないし。あっ、一人だけいたか……)
勇者達が一歩魔王城に踏み入れると、闇の中から銀色長髪の眼鏡をかけた美しい人型の魔族が現れる。
その魔族は整った中性的な顔立ちで勇者のことをじっと見つめながら、男か女か判別が難しい声で話しかけてきた。
「やれやれ、魔王様が不在の時に来客とは……」
悪魔は眼鏡を手で支えながら勇者パーティを観察するように眺めるとキルライトと視線が合う。一応、キルライトは現在、人間の姿をちゃんとしている。それを見た悪魔はコホンと咳払いをした。
「……訂正します。貴女達は魔王様に何の用でしょうか? 」
「それは決まっています、討伐です! 人間を苦しめる悪しき魔王を倒すんです! 」
「人間を苦しめる? おかしいですね、魔王様は臆病者で怠惰で我儘で、非常に優秀な寄生虫で、学名『神が途中で放り出した夏休みの自由工作』なのですが、そんな魔王様が人間を苦しめることができるわけないじゃないですか。人違いではないですか? 」
「悪魔っちはよくそこまで言えるねえ!? 」
「なんですか? 馴れ馴れしく話しかけないでください、気持ち悪いですね」
キルライトは怒るが悪魔はあからさまに嫌な顔をして後ずさる。一方、アイ達は困った様子である。
「確かに言われてみると魔族は特になにもしてないかもです」
「過去にはいろいろあったらしいが自分達が生まれる頃にはほとんど落ち着いてたらしいしな」
顔を見合わせながら自分自身の気持ちに揺らぎを感じる、無意識のうちに構えていた武器から力が抜けていた。
「皆、騙されないで! 悪魔は人を惑わすのが得意なんだよ、こうやって言葉巧みに諦めさせようとしてるんだ」
「でも魔族が攻めてきていないのは事実ですのよ? 」
「それも魔王の狙いなんだよ。今は油断させておいて隙をついて人間を滅亡させるつもりなんだ」
「…………本当? 」
「ああ本当だよ、それは悪魔に聞いてみればわかるはずさ」
一同の視線が悪魔に集まるが、当の本人は冷ややかに笑うばかりである。
「ふっ、魔王様がそんな考えをするはずがないし、できるわけがありません。でまかせを言わないでください」
「ちょっと確認、悪魔は嘘をつけないんだったよね? 」
「ええ、そうですよ」
「ならもう一度言ってあげる。ボクは『魔王は人間をいつか襲う』と思ってる。それは本当かどうか答えて」
キルライトの言葉を聞いた後、悪魔は顎に手を当てて考える。そして悪魔はとても楽しそうな笑みを浮かべた。
「……なるほど、その答えはイエスです。魔王様はいつか人間を襲うつもりです。これで満足ですか? 」
「ほらね、やっぱり魔王は悪者なんだよ! だから倒さなきゃいけないんだよ! 」
「それが本当なら私達がここで止めなきゃ大勢の被害が出てしまいます。皆いいですね? 」
悪魔とキルライトの言葉を聞いて勇者達は魔王討伐の意思を固くする。それぞれが持つ得物を強く握りしめた。
「皆様そう殺気立たないでください。せっかくのお客様なのです、私が魔王様の玉座までご案内致しましょう」
「どうして敵である私達を魔王の所まで案内するのです? 何か狙いがあるのですか? 」
「狙いはありますよ、だって理由もなく貴女達を案内するわけないですよね? 理由がないのだとしたら逆にそっちが怖くないですか? 」
「…………肝心のその理由」
「魔王様が貴女達とどんな話をするのかこの目で見てみたかった、ということで納得してくれますか? 」
悪魔はキルライトの方を見てニヤリと笑うと、彼女は気まずそうに目線を逸らす。これ以上の情報を悪魔から聞き出そうとしてもはぐらかされてしまうと思った勇者達は警戒しながらも、悪魔の案内に従う。
蝋燭しか灯りがない廊下を悪魔の後ろについて一行は進んでいく。特に物陰から魔族が襲いかかってくる様子などはない。足音しか聞こえない物静かで気まずい雰囲気を和らげるように悪魔は明るい声を出した。
「それにしても勇者さん達は素直な方達ですね。普通の人は敵陣のど真ん中でこうやってついてきませんよ? でも私はそういう方は好きですけどね」
「そうなんですか? すみません、私達戦闘とか駆け引きとかあまりしないので」
「逆によくそれで魔王様を倒しにきましたね、そこまでして人間を守りたいのですか? 」
「人間を守るためじゃないんだよ。もっと大事な理由があるんだよね」
「なるほど当然ですね。それでは貴女達が欲しいのは地位ですか、金ですか、それともイケメンの王子様ですか? 」
悪魔が探りを入れるように勇者達の目を覗き込むとアイが恥ずかしそうに呟く。
「ヌードが嫌だったから」
「………………はあ? すみません、おっしゃっている意味がよく理解できないのですが? 」
「もー、悪魔っちは馬鹿だなあ。アイちゃんはヌード写真集を出したくないから魔王を倒しにきたんだよ」
「…………はあ? ヌード写真集と魔王様になんの関係が? 」
豊富な知識を持つ悪魔でも理解することは難しかったようで首を傾げる。そんな悪魔にキルライトは今までの流れを説明してあげると、悪魔はポカンと口を開けた。
「世界が絶賛するほどのバカですよ、貴女達」
「あーっ、バカって言った方がバカなんだよ。バーカ! 」
「ヌード写真集? 枕営業? そんなのやればいいじゃないですか」
「できるわけないじゃん。デリカシーのない悪魔っちにはわからないだろうけど、女の子にとっては凄く恥ずかしいものなんだよ! 」
「でも魔王退治はできるんですよね? おかしくないですか? 」
困惑しながら眉を顰める悪魔に向かって、勇者達は自分達の答えを述べる。
「だってヌード写真集は記録でずっと残っちゃいますし」
「子孫に顔見せできねえよな」
「近所のおじさん達もきっと買いますわよ。何に使うか想像するだけで恥ずかしいですわ」
「…………これ一冊で大丈夫」
「いやあ、ヌードが嫌だから魔王討伐しにいったと歴史書で書かれる方が恥ずかしいと思いますけどねえ? 」
悪魔は心底驚いているようであるが人間と魔族では考え方は異なるのだろう。お互いが理解し合うためにはもう少し時間が必要なのかもしれない。
そんな問答を繰り返して行くうちについに魔王の間までやってきた。そこには普段キルライトがちょこんと座っている玉座が置かれている。
「魔王の姿がどこにも見えませんが? 」
「そうですか? 私にはしっかり見えますよ。貴女達にも見えているはずですけどね」
「そんなこと言われてもどこにもいないですわよ? 」
勇者達は辺りを見渡すが部屋にはキルライトと悪魔以外には見当たらない。そんな時、キルライトはゆっくりと玉座の前へと歩いて行く。
「見事、勇者パーティは魔王の元まで辿り着きました。後は魔王を倒すだけ、そうだよね? 」
「そうだけど肝心の魔王がいないよ? 」
「ふっふっふっ、あっはっはっはっはっ!! 」
急に部屋中に響き渡る高笑いをするキルライトにその場にいた者は目を丸くする。
「笑っちゃうなあ、まさかまだ気づかないなんて魔王なら目の前にいるじゃないか? 」
「目の前にって、まさかキルちゃんが……」
「魔王なのか? 」
「その通りさ、このボクこそが魔王キルライト! そうだよね悪魔よ! 」
キルライトが悪魔に呼びかけると、無表情のまま答える。
「いえ、魔王キルライトなんて知りませんけど、誰ですかそいつ? 」
「ちょっとおおおおっ!? せっかくボクが皆をドッキリさせようとしてるんだから誘いにのってくれてもいいじゃん! 」
「すみません、くだらない嘘や冗談は嫌いなので」
「あら、今のはただのドッキリでしたのね。もう心臓に悪いことはやめてくださるかしら」
「いやー、ごめんごめん。ビックリしてくれた? 」
「ビックリしたよー、キルちゃんが魔王だったら倒せるわけないからどうしようかと思った」
「…………キルは大切な仲間」
「そう、ありがとね……」
キルライトは言葉では感謝しているものの、目は元気なさげに地面の方を見ていた。
そして三十分程そこで待機していたが何も起きる様子はない。魔王どころか虫一匹登場していなかった。
「もう帰ろっか、このまま待っても魔王は来ないんだしさ。魔王を倒したってことにしちゃって戻ろうよ」
「でもそんなことして後でバレねえか? 」
「大丈夫だって、勇者がわざわざ来てあげてるのに怖気付いて出てこない魔王なんか勝手に死んだことにしても問題ないでしょ」
「それもそうかもしれませんけど、心残りではありますわね」
せっかくここまで来たからには魔王の姿を見たいのだろう、帰ることを渋る勇者達。するとキルライトは本を読んでいる悪魔を挑発しはじめる。
「情けない魔王だよねー、いつまでたっても現れない。ボク的にはそんな魔王は存在価値ないね、死んだ方がいいと思うよ」
「………………」
「あれ、悪魔は何も言えないのかな? ボクはそんな魔王死んだ方がいい、って言ってるんだけど? 」
「……本当に、バカですねえ」
悪魔は本を閉じた後、キルライトの元に歩み寄り、そしてどこからともなく白銀の槍を取り出すとキルライトの胸元に突き刺した。
「かはあっっ!? 」
「魔王様の侮辱は許しません。臆病で腰抜けかもしれませんが、私はそんな魔王様が気に入っていたんですよ? 」
「「キルちゃん!? 」」
「てめえっ、キルになにしやがる! 」
「邪魔はしないでくれませんか? 」
悪魔が指を鳴らすと辺りに眩い閃光が走る。数十秒の間、視界を奪われていた勇者達がゆっくり目を開けると驚くべき光景が広がっていた。
「こ、これは魔王? 」
岩石も容易に握りつぶすような巨大な拳、牛を丸ごと飲み込むような大きな口、大木を想起させる脚、その身体は漆黒の皮膚に覆われ目は怪しく緋く光る。誰が見ても魔王と思えるような異形の生物が玉座に座っていた。
「グルルルルゥ、待たせたな。少しばかり眠りすぎた」
「ご機嫌よろしいようですね魔王様、勇者達がこの部屋にいますがどうなさいますか? 」
悪魔は頭を下げて跪く、先程まで倒れていたキルライトは衣服を残して消えてしまっていた。
「ガッハッハッ! もう既に一匹殺してしまったようだな、それでは我が残りの勇者共をぶち殺してくれよう! 」
玉座に座ったまま巨大な怪物が伸びて勇者達をなぎ払おうとするが、それをアイは聖剣で受け止める。
「すごい力……、なんとかギリギリで持ち堪えてます」
「やるな勇者よ、しかしいつまで持つかな? 」
魔王はもう一本の腕を振り下ろすがフレイの金槌に弾かれる。
「しゃあっ、なんとか勝負になってるぞ! リリー、スーリエ、今のうちに魔法で攻撃しろ」
「いきますわよ、ジャッジメントレイ! 」
「…………メテオストライク! 」
リリーは光る杖をフルスイングして魔王の胴体にぶち込み、スーリエは本の角で魔王の足の小指を強打した。これは恐ろしい魔法である。
「いったああああああっ!? 」
「魔王様、大丈夫でしょうか? 」
「う、うむ、たいしたことはない。この程度の痛みなら、全治四週間と二時間といったところか」
「えらく中途半端ですね、二時間くらい頑張って縮めましょうよ? 」
「そんなこと、お医者さんにできるかなあ……」
「頑張るのは魔王様ですよ? 」
必死に足をさする魔王のことをじっと眺める勇者達。そしてアイは意を決したように口を開いた。
「もうやめようよ、キルちゃん」
「えっ、いや我はキルライトではないぞ、気のせいだ! 」
「ごまかさなくていいよ、私達が罪悪感を感じないようにそうやって魔王の姿をしてくれてるんだよね」
アイが悲しそうな顔をすると魔王も複雑な表情をして俯く。そしてしばらく沈黙した後、考えをまとめた魔王は口を開きかけた。
「キルちゃんは初めて妾達と出会った時、その暖かさに触れてもっと人間を知りたいと思ってしまったのですわ」
「……あの」
「キルは自らと同じ境遇であった勇者パーティに共感してしまい、心の中ではいけないと思いつつもアイドルを夢見るようになったわけだ」
「えっと」
「…………だけど魔王と勇者は敵同士。勇者を救い、魔王としての責任を取るためにこのような狂言をした」
「……ちょっ」
「自分はどうなってもいいから私達を助けたいだなんて、そんなの間違ってるよ! 」
「ボクのセリフが全部盗られた……、犯人の動機を全部喋っちゃう探偵みたいだあ……」
一流のアイドルは自分の出番を増やすために相手のセリフを奪い取る技術を持っているものである。
「でもなんでボクのこと魔王だってわかったの? 」
「そんなのわかるよ! だって私達、仲間だったじゃない! 」
「仲間って便利な言葉だなぁ……」
「あと悪魔さんがカンペ出してくれてたよ」
キルライトは驚いて振り向くと、悪魔はスケッチブックに『こいつ貴女達の仲間です』と書いて掲げていた。
「なんでバラすのさあ!? 」
「知ってましたか? 私、嘘つけないんです」
「いや、それは知ってるけどさあ」
「そんなことより魔王様はどうするんです。このまま仲良く引き分けで終わりにします? 」
「…………それは」
キルライトは本当の姿であるピンク色のスライムへと身体を変える。スライムの姿に勇者達は驚くものの、すぐにニコリと微笑んだ。
「それが本物のキルちゃんなんだね。とっても可愛くて綺麗だよ」
「綺麗なんて言われたこと初めてだよ。もっと早く皆に出会えたら良かったのにな」
「これからじゃない、一緒にアイドルとして世界へ羽ばたきましょう! 」
「……それも、いいかもね」
キルライトは恥ずかしそうに頬を擦りながら勇者達の所へ進むが、その時体勢がぐらりと揺れる。
「しまったっ!? さっきのダメージで足が痺れてえええっ!? ギャフンッ!? 」
揺れたキルライトは背中から後ろに倒れ、その後頭部を玉座の肘掛けに強打する。
「キルちゃん大丈夫? 」
「………………」
「キル? なんか白目剥いてるぞ? 」
倒れて虚空を眺めるキルライトの顔を悪魔は眺めると首を横に振る。
「これは、死んでますね……」
「そんなっ、嘘でしょ!? キルちゃん目を覚ましてよ! 」
「くそっ、あんなにいい奴だったのに、どうしてよりにもよって後頭部なんだよ!? 」
「もうキルちゃんの笑顔は見れないのですの……? 」
「…………キルは皆の中で生き続ける。二十四時間年中無休で」
キルライトは自分の死を仲間達に悲しまれるがそれに気づくことはない。勇者達が十分悲しんだのを見計らい悪魔が立ち上がる。
「魔王様が亡くなったことはすぐに広まります。そうなると次期魔王を狙って魔族の実力者達がやってきます、ここは貴女達にとっては危険なので私が魔法で人間領まで返しましょう」
「どうして私達のことを助けてくれるのですか? 」
「魔王様の仲間を助けない理由はありません。それでは人間達に勝利の知らせを持っていってあげてください」
悪魔が指を鳴らすと勇者達は光に包まれて消えてしまった。彼女達は今頃人間領にある楽屋にでも転移したのであろう。
そして悪魔は口から泡を吐きながら死んでいるキルライトの頭を優しくさする。
「まさかこんなあっけない結末とは魔王様には驚かされてばっかりです。おかげで魔王様との約束を守ることができませんでした」
悪魔は『嘘をついたら願い事をなんでも叶える』という言葉を思い浮かべる。キルライトが今日魔王城に入ってきた時の問答で悪魔は一度だけ嘘をついてしまっていたのだ。
「『魔王は人間をいつか襲う』と考えるわけない、普段の魔王様を見たら条件反射でそう答えちゃっても仕方ないじゃないですか、やられましたよ。ですが約束は約束です」
悪魔は全魔力をキルライトに集中させて祈る。悪魔の漆黒の羽は魔力を使うにつれて白くなり天使のように美しく輝いた。
「女神エステリア様がいなくなってから堕天して魔王秘書として働いていた私がまた天使の力を使うことになるとは不思議な話ですね」
集中させた強力な神聖魔法は白く熱く輝き、悪魔の肌をジリジリと焦がしていく。
「魔王様はどうやら生まれてくるのが少しばかり早すぎたようです。少し時間をかけて蘇生してあげます。時期は……、そうですね、かつて最強と言われた魔王の封印が解けるちょっと前にしましょう。きっと魔王同士惹かれあって、ライト様を守ってくれるでしょう」
自分の全魔力をほぼほぼ注ぎ込んだ悪魔は最後の力を振り絞ってキルライトの死体に転移魔法をかける。転移先は人間が保護遺跡として管理している古代文明の遺跡の隠し部屋だ。少々狭い場所だがスライムのキルライトなら無理やり詰め込んでも大丈夫だろう。きっと五百年程度なら見つからずにすむはずだ。
「それにしてもまさか魔王と人間が仲良くなる姿を見れたとは堕天してみるもんですね。これからの貴女達の活躍、この堕天使ルシフェル楽しみにしていますよ……」
キルライトが転移したことを見届けたルシフェルは全身の力が抜けて、ドサリとその場に伏せる。しかし休む暇はない、またすぐに次の魔王を決めて秘書をしなければいけない。これからもしばらく大変な日々が続くのだが、不思議と彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
☆ ☆ ☆
「むにゃむにゃ、そして目覚めたボクはアイドルになってえ、勇者になったのさあ……」
「切ったばかりの髪に涎を垂らさないで欲しいものだな」
ノワールはすやすや寝ているキルライトを背負いながら魔法使いの元へと進んでいる最中であった。
「おい、聞いているのか? 」
「むにゃ……? ノワ兄がお尻触ったあ、えっちい……。あとお腹すいたあ、ぐうっ〜」
「一つの質問に三大欲求全部で返すな」
背中で再び寝息を立てるキルライトに少し呆れながらもノワールはしっかりと支えてあげる。
「困った勇者様だが、どこか憎めないところがある不思議な奴だ。強くなるまではしっかりサポートしてやらなければな」
ノワールは勇者の将来を楽しみにしながら先に進んでいくのであった。
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