第11話 魔王と美容師

「明日のお昼には魔法使いのところに着くね。そうだノワ兄、暇つぶしにクイズしよー、ボクが問題出すね」

「A.リンゴ」

「まだ問題出してないよ!? 」

「違うのか? どうせ今、何が食べたいと思うか当ててみろという問題だろ? 」

「いや……その通りだけどさ。なんでわかったの? 」

「俺の能力を使ったのさ」

「まさか、ノワ兄は心を読む能力があるの? 」


 期待に満ちた目を向けるキルライトに応えるようにノワールは頷く。


「キルライトが問題を出す時の視線が木になっているリンゴを向いていた。そこから予測をしただけだ」

「なんだ、しょーもなー」

「しょうもないのは見たままの問題を出すお前だ。もう少し視線誘導技術を鍛えた方が良いな、そこでいい特訓を考えたのだが……」

「あっ! これ薬草じゃん! ラッキー、道具屋のお婆さんへのお土産ゲット!! 」


 ノワールの言葉を遮るように大声を上げつつ、キルライトは道端に生えている薬草を引っこ抜いた。


「お土産? 王都に戻ったら渡すのか? 」

「うん、街の人と話をした時に欲しがってたものとか調査して、もし見つけたら持ち帰ってあげてるんだ」

「ほう、それで金を取って生計を立てるわけだな」

「お金を取る時もあるけど、これはお婆ちゃんの誕生日プレゼントだからタダで渡してあげるよ」

「誕生日? 」

「ボクは人の誕生日を覚えるのが得意なんだ。王都で話したことがある人の誕生日はほとんど覚えてるんだよ」

「ストーカーか? 」

「人聞きが悪いこと言わないでね。ボクは誕生日を祝ってあげるために覚えてるんだから」

「それでプレゼントをするわけだな」

「そーだよ、だって誕生日にお祝いしてあげたら誰だって嬉しいでしょ? 」


 キルライトは無邪気に笑った。その笑顔には打算的な思惑などはなく、純粋に他人を喜ばしたいからやっているのだということが見てとれた。


「なるほどな、ところで実は今日は俺の誕生日なのだが? 」

「えっ、ノワ兄の誕生日今日だったの!? それじゃあお祝いしないとね」

「ちなみに明日も明後日もそのまた次の日も俺の誕生日だからプレゼントを頼む」

「ケーキに立てる蝋燭で家が建ちそうなくらい歳取ってない? 」

「蝋燭なんかで家が建つわけないだろう、お前頭大丈夫か? 」

「こ、こいつ……」


 キルライトが少しイラッとしていると、道の反対側から誰かが歩いてくるのが見えた。それは若い女性であり、彼女がキルライトに気づくと笑顔で手を振ってくる。


「あら、そこにいるのはキルライトちゃんじゃない? 」

「あっ、ヘールさん。こんにちは! 」


 キルライトが笑いかけると、ヘールと呼ばれた緑色のセミロングの髪をした二十代中盤の女性もニコリと笑う。


「紹介するね、この人はヘールさん。王都でも有名な美容師さんだったんだよ。ちょっと前に更なる美を探して旅に出てたんだけど、まさかバッタリ会うなんてね」

「ふふ、たまには戻るのもよいでしょ? そしてノワールさんは初めまして、もしかしてお二人でデートだったかしら? 」

「いやいやー、そんなんじゃないよ。ノワ兄は戦士として勇者パーティの仲間なんだ」

「えっ、戦士って、戦闘能力が非常に高くないとなれないあの戦士ですか!? 」


 ヘールは目と口を大きく開いて非常に驚く。あまりに驚きすぎでその場でピョコンとジャンプするほどで、逆にノワールも戸惑ってしまった。


「それほど驚かれるものでもないと思うがな」

「そんなことありませんよ! どんな敵でもバッタバッタと薙ぎ倒してしまうのが戦士なのです。まさかこんなところでお目にかかれるとはなんて幸運なのかしら」


 ヘールは目をキラキラと輝かせると懐からハサミを取り出してチョキチョキと金属音を鳴らした。


「ということで、せっかくですから髪を切らせていただいてもよろしいでしょうか? 」

「全く話の繋がりが見えないが? 」

「いやー、勇者パーティ最強と言われる戦士の髪を切ってみたいのよ。そうすれば、あの最強の戦士の髪型は私が育てたって自慢できるでしょ? 」

「髪を育てているの俺自身だが? 」

「もーノワ兄は遠慮しなくていいんだよ。ヘールさんの実力はボクが保証するからさ、ノワ兄だって髪伸びすぎじゃん」


 ノワールは千年の眠りの間に膝くらいまで黒髪が伸びてしまっていた。彼自身は気にはしていなかったものの、こう勧められては断る理由もなかった。


「気分転換にはいいかもしれないな、それでは頼む」

「かしこまりましたー! 」


 ノワールは草原にポツリとあった岩に腰を下ろすと、その後ろでヘールがハサミをチャキチャキと鳴らした。


「それじゃあ、どんな感じにしましょう? どれくらいの長さがご希望ですか? 」

「よし、ならもっと長くしてくれ」

「つまらない冗談を言う人はバーナーで頭を焼畑農業しますよ? 」

「……腰くらいの長さで頼む」

「はーい、ちょっと短くする感じですね。それではお聞きしますが、ノワールさんはウエスト何センチですか? 」

「周囲ではなく、縦の長さだ。頭から腰までの長さになるようにしてくれ」

「あー、そっちかー。そうなると手数料がかかりますよ? 」

「もうやめていいか? 」

「うそうそ、冗談ですって。それでは始めますよ、覚悟してくださいねー? 」


 なんの覚悟かは分からないが、ヘールはノワールの髪を右手で持ったハサミで素早く切る。その手際はなかなかなもので地面にバサバサと漆黒の毛が落ちていった。


「ちなみに当店はサービスで切った毛をお持ち帰りできますがどうします? 」

「抜いてもらった歯じゃないんだぞ? 俺は別にいらない」

「えーっ、持って帰ってくれたら掃除が楽なのになー。ハサミだけにコストカット、なんちって! 」

「……キルライト、こいつは本当に凄腕の美容師なのか? 俺は髪を切るのを任せてしまっていいのか? 」

「大丈夫っしょ、たぶん」


 キルライトはアクビをしながら全くの他人事である。彼女はハサミを右手に持つヘールを眺めながら話しかけた。


「ヘールさんは修行に行ってたんだっけ。どの辺りに行ってたの? 」

「東の方ですね。あの辺りは平和で余裕があるから、身だしなみに気をつける人が多いんです。おかげでたくさん学べることがありましたよ」

「ふーん、例えば? 」

「そうですねー、例えば髪は身体の一部だから普段の生活や手入れによって様々な性質を持つんですよ。髪型というのはその性質を生かさなければならないから、流行のファッションを真似するのではなくその人にあった髪型を作り出すのが大事とかですかね」

「ほう、なかなか深いことを考えているのだな」

「じゃあヘールさんから見たノワ兄の髪の性質ってどんな感じ? 」


 ヘールは大切なものを扱うようにノワールの髪を手でなぞると目を細める。


「この光を吸い込むような漆黒の色はただものではない強さを感じます。一般的には黒色は闇に潜むことで敵を倒すという保護色の役割があるんですけど、ノワールさんの場合は自分を周りから際立たせて目立つことで強さを周りにアピールしようとしている感じがします」

「なるほど、悪くない解析だな。俺は意識して髪の色を黒にしているわけではないが、俺の考えには近い」

「すごーい、ヘールさんはそこまでわかるんだね」

「ふふふっ、適当にでも言ってみるもんですねー。今日の私はついてますよ! 」

「当たったのがよっぽど嬉しかったんだろうなあ。めっちゃガッツポーズしてるよ」

「人の髪の毛を切りながらガッツポーズは真面目に怖いからやめてくれ」


 戦々恐々とするノワールであったがその後は何事もなく髪のカットが終わる。


「うーん、いい感じに仕上がりました! これは100点満点中30点というところでしょうか?」

「それ時と場合によっては赤点だよね? 」

「あっ、これ試験の点数ではなくて、違反点数のことですので」

「免許取り消し!? 」

「おいっ、俺の髪は大丈夫なんだろうな!? 」

「安心してください、私は無免許になってもノワールさんを絶対に見捨てませんから」

「頼むから見捨ててくれ」

「ふふっ、冗談ですよ。後は整髪剤をちょちょいとやれば完了です。荷物をちょっと離れた場所に置いているので取ってきます。少々お待ちくださいね」


 そう言ってヘールはその場を離れて遠くにある大木の下まで歩いて行った。それを見たノワールはキルライトに話しかける。


「今のうちになんとかして逃げられないか? 」

「ノワ兄のくせに弱気になってるじゃん。大丈夫だって、ボクは今のノワ兄の髪型似合ってると思うよ」

「そ、そうか、それなら良いのだが色々不安でな」


 ノワールは手を背中に回して髪がしっかり存在することを確かめてホッとする。


「それにしても髪の毛まで強いオーラが出てるように見えるなんて凄いよ。ボクなんてダメダメだから羨ましいな」

「そうか? キルライトも勇者として聖剣を使えるではないか、それは十分凄いことだと思うが」


 そう言われてたキルライトは聖剣を抜いてジーッと眺める。汚れ一つない聖剣は刀身に彼女の顔を反射していた。


「聖剣なんて使えてもなんの意味もないんだよ。もう女神の加護はないんだからね」

「なにっ!? 女神の加護がないだと!? 」

「あー、普通の人には言っちゃダメなんだけど勇者パーティのノワ兄ならいいか。大昔は聖剣に女神エステリアの加護があったんだけど、ある魔王によって女神はこの世界から姿を消しちゃったんだよ。そのせいで聖剣の加護がなくなっちゃってタダの丈夫な剣になったんだ」

「そんなことになっていたのか……」


(キルライトが持っていた聖剣を見ても何も圧力の様なものを感じなかったのはこのためか。それにしても女神をこの世界から消した魔王がいるとは、時代が違えば是非とも戦いたかったのだが残念だ)


 キルライトは聖剣を両手で持って力なく素振りをしてため息をつく。自分の力のなさに嫌気が差しているのだろう。


「お前は筋がある、鍛錬を積めばきっと素晴らしい勇者になる。だから気を落とすな 」

「うん、ありがと。そうだよね、頑張らなきゃ。えいえいおー! 」


 キルライトが元気よく右腕を何回か振り上げていると、ちょうどヘールが手に整髪剤持って戻ってくる。


「あらあら、エア片手懸垂ですか? 精が出ますねえ」

「もー、そんなことするわけないでしょ? もしボクがエア懸垂なんかしたら骨が折れちゃうもんね」

「お前の骨格はガガンボ製か? 」

「んなわけないよ、ちゃんとカルシウムでできてるからこの通り」


 ボキリッ!


 キルライトが笑顔で右腕を曲げて力こぶをつくるとボキリと鈍い音が鳴った。


「い、今のはリハーサルだから……、これが本番」


 ボキリッ!?


 今度は曲げた左腕からボキリという音がなった。


「お前はこれから割れ物注意シール貼っとけ、そうすれば俺が背負う時は気をつけてやる」

「ちょっと考えてみようかな……」


 自分の腕をさするキルライトを見てヘールはクスクスと笑う。


「面白い人達ですね、それでは続きをしましょうか」

「ちょっと待って」


 整髪剤の蓋を開けるヘールをキルライトが静止した。先程とは打って変わってキルライトの目つきは真面目なものだった。


「あら、どうかしましたか? 」

「ヘールさんは修行をして何か変わったことってあるかな? 」

「知識は増えたと思いますよ」

「それだけ? 」

「それだけだと思いますが、何が気になっているのですか? 」


 その言葉を聞いてキルライトは首を横に振る。


「ヘールさんは左利きだったはずだけど、どうして右手でハサミを持ってるのかな? 」

「……っ!? 」


 ヘールはとっさにハサミを持った右手を背中に隠して苦笑いをする。急にシリアスな展開となってきた。


「い、いやー、気分転換ってやつですね。ほら、今日の占いでは右手がラッキーカラーだったので……」

「違うね、ヘールさんは冗談をよく言う人だったけど髪を切ることに関しては信念をちゃんと持ってた。利き手を使わないなんてありえないんだよ」

「ヘールが左利きというのは本当なのか? 」

「うん、ヘールさんは王都にいた時は左手でハサミをずっと持ってたよ。間違って右手でハサミを持つことがないように、自分の右手を切り落とすことも考えていたくらい真面目な人なんだ」

「背水の陣というやつか……、いやただのアホだろ」


 流石の魔族でもそこまでする者をノワールは知らない。彼は人間の不思議な部分を垣間見た。


「えっと、私のこれは右手ではなく、右手のフリをした左手なんですよ。ですから私は左手を使っているわけなんです」

「苦しい言い訳だねー。ところでヘールさんの誕生日っていつだっけ? 」

「そ、それは大樹の月の十三日、であってますよね? 」


 答え合わせをする生徒のように問いかけてきたヘールに対してキルライトはニコリと返す。


「うん、正解だよ」

「ふう、良かったです。まあ当たり前ですけど」

「でも自分の誕生日を答えるのに疑問系はおかしいんじゃない? まるで答えは知ってるけど確信がない偽物みたい」

「……偽物のわけないですよね。だってキルライトちゃんのこともちゃんと知っていましたよね? 」

「それはなんらかの方法で情報を入手したんじゃないかな。だけど油断したねー、ボクがヘールさんの利き手まで覚えているとは思わなかったんでしょ? 」

「…………ぐっ」

「素直に白状したらどうだ? このカツ丼食って楽になっちまえよ、キルライトの奢りだ」

「パクパクムシャムシャごちそうさま。ちくしょう、こうなったら正体を明かさざるをえないか……」


 頬にご飯粒をつけたままヘールは後退りすると木が割れるような音を出しながらヘールの姿が変化を遂げる。


 ヘールの頭の先からは長い触覚が伸び、鋭い爪が生えた足が六本生え、まるで昆虫のような形態へと姿を変える。


「うわぁ……、でっかいゴキブリ」

「違う! 私は髪切蟲族のシザーズ。魔族として勇者を殺しにしたのだ」

「髪切蟲族? 聞いたことがないな」

「ノワ兄、髪切蟲族は変身能力に長けた魔族だよ。髪の毛を食べることによってその持ち主の記憶や姿や能力を真似することができるんだ」

「ほほう、人間の癖に随分と私達魔族のことに詳しいなあ? 」

「へへん、ボクは勉強家だから勇者の敵である魔族のこともちゃんと知っているのさ」

「それなら私がさっき戦士の髪を切ったことがどういうことがわかるよなあ? 勇者パーティ最強といわれる戦士の力いただくぞ! 」


 シザーズは懐から切ったノワールの黒髪を取り出して口の中に放り込むと、身体から蒸気を発しながら体を変えていく。それはノワールの姿と瓜二つであった。


「俺がもう一人だと? 」

「くくく……、あっはっはっはっ! なんという力、全身にみなぎるエナジー! これが戦士の力かああああっ!! 」


 シザーズは懐からハサミを取り出して空を切るとその遥か延長線上にある山がバッサリと切れて崩れ落ちていく。


「ええええっ、ハサミで山が切れちゃったあああっ!? とんでもない化け物が誕生しちゃったよ!? ノワ兄はどうしてこんなに強すぎるのさ!? 」

「それは鍛錬の成果だな。しかし、俺の力を真似できているというは間違いではないようだな」


(まあ真似できているのは純粋な力だけで、技術はまだまだではあるが)


 新しく手に入れた強靭な力にウットリしながらシザーズは笑みを浮かべる。


「これだけの力があれば勇者なぞ一瞬で消し去ることができる。覚悟しろ! 」

「やばいよノワ兄! さすがにアレには勝てないよっ、助けてえええっ! 」

「一つ聞くがアイツは俺の記憶を持っているんだよな? 」

「うん、髪を食べれば記憶はあるはず。意識して思い出さないと記憶は見れないらしいけど」

「よし、それなら余裕だ」


 ノワールは一歩前に進んで準備運動を念入りにする。そしてシザーズを鋭い眼光で睨みつけた。


「それではこれからお前のことをボロボロに叩きのめしてやるよ、キルライトがな! 」

「えっ、ボク!? さっきの攻撃見たよね!? 何十キロも先にある山が真っ二つになってたんだよ、ボクに勝てるわけないじゃん! 」

「俺はお前を守ると約束しよう、だからどうか仲間である俺のことを信じてくれ」


 ノワールはキルライトのことをじっと見ると彼女は覚悟を決めてコクリと頷いた。


「……わかったよ、でももし死にそうになったら助けてよね? 」

「残念ながら死亡時の補償については特約では設定されていない」

「契約書のすみっこに小さく書いてあるやつ!? 」

「ゴチャゴチャうるさいぞ、さあ覚悟しろ勇者! 」

「もし死んだら化けてノワ兄のところに出てやるんだからあああっ! 」


 可愛らしい雄叫びをあげながらトテトテと駆けていくキルライト。そのあまりの不慣れな戦いっぷりにシザーズはヘラヘラ笑う。


「勇者は戦闘が苦手という記憶があったがまさかここまでとは。この力で粉々にしてくれる! 」

「シザーズ! お前は俺の記憶をちゃんと読んでいるのか? 俺の力を使いこなすためには俺の記憶も知り尽くさなければならないぞ? 」

「それはまだだったな。だが、いいだろう記憶を呼び出すことくらい数秒あれば終わる」


 シザーズはハサミを構えたままノワールの記憶の糸をたぐっていく。食レポして、勇者と出会い、戦士になり、ギルドで暴れ、バーディを倒し、アビスと出会う、そして…………。


「え? これはいったい……、ま、まさか貴方は……、そんなことって!? 」


 記憶を紐解くことでシザーズは気づいてしまったのである。目の前にいる青年はかつて最強と呼ばれた魔王であったことを。


 そのにわかには信じ難い事実を目の当たりにして動きが止まるシザーズ。彼は呆然とノワールを見つめていた。


「隙ありいいいっ! えーーいっ! 」

「くうっ!? 」


 キルライトの攻撃はシザーズの腹を掠める。直前の回避行動によって直撃は避けたものの、シザーズの腹からは血が少し流れていた。


「危ないところだった、この程度の傷ならなんとでもなる」

「それはどうかな? 今勇者が持っている剣は聖剣だ、何か思い出さないか? 」

「思い出す……? 」


 その瞬間、シザーズの記憶の中でノワールが勇者の聖剣に貫かれた痛みがフラッシュバックする。それは全身の血液を抜かれた後、代わりに溶けた灼熱の鉄を流し込むような痛みに加え、脳内の神経に錆びた釘を無理やりねじ込まれるような苦しみをシザーズに与えた。


「ごはぁっ!? 聖剣の痛みはこれほどのものなのかああっ!? 」

「俺の力を使いたいのであればそれ相応の痛みは覚悟しろ」

「……なんか大袈裟すぎない? 聖剣っていってもそんな強くないよ? 」

「ああ、『今は』強くないかもしれないな」


 ノワールの記憶の中で全盛期の聖剣のダメージを想起してしまったシザーズはそのショックで白目をむき、そのまま泡を吹いて倒れてしまった。シザーズにはかすり傷程度しか外傷はなかったものの、精神に受けた傷は甚大であった。


(あの時の勇者の一撃は俺も相当こたえたからな。並大抵の者では思い出すだけでも気絶するだろう)


「あれ、もしかしてボク一撃で倒しちゃった? 」

「よくやったな、勇気を出してお前が攻撃をした結果だ」

「ボクがノワ兄に変身したシザーズを倒せたってことは、もしかして実はボクはノワ兄より強かったってこと!? 」

「いや単純にそうとは言えないが? 」

「ノワ兄は負けず嫌いだなあ。自分の実力をしっかり認めないと強くなれないよ? 」

「俺がお前に言いたいことを言ってくれて助かる」


 ノワールの嫌味も気にせずにキルライトは満面の笑みで天高く聖剣を掲げていた。もう気分はすっかりパーティのリーダーとしての勇者である。


(まあキルライトの自信がついたのであれば良しとするか。その方が成長もしやすいだろうからな)


 そして地面で横になって目を回しているシザーズを見下ろしながらキルライトは口を開いた。


「このシザーズは王都の対魔族用の牢獄に送って厳重に閉じ込めておこう。髪を切った人達がどうなってるのかも確認しなきゃだしね」

「対魔族用の牢獄があるのか」

「うん、大昔に魔族を捕まえるために作ったんだって。今は魔族が攻めてくることはほとんどないから滅多に使われてないけどね」

「ならキルライトにはこいつを牢獄まで連れていくための兵士を呼んできてほしい。それまで俺が見張っておこう」

「オッケー、それじゃあ頼んだよ」


 キルライトは近くの村に向かって小走りしていく、そして彼女の姿が消えたのを確認するとノワールは足元のシザーズに向かって語りかけた。


「さて、いつまで寝てるんだ。目を覚ませ」

「……はっ、これは魔王様! おはようございます! 」

「そう畏まられても困る、俺は昔の魔王だ。それとは別に、お前達が忠誠を誓う現代の魔王がちゃんといるだろう? 」

「いえ、最強と名高い初代魔王ノワール様こそ私が忠誠を誓うに値する真の魔王でございます。現代の腑抜けた魔王なぞに命は預けられません」

「ふむ、なるほど今の魔王では力不足か……」


 跪いて深々と頭を下げるシザーズを見下ろしながらノワールは困り顔をする。


「とは言われても俺は今の魔王になりかわろうとは思わない」

「なぜです!? これだけの力を持っているのにそんなことを言うのです! 」

「強い者と戦いたい。俺が今やりたいのはそれだけだ」

「そんなもったいないですよ! 」

「ならばお前は力を使って何をしたい? 」

「私なら力を使って魔王に君臨します。そして大暴れして人間を滅ぼして、世界中の酒と女を集めて毎日楽しく遊んでくらしたいですね」

「………そうか」


 その回答を聞いて残念そうな表情をしたノワールはシザーズに背を向けてのんびりと空を見上げる。その姿は誰が見ても隙だらけであった。それを見てシザーズはニヤリと笑う。


(だけど私が魔王になるためには邪魔者がいるんだ。それはてめえだよノワール! くくくっ、てめえの記憶を見た時、似たような状況で背後から襲われて大怪我していたのを知ったぜ。ならここでやるしかないよなあ! )


 シザーズは懐からハサミを取り出し、ガラ空きの背中に向かって突進する。


 カキン!


 しかしシザーズのハサミはノワールの剣に簡単に受け止められてしまった。ノワールは見ることさえせずに背後に剣を回して受け止めたのである。


「馬鹿なっ、確かに記憶では攻撃が当たっていたはず!? 」

「シザーズは俺が一度引っかかった手が通用すると思っていたのか? 俺の記憶を見た上でそう思われたのなら情けないな」

「くそっ、奇襲は失敗したが、今の私とてめえの能力は五分のはず。このまま押し切れば私の勝ちだ! 」


 シザーズは全体重を乗せてハサミを押し付けるがピクリとも前に進まない。


「やれやれ、俺の力を使うのは自由だが、せめて少しは使いこなして欲しいものだ」


 ノワールが剣を軽く振るとシザーズは簡単に吹き飛ばされて転がる。体勢を崩してうずくまっているシザーズにゆっくりとノワールは歩み寄った。


「もう一度聞こう、お前は俺の力を何に使いたい? 」

「そりゃあ、金と女と酒だ。そして誰も逆らうことができない世界を作る、それが男の夢っていうものだろ? 」

「それだけか? さらに力を求めて己を鍛えたいとは思わないか? 」

「はあ? 目標を達成したならもう力なんていらないだろ? 」

「……そうか、残念だ」


 ノワールは剣に手をかけた瞬間、シザーズを幾万もの斬撃が襲う。この世の誰一人として視認できないであろう速さの剣がシザーズの体を切り刻んだ。


「ぐはああああっ!? 」

「悪いが力を求めないやつに俺の力は与えられない。本当はすぐ殺してもいいんだが、場合によっては助けてやる」

「ほ、本当か……? 」


 全身から緑色の血を流しながらシザーズは僅かな希望に縋る。もう手足は皮一枚で繋がってる程度に切断されており、逃げることなどできない状況だ。


「本物のヘールはどこにいる? 」

「……殺してはいない、いざという時の身代わりに使えると思って生かしていた。この近くにサファイヤがよく取れる洞窟がある、そこの奥に監禁している」

「ふむ、それはこいつでいいか? 」


 いつの間にかノワールはヘールをお姫様抱っこしていた。彼の腕の中でヘールはグッタリしながら眠っていた。


「……へ? どうしてここにコイツが? 」

「その洞窟まで走ってきた。しかし鍵をかけると用心深いな。何度やってもわからなかったから扉を無理やり壊してきてしまったぞ? おかげで遅れてしまった」

「ちょっと待てよ、一瞬で連れてきたよな? 遅れたというのはおかしくないか? 」

「いや、戻るためのタイムが0.01秒遅れてしまっている。もう少し努力できれば縮めることができたのに悔しいではないか。これは反省しなければな」

「陸上選手みたいな拘りだな……」


 そしてノワールは疲れた様子のヘールを優しく地面に下ろして大きく伸びをする。


「さて、遺言はあるか? 聞いてやる」

「……結局殺すのか。まあそうだろうな危険な力を持つ私をみすみす見逃すわけないのは当然だ」

「いや、お前はいつでも殺せるぞ自惚れるな。このまま放っておくと人間に危害を加えるだろうからとどめを刺すだけだ」

「はっ、最強と名高い魔王が人間にこんなに優しくなってると聞いたら他の魔族はどう思うか……」


(人間の中には将来俺と良い勝負をする人材がいるかもしれない。俺にとってはこの向上心のないヤツよりもよっぽど大事だ)


 シザースはしばらく口を閉じて空を見上げる。その方向には彼の故郷があるのだろう、彼は自分の一生を振り返りながら最後の言葉を紡ぎ出した。


「実は私には、昔ある夢があったんだ。つまらない話だが、聞いてくれるか……? 」

「無駄口叩かずに死ぬ時はさっさと潔く死ね! 」

「ぐはあああああっ!? 」


 死にそうになっているのに長々と遺言を述べるのは苦しいだろう。ノワールはそんなシザーズを苦しみから解放してあげたのである。


 一刀両断され地面に倒れたシザーズの姿はいまだにノワールと同じ姿をしていた。


「この程度の武器で身体を両断されるとは俺の身体も弱くなってしまったようだ」


 ため息をつきながらも自分自身の髪を手で触りながら彼は微笑んだ。


「だが弱くなったのも悪いことばかりじゃないな。昔の俺の姿なら神器クラスの刀でないと髪を切断することができなかった。この姿ならいろいろな髪型を気軽に楽しめそうだ」


 ノワールは鼻歌を歌いながらキルライトが戻ってくるのを待つのであった。


 

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