第10話 魔王と食レポ


「さて、この調子なら明日のお昼には魔法使いの家まで着きそうだね。先は長いけどボクも頑張るから、ノワ兄も遅れないでね! 」

「人に背負われながら言うセリフか? 」

「だってー、疲れたんだもん。次の集落で撮影もあるから、ちょっとだけ休ませてぇ」


 あいも変わらず疲れたキルライトはノワールにおんぶされていた。ノワールは頭の上でグッタリするキルライトの感触を感じてため息をつくが、なんだかんだいって背負ってあげてるのは彼の面倒見の良さのあらわれなのだろうか。


「それで撮影とは? 」

「ボクの食レポ番組の撮影だよ。『拡張型メモリーランプ』略して『カメラ』っていう魔道具でボクの美貌を離れた場所に動画で届けてテレビで見れるようにするんだよ」


 だいぶ無理がある略称をしている魔道具をキルライトは取り出す。手のひらぐらいの黒く四角い物体には透明な丸いレンズがくっついていた。


「ふむ、イメージが全く掴めん。お前の姿をテレビに映してどうするのだ? 」

「ふふーん、なんとお金が稼げるんだよねー。まあ聞くより見た方がわかりやすいか。それじゃあ先に進もー! 」


 そうして二人がやって来たのはごく普通の集落。小さな柵に囲まれている程度の平和な集落をのんびり歩いていると酒場を見つける。待ってましたとばかりにキルライトがコクリと頷いた。


「よーし、ここのお店にしよう。早速ノワ兄はこの魔道具『カメラ』を持ってボクのことを撮ってね、カメラマン役だよ」

「この魔道具の透明な部分をお前に向ければいいのか? それならできそうだが、何か注意しなければならないことがあったら教えてくれ」

「そーだね、あえていうならボクを可愛く撮ってくれればいいよ! 」

「残念だが、流石の俺でもできることとできないことがあるぞ? 」

「できるよねえ!? そのカメラをボクに向けるだけだよ、この可愛いボクならそのまま映すだけでも充分すぎるんだよ! 」

「俺はそうやって自信過剰になっている奴らが死んでいくのを何回も見ている。油断はするなよ? 」

「戦場カメラマンかな? 」


 キルライトにカメラを向けつつも周囲に敵がいないかを確認するノワール。悪人一人いない平和な集落でも彼は警戒を怠らない。


「まあいいや、じゃあ撮影開始だよ」

「うむうむ」

「うむ、って言葉は『はいはい』みたいな感じには使わないと思うよ? まあ、とりあえずスタートで! 」


 キルライトの合図で撮影が始まるが彼女は酒場の扉の前でボーッと突っ立っている。酒場の出入口からピクリとも動かない彼女を見て、ノワールは口を開いた。


「どうした、営業妨害してるのか? 」

「別にボクは炎上系配信者じゃないからね!? 動画をテレビ局に送った後、ナレーションを入れもらうための間を取ってるんだよ、お店の紹介文を読んでもらうための時間なんだ」

「ナレーションとな? 」

「ナレーションは声でいろいろ説明してくれる人だよ。ノワ兄が知らない人だけどね」

「知らない人か……、緊張してしまうな。身だしなみとか失礼がないようにしなくては」

「あはは、緊張しなくていいよ。ここに来るわけじゃなくて、テレビ局で動画に声を入れるだけだからボク達は会わないんだ」

「……それは残念だ、楽しく殺し合いできると思ったのだが会えないのなら仕方ない」

「今度ノワ兄のこと、ヒーロー番組の悪の幹部役に推薦しておくよ」


 ノワールはナレーションと殺しあうことができないことを知り、少し落ち込んだ様子だった。キルライトはコホンと咳払いした後、満面の笑顔をノワールのカメラに向ける。


「さて、今日の『勇者のぶらり旅』は人里離れた集落にやって来ました! こんなところに不思議な建物がありますねー、なんなんだろ気になるよね! 」

「お前ボケたのか? さっき自分で酒場って言ってただろ? 」

「テレビの向こうの人に言ってるんだよ!? ……でも、これもこれで面白いかもね。よし、この調子で行ってみよう! 」


 カメラマンとして初めての仕事をするノワールをあえて起用することで面白い絵が撮れるかもと思ったキルライトはこのまま撮影を続行することにした。


「それじゃあ酒場に入りまーす! あっ、店長さんらしき人がいましたね。こんにちはー! 」

「あっ、ども、こんちわす」


 酒場はバーカウンターに椅子が十脚ほどあり、その向こうで白い料理用の服を着ている三十代ほどの髭面の店長がいた。よくある普通の酒場であるが、馴れ馴れしく話しかけるキルライトに男は戸惑っていら様子だ。


「ボクは『勇者ぶらり旅』でやって来ましたキルライトです。もちろん知ってるよね? 」

「いや、知らないす」

「そっかー、覚えてくれててありがとー! やっぱり可愛いボクって罪な女だね」


(この相手の意思を無視してゴリ押しするパワー、勇者らしい芯の強さを感じるな)


 カメラに向かって可愛らしくウインクしたキルライトは店長に注文する。


「なにか注文したいんだけど店長さんのおススメはあるのかな? 」

「水っす」

「くすくす、この人冗談が面白いね。それで本当はどーなのかな? 」

「水っす」

「……あの、カメラ回ってるんだけど? 」

「水っす」


 壊れたレコーダのように水という単語しか言わない料理人にキルライトは絶句した。どうやらアドリブ力はまだまだのようである。


「キルライトも意地張らなくてないだろう。それでは水を二つ頼む」

「ウィッッッシャアアアアア、水二丁入りましたアアアアアアッ!! 」

「水だけでこんなテンション上がる人初めて見たよ……」

「お客さん、蛇口は一度に二つ使ってもいいですか? 提供できるスピード速くなりますが、味は美味しくなるっす」

「それ断るのマゾくらいじゃない!? メリットしかないからお願いするよ」

「ウィッッッシャアアアアア、蛇口二丁入りましたアアアアアアッ!! ジョバジョバアアイッ!! 」

「店長以外に店員さん誰もいないのに、この人何に向かって叫んでるんだろ?」


(それにしても、なんだか変なお店に入っちゃったのかもなー。放送事故起きなきゃいいけど)


 キルライトは不安になるが、この時点でまだ店にいる時点で危機回避能力は0であることがわかる。


「ボク的には蛇口なんかより、硬水と軟水どっちなのかの方が気になるかな」

「お客さん……、通っすねええええええっ!! 」

「え、水なら他にこだわる所ないでしょ? 」

「キルライトは甘いな。水というのは同じに見えて含まれる栄養素が微妙に異なっていたりするのだ。身体に良い成分が多量に含まれている水であれば疲れが取れやすくなったりするぞ」

「へー、ノワ兄は詳しいんだね。店長さんはもちろん知ってるよね? 」

「………………お客さん、通っすねねねねねねっ!? 」

「わからないからごまかした感マンマンなんだけど、疑問形だし」

「うむ、『ねねねねね』と声が震えてもいるな」


 二人の指摘を受けて、店長は身体を震わせながらコップに入った水をカウンターに置く。そして、さらに小皿に茶色い粘土のような物を乗せて二人に提供する。


「この茶色いのはなんですか? 」

「当店の裏メニューっす。水を頼んだ人にだけにお出しする有料の特別メニューっす」

「お通しという言葉をそこまで遠回しに言えるのは才能だよ。それにややこしい会計システムは割り勘の時面倒なんだよ? 」

「今回はキルライトの奢りだから関係ないけどな」

「ちゃっかりノワ兄は便乗してるしさー。まあ経費で落ちるからいいんだけどね」


 茶色い物体を箸で叩くとぷよぷよ震えて汁がジワリと出てくる。見た目は少しアレだが香りはアルコール系でそこまで悪くない。


「よーし、これで食レポがなんとかできそう。ノワ兄はしっかりボクのことを撮ってね」

「食べ物とお前、どちらを優先すればいい? 」

「そんなのボクに決まってるよ、この食レポ見てる人なんて食べ物を見たいんじゃなくて、食べて喜んでいるボクの姿を見たいんだからね! あっスタッフさん、ここは後でカットしておいてね」


 キルライトは指でバッテンマークを作った後、箸で掴んでパクリと茶色い物体を口に入れた。


 しばらくモグモグとしていた彼女の顔はこわばってくる。気のせいか目の前がどんよりと暗くなっているようだ。


(なにこれ、まっず……、甘じょっぱくて砂みたいにザラザラしてるし、喉に絡みついて離れない嫌な違和感があるんだけど)


 もし許されるのであれば今すぐにでも吐き出したいが、今は食レポを優先させなければならない。キルライトは苦笑いをしながらVサインした。


「い、いえーい……」

「そんなんじゃ視聴者に味が伝わらないぞ? やる気あるのか! アイドルだろお前は! 」

「だってしかたないじゃん! よくわからない味なんだもん! 」

「なら俺がレポートしてやる。うん、これはめっちゃマズイ! 廃棄物の宝石箱だな」

「ちょっと本人の前で言っちゃダメだよ。こういうの今のご時世だと炎上しちゃうんだよ? 」

「嘘をついてこの店のためになるのか? ダメなところはダメというのが本当の食レポではないのか? 」

「そーゆーのは別の番組でやるんだよ。ボクの食レポは平和的にやるのが目的だからさ」


 キルライトは水を飲んで口の中を洗い流した後、ニコニコと笑う店長にたずねる。


「すみません、これの材料はなに使ってるのかな? 」

「それはっすね、塩、醤油、酢、味噌、後砂糖を少々っす」

「オール調味料!? 素材の味が行方不明なんだけど!? 」

「素材の味っすか……………? 」


 店長はなにそれ? と言った感じでポカンと口を開ける。


「なにその今まで考えたことなかったような間抜けヅラ!? 何年料理人やってんの!? 」

「ふふ、何年に見えるっすか? 」

「質問に質問で返さないでっ! さっさと答えてよ! 」

「この星が一回転するくらいっすね」

「たったの一日!? 少なすぎじゃん! 」

「はいっす、でもナンバーワンよりオンリーワンといいますっすよね? 長さは関係ないっす」

「どっちでもないよ! アンタは道端に生えてる雑草程度の存在だよ! 」


 怒るキルライト相手に頬をぷくりと膨らまして抗議する店長。三十代の男がやると放送事故ギリギリのキモさである。


「それなら一度店長が自分で食べてみればいいのではないか? そうすれば問題点も自ずと見つけられるだろう」

「問題点を見つけてどうするっす? 出された食べ物くらいお客さん達でなんとかして欲しいっすねー」

「製造物責任法ってわかる? その気になればボクはいつでも訴える準備はできてるよ? 」

「おー、こわいこわいっす。じゃあ仕方ないから食べてやるっす。うわー、よくこんなマズそうな食べ物作れたっすね? ドン引きっすー」


 店長は鼻をつまみながら汚物を食べるように茶色の物体を口に運ぶと目を大きく開く。


「てへっ、これ、塩とお砂糖を入れる量間違えちゃってたっす☆ 」

「可愛らしいドジっ子キャラだな」

「ドジっ子で許されないよ! この料理でそれやったら全くの別物じゃん」

「これ、そもそも料理なんっすかね? 」

「知らないよ、自分で調べて! 」


 調味料の盛り合わせの料理なのに、塩と砂糖の量を間違える愚行をした店長、もはやそれは別の料理と言っても過言ではない。


「それで食レポとやらは終わりか? 」

「むー、番組にはハプニングがつきもの。これはこれで悪くないかもしれないよ。例えばどうしてこんなお店になったのかを調べるのは面白いかも」

「それはっすねー、この北の街道で凶暴な魔物が出てくるようになって物流が止まったんす」


 どうやら店に食材が入ってこないから調味料オンリーの料理を出しているようだ。キルライトは元気よく拳を握りしめる。


「よしっ、これは良い場面が取れそうだよ。ボク達が退治してあげる! 」

「場所はここから30分ほど馬車で走った先にある北の交差点っす。レベル50くらいのワニ型魔物が15体いるのでA級冒険者3人が推奨っすね。討伐できればうちの店でも食料を補給できるようになるっす」

「やけに説明口調だね……、まあいいや、ノワ兄は一緒に手伝ってね! 」

「それならもう倒してきたぞ? 今、ひとっ走りしてきた」

「仕事が早すぎる!? 」


 ポカンと口を開けるキルライトの前にワニの首がドサリと置かれた。そのワニの顔は安らかな眠りにつくようであった。どうやら一瞬の間でノワールはワニを討伐したらしい。


「二人ともありがとうっす、おかげで食材がこんなに入荷されたっす! 」

「仕入れが早すぎる!? 」


 ポカンと口を開けているキルライトの目の前に店長が野菜や肉をドサリと置いた。その食材の顔は安らかな眠りにつくようであった。どうやら店長は一瞬で食材の買い出しをしたらしい。


「ま、まあ何はともあれ食材が手に入ったんだから食レポができるようになったね」

「でも料理作るの面倒っすねー。二人には水一杯を金貨一枚で売る方法を考えて欲しいっす」

「意識高い企業の就職面接かな? 」

「それなら簡単だ、殴って脅して無理やり買わせれば商売成立だ」

「全ての経済学への宣戦布告のような解答きた!? 」


 全くやる気のない店長を見てキルライトは閃いた。彼女は腕まくりをしながらカメラに向かって笑顔を向ける。


「こうなったらボクが料理を作っちゃうよ! 方向性は変わるけど視聴率は取れるはず」

「えー、アイドルなんかが料理できるんっすか? あんまり料理を舐めないで欲しいっす」

「貴方に言われなくないよ!? 」

「しかしキルライトに料理ができるのか? 俺は生まれてから一度もお前が料理をしたのを見たことがないぞ? 」

「まだ数日しか一緒にいないんだから大袈裟に言わないでね。ボクだってそこそこ料理は得意なんだから」


 そう言ってキルライトはエプロンを身につけてニンジン、ジャガイモ、タマネギを包丁で切って鍋に入れる。本人の言う通りなかなかの手際であった。


「うーんと、後はカレー粉があればオッケーかな」

「カレー粉なら冷蔵庫の中にあるっす」

「よし俺が取ろう。しかし、キルライトはこれで一体何を作るつもりなんだ? 」

「いや、カレー以外に選択肢ある? カレー粉って言ってるよね? 」

「いや俺もカレーだとは思ったが、まさかキルライトがカレーを作るとは……」

「どゆこと!? どうしてそこで迷っちゃうの? 」

「オイラはカレー味の水を作ると思ってたんすけど外れちゃったっす。残念っす」

「貴方の無駄な水へのこだわりはなんなの……? 」


 そんなこんなしながらも何とかカレー粉を溶かして野菜をグツグツと煮るといい匂いが周りに漂う。


「よしよし、ここで一晩くらい寝かせればもっと美味しくなるんだけどしょうがないよね」

「というわけで寝かしたカレーがこちらになるっすよ」

「何で寝かしたカレーが出てくるの!? 」

「何でと言われても……、ここ酒場っすよ。寝かせたカレーくらい冷蔵庫にあるっす」

「じゃあ! 最初から! 出してよっ!! 」

「俺も冷蔵庫の中に寝かせたカレーがあるのを見つけたので、なぜキルライトがカレーを作っているのか不思議だったのだ」

「ノワ兄も知ってるんだったら最初から教えてよ、このバカッ! 」

「カメラ回ってるぞ? 」

「このバカァ〜♡、ボケナスゥ〜♡、マヌケェ〜♡。でもボクは優しいから許しちゃうね、エヘッ♡ 」


 飛竜もビックリするくらいの急速旋回で態度をコロリと変えるキルライト。一瞬にして目にキラキラの銀河を宿すことができるとは、流石は現役トップアイドルである。


「じゃあお客さん達、冷めないうちに早く食べるっす」

「冷蔵庫から出したばかりじゃん。でもアツアツのご飯と冷たいカレーってなかなか美味しいんだよねー」


 キルライトはスプーンで一口カレーを食べると頬を緩めて笑みを浮かべる。


「うん、美味しい! この圧縮された濃厚な冷たいカレーと温かいご飯で口の温度が渦を巻くこの感じが犯罪的なんだよ! 」

「それは良かったっす。半年前のカレーだから食べられるか不安だったんすが、これなら大丈夫っぽいっすね」

「ぶううっっっっ!? このカレー冬眠してるよおおっ!? 」


 キルライトはご飯を吐き出しながら器用にツッコミを入れた。


「そりゃ冷たい冷蔵庫に入ってれば冬眠するのは当たり前だろ? 」

「ヘッタクソな食レポっすねー。オイラの料理の良さがちっとも伝わらないっすよ? 」

「二人ともうるさいよ! バカ、アホ、ドジ、マヌケ!! 」

「おい、カメラ回ってるぞ? 」


 ノワールの呼びかけを受けて、キルライトはカメラに向かって満面の営業スマイルをする。


「スタッフさん、ちょっとここ、ピー音いれといて♡ 」

「この女、最終奥義使いやがったっす。食レポどころか、ちゃぶ台ひっくり返したっす」

「当たり前じゃん、こんな放送事故をお茶の間に流せないよ。いったいどうしてくれるのさ! 」


 スプーンを投げてプンスカ怒るキルライト。彼女は完全に自分の仕事を放棄しつつある。


「仕方がない、ここは俺が一肌脱ごう。少し油を借りるぞ」


 ノワールは食用油を受け取ると床にドバーッとばら撒いた。瞬く間に木製の床は油でテカテカと光る。


「ノワ兄は何してんの? 油まみれで滑って転ぶリアクションでもする気? 」

「いや、キルライトの放送事故をうまく俺が隠してやろうと思ってな」

「ふーん、どうやって? 」

「簡単なことさ、もっと大きな事故を起こして隠してしまえばよい」


 ノワールは剣を素早く振ることで炎を出すと油に引火して酒場は炎上する。


「ふむ、やっぱり事故といえば火災だな。キルライトの食レポ失敗というささいな事故はこれで簡単にごまかせる」

「玉突き事故が発生した!? 店長さん早く水で消化しなきゃ!? 」

「水が欲しいっすか〜? コップ一杯金貨一枚っすよ〜? 」

「そんなこといってる場合じゃないでしょ!? 貴方の酒場が燃えてるんだよ!? 」

「残念っすが、オイラは値切り交渉は巨乳美女からしか受け付けないっす」

「もう燃えてなくなれ、こんな酒場」


 キルライトは間違いなく美少女ではあるものの胸のサイズは一般人レベルの平均値である。そんなキルライトは呆れた顔をするが、彼女の肩を力強く叩く者がいた。それはノワールである。


「諦めるなキルライト! 俺達にはまだできることがあるだろ! 」

「いや、全ての原因はノワ兄だよね? 」

「巨乳美人ならアビスがいるじゃないか。アビスなら水を安く買って消火できるはずだ」

「そーかもしれないけどアビ姉は王都にいるんだよ? 」

「なら俺がアビスになる! 」


 ノワールはそう言うと、鋭い目つきをしながら中指を立てて店長を威圧する。


「てめぇ、ぶち殺すぞ? おれ……、私はアビスだ、ミンチにしてクール便で運ばれたくなきゃ内臓置いてとっとと失せろ! 」

「ぷっ、結構似てるかも」

「なんすかその血に飢えたオーガみたいな喋り方」

「ボク達の仲間にアビスってすっごい美人がいるんだ。見た目はいいんだけど中身がヤバくてさ、いっつも殺す殺す言ってるオーガみたいな人」

「オデ、アビス。皆殺しダイスキ、あああああっ、お腹イタイイタイッッッッ!? 」

「くくくくっ、ノワ兄やりすぎーっ! 流石にそこまでじゃ……、あるかもっ、くすくす、めっちゃアビ姉っぽい! 」


 苦しそうに腹を抑えるノワールを見て同じように腹を抱えて笑い転げるキルライト。酒場は燃えているものの、余裕を見せる姿は流石は勇者パーティといったところだろう。


「そのアビスって人は相当怖いらしいっすけどそんなこと食レポで話していいんすか? 」

「だいじょーぶ、どうせ今回のは放送事故でお蔵入りだよ。こんな放送にお金出すスポンサーはいないんだからさ。ということでノワ兄はアビ姉の真似続けて」

「くそおおおっ、あのクソ女神のせいだ。イタイイタイ、許してえええっ!? 」

「くくくくっ、おもしろっ! 」


 その日しばらく、火炎地獄のような酒場に似つかない可愛らしい笑い声が続いていたと言う。





☆ ☆ ☆




 その日の夕方、王都のアビス邸にて。


「ハピ、ご飯ができましたよ。今日はハンバーグです」

「わーい、ありがとう、アビスお姉ちゃん」

「ほら、野菜もしっかり食べるんですよ」


 エプロン姿のアビスが食卓に野菜の盛り合わせを乗せるとハピは苦笑いする。彼女はまだまだ苦いものが好きになれない年頃なのだ。


 いただきますの挨拶を二人はすまし、テレビをつけるとニュースが流れる。


『本日の正午に〇〇村で火災が発生。1棟が全焼しましたが、他の建物には被害はありませんでした』


「……その時刻だとノワール達がいたかもしれない時間ですね」

「お姉ちゃんはやっぱり心配なんだ」

「別に心配はしてません。あの二人なら大抵のことは乗り越えられるはずですから」

「本当かなー、自分には心配してるように見えるけど? 」

「ハピはお喋りしてないでご飯を食べなさい。デザートのプリン抜きにしますよ? 」

「はーい」


 ハピはニヤニヤしながらアビスを見つめると、アビスはバツが悪そうに紅茶のカップに口をつける。


(別に心配してません、ただあの二人は私の手で殺さなければ安心できない。ただそれだけです)


 頭の中ではそう考えているものの、心臓の鼓動は少しばかり早くなる。どこかで人間に対する情が生まれているのだろうか。


「……やれやれ、この生活も一年たって私も変わってしまったのでしょうか」

「お姉ちゃんどうしたの? 」

「いや、なんでもないですよ。おや、ニュースが終わったようですね。次はなんの番組でしょう? 」


『さーて、次は【勇者ぶらり旅】の時間だよ』


 テレビ画面には桃色の髪をキラキラと輝かせながらキルライトが笑顔でVサインしていた。


「あーっ、これ勇者キルちゃんの番組だ! 」

「勇者がこんなことする時代になったのですね……」


 アビスがどこか寂しそうな顔をしながらテレビを眺めるとキルライトは酒場に入っていく。


『水っす』

『水っす』

『水っす』


「クスクス、なんだか面白いお店だねー」

「面白いと言うより、頭おかしいと思いますけど? あとカメラ役はノワールですか、よくもまあこんなことに付き合ってあげてますね」


『バカ、アホ、ドジ、マヌケ! あっ、スタッフさん、ここピー音入れておいて♡ 』


「あはははっ、全く入ってないじゃん。おもしろー」

「あの子、スタッフに嫌われてるのでしょうか? ウケてはいるので結果オーライかもしれませんけど」


 二人はそんな面白いやりとりを見ていると酒場が炎に包まれる。


『てめぇ、ぶち殺すぞ? おれ……、私はアビスだ、ミンチにしてクール便で運ばれたくなきゃ内臓置いてとっとと失せろ! 』

『見た目はいいんだけど中身がヤバくてさ、いっつも殺す殺す言ってるオーガみたいな人』



「「………………」」



 二人の間に沈黙が流れる。ハピはできることならすぐさまここを逃げ出したかったのだが、声すら出せない雰囲気に飲まれてしまっていた。



『くそおおおっ、あのクソ女神のせいだ。イタイイタイ、許してえええっ!? 』

『くくくくっ、おもしろっ! 』



「あ、あのさあ、お姉ちゃん。二人も悪気があってやってるわけではないと思うんだよ? 」

「え、なんのことです? 私は別に怒ってないですよ? 」


 笑顔を作るアビスの右手の中にはガラスのコップが握りつぶされていた。一瞬のうちに強烈な圧力が加わることで、ガラスなのに割れるのではなくスクラップのように潰されるのである。ハピはこんなことが起こるんだと生きていく上で必要ない豆知識を得ることができた。


「あのー、じゃあそろそろ眠くなったから部屋に戻るね。おやすみなさい、お姉ちゃん」

「ハピ? 」

「はいっ!? 」

「プリンはいらないんですか? 」

「……お腹いっぱいだから明日にするよ、それじゃあおやすみなさい」


 ハピはそそくさと逃げるようにアビスに背を向ける。早くここから逃げなければ、何が起きてもおかしくない状況である。


「ハピ? 」

「はいいいいっ!? 」


 ハピが振り返るとアビスが笑顔で見下ろしていた。その時、ハピは死を覚悟した。


「今夜は寒くなるらしいですよ、しっかり毛布はかけてくださいね」

「は、はい……、わかりました……」


 ハピはガタガタと震えながら頷いた後、自分の部屋へと戻っていった。その場に残されたアビスはテレビを見ながら一人呟く。


「戻ってきたら、あいつら殺そ♡ 」


 燃える酒場をバックに番組はエンディングを迎え、スポンサーが表示される。


『この番組はご覧のスポンサーで提供されます。【火災対策なら、水魔法協会】、【美味しく新鮮なカレーを、商人ギルド】、【命に危険を感じたらカッコいい墓石を、土魔法結社】』

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