第12話 魔王とアイドル 前編 (キルライト過去)


——— 今から約五百年前 ————



『厳正なる選挙の結果、第二十五代目魔王にはキリングスライム族のライトが選ばれました』



 魔王城にある大会議室で、眼鏡をかけた銀髪ロングの悪魔が宣言すると会議室内がざわめき立つ。


「なにぃっ!? スライムなんかが魔王だと!? 」


 一つ目の巨人サイクロプスはその瞳を開いて驚愕をする。


「アリエン、何か不正がアッタノダ……」


 不死の王リッチがドロドロした闇のオーラを漂わせながら問い詰めるが悪魔は表情を変えずに首を振る。この悪魔族は嘘はつけない、だからこそ審査員を担当しているのだ。つまり、信じがたいことではあるが、正攻法でスライムが魔王になったことになる。


 そんな慌ただしい雰囲気の中、桃色の可愛らしい人型のスライムがプルプル震えながら口を開く。


「ヘー、今度の魔王はライト様って言うんだね。どんな方なんだろー、ボク気になるな」

「いや、それキミのことだよ? 」

「えええええっ、ボクゥゥゥゥッ!? 」


 キリングスライム族のライトは口をあんぐりと開けて叫ぶ。その声を聞いて周りの強大な魔族達が睨みを効かせてきた。彼女は慌てて仲間のスライムにガクブルしながら抱きついた。


「ヤバいよヤバいよ、皆が視線でボクを殺そうとしてきてるよ。なんでボクが魔王になっちゃうのさ!? ボク全然強くないんだよ!? 」


 彼女はキリングスライム族、その種族の名前の由来は誰でも簡単にこの種族を殺すことができるからだ。殺すのではなく、殺される種族、それがキリングスライム族なのである。人間の駆け出し冒険者達がそう呼び始めて、いつの間にか魔族の間でも正式名称になってしまっていた。


「ライトちゃんは、今回から魔王は一人一人が投票権を持つ民主主義で決めることになったのは知ってるよね? 」

「知ってるけどボクは立候補してないよ? ましてや投票すらいってないし、どーせ誰が魔王になっても一緒なんだしさ」

「実は自分が勝手にライトちゃんのこと魔王に応募しちゃったんだよね」

「なにしてんのさああああっ!? 」


 初めての全魔族一斉投票による魔王選挙戦には、各魔族の王や英雄など名だたるメンバーが勢揃いしていた。そんな中、魔族最弱と言われるキリングスライム族の平民が知らず知らずのうちに参戦してしまっていたのだ。


「そしたらスライムが魔王って面白いなって感じで結構話題になってたんだよ? 」

「……で、でもそんな興味本位だけで選挙に勝っちゃう? 」

「強い魔族よりも弱い魔族の方が皆の共感を得られたんじゃない? 魔族だって強い人ばっかりじゃないからね。むしろ数だけなら自分達弱者側の方が多いと思うよ」

「数の暴力って怖いなあ……」


 ライトは呆然としていると結果発表をした悪魔が彼女にニコリを笑いかける。ライトは気が進まないものの、渋々彼女に促されて魔王の玉座へと向かう。


 そしてライトが玉座から見下ろすと、殺気に満ちた魔族の面々が拳の骨をポキポキと鳴らして戦闘準備していた。


「あの、ボクこれから処刑されるんですか? 」


 ライトが不安な顔で問いかけると、悪魔は明るい声で返してくる。


「これは魔王様、面白いご冗談ですね。確かに結果に不満を持つ者もいますでしょうが、選挙で選ばれた魔王様を武力でねじ伏せようなど言語道断。その時は全魔族の総力を持って対抗します」

「本当に信用していいんだよね? 」

「ええ、これには竜王様も同意しています。このこと承知で魔王様を討ち果たそうと考える者はこの場で申し出なさい」


 竜王という言葉を聞くと魔族達の殺気が消える。竜王は魔族と人間の中立にある第三勢力であり、その気になれば竜王だけで世界を滅ぼせるという噂だ。流石にそんな者を相手にして寿命を縮める真似はしたくないのだろう。


「異論はないようですね。それではライト様、魔王としての初めの挨拶をお願いします」


 ライトは大勢の魔族の前で緊張しながら魔王就任挨拶を述べる。


「えっと……、ボクはライトと言います。友達が勝手に応募しちゃったら魔王になっちゃいました」

「ふざけるんじゃねえ! どうせ内心は魔王になる気満々だったんだろ、クズ! 」

「魔王になる気がなかったなら、さっさと普通の魔族に戻れやボケェ! 」

「これから毎日、お前の顔を描いた踏み絵の上でダンスダンスレボリューションしてやるから覚悟しとけよカス!」


 ライトの挨拶は早速魔族達を怒らせてしまった。


「うわぁ、ヤンキーだらけ議会のヤジみたいだあ」

「良かったですね、皆の熱い声援がライト様に送られていますよ」

「悪魔さんは無意味な暴力を愛の鞭って言い換えちゃうタイプでしょ? 」

「いえいえ、私は純粋にそう思っていますよ。それでは挨拶も終わったことですし、魔王として皆に命令をしてください」

「め、命令……? 」


 魔族の視線を一身に浴びた小さなスライムの頭には、あることが思い浮かんでいた。


(……魔王って、なにするん? )


 ライトは何をすべきか全く分かっていなかった、そもそも目的もなく魔王になってしまったのでそれも無理はない。


「まー、とりあえず皆が思うように適当に頑張ってというのが命令かな? あとあまり人間を殺しすぎないことね、平和にいこーよ」

「「「はぁ…………!!!! 」」」


 感嘆符をつけながら溜息をするという器用な反抗を魔族達はするものの魔王の命令ならば仕方がない。もはや放任とも取れる命令を聞いた魔族達は会議室を後にして行った。それをキョトンと眺めているライトに悪魔が話しかけた。


「とても戦争中の王が出す命令ではないですね。何か作戦でもあるのですか? 」

「ふふふ……、実は何も考えてないんだよねー」

「馬鹿ですねえ、これは魔族の長い歴史にも終幕が訪れたようです」

「あっ、馬鹿って言った! そーゆーのはいけないんだよ! 」

「すみません、私は嘘をつけないので本音しか言えないのです」

「じゃあ黙ってれば良くね? 」

「……妙なところで頭が働きますねえ。その頭の回転を先程の挨拶でも見せてください。やれやれ、この調子だと今後が心配ですよ」

「大丈夫っしょ。だって竜王様が味方してくれてんだよ、ボクは無敵だよ」


 ライトは竜王という強い後ろ盾の存在を知り、仕事は他の魔族に任せて自分は三食昼寝付き仕事は別プランというニート暮らしをしていくのであった。

 


——— そして、魔王就任から半年後 ————



「魔王ライト様、たいした話ではないのですが、そろそろ魔王解任になりますよ? 」

「どゆこと悪魔っち! どうしてボクがクビになっちゃうのさ! 」


 悪魔っちと呼ばれた銀髪ロングの眼鏡の悪魔は呆れ顔をする。悪魔は魔王発表時からずっとライトの面倒を見る魔王秘書的な役割を担っていた。


「玉座に座って毎日昼寝と食事ばかりの役職だけあるニートはクビになって当たり前ですよ。ライト様が魔王になってから人間の都市どころか村一つ落とせていません、成果ゼロです。明日にも荷物まとめて出ていってもらうかもしれません」

「そんな外資企業みたいなこと言わないでよ! 魔王って終身雇用じゃないの!? 」

「終身雇用ですよ、今までの魔王は例外なく勇者に殺されてますから」

「殉職!? 」


 魔王の仕事もせずグータラしていたライトは冷や汗を流す。勇者と戦って死ぬなんてごめんである、彼女は普通の一般スライムなのだ。平和に日常を送れればそれでいい。


「ちなみに勇者はどこまできてるのかな? 」

「まだ人間領と魔族領の境界ですよ。しかしここからどうなることやら、とりあえず近くにいる人狼族が対応することになりますね」

「ということは出発したばかり……、もしここで勇者を止めることができればボクは生き残れる? 」

「それができたら苦労しませんよ、勇者というものは幸運に恵まれ聖剣もある。それゆえに魔王は全員敗れてきたのです」

「それは正攻法で戦ったからだよね。それならボクにだって考えがあるんだから! 」


 史上最弱である魔王ライトは不敵な笑みを浮かべながら玉座から立ち上がった。



☆ ☆ ☆



 ライトは魔族領と人間領の境界、大陸の中央付近にある森の中に身を潜めていた。


「魔王専用魔道具の『転移玉』、魔族領内ならどこでも一瞬で移動できるって便利だなー。そして、この近くに勇者達がいるはず……」


 スライムである彼女は水溜りのように姿勢を低くして勇者を探す。薄暗い森の中では探知魔法でもない限り、肉眼では彼女のことを見つけるのは困難だろう。


 慎重に進んでいくとどこからか歌が聞こえてきた。その心地よいリズムに誘われるように向かってみるとそこには四人の少女達がいた。


「あの人達が歌ってるんだ。皆、可愛い服着てキラキラしてるなー。ちょっと話を聞いてみよっと」


 ライトは身体を人間の姿へと変化させる。これはキリングスライム族が持つ能力の一つであり、自分の身体の形や色を自由自在に変化させることができるのである。直接触られれば触感からスライムであることはバレてしまうが、人間の目ではまず分からない。


 この能力があるからこそ、今の時代までキリングスライム族は逃げて生き延びることができているのだ。ライトはフードを被った桃色の髪の女の子へと変身する。


(ボク自身女の子だからボロが出ないように女の子の姿にして、年齢もあの子達と同じような10代後半、顔はあまり変えずに肌の色を人間っぽくしてと……)


 顔こそフードで隠れているものの見た目は人間そのものであるライトが四人の前に出ると彼女達は慌てたように武器を構える。


「な、何者ですかっ!? 」

「おちついてよー、ボクは通りすがりの旅人だよ」

「ただの旅人が魔族領を歩いているとは思えませんけど? 」

「えっと、ボクは戦いの心得があるからさ」


 ライトはポケットからナイフを取り出して見せる。もちろんポケットもナイフも彼女の体の一部であり、服を着ていない素っ裸の状態なのだが、人間の目では絶対に気づけない。


「ナイフにローブ……、盗賊のクラスですか? 」

「うん、まーそんな感じ。皆こそこんなところで何をしてるの? 」

「実は私達は勇者パーティなんです」

「ゆ、ゆうしゃああああっ!? 」


 ライトは驚愕する。まさか目的の勇者にもう出会ってしまうとは思わなかったのだ。それにこの四人はどう見ても勇者のイメージとはかけ離れていた。


「私が勇者のアイといいます」


 肩までかかる程度の金髪の少女が笑顔を作る。細い腰には聖剣を提げていた。


「自分はフレイ、戦士をやってる」


 真っ赤な紅蓮の長髪をかき上げた少女は真っ白な両手で日曜大工用のトンカチを腕を震わせながら持つ。


「聖女のリリーですわ、以後お見知り置きを」


 聖女はセミロングの銀髪をなびかせながらピカピカと発光する杖を掲げる。青や緑、黄色と変色していて綺麗なのだがなんの意味があるかはわからない。


「…………魔法使い、スーリエ。よろしく」


 ジト目をした青髪の黒いローブを着た少女は可愛らしいキャラクターが描かれた魔導書をペラペラとめくる。時々付箋が引っかかって、ページがビリっと破れる音がしている。


(……勇者には見えないけど、そもそもちゃんと戦えるのこの人達? )


 最弱の種族であるスライムの自分でさえ少し不安になる。だが自分は彼女達と殴り合ったらまず負けるので人のことはあまり言えない。


「えっと、それじゃあボクの名前は……」


(ここで本名を言ったらバレちゃうかもしれないな。わからないように偽名を使わないと)


 彼女は自分の本名をそのまま伝えるという安直な真似はしなかった。


「ボクの名前はキルライトだよ」

(キリングスライムとライトを合体させよっと)


 ……安直であった。


「よろしくお願いしますね、キルライトちゃん。それにしても一人で魔族領にいるなんてもしかして凄腕の冒険者なんですか? 」

「ふっ、知る人ぞ知る謎の美少女アサシンとはボクのことさ」

「アサシンって人に知られちゃいけないんじゃないの? 」

「…………自己紹介のはずなのに謎がついてるのはおかしい、仕事できなさそう」

「人を殺すアサシンであることをドヤ顔で誇るのは人間としてどうかと思いますわ? 」

「自己紹介でここまで叩かれたの初めて!? 」


 本人は格好良いセリフだったが評価はイマイチのようだ。キルライトは気を取り直して質問をする。


「キミ達こそ勇者ってことは強いんじゃないの? 」

「いえ、私達は勇者パーティではありますが強いとは言えないと思います。私達はアイドルなので」

「アイドル? 」

「歌って踊って皆に希望を与える仕事さ。自分達は王都の超人気アイドルグループ『幻想天使(ファンタスティック・エンジェル』なんだ」


 するとリーダーである勇者の合図によって四人は歌いながらダンスを披露する。それはキルライトにとって新鮮なものだった。


「わー、凄いね! でもアイドルがなんで勇者になったの? 戦いの訓練とかはしてなかったんだよね? 」

「実は今回の勇者は国民投票で決まるのですが事務所が勝手に私達を勇者候補に出してしまったのです。そしたら人気が思った以上に出てしまって……」

「えっ!? ボクと一緒じゃん!? 」

「…………ボクと一緒? 」

「あー、そのー、ボクも友達に勝手に暗殺者ギルドに応募されちゃってさー」

「それは人身売買では? 友達に弱みとか握られていたのかしら? 」

「ある意味人身売買よりも酷いけどね……、でも同じような境遇の人がいたなんて親近感が湧くなー」


 キルライトは笑顔で勇者達と話している、彼女は自分が勇者を邪魔するためにやって来たのを忘れてしまっているのだろうか?


 そんな時、森の奥から腹を減らした獣の唸り声が響き渡り、地面が揺れるような足音を出す巨体が茂みから跳び出した。


「グルウウウゥ!! 人間の臭え匂いがプンプンするぜえ、勇者の野郎達はてめえらだなあ? 」

「ウ、ウルフメア!? 」


 キルライトは驚きつつ一歩下がる。魔王である彼女はよく知っている名前と顔であったからだ。


「何か知っているのですか? 」

「魔族斬り込み部隊の隊長、人狼族の王一匹狼のウルフメア。コイツは手柄を独り占めするために単独で行動してるけど、狙った獲物は必ず仕留めているんだ」

「……いやに詳しいなあ? オレ様の偉業が知られてるのは悪くねえ気分だが、お前怪しいやつだな? 」

「あ、怪しくないよお? ボクはタダの謎の美少女アサシンだよお? 」


 部下であるはずのウルフメアにペコペコ頭を下げる魔王キルライト。殴り合ったらまず殺されてしまう、もし立場を明かせば助かるかもしれないが勇者と仲良くやってた光景を見られてしまっている。これで変に誤解が生まれてしまうと魔王としての立場も怪しくなるだろう。


「ていうか勇者達は四人じゃなかったかあ? ひーふーみー、五人いるように見えるが? 」

「疲れて幻覚見えてるだと思うよ? 今日はもう帰って寝たらどうかな? 」

「あまりふざけてるんじゃねえぞ? 四人も五人も変わらねえ、全員まとめて首を引きちぎってあのボケ魔王に見せつけてやる」


 ウルフメアが漆黒の爪を光らせながら近寄ってくると、キルライトを守るように勇者パーティが前に出る。


「ゆ、勇者パーティは私達ですっ……、キルライトちゃんは関係ありません! 」

「そ、そうだっ、戦う相手は自分達だ! キルライトは見逃せ! 」

「み、みんな……、どうして……? 」


 勇者達の声は震えており、腰も引けていた。彼女達は間違いなく恐怖にとらわれているはずなのに、なぜまだ会ったばかりのキルライトを守ろうとしているのか不思議であった。


 そんな問いかけに対して勇者アイは目に涙を溜めながら精一杯の笑顔で答えた。


「さっき私達の歌とダンスを褒めてくれたでしょ? 私達アイドルにとって、ファンは大切な存在で守るべきものなんだよ」

「アイドルだから……? 」


 キルライトの言葉を聞いて勇者達は力強く頷いた。それはキルライトにとって、とても眩しく見えた。


(なんて格好いいんだろ!! )


 キルライトは勇者達を見て今まで感じることなかった感覚を覚える。胸の奥がこんなに熱くなる気持ちは初めてだった。


「感動シーンのところ悪いんだが、オレ様は全員殺すからなあ? 」

「そうはさせん! 」


 戦士フレイは全体重をかけて金槌を振るうがウルフメアは二本の爪で簡単に受け止める。


「なんだあこの玩具? 人間はまさかこんなものを武器と言っているわけじゃあないよなあ? 」

「今度は妾が行きます、女神の聖なる光よ、悪しきものを討ちなさい! 」


 聖女リリーは光り輝く杖を掲げるが虹色に光るだけで何も起きない。これにはウルフメアも困った顔をしていた。


「………次は魔法で倒す」


 魔法使いスーリエが魔導書を開いて呪文に目を通す。


「…………この本、なに書いてあるか読めない」

「おいおい、てめえら本当に勇者パーティなのかよ? 少しは何か抵抗してくれねえとオレ様も不安になるぞ? 」

「私達は勇者パーティです! 証拠ならこの聖剣があります! 」


 勇者アイが剣をウルフメアに向けるが、ウルフメアは平然な顔をしている。


「とはいっても聖剣に宿る女神の力はもうねえからなあ? それは証拠にならねえよ」

「どうしてそれを知っているんですか!? 」

「ほう、その驚きようを見るとマジでお前は勇者なのかもしれねえなあ。まあ、これ以上無駄な問答はやめにして、殺してから考えるとするか」


 ウルフメアが受け止めていた金槌を弾き、戦士フレイを近くの大木に向けて投げ飛ばす。そして勇者に向かって命を刈りとる爪を振りかざした。


「ウルフメア待てっ! このボクが相手だ! 」

「ああん? 」


 キルライトが挑発するように声を上げるとウルフメアは鋭い眼光を投げかけてくる。一方、キルライトは不敵な笑みを浮かべていた。


(めっちゃ怖えええっ!? 殺すことをためらわない目をしてるよコイツ!? )


「ゆ、ゆ、勇者の前にボクと戦え! 」

「指図を受けるつもりはねえが? 」

「ふーん、ならバラしちゃおっかなー。ウルフメアが隣の村に住むチワワのハートちゃんのことが好きなこと」

「てめえええっ、なぜそのことを!? 」


 キルライトは魔王であるので部下の情報は全て入ってくる。食べ物の好みから家族構成、好きな犬まで。キルライトは物事を覚えることが得意であったため魔王軍全ての個人情報は記憶していた。ちなみに情報を調べているのは、魔王の秘書である悪魔である。


(ほっ、悪魔っちの情報は正しかったみたいだね。それにしてもどうやって入手したんだろ? )


「それがバレたらオレ様は馬鹿にされるだろ! 一匹狼気取りの癖に恋愛してるとか言われるんだぞ? てめえは殺さなきゃいけねえなあ! 」


 ウルフメアは勇者から目を離して、一足飛びでキルライトに跳びかかり、その首元に向かって爪で切り裂きにかかる。


(やっぱ首を狙うよねー、人間ならそれが正解だけどさ)


 キルライトはウルフメアの陰に隠れて勇者達から自分が見えないことを確認しつつ、自分の上半身を液体にして姿勢を屈める。ウルフメアの一撃は空振りした。


「……なっ、てめえ人間じゃなかったのか!? 」

「悪いねー、騙し討ちでもしないと勝てないだろうしね」


 キルライトは体の中に保管していた緑色の瓶を取り出した。この瓶の中には身体を痺れさせ衰弱させる猛毒が入っている、魔王城に保管されてた猛毒は勇者を殺すために持って来たものだ。


「そしてウルフメアはかつて戦いの時に大怪我を負ったことがあったよね? 」


 魔王として入手していた情報、ウルフメアの脇腹にある古傷に向かってこの猛毒を思いっきりぶち込んだ。


「ぐおおおおおおおっ!? この野郎があああっ!? 」


 ウルフメアが姿勢を崩すのと同時にすぐさま元の人間の姿に戻ったキルライトは勇者に向かって叫ぶ。


「今だよ! ボクの毒が効いている間にウルフメアにとどめを! 」

「う、うん。わかった! 」

「や、やめろおおおおおっ!! 」


 静止するウルフメアであったがその脇腹に聖剣が突き刺さる。毒で傷口が開いていたこともあり聖剣はあっさりとウルフメアを貫き、口から血を吐いてバタリと倒れる。


「……ちくしょう、せっかく踏み絵ダンレボの難易度challenge がクリアできそうだったってのによお。ガクッ」

「やった! やりましたよ、私達でも魔族を倒せたんです! 」

「…………これもキルライトのおかげ」

「ああ、キルライトがいなきゃ自分達は死んでたはずだ」

「ありがとうですわ、キルライトさん」

「え、ああうん。まあそれほどでもあるけど……」


 感謝の言葉に対してキルライトは笑顔で答える。


(やっべええええっ!? ついついウルフメアを倒しちゃったよおおお!? これがわかったら魔族達も大騒ぎしちゃうよおおお!? )


 内心では冷や汗ダラダラのキルライト。それなりの実力者がいなくなったとなれば魔族も黙ってはいないだろう、本格的に人間領への侵攻しろという意見が出てくる可能性がある。それはぶっちゃけ面倒なのが彼女の本音だ。


「そういえば先程の戦いを見てたんですけど、キルライトちゃんって只者じゃない気がするの」

「そりゃー、謎の美少女アサシンだから只者じゃないよ? 」

「ううん、そうじゃなくてなんか特別なオーラというか雰囲気がするんだよね」

「ぎくぅ!? 」


 勇者に問い詰められて苦笑いをするキルライトの心臓は張り裂けんくらいに鳴り響く。正体がバレたら殺される可能性もある、彼女はスライムなので手も足も出ずに勇者達に負けるだろう。


「だから一つお願いがあるんだよね」

「な、なんでしょーか? 」


 緊張しまくっているキルライトに向かって、勇者はファンを虜にする満面の笑みを送る。


「キルライトちゃん、私達と一緒にアイドルになろうよ! 」


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