第7話 魔王と女神(アビス過去)


——— 今から約八百年前 ————



 魔王城の玉座には第十三代目魔王となるアビスティーゼが鎮座していた。アビスティーゼは地面まで伸びる漆黒の黒髪に青白い瞳、そして何より特徴的であるのが、彼女の腰から下が蛇のようになっている点である。彼女は魔族の中でも強大な魔力を持つラミア族の長であった。


 ラミア族の長でもあり魔王でもある彼女は強い魔力と身体能力を誇っていたが、なによりもその残虐な行動によって癖の多い魔族を統括していた。


 そんな堂々と居座るアビスティーゼの元に、汗をダラダラと流しながら一匹の悪魔がやってきた。


「アビスティーゼ様、勇者がすぐそこまでやって来ています。四天王の方達は全員殺されてしまいました」

「そうか、もうここまで来たか。勇者とは本当に厄介だな」


 基本的に魔族は人間より強いのだが例外がいる、それが勇者だ。勇者は女神の加護など反則的な能力を使って魔族を蹂躙していた。そしてついに勇者は魔族の本拠地であるこの魔王城までやってきたのである。


 アビスティーゼは亡くなった四天王の冥福を祈った後、その鋭い眼光で部屋の入り口を見張っていると勇者パーティがやってきた。その姿を確認したアビスティーゼは堂々と声を張り上げる。


「よく来たな人間、いやこの世界の害虫ども。ここまで来たからには生きて帰れるとは思うなよ? 」

「その言葉そのまま返してやるぜ魔王。おっと、その前にこれを見な! 」


 金色の鎧を身につけた勇者は縄でグルグル巻きにされた魔族の子供を地面に放り投げ、その首に聖剣を突きつける。


「もし魔王が少しでも攻撃しようとしたらこのガキの命はねえぞ? じゃあさっさと自害しな! 」

「あいかわらず害虫どもはやることが下劣すぎる」

「俺達人間をゴミクズみたいにぶち殺していく魔族に言われたくねーけどなあ? 」

「先に仕掛けて来たのは人間側のはずだが? 貴様らが魔族を生きたまま内臓を取り出し、共食いさせるのを見せ物にしたこと忘れたとは言わせんぞ? 」

「そんなことネチネチ覚えてんのか? 毎日やってるから気にしたこともなかったぜ」


 アビスティーゼは残虐性で魔族を統括すると人間達もそれを真似した。この勇者は自分勝手な理由で何百人も殺した快楽殺人鬼ジャック。その戦闘力と命を奪うことをためらわない度胸を見込まれ王様から勇者に認定されていた。それに応えるかのように、ジャックは魔族を惨たらしい殺し方で壊滅させていったのである。


 この史上類を見ない残虐魔王アビスティーゼと快楽殺人勇者ジャックとの戦いにより、全世界で毎日何千もの命が失われていた。後にこの時代は水より血の方が溢れていたことから、『赤水時代』と呼ばれることになる。


「魔王は自害しないなー。おいマリー、お前の聖女の力で少しこのガキを痛めつけろ」

「はーいまっかせてー、薄汚い魔族はこうなんだから」

「ギャアアアア!? 」


 神聖な服を着ている聖女が持っている杖からは白い光が放たれ魔族の子供の体に焼き印を入れる。聖女が使うような強力な光魔法は魔族の子供にとっては強力な毒であった。


「おーい魔王、このガキは体をピクピク痙攣させながら泡吹いてんぞー。助けなくていいのかー? 」

「助けにいく瞬間を待ち伏せている癖によく言えるものだ」


 アビスティーゼは勇者の背後で武器を構える戦士と魔法使いを見る。どちらも強力な武器と魔法を使えるため、下手に出ると返り討ちにあう可能性がある。


(悔しいが今の私の戦闘能力では勇者パーティ全員を一度に相手にすることは厳しい。もし私に、かつて最強と言われた初代魔王のような力があったなら打開できただろうが……)


 動かないアビスティーゼに痺れを切らした勇者はついに涙目になっていた魔族の子供を容赦なく切り捨てた。絶望した表情の子供の首が地面を転がる。


「あーあ、魔王のせいで可哀想なガキが死んじまったよ。四天王の奴らはこの作戦で全員殺せたんだけどなあ? 」

「四天王も愚かな奴らよ、たかが子供一人に命を投げ出すとは……」


(皆の者すまないな、私がもっと早く人間を絶滅させることができればこんなことにはならなかったのだが)


 そして先程アビスティーゼに勇者到来の報告をした悪魔も魔法使いの攻撃によってあっけなく粉々になる。部屋に残る魔族はアビスティーゼ一人だけとなった。


「さあ、メインディッシュの時間だ。魔王さえ殺せばあとは烏合の衆、女は手足を切り捨てて性奴隷、男はまあテキトーに殺して家畜の餌だな」


 勇者が邪悪な笑みを浮かべると背後の戦士が言う。


「おいおい、普通は男なら性奴隷で女なら家畜の餌だろ? 」

「ホモの戦士の意見は参考にならねえよ。なあ聖女マリーもそう思うだろ? 」

「……私は男なら太郎、女なら花子がいいな」

「子供の名付けを聞いてんじゃねえ! 」


 聖女は自分の大きなお腹をうっとりした顔でさする、どうやら彼女は妊娠しているらしい。そんな状態で戦場にくるなとアビスティーゼは思ったが、彼女は妊婦だろうが問答無用で殺す覚悟はあった。


「そう簡単にいくと思うなよ? まさか私がなんの策もなく魔王城に篭っているとでも思っていたか? 既に十分時間は稼ぐことができている、仲間の死は無駄ではなかったのだ!」


 アビスティーゼが呪文を詠唱すると紫色をした妖しい魔法陣が出現し眩い光を発する。


 その光に一同は目を瞑ってしまったものの、しばらくして光が落ち着いて直視出るようになると勇者パーティは驚きの声をあげる。


「そ、そこにいるのは女神エステリア様!? 」


 彼等の目の前には星々の煌めきのような長い金髪に白い羽根を生やした女性が鎖に繋がれていた。その姿は勇者達が教会でいつも目にしている女神像とそっくりであった。


「ふふふ、魔族の研究と私の強大な魔力によって女神を捉えることに成功したのだ」

「に、逃げてください……、勇者達よ……」


 首に繋がれた魔力の鎖に手をかけて苦しみながら声を出す女神の姿を見て勇者達は叫ぶ。


「魔王! なんて卑怯な真似をするんだ、まさか女神様に手を出すなんて! 」

「人間共に卑怯と言われるとは心外だ。まあそんなに言うなら助けてやってもいいぞ? 」

「なに? 」


 勇者が首傾げた瞬間、アビスティーゼは大きく口を開けて囚われていた女神エステリアを丸呑みにした。


「ククク、カハハハハ! こうやって殺すことで助けてやってやったぞ? 死による救済というやつか?」

「そ、そんな、女神様……」


 魔王に食べられた女神を見て、勇者パーティにいた聖女は力なく崩れ落ちた。


「魔王、お前はいったいなんて真似を……」

「さて害虫どもの心の支えである女神はこの腹の中。その力を持って全てを滅ぼしてやるとしよう」


 アビスティーゼがニヤリと笑うとその身体が白い光に包まれる。その光はまるで幼虫が蝶へと成長するように、形を変えていった。


 そして光がおさまった時、そこには金髪碧眼の少女が邪悪な笑みを浮かべていた。それは女神エステリアの姿と酷似している。


「カハハハハ、これが女神の力を取り込んだ私の姿だ! 自分達が信仰する神の力によって哀れに滅びるが良い! 」


 アビスティーゼは項垂れている聖女に向かって人差し指を向けると、そこから白色の光線が発射された。その光線は聖女の全身を一瞬で消し炭に変え、世界から消失させた。


「マリー!? 」

「あはは、お腹の子供も一緒に殺せて二枚抜きだ。これは幸先が良いな」

「残念だったな、マリーは想像妊娠だから中身は空っぽ。つまり半額セール中ってわけだ、ざまあみろ!」

「ばっ、馬鹿な!? なぜそのような真似を……? 」

「妊婦と油断させて道を譲った敵の頭をメイスでかち割るバトルスタイルがアイツは大得意だったんだ! だがお前はそんな心清らかなマリーを殺しやがった、俺は許さねえぞ! 」


 一般社会的には許されない戦法ではあるものの、殺し合いの中ではなんでもありなのである。相手の裏をかいたものが勝利するのだ。


「愚かで卑怯な人間共だ。ならば貴様らが私達魔族を殺して見せ物にしたように、バラバラにしてマジックショーでも開催してやろう」


 アビスティーゼが今度は戦士と魔法使いを指差すと二人の身体は関節部分でちぎれてバラバラとなる。本来なら即死するはずであるが、アビスティーゼによる回復魔法で生命はなんとか維持されてしまっていた。


 そしてバラバラになった二人の体をブロックの玩具のように適当に組み合わせてアビスティーゼは笑い転げる。ツギハギの人形となった戦士達が鈍い声を上げた。


「く、るしい……、殺、してくれ……」

「殺すわけねーだろ? お前達は魔族のの見せ物として永遠に生かしてやるよ。私は慈悲深い女神様だからなあ? 」

「ギャハハハハ、二人ともおもしれー! 体がおかしい動きをしてるぞ! 」

「さすがはここまできた勇者、この程度の脅しは無意味か」

「勇者……、オレタチノコトを笑いやがって化けて出てやるからな……」


 恨みのこもった声を投げかけられると勇者は炎魔法を使い、戦士と魔法使いの身体を消失させた。


「二人とも、安らかに眠ってくれ。もう俺の前に出てくるんじゃないぞ? 」

「そんなことしても無駄だ。女神の力を使えば後でいくらでも蘇生できるからな? 」

「それはやめろ! こうなったら俺はてめえだけは絶対に許さない! 世界のために俺はてめえ殺す! 」

「お前のいう『世界』に魔族は含まれないのだろう? 」

「当たり前だ! てめえらみたいな残虐非道な奴らとは一緒になれるわけないだろうが! 」

「それは私も同意見だ、じゃあ死ね! 」


 アビスティーゼと勇者はぶつかり合うが、女神の力を取り込んだアビスティーゼの力は圧倒的であり勇者はあっけなく地に伏せる。


「はははっ、お前を殺せば人間の時代はようやく終わりだ。さあ、愛する女神様の手によって消え去るがいい! 」


 勇者にとどめを刺すために腕を上げたアビスティーゼであったが、急に体に違和感を覚える。


(か、体が動かない……、どういうことだ? )


『そうはさせませんよ、アビスティーゼ』


 物静かで落ち着きのある優しい声はアビスティーゼの腹部から聞こえて来た。


『私は女神エステリア、体の中に取り込んだ程度でなんとかできるほど、やわではありませんよ』


 女神の声を聞いて勇者の表情が明るくなる。


「女神様! 」

『さあ勇者よ、私が魔王を止めている間に聖剣でとどめをさすのです! 』

「……ふ、ふざけろ、させてたまるか」


 アビスティーゼは必死に体を動かそうとするが、まるで体の中心が杭で固定されているかのように動かない。


「しかし、俺が魔王を殺したら女神様も消えてしまうのでは……? 」

『良いのです、私はいずれ復活します。ですから今は魔王を殺すのです! 』

「わかりました、ありがとうございます! 」

「や、やめやがれええっ!! 」


 勇者の聖剣がアビスティーゼの胸を貫くと、彼女の体は光となり徐々に世界から消えていく。


「おのれ……勇者……、いずれ私も蘇り、必ずしや人間共を滅ぼしてやるぞ……。私が復活した時、その時が人間の終焉だ……」


 アビスティーゼはそう恨み節を残してこの世から消えてしまった。



☆ ☆ ☆



 そして次にアビスティーゼが気がついた時には何もない暗黒の世界であった。


「ここは死後の世界か? 何も見えず、何も聞こえないのだな」

『いえ、私がいます。よかったですね、話し相手には困りませんよ』

「エステリア!? 」


 アビスティーゼは自分の腹部から聞こえる声に驚きと怒りを覚えた。


「貴様のせいで全てが台無しになったじゃないか! 」

『貴女の都合なんて別に知りませんし、食べたのは貴女の方ですよね?』

「そもそも貴様が人間ばかり肩を持つから魔族が苦しんでいるのだ! 」

『そりゃ信仰してくれている人間を救うのが筋ですから。魔族は私のことなんにも信じてくれてませんもん、プンスカプン! 』


 腹の中にいる女神に何を言っても受け流されてしまうのでアビスティーゼは文句を言うのをやめてため息をつく。


『まあまあ、そう怒らないでくださいよ。この時空の狭間から私達が復活するまでに後八百年くらいはかかりますよ? 』

「その間、貴様と一緒とはクソ憂鬱だ。消えてなくなった方がマシだった」

『ふーん、そんなこと言っていいんですか。えい! 』

「ぐはあああっ!? 腹があああっ!? 」


 腹部に強い鈍痛を覚えてアビスティーゼは腹を抱えて転げ回る。


『私は貴女のお腹の中にいるのです。その気になれば百連発パンチもしますよ。えいえいえいえいえいえいえい!! 』

「くほほほほおっ!? ちょっと、それは、マジ反則だろうが!? 」


 どうやらアビスティーゼの身体の中で女神エステリアは胃袋をサンドバッグ代わりにしているらしい。残虐非道と恐れられていたアビスティーゼもこれにはどうしようもなかった。


「ちょっ、ごめん、謝る、謝るからっ!? 八百年経って復活したらお前を身体から出してやるから許してくれっ! 」

『別に出していただく必要はありませんよ。なんだかここ住み心地が良いので』

「え……? 」

『こうやって私と対等に罵倒しあえる関係の人ってなかなかいないんですよね。人間達は怖がっちゃうし、魔族の人達は殺そうとしてくるし。ちょうどアビスちゃんのような友達が欲しかったところなんですよ』

「ともだち? 」


 アビスティーゼは聞きなれない言葉に戸惑う。


(ともだちって、人間共がよく使う馴れ馴れしい言葉だよな? )


『ともだちではなくて、友達ですよ。もしかして漢字できない系ですか? 』

「おい、人の脳内勝手に見てるんじゃねえ! いきなりでちょっと戸惑っただけだ! 」

『そうでしたかすみません、それは失礼いたしました。それではいきなりついでではありますが、友達になった証として、今月のお友達料をください』

「貴様、貧乏神だろ? 」


 恐怖の権化として恐れられていたアビスティーゼであったが、自分の腹の中にある女神に畏怖を覚えていた。


『ふふふ、冗談です。貴女は私の大切なお友達です。もし必要であれば元の世界に復活した後、アビスちゃんのお手伝いしてもいいですよ』

「手伝いだあ? 」

『はい、おそらくアビスちゃんは私を取り込んだことによる影響で魔族ではなく人間として復活するでしょう。その時、人間の文化をよく知っている私がいると便利だと思いますよ』


 エステリアから提案されるがアビスティーゼは唾を吐き捨てて拒絶する。


「そんなもんいらねえよ、戻ったら即人間を滅ぼしてやるからさ」

『そう簡単にはいかないですよ、アビスちゃんの魔法は私が封じ込めました。使えるのは神聖なる光属性魔法だけです、身体能力は普通の女の子に毛が生えたくらいになります』

「てめえっ、なにしてやがる!? 」

『ご安心ください、ムダ毛の心配はありません。女神サポートはそのあたりバッチリなので月々金貨1枚からご利用いただけます』

「ムダ毛なんて関係ねえっ! いや、あるか……、あるよな……」


 魔王といっても一応は年頃の女の子である。エステリアの提案に心が動き変えてしまう。


『だから私のサポートが必要だと思いますよ。私のいうことをちゃんと聞けば聖女として勇者パーティに入るぐらいのことはできると思います』

「……なんで私が勇者パーティなんかに入らなきゃいけないんだよ」

『もし勇者パーティに入れば、勇者を殺すチャンスもあるんじゃないですか? それはアビスちゃんにとって悪いことではありませんよね? 』


 女神の意外な言葉を聞いてアビスティーゼは戸惑う。先程まで勇者を助け魔王である自分を滅ぼすことに手を貸したエステリアが、今度は勇者を殺すチャンスがあると言っているのだ。


「……てめえ、何考えてやがる? 」

『私は友達のことを考えてあげただけですよ。それじゃあ聖女になるためにまずその言葉遣いを治しましょうね。まずは【ですます口調】です』

「はあ? ふざけたこと言ってんじゃ……」

『えい! 女神パンチ! 』

「うごおおおおっ!? わかった、わかりましたです!」

『よろしい、それではまずは八百年かけて聖女らしさを身につけましょうね』

「……だれか助けてくれ、です」



————— そして現代 ————



(嫌な夢を見ちまった。八百年間、頑張って格闘技の練習をしたおかげでクソ女神の光魔法に頼らなくてもそこそこ戦えるようになっていたと思ってたんだけどな……)


 アビスが意識を取り戻すと白いベッドの上に寝かされていた。周囲に医薬品が並んでいるのを見るに医務室にいるのだろうか。彼女の目が覚めたことに気づいた看護師さんがニコリと笑う。


「お気づきになりましたか? 」

「ああ……、ええ、なんとか」

「良かった、意識がないってことで闘技場から運ばれてきた時はビックリしましたが軽い打撲ですんだようですね」

「運ばれたか……、それは情けない姿を見せてしまいました」


 ノワールの攻撃を受けた腹部をさするとまだ少しジンジンとした痺れを感じる。おそらくこれでもノワールは手加減をしてくれていたのであろう。


「もう立てますか? 」

「はい大丈夫そうです、ありがとうございました」

「お礼ならノワールさんに言ってください。ここまで運んでくれたのはその人なんですから」

「ノワールが? 」


(……邪魔しようとしてたにも関わらず、助けられてるんじゃ世話ねえわな)


「ノワールはまだいますか? 」

「もう帰ってしまいましたよ、戦士になったことを報告したい人がいるとか、誰なんでしょう? 」

「……それは、もしかして私のことかもしれません」

「クスクス、男に心配されてる私アピールとかどんだけ自意識過剰なの? なんかイライラしてきたから治療費割増請求したくなってきちゃった。ちなみに保険適用外です」

「あの、あまり言いたくないですけど、私一応聖女なんですけど。少しは丁寧に扱ってくれてもいいのではないでしょうか? 」

「で? 人を助けるのに聖女とかそういうのは関係ありませんよ。大切なのは金だけです」

「医療関係者からその言葉は聞きたくなかったですね……」


 どうやら看護師さんは男ひでりでストレスがパンパンらしい。アビスは内心殺してえと思いつつもグッと堪え、体調が戻ったので帰りたいことを伝えると看護師さんは医者に確認をすると言って部屋を出ていった。


 誰もいない部屋に取り残されたアビスは白いタオルで隠されている自分のお腹の女神に向かって話しかける。


「それで貴様は何がしたいんだ? 」

『いったいなんのお話でしょう?』

「とぼけんじゃねえ、貴様に言われたからノワールを迎えに行ったんだぞ。アイツは何者なんだよ、絶対普通の人間じゃないだろ? 」

『うーん、秘密です』

「秘密って……」


 アビスはキレそうになったがそうすると女神パンチを喰らうのでグッと堪えた。


『一つだけ教えるなら、少なくともアビスちゃんのためになるからですよ』

「私のためだあ? 」

『ええ、アビスちゃんは私の大切な友達ですもの。友達のためになることをするのは当たり前です。ノワールさんとの出会いは、きっとアビスちゃんのためになりますよ』

「はっ、人間が私のためにできることなんて自殺くれえだけどな」

『またまた〜、照れちゃって』

「ああっ!? 誰が照れてるって!? 」


 その時、ガチャリと扉が開く音がした。そこでは看護師さんが気まずそうな顔をしてアビスを見ていた。


「あのー、頭大丈夫ですか? やっぱりよろしければ精神病院への片道切符用意しますけど」

「看護師さんは相変わらず病み上がりの人に辛辣ですよね。えっと、実は今度劇をやるのでその練習なんです」

「あー、なるほど。てっきり妄想の女神様と喧嘩してる危ない人かと思いましたよ」


(こいつ実は最初から盗み聞きしてたんじゃねえだろうな? )


 恐ろしいくらい適中させてくる看護師さんを警戒した目で見ると、看護師さんはニコリと笑う。


「そういえばアビスさんは仮面が壊れてしまったようですね」

「……そういえばそうですね。もしかしてここに来た時にはもう素顔でしたか? 」


 アビスは近くにある鏡を覗き込むと世界一美しい顔(自称)が映っていた。ノワールには見られてしまったのだろうか?


「いえ、そこは問題ないと思いますよ。とりあえずこれをどうぞ」

「これは……? 」


 看護師さんは懐から一枚の布をアビスに手渡してきた。不思議なチェック柄のその布はどこかで見覚えがあったが思い出せなかった。


「とりあえずそれを被ってください」

「こうですか? それでこれはいったいなんですか? 」

「それは男用のパンツですよ。貴女はなんでそんなもの被ってるんですか? もしかして痴女というやつですか? 」

「てめえが被れっていったんだろうが!? あっ、ちょっと女神様、許してえええっ!? 」


 看護師にキレたアビスは女神からの腹パン(内側)をくらい悶絶した。


「アビスさんがこの病院に来た時にはパンツ被ってましたよ。仮面がないからノワールさんの予備のパンツを被せたそうです」

「見覚えがあると思ったら……、ノワールの着替えに準備してやってた下着かああああっ!? 」

『妙なところで世話焼きですよね、アビスちゃん』

「うるせえっ! やっぱりアイツはいつか絶対ぶっ殺してやるからな! 」


 アビスは被っていたパンツを地面に叩きつけながらノワールに対する怒りの絶叫をしたのであった。




☆ ☆ ☆




【おまけ】

アビスティーゼ時代の勇者パーティのプロフィール



・勇者ジャック

何百人も殺して牢屋に送られていたが、殺しの才能を買われ魔族討伐のリーダーとして選ばれた。実は華奢な体で中性的な魔法使いのケツ穴を狙っているのは秘密だ。


・魔法使いジニアス

幾万もの魔法を使いこなせる天才メガネ美青年。豊富な知識が詰まった彼の頭は、腕力で敵わない戦士のケツ穴をどう攻略するかで一杯だ。


・戦士マルスル

極限まで鍛えられた身体は金剛石を粉砕する。その力の源は勇者のケツ穴を犯すという強い信念だ。


・聖女マリー

聖なる力を使いこなす心優しき美少女。勇者パーティで逆ハーレムを狙うも他の仲間は全員ホモだったためショックを受ける。男に相手にされない危機感から身体が子孫を残すために想像妊娠をするという昆虫のような女の子だ。得意技は「う……産まれる……!? 」と油断させてからのメイスによる脳天かち割りだ!

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