第6話 魔王と武闘派聖女

 ハピや王様達が固唾を飲んで見守る中、ノワールとアビスは視線をぶつけ合っていた。


「悪いけど一撃で終わらせますよ」


 アビスは地面を蹴って高くジャンプをすると身体を捻って高速回転する。そしてその回転の遠心力と重力による落下のスピードを合わせてノワール目掛けて踵落としを決めた。


「砕けちれっ、隕石蹴撃(メテオストライク)! 」

「これはいい動きだ! 」


 最初はその攻撃を受け止めようとしていたノワールだったが寸前のところで回避する。


 ドゴオオオオオオオオオオッ!!


 アビスの攻撃が直撃した地面は大きくへこみ、そこを中心として蜘蛛の巣のような亀裂が入っていた。


(俺に攻撃を避けるという選択肢を取らせるとは凄まじいパワーだ)


「今の攻撃をバカ正直に防御しなかったのは褒めますが、避けるだけでは倒せませんよ」


 アビスは柔軟な身体を上手く使って様々な方向から蹴りやパンチを繰り出してくる。そのどれもが大型の魔物程度であれば一発で気絶するほどの威力であるが、ノワールはしっかり避けていた。


「ふむ、鋭い攻撃だらけで隙がない。これは困ったな」

「随分と上から目線の評価ありがとうございます。口ばかりじゃなく、さっさと攻撃してきたらどうですか? 」

「そうさせてもらう、重剛撃! 」


 ノワールが剣の柄で打撃を加えようとするとアビスは手の甲で受け止める。その時、金属がぶつかり合う鈍い音が会場に響いた。


「これは……、金属製の手甲を仕込んでいるのか」

「そりゃ剣士相手に素手じゃ勝負しませんよ。まさかノワールは私の身を案じて打撃攻撃をしたんですか? 甘く見られたもんですねえ! 」


 アビスは全身をバネのように捻り渾身の回し蹴りをノワールの胴にぶちかます。剣を受け止められていたノワールは防御も回避もできず、攻撃を受け吹き飛ばされて闘技場の壁に激突した。


「お兄ちゃん!? 」

「よしよし、あの女武闘家の方が優勢か、ワシとしてはその方が都合がいいのう」

「王様はどうしてそう思うの? 」

「実はこの国では勇者メンバーを採用する際に『三つの柱』という基準を設けているのじゃ。これは一般市民には知らされておらず、王家のみに代々伝えられている機密事項だがとても重要な基準なのだ」


 王様はいつになく真剣な表情で指を三本立てて説明をする。急に出てきた面白そうな話に、ハピも知らず知らずのうちに身を乗り出して話を聞いていた。


「まず一つ目の柱が『大きなオッパイ』これはその名の通りオッパイのでかい女の子を採用しようという決まりじゃ」

「……は? 」

「二つ目の柱が『小さなオッパイ』、これはペタンコな胸もちゃんと採用すべきという心の広い決まりじゃ」

「……は? 」

「そしてこの『大きなオッパイ』と『小さなオッパイ』という二つの柱で第三の柱である『ワシのチンコ』を挟んで擦ると気持ちいいいいっ!? となるじゃろ? 」

「……は? 」

「ということで、色々な大きさのオッパイを勇者メンバーに集めて、ワシが気持ち良くなろうというのが最終目的じゃ。想像するだけで涎が出るわい、じゅるり」

「このゴミどうやって処分しようかなあ? アビスお姉ちゃんに頼めば殺してくれるかな? 」


 冷たい眼差しを投げかけながらハピは王様を罵倒する。普通なら王様を侮辱するなど即死刑なのだが、今の王様はアビスの揺れる乳を見て機嫌が良いので見逃された。


「しかし、あの女武闘家どこかで見たことがあるのう」

「……まあ、あの仮面じゃわかっちゃうよね。気づかないのはお兄ちゃんくらいだよ」

「うむ、あの乳のサイズと形は聖女アビスと瓜二つじゃ。もしや双子だったりするのかのお、それなら二人並べてオッパイ山脈を作って縦走したいのお。三角点をしゃぶり尽くしながらホットミルク飲みたいのう」

「きも……、人生で初めて本気で殺したいと思う人が出てきた」

「ほっほっ、盆地が怒ってるわい」

「誰が盆地だっ!? そうだ王様、おやつあげるからアーンしてくれないかな」

「ワシは王様じゃぞ? 一般市民の言うことなんかそう易々と聞くわけないだろう? アーン」


 文句を言いつつも口を大きく開ける王様の口の中にハピは美味しそうなお肉を入れてあげた。


「ムシャムシャ、これは美味いのう。こんな極上肉を庶民ごときがどうやって手に入れたのじゃ? もしや身体を売ったのか!? それはいかんぞ、お前のような幼女が身体を売るとはけしからん、ワシなら金貨10枚までなら出すぞ! 」

「お昼に王様がお兄ちゃんに食べさせようとした毒入りのお肉だよ。兵士さんにお願いして貰っておいたんだ」

「ぐほほほほほっ、身体が痺れるうううっ!? 兵士、助けてくれええっ!? 」

「兵士さんは十七時過ぎたから定時で帰っちゃったよ」


 実は王城勤務は隠れホワイト企業ランキング二十年連続一位を維持しているスーパーホワイト職業なのだ。残業ゼロ、転勤なし、定年まで雇用保障という充実した制度により就職倍率は例年百倍をゆうに超えている。


「くそぅ、身体が動かず、ケツからやばい液体が漏れそうじゃあああっ!? 」

「やーい、ざまーみろ! 」


 場外で行われた王様vsハピは見事、ハピの勝利で幕を閉じた。一方のノワールvsアビスの方はというと……。


「モロに脇腹に食らったか。ふふふ、痛みを感じるほどの攻撃を受けるのは勇者の攻撃以来だ」


 壁に激突したノワールが体勢を立て直そうとすると彼の顔の真横で爆風が巻き起こる。


「遠距離攻撃だと!? 」

「驚いているようですねえ、武闘家が遠距離攻撃できないとでも思っていましたか? 」

「……拳の勢いで空気を飛ばしたのか。魔族でも極一部の種族しか使えない技を人の身で行うとは」

「さーて、ドンドンいきますよー。とっとと、くたばってくださいね」


 笑顔で拳による空気弾を連射するアビス、その攻撃の間をかいくぐってノワールは彼女の背後に回った。


「くっ、早いっ!? 」

「攻撃に集中するあまり防御が疎かになっているな、俺は刹那の時間があれば相手の背後をとれる。いくぞっ、重剛撃! 」

「ぐうううううっ!? 」


 今度はノワールの攻撃がアビスの背中に叩き込まれる。剣の柄による打撃攻撃であったので致命傷にはならなかったがアビスはつらそうに咳き込む。


「かはっ、くふっ、いまだに打撃攻撃なんて……、敵に情けをかけるなんて戦いを舐めていませんか? 」

「戦いに勝つには必ずしも命を奪う必要はない。お前程の実力者ならわかっているだろう? 」

「……わかりません、わかりませんねえ! 」


 アビスは手を膝につけて体を支えながらノワールのことを睨みつける。


「生意気なんですよ! 敵を殺さずに勝つう!? そんな甘いことあるわけないじゃねえか、この世界は殺すか殺されるかだ。敵に情けなんかかけてたら全部奪われて死ぬんだよ! 」


 軽く一呼吸するだけでアビスは体の調子を取り戻し、すぐさまノワールに拳の嵐を浴びせる。


「防御を疎かにしてるう? それで結構、敵を殺すことが身を守る唯一の方法なんです。攻撃を受けることなんて考える必要はない! 躓く岩があれば踏み潰し、行手を阻む森があれば焼き払い、敵対する者は皆殺す。私はずっとそうやってきた! そうしなきゃ殺されるからだよ! 」

「お前の強さを見れば大変な環境にいたのは想像に難くない。だが、面白いことに敵を倒すことだけを考えていると、敵を倒せないものだ」

「はっ、どこかのうるさいクソ女神みたいなことを言いやがって! 」


 アビスは拳による打撃をやめてしゃがんで体勢を低くする。そして両手両足で地面を押して全力を込めた蹴りをノワールの右手に叩き込んだ。


「しまった、剣がっ!? 」


 視認できない程のスピードの蹴りにノワールは持っていた剣を弾き飛ばされる。もし剣を拾うためにアビスに背を向けたら彼女の格闘技の餌食になるだろう。


「さてえ、終わりだなノワール。剣を持たない剣士なんて案山子みたいなもんだからな! 」


 アビスが全身に力を込めた右ストレートがノワールの顔面にむかって繰り出されるが、それをノワールは片手で受け止める。


「凄まじい威力だ、まともに顔面に食らっていたら俺も倒れていただろう」

「ど、どうして受け止められたんだ!? 確実に仕留めたはずなのに……」


 自分の渾身の一撃を塞がれたアビスは戸惑った。


「今のはノワールが絶対に反応できない速度の打撃だったはずだ! 」

「お前は敵に攻撃が防がれた時の防御のことを考えていなかったようだが、俺は敵に剣を奪われた後のことも想定して戦っている」


 ノワールはそう言うとアビスの脇腹に回し蹴りを放った。


「かはああっ!? まさかノワールも格闘技ができるのか!? 」

「斬撃が通用しない相手や、そもそも武器を持ち合わせていない時もある。どんな状況でも戦うためには格闘の技術は必須だ」

「バケモノかよ、てめえ……」


 お互いに拳同士の対決となった二人は乱打戦を繰り広げるが、徐々にノワールが優勢となる。


「コイツ、想像以上の強さだ……、まさか私が負けるのか? 」

「そんな絶望したような顔をするな、お前も十分強いぞ。このまま成長すれば俺も抜かれるかもしれぬな」

「どこまでもムカつく野郎だ! 負けたら全て終わりなんだよっ! 」


 アビスは怒りに任せて体重を乗せたパンチをするが、ノワールはそれをあっさり避けてカウンターを彼女のお腹に決めた。


「ごほおおおおおっ!? 」


 ガラ空きのお腹に攻撃を受けたアビスは両膝をついて呻き声をあげる。


「負けは終わりではない、勝利のための助走だ。これを糧に成長して俺に再び挑むのを楽しみにしているぞ」

「黙れっ……、私はまだ負けては、いない。だってまだ死んでねえからなあっ! 」


 アビスはなんとか息を整えて立ちあがろうとするが足に力が入らない。彼女が歯を食いしばってノワールのことを睨みつけていると、ハピがやってくる。


「そこまでだよ、勝負あり。ノワールお兄ちゃんの勝利です! 」

「待てよハピ! 私はまだ負けてない。まだ戦えるんだ! 」

「お姉ちゃん、戦いに夢中で気付いてないかもしれないけど、もうとっくに日は沈んでるんだよ。だから日没までここを守りきっていたノワールお兄ちゃんの勝ち」


 ハピがノワールの手を取る光景を見てアビスは力なく笑う。


「そうか、私の負け、か。これは思った以上に世の中ってやつは厳しいんだな。そうだろ、クソ女神様……」


 張り詰めていた神経が途切れたアビスは気絶してそのまま地面にばたりと倒れてしまった。


 こうして戦士を決める選抜会は見事ノワールの勝利で幕を閉じたのである。

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