第19話 魔王とゲーム(ヤミ過去)


➖➖➖➖二百年前➖➖➖➖


 雷雲が浮かぶ下におどろおどろしい空気を醸し出す魔王城がある。その魔王城で一番広い部屋に第58代魔王であるヤルグ・ミルグはいた。


 ヤルグ・ミルグは太古の昔より竜王として人間と魔族の戦いには参加せずに気ままに暮らしていたのであるが、魔王として相応しい人材が不足している中、実力と経歴を兼ね備えている存在として魔族達から強い要望があり渋々魔王を引き受けたのである。


 何十メートルもある漆黒の竜はその赤い瞳をぎらつかせながら、魔王秘書である銀髪の中性的な悪魔に問いかける。


「我の秘書である悪魔よ、我の問いに答えるが良い。読むだけで処女が捨てられる本って、魔王城にあるかのう? 」

「魔王城の蔵書は全て中古です。新品の処女本をお求めなら城下町へ行ってください」

「お主は馬鹿か? 本ではなく、我の処女を捨てたいということじゃ」

「じゃあ本開く前に、城下町で股開いておけば心優しい変人が拾ってくれるのでは? 」

「馬鹿者、それが痛そうだから別の方法を探しているのじゃ! ラクして処女を捨てて大人のレディになるのじゃ! 」

「大人って……、魔王様は何年生きてるんですか? 」

「9000年じゃ、お主なら知っておるだろうに堕天使ルシフェル」

「それもう大人通り越して化石ですよ、9000年ものの缶詰を開けて食べたいって人がいると思いますか? 」


 ルシフェルと呼ばれた悪魔は眼鏡を抑えてため息をつく。彼女は元々は女神エステリアに仕えていたものの、魔王アビスティーゼによってエステリアが喰われて以降行き場所を失い、歴代魔王の秘書として活躍しているのだ。


「化石なら学者にお願いすれば丁重に発掘作業してもらえるかもしれないのう。そしたら我の処女膜が博物館に展示されるかもしれぬ。よーし、そうと決まれば世界一多くの人々に見られた処女膜としてギネス申請の準備をするのじゃ! 」

「……魔王様もかつて昔、エステリア様と戦っていた時は凛々しく、格好良かったように思えたんですがね」

「懐かしいのう、エステリアのやつとは良き喧嘩友達であった。お互いボロボロになった後は異世界に遊びに行ってラーメンを食べたものじゃ」

「そこでサラッと異世界へ行くのがもう次元が違うんですよ」

「世界移動はエステリアの魔法じゃけどな。我にできるのはせいぜい異世界の風景を視認し、それを真似て作り出すことくらいじゃ」


 ヤルグ・ミルグ(以下ヤミと略します)はその鋭い爪を器用に動かして、広間に置いている銀色の巨大な箱の電源をつけると、壁に取り付けられている液晶がぼんやりと光る。


「さて、ルシフェルは魔族幹部の『竜の守護者』に伝令をかけるのじゃ。久々に我の強さを人間共に見せてやろうぞ! 」

「……承知しました」


 『竜の守護者』とはこの時代の魔族の精鋭を集めた五人衆である。実際はヤミは女神エステリアと対等に戦える強さであり、魔族と人間が協力したとしても絡め手無しではまず勝てない力を持つ。そんなヤミに守護者というのはおかしい話ではあるが、過去の通例から魔族幹部を設定しているのだ。古い体質の大企業みたいである。


「魔王様、守護者達の準備ができたようです。通信はいつでもできます」

「よかろう。それでは人間どもを軽く捻ってやるとするかのう」


 ヤミは邪悪な笑みを浮かべながら漆黒の鱗で覆われた手に力を入れて咆哮する。


「スマブラ大会開始じゃああああっ!! 」

「「「「「おおおおおおおおっ!! 」」」」」

「人間共がちょうど開催している大会の電波にハイジャックして魔族が人間共を駆逐してやるのじゃ! 」

「……まさかあのスライム魔王よりも酷い魔王が誕生するとは思ってませんでした」


 ルシフェルは悲しい目をする。ヤミは魔王になった後、異世界の地球の技術をパクってこの世界に普及させまくっていたのだ。ゲーム、漫画、アニメ、テレビ番組など娯楽関係が中心であり、それは人間や魔族の垣根を越えてこの世界を汚染していた。


「魔王様がやっているのは外来種をばら撒いているようなものなんですよ。エステリア様はこの世界の文化を守るために細心の注意を払っていたのに……」

「移民政策じゃ、地球の文化とこの世界の文化を上手に混ぜることで化学反応を起こすのじゃよ。堅物のエステリアにはわからなかったようじゃがな」

「混ぜるな危険では? 」

「混ぜるな=危険、ということは、つまり混ぜたら=安全、ということじゃな! 」

「言葉が通じていない……」


 こうして一方的に地球文化を持ち込まれたこの世界ではゲームが大流行し、人間の間では大会が開かれるほどである。そこに乗り込んでぶち壊そうというのがヤミの狙いなのだ。


「じゃあ我はマルス使うのじゃ」

「そのキャラは竜を殺す側ですけど? 」

「竜殺しじゃとう? おらあっ、かかってくるのじゃ! ゲーム画面に引きこもってないで我と勝負せい、ビビってんのかのう? 画面から出てこないのなら我の勝ちじゃ、いえーい! 」

「初めて鏡見た犬みたいな反応ですね」

「ルシフェル、餌くれなのじゃ。我はポテチとエナドリとケーキが欲しいのじゃ」

「この犬態度でかいですね……」


 早死に三種の神器を所望されたルシフェルは早くこいつ死なねえかなと思いつつ命令に従う。大皿の上に山盛りにしてヤミの前に置くと喜びながらパクパク食べる、巨大なので食べる量も甚大である。


「ヤミ様は永年生きている経験と実力を見込まれて魔族から魔王に推薦されているのですよ。そこの所、もう少し自覚を持たれてはどうでしょうか? 」

「ルシフェル、エロ漫画も持ってくるのじゃ。今日はチャラ男による寝取られものを頼む、シチュエーションはビーチでナンパから、なし崩しがよいのう。寝取られる側の男は高校生で陰キャ、チンコ短め、射精早め、敗北感マシマシ」

「ラーメン感覚で注文するのやめてもらいますか? こっちだって作るの大変なんですよ? 」


 ルシフェルは嫌そうな顔をしながらペンを持って原稿用紙にラフを描き始める。魔王秘書であるルシフェルは要望に応えるため、嫌々ながら漫画を描く技術を身につけ、ヤミにオリジナルの手作りエロ漫画を提供しているのだ。


「それで何人のプレイが希望ですか? 1対1なのか、それとも複数でしょうか? 」

「無礼者がっ! 何も言わなければ1対1に決まっているのじゃ! コールしないのに勝手にニンニク入れる店があるかのう? 」

「分かりにくいクソみたいな部分だけインスパイアしてますね」


 ため息混じりにペンを走らせるルシフェルはゲームで遊んでいるヤミを見て、さらに深いため息をついた。


「毎日毎日ゲームに下ネタ、魔王様はよくこんな国宝級のゴミになれましたね」

「……9000年も生きていれば誰でもそうなる。我より先に死んでいく仲間達、人間と魔族での絶えない争い、見飽きてしまった日常、そうなるともう気力が起きないのじゃよ」


 ヤミはぼんやりと映像を見ながらゲームのコントローラーを操作していたが口調には抑揚がなく、無機質な機械のようであった。


「すみません、自分も少し言い過ぎてしまいました。魔王様も苦労しているんですね」

「気にするのではない、自分以外の生き物を理解するのは難しいものじゃ。本当はそのようなことができる者こそが魔王になるべきなんだがのう」

「魔王様はそのような人物を知っていたりするのでしょうか? 」

「我が知る中で、かつて一人だけおった。頭脳明晰で、容姿端麗、一言話せば人々が心酔する、そんな奴がな」

「それは誰でしょうか? 」


 ルシフェルが興味深く耳を傾けるとヤミはコクリと頷いて口を開いた。


「ヤルグ・ミルグ、つまり我のことじゃ」

「ねーよ」

「酷いのう、我ほど素晴らしい魔王はいないと思うが」

「脳内メーカー診断したら『H』しか出てこないような人がですか? 」

「それは仕方ないじゃろう、男女の性欲の差を考えれば当然なのじゃ」

「はぁ……、差とかそういう問題じゃないと思いますが」

「いいかのう、男の性欲のピークは20歳を境に落ちていくが、女の性欲は逆にジワジワと上がっていくのじゃ。いったいどれくらいが女の性欲のピークじゃと思う? 」

「35歳くらいですかね」

「違うのじゃ、答えは9000歳じゃ」

「ウンコの賞味期限くらい無意味な性欲ですよそれ」


 どうやら歳をとっているヤミは性欲がとても強い状態らしいのだが地上最強クラスの竜王&魔王を口説こうとする根性がある者などいない。それはそれで彼女は可哀想な存在なのかもしれない。


「まあそれは置いとくのじゃ。ルシフェルとの楽しい会話のおかげでスマブラ大会も順調に魔王軍が勝ち進んでおるぞ! 」

「ゲームで勝つことって意味あるんですか? 別に何も残らないですよね? 」

「お主は我のお母さんか? なら黙って母乳を我によこすのじゃ」

「残念ながら自分はまだ出ません。堕天使なので両性具有ではありますが」

「ふたなりちんぽか」

「両性具有です」

「ふたなりちんぽか」

「両性具有です」

「ふたなりチンポか」

「その呼び方はやめろおおおおっ!! 」

「格好つけおって、変わらんじゃろうに……。そういえば我はこの9000年の生涯の中でずっと気になっていたことがあるのじゃが」

「はぁ、なんです? 」


 ルシフェルはイライラしながらもヤミに問いかける。魔王秘書としての役割は忠実に守る真面目な性格なのだ。


「ふたなりって、自分のチンチンを自分のマンマンに入れるとどんな感覚なのじゃ? 」

「天空に眠る神の怒りよ、地獄で目覚める冥王の歓喜よ、相反し二つの激情が悪き魂を討ち滅ぼす! 『サンダーボルティングカタストロフィ! 』 」

「ぐはああああっ、なのじゃ!? 」


 ヤミの質問に最上級魔法で返すルシフェル。この厄災級魔法は都市一つ滅ぼせる雷であり、それを目の前の魔王だけに一点集中させて打ち込んだ。


「あー、ピリピリ痺れて肩こりに効くのう」

「ぜぇ、ぜぇ……、なんで死んでくれないんですか? 」

「我を殺すならエステリアか初代魔王か初代勇者でも呼んでくるのじゃな。それ以外にはまず不可能じゃ。我が服従のポーズでおまんこクパァしててもお主では何一つダメージは与えられんぞい」

「この世界にこんなのがいるなんて、なんらかのバグに違いありません……」


 完全無敵のヤミはルンルン気分でゲームをプレイしていたが、次第にその表情は曇っていった。なんとゲームで彼女は押されていたのだ。


「むむっ……、こやつやるのう」

「流石の魔王様でもゲームでは負けることがあるんですね」

「まだ負けとらんわい、ここから華麗な逆転じゃ。このクソガキが我にたてつくなぞ10000年早いわ」


 しかしヤミの奮闘虚しく、彼女は試合で負けてしまった。その様子をルシフェルは内心ざまぁと思いながらニヤニヤ笑っている。


「あらら、負けちゃいましたね。なんか相手の人ピョコピョコしてますけどなんでしょう、激しく屈伸してますよ? 」


 ヤミを倒した相手はKOの文字が出るまで超高速で立ちとしゃがみを繰り返していた。それを見てヤミはコントローラーを握りつぶす。


「こいつ我を煽りやがったのじゃああああっ!! 絶対殺すうううっ!! 親族ともども地獄の業火で焼き尽くしてやるわあああっ!! 」


 真紅の目を光らせ、地平線まで響き渡る咆哮をあげたヤミは翼を広げて魔王城の天井をぶち破る。


「魔王様、一体どこにいくつもりですか? 」

「このプレイヤーがいる人間の王都じゃ! もう電波の逆探知によって住所は分かっておる、絶対泣かして土下座させて殺してやるからのおおおおおっ!! 」

「あまり暴れすぎないでくださいよ? 」

「殺す殺す殺す殺すうううう!! 」

「本当にガキですねこの魔王」


 世界を滅ぼすだけの力を持った赤ちゃんがヤミなのである。気に食わないことがあれば全てをぶち壊し、他の人が譲歩するまで暴れる、それはそれで魔王らしいといえばそうではある。


 そしてヤミは数十秒のフライトで人間領の中心である王都まで辿り着くとその巨大で建物数十棟を押しつぶす。


「我を煽ったやつ出てこいなのじゃあああっ!! ぶっ殺してやるからのう!! 」


 怒るヤミが尻尾を一振りすると家が発泡スチロールのように吹き飛び、口から熱線を吐くと着弾地点から半径百メートルが爆発して跡形もなくなる。人々の悲鳴や混乱をものともせずに暴れまくるヤミ、もうやりたい放題である。


「王国軍精鋭部隊出動! あの黒竜を討て! 」


 人間達もやられてばかりではない。ヤミを討伐すべく飛龍騎士、魔導部隊、弓矢部隊、暗殺部隊などなどが出動する。


「よくも王都を、竜撃斬! 」

「悪き魂に永遠の眠りを与えよ。最上級氷魔法ブリザード! 」

「巨人すら即死する猛毒を喰らえ! 」

「ぎゃあああああっ!? 」


 数々の攻撃がヤミを襲うと、彼女は大きくよろめいて地面に倒れる。その地響きだけで王城がミシミシと崩れそうになるほどだ。


「これはやったか!? 」

「…………で? それがどうかしたかのう? 」


 ヤミはニヤニヤしながら身体を起こした後、王国軍精鋭部隊に向かって熱線を吐いた。すると、太陽が地上に降臨したかのような光が軍隊を包み込む。


「「「ぐはあああああああっ!? 」」」


 そして、そのたった一回の攻撃で王国軍は全滅する。死んでいるのか生きているのかも不明な状態、確認する者もされる者も全ていなくなってしまったのである。しかし、ヤミの怒りは収まらない。


「我を煽った奴はいねえがあああっ!! 現実じゃ雑魚の癖にゲームで強気になってる奴はいねえがあああっ!! 」


 こんなナマハゲを見たら、赤ちゃんではなく自分の親が泣くであろう。しかしそんなことは気にする様子もなくヤミは再び破壊活動を始める。


「我を煽ったせいで王都が崩壊してしまうのう。やめてほしければ出てくるのじゃ、安心しろ殺しはせぬ、内臓ぐちゃぐちゃにするだけじゃよ〜」

「あ、あ、あああああの……」


 恐怖に怯えた言葉を聞いてヤミは足元を見ると一人の男の子が剣を震える手で持っていた。


「なんじゃあ? お主が我を煽った張本人かあ? 」

「煽るという意味はわからないけどボクは勇者だから悪い竜は倒さなきゃいけないんだ」

「勇者などどーでもよいわい。我はゲームで煽ってきた奴を泣かせにやってきたのじゃ、それ以外は興味なしじゃ」

「ゲームならボク強いよ。さっきの大会でも優勝したし」

「……もしやハンドルネームは『yusha 』だったり? 」

「え、そうだけど? 」

「なぜ我を煽ったあああああああっ!! 」


 ヤミの豪快な咆哮を聞いて耳を思わず塞いだ勇者。身体をビリビリと痺れされる程の轟音を受けた後、彼はゆっくりと口を開いた。


「だって雑魚だったし……」

「マジで泣かすわ、後悔させるわ、ぶっ殺すわあああああっ!! 」


 ヤミは手を上げてから思いっきり地面に叩きつけると地面がクッキーのようにバキバキ割れる。なんとか攻撃を避けた勇者は持っていた聖剣をヤミの爪に向かって振り下ろすが全然攻撃が通らない。


「おやおや、爪切りにもならぬのう。女神の力なき哀れな聖剣じゃわい」

「そんな……、聖剣が効かないなんて」


 勇者は後退りしながら聖剣を地面に置き、腰につけていたもう一本の剣を抜いた。刀身こそは大きいもののあまり切れ味は良さそうではない。


「おうおうおう、そんなナマクラでどうするつもりかのう。ほれほれ斬ってみせい」


 ヤミは屈伸煽りをしながら尻尾を勇者の前でユラユラと揺らす。


(くっくっくっ、その剣を尻尾で弾いた後、絶望したところを叩き潰してミンチにしてやるわい)


 邪悪な笑みを浮かべるヤミに向かって勇者は剣を振り下ろした。


 スパッ!!


「………………え? 」


 ヤミは不思議な感覚がした、揺らしているはずの尻尾が急に軽くなったのだ。ふと視線をやると尻尾の先端が地面にポトリと斬り落とされていた。


「我の尻尾がきれてるうううううっ!? 」

「あれ、ボクなんかやっちゃいました? 」

「んな馬鹿なことがあるかい! 我の鱗に覆われた尻尾はこの世界の武器程度では絶対に傷ひとつつけられん! その剣はなんじゃ!? 」

「ドラゴンキラーだけど? 」

「どらごんきらー、じゃと? 」

「うん、ゲームに出てくるドラゴンキラーを真似してできた玩具。お祭りの屋台で買ったんだ」

「ゲームにでてくる? 」


 ヤミはふと考えた、この世界にあるゲームは自分が異世界の地球からパクったものだ。確かにそのゲームの中には『絶対に竜殺すぜ! 』みたいな剣があったのは彼女も知っている。


「ま、まさか……、異世界の知識がこの世界に影響を与えて新しい武器を生み出したのか? 」

「よくわかんないけど、こんな玩具ならたくさんあるよ。ねえみんな? 」


 ヤミは後ろ振り向くとそこには大量の子供達が戦闘態勢をとっていた。そして彼等の手にはドラゴンキラー(定価銅貨2枚)が握られていたのである。


「大人はこんな玩具意味ないって言ってたけどやっぱり効果あったんだね」

「ちょっ、待つのじゃお主たち! もしここで我を見逃してくれたら、我のおやつのポテチ1枚の半分をやろう! 皆で仲良くわけるのじゃぞ? 」

「子供を舐めるな! 袋ごとよこせえええっ!! 」

「ギャアアアアアアアアアアア!? 」


 自分が異世界から持ち込んだ知識により量産されたドラゴンキラーでバラバラに解体されるヤミ。豆腐を切るかのように切り裂かれたヤミはあっという間に各種素材に分解された。


 そして、日が経って王都が復興し始めた頃、その素材は商人ギルドによって引き取られる。


「うーむ、鱗は盾に使えるな。牙と爪は剣にして、瞳は装飾品、骨は建築資材と、どの部位も一級品で素晴らしい! 」


 小太りの商人ギルドのマスターがヤミの素材を鑑定しながらウンウンと頷く。世界最強の竜王の身体はどこをとっても素晴らしいものだった。


(くっくっくっ、我はバラバラになったが死んだわけではない。竜の心臓である竜石を破壊されない限りは決して死なぬ。竜石に意思と魔力を閉じ込めておる、そしていずれ復活するのじゃ)


 琥珀色に輝く球体である竜石としてヤミは生き延びていた。ギルドマスターはその竜石を手に取って目を細める。


「これは驚いたな……、ドラゴンのウンコって光るのか。えーっと、燃えるゴミの日って今日だったかな? 」


(ちょっ!? ウンコではないのじゃ! それを捨てるなんてとんでもないのじゃ! )


「ギルドマスターよ、ドラゴンの素材があると聞いたぞ。いくつか売って欲しい」

「これはこれは、王都一の金持ちで骨董品に目がない六十代後半の紳士ではありませんか」


(えらい説明口調じゃのう……)


「うむうむ、それでは竜の瞳と鱗と牙を一つずつ貰おうか」

「ありがとうございます、ついでにウンコもどうぞ。今ならタダで押し付けますよ」


(だからウンコじゃないと言っておるじゃろう! )


 竜石状態のヤミは外から見たらタダのウンコ(石ころ)なのでいくら叫ぼうが意味がない。


 こうして金持ちに引き取られたヤミは屋敷の展示室に飾られることになった。金持ちの紳士が時折ニヤニヤしながら見つめてくる以外はのんびり過ごせて居心地は悪くなかった。


(まあ良い、我がいなくなったことで魔族達が大騒ぎしているはずじゃ。そうすればすぐに助けに来てくれるじゃろ、復活したら今度こそ人間をぶっ潰してくれるのじゃ! )




➖➖➖➖二百年後➖➖➖➖




(…………なんで誰も来てくれないのじゃ? )


 ヤミが展示室に来てからというもの魔族の助けは全くなかった。


(そもそも魔族が我にどうしてもと言うから魔王になってやったというのに我を放っておくとは恩知らずすぎるのじゃ! もし復活したら魔族にもキツい調教をしてやるとするかのう! )


 彼女は竜石の中でそう決意するが助けが来ないことにはどうしようもない。そんな時、異変が起こった。


 グラグラグラグラグラグラ!!


 突発的な地震が起きると展示室に飾ってあった竜石が大理石の床に転がり落ちる。そしてその上に重なるように、ヤミの鱗や爪、瞳などの他の展示品が落ちてくる。


(これはチャンスじゃ! 竜石だけでは身動きが取れなかったが、鱗と爪と瞳を竜石の魔力で繋ぎ止め、さらに身体の構造を省エネ化すれば……)


 竜石は白く光り輝き、他の素材を飲み込むとムクムクと膨らみ、人間の子供のような形になった。


「ふぅ、幼女の姿であれば肉体を保てるのう。本当に最低限の機能しかないが自分で移動できるだけマシじゃわい」


 ヤミの瞳は片方しかなく、手足はなんとか肉質があるものの胴体は魔力で作り上げられており半透明であった。


 彼女は展示室にあった太古の魔道士が使っていたといわれる黒いローブで胴体を隠し、フラフラする身体を杖で支えながら歩き出す。


「身体は不安定だが、竜の魔力の源である竜石は無事じゃ。この魔力を使ってなんとか世界各地に散らばる我の身体の回収をしなければならぬのう。そのためには……」


 ヤミは金持ちの屋敷から出て王都を歩いていると、あるポスターが目に入ってくる。


『キミも頑張って勇者パーティの一員になろう! 魔法学園の首席になれば魔法使いとして勇者の仲間になれるよ! 』


「……勇者の仲間なら我を素材にした装備を手に入れる機会があるはずじゃ。くっくっくっ、魔王が勇者パーティに入るのも面白いかもしれぬのう」


 こうして魔王ヤミは勇者パーティ入りを目指して魔法学園に超迷惑をかけることになるのである。

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