第3話 魔王と青い鳥
女の子は自分のことをハピと名乗り、ノワール達を森の中にある村まで案内する。
勇者がいると言うことで胸を高鳴らせながら村までやってきたノワールだが、パッと見た感じはごく普通の村であった。木製の家が立ち並び、人々は笑顔で田畑を耕すのどかな光景である。
「見たところ普通の村に見えるが勇者はどこにいるのだ? 」
「……全員だよ、この村の人達ね」
「なに、それは勇者の子孫が集まってできた村ということか!? 」
村人達からは戦闘に長けている様子は見受けられない。それならば勇者の血を受け継いでいるということなのだろうか。
「その理由はすぐにわかるよ。あっ、村長ただいま戻りました」
「……村長って、これが? 」
ハピが村長と紹介したのは巨大な青い鳥であった。その身体はヒヨコのように腹が膨れており、小さな翼で飛べるのかどうかかなり怪しい。その大岩のような鳥はハピを見ると目を細めて笑う。
「クェクェクェ、よく戻ったなハピ。それで今回は大変な目にあったか? 」
「はい、人攫いにあいそうになったり、穴に落ちて狼に襲われたりしました」
「クェー、それは面白そうだ! どれほど辛かったか後でレポートにまとめて提出するように」
「わかりました」
人が大変な目にあったというのに羽をバサバサとはばたかせて笑う村長。村長は見慣れぬ訪問者を見つけて目を大きく開ける。
「クェ? そこの二人は誰だ、魔王というわけではないよな? 」
「お二人は自分を狼から助けてくれた命の恩人です」
「クェー、それは感謝せねばなりませんな。オイラはバーディと申します、こんなみすぼらしい村にようこそいらっしゃいました」
破裂しかけの風船のような腹から発せられるバーディのけたたましい挨拶は鼓膜をビリビリと振動させる。ノワールは耳を押さえながらこっそりアビスに問いかけた。
「これ、どう見ても鳥だよな? 」
「いや、これは魔族ですね。どこかで見たことがあるような気がするのですが……」
「魔族だと……? 」
(確かに言葉を喋る鳥型魔族はたくさんいたが、こんなやつ全然知らぬ。俺と一緒に戦場に出ていたならば顔は知っているはずだが)
見ず知らずの魔族が人間の村の村長をしている光景を見てノワールが疑問を抱いていると村が騒がしくなる。
「クェクェクェ、ちょうど良いタイミングですな。お二人は幸運ですぞ、魔王の登場でございます」
「「なに!? 」」
魔王登場の言葉に二人はピリピリした雰囲気になる。だんだんと騒がしい音はゆっくりと近づいてくると思うと、村人達が白い袋を担いでやってきた。その袋は中に動物でも入っているのか、中でモゴモゴとひっきりなしに動いている。
「その袋の中身はなんなんだ? 」
「クェ、この中に魔王がいますよ。さあ、お客様がお待ちかねだ。さっさと開けなさい」
バーディの指示に従い村人達が袋を開けると中から『魔王』という鬼の仮面を被った人間が縄でグルグル巻きにされた状態で放り出される。
「それが魔王なのか? 」
「クェ、そうでございますよ。どこからどう見ても立派な魔王でございます」
(とてもそうには見えないが……、魔力のかけらも感じられない。そもそもこれは魔族ではなく人間ではないか? )
「アビス、魔王というのはこれであっているのか? 」
「いえ、どう見てもこれは人間です。どういうことでしょうか? 」
「クェクェ、どうやらお二人はこれが魔王ではないとおっしゃる。それではこの者が魔王という証明をしましょう」
パーティが周りに目配せをすると、いつの間にか村人達が手に剣や槍を持って魔王と呼ばれる人間を取り囲んでいた。
「クェー、コイツは一年前まで無鉄砲で周りに迷惑をかけるクソみたいな不良だったにも関わらず、たまたま金の鉱脈を見つけたおかげで世界有数の金持ちになって美女を囲んでハーレム三昧。しかも、昔迷惑をかけた奴に謝りもしない。皆の者はこれについてどう思う? 」
バーディが魔王の素性を読み上げると村人達の目は怒りで吊り上がって武器を掲げる。
「本当なら俺達が見つけていたはずの鉱脈を先取りしやがった! コイツは俺達から幸せを奪ったんだ! 」
「そうクェ、コイツはもしかしたらお前達が手に入れたかもしれない幸せを横取りしたのだ。努力もせず、遊びまくっていたくせにクェ! 」
「ムカつく! ウザい! 消えろっ! 俺達は普段どれだけ苦労していると思ってんだ! 」
「そうだ、運が良かっただけで幸せになるやつなんて許さないクェ! 」
「羨ましい、死ね! 」
「そんなやつは、魔王として殺しても思うクェ? 」
「そうだ、そうだあああっ!! 」
「じゃあ、お前達は魔王を討伐する勇者としてやるべきことは一つクェ? 」
「魔王を殺せ! 殺せ! 殺せえええええっ!! 」
「やめろ、やめてくれええええっ!? 」
取り囲んだ村人達は剣と槍で一斉に魔王の男に襲い掛かりズタボロに引き裂いていく。血に飢えたピラニアの溜まった池に放り込まれたかのようだ。グチャグチャという音を立てながら、あっという間に男は赤い肉の塊へと変貌する。
「おい、これは一体どういうことだ。その男がそれだけのことをされる悪事を働いたのか? 」
「クェ、この男はオイラ達の幸せを奪っているのです。コイツの幸せそうな顔はオイラ達に不幸をもたらします。なら殺してスッキリするしかないクェ」
「だが同じ人間ではないか。仲間を傷つけてなにも思わないのか? 」
「クェー? コイツは人間ではありません、魔王です。オイラ達は悪しき魔王を討伐する勇者なのです。見てごらんなさい村人達が使命を果たして喜んでいる顔を」
血に塗れた武器を何度も魔王に振り下ろしている村人達の顔は恍惚に満ち溢れており、幸せそうな顔をしていた。ノワールは力無く首を横に振ってからアビスに尋ねる。
「ずいぶんと酷い有様だが回復魔法でなんとか助けられるか? もうほとんど原形をとどめていない肉塊になってしまっているが」
「そうですね、あの人はお金持ちということですからなんとかなるでしょう。死体をクール飛竜便で王都の教会に送りつければ、金目当てで関係者が死に物狂いで蘇生してくれますよ」
「クール飛竜便? 」
「氷属性の飛竜による宅配便です。冷たい身体なので生物も腐らないんですよ、村人が死体をミンチにしてくれてるのであのサイズなら銀貨5枚で運んでくれます」
「なるほど、そうとわかれば救出するか」
ノワールは一歩前に出るがアビスはそれを真顔で静止する。彼女はいつになく真剣な表情をしながら、肉塊となった魔王に武器をひたすら叩きつける村人達を見つめていた。
「いや、待ってください。このまま放置すればもうワンサイズ小さくなって、配送料が安くなりますよ、銀貨1枚得します」
「ふむふむ、なるほど。アビスは家庭的な性格をしているのだな」
「いえいえ、さすがにこんなことは一般家庭ではやりませんよ。やるのは聖女くらいですね、聖女的な性格といってください」
「ふむ、そういうものなのか」
(俺の時代の聖女は死にかけているのであれば敵である魔族にさえ率先して手を差し伸べるような優しい人間だったが、千年たつ間に少し変わったようだな)
ノワールは魔王なので少々倫理観がズレているところがある。アビスも何故だかわからないが彼女独特の観念があるらしい。そんな二人は目の前で行われる凄惨な光景を何もせずに眺めている。一方、一般人であるはずのハピもそんな光景を見て無表情であった。
「クェー、どうですか? よろしければお二人も今から勇者になって魔王討伐に参加してみては、ストレス解消になりますよ? 」
「残念だが俺には死体蹴りの趣味はない。お前達もよくこんなことをしているな? 」
「クェクェ、それはオイラ達が幸せになるためです。ほらこんなに皆が幸せになっております」
バーディが口を大きく開くと、村人達の身体から桃色の煙がたちのぼり、バーディの口に吸い込まれる。そのまま飲み込まれた煙はバーディの腹の中をモリモリ膨らませた。
「クェクェクェ、見ての通り、この桃色の煙は人々の幸せです。これだけたくさんの幸せを村人達は感じているのですよ? 」
「そして、その幸せはお前が最後に食っているということだな」
「クェクェ、それはまあ手数料みたいなものですね」
「手数料だけで腹が膨れるとは、まるで銀行だな」
時折ゲップを出しながらバーディはゴクゴクと桃色の煙を湯水のように飲み込む。その光景を眺めていたアビスがハッと息を呑んだ。
「バーディってまさか、あの魔族の末裔の!? 」
「なんか知っているのか? 」
「ええ、太りすぎてて最初はわからなかったけどアイツの正体がわかりました。でもそうなると私達人間はすぐに逃げたほうがいいです」
「ふむ、それほどの強敵というわけか。面白そうじゃないか」
自分の知らない魔族の強敵の登場に腕がなるノワールであったが、アビスが彼に注意をする。
「いえ、あの魔族の能力自体は些細なものなのですが、人間にとってはあまりにも強すぎる能力なのです」
「人間にとって? 」
罪悪感を全く感じる様子もなく歓喜の表情で雄叫びをあげている村人達。こんな光景は荒っぽいノワールの昔の仲間達でも滅多に見ることはできなかった。
「その能力は『人を幸せにする能力』です」
「俺にはあれが幸せといっていいのかわからぬがな」
「正確には『幸せだと思わせる能力』なのです。その能力にかかれば恋人を殺そうが、親を質に入れようが、裸で大通りを闊歩しようが、それが幸せだと思ってしまいます」
「最後のは人によっては普通に幸せなのでは? 」
「話がややこしくなるのでツッコまないでください。とにかくこの能力には強制力などは全くないのですが、一度その幸福感を感じてしまうと人間ではあがらうことが難しいでしょう。そしてその幸福感を餌にするのがあのバーディです」
アビスの説明を聞いてノワールはこの異常な状況の理由がわかった。だがもう一つ気になることがあった。
「どうしてアビスはそんなに魔族に詳しいんだ? 俺でも全然知らなかったぞ」
「こ、こほんっ!? えーっと、私のおじいちゃんが魔族研究家でそこに置いてあった本で読んだんですよ」
「なるほど、いいお爺さんをもったな。今度俺にも紹介を頼む」
「え、えー、いいですよ……」
視線を左右に泳がせながらアビスは答える。その反応を少し不思議に思いつつもノワールはバーディに向かって一歩前に出た。
「バーディ、俺と勝負しよう。もし俺が勝てばこのような真似をやめてもらおうか」
「クェ? どうしてそんなことをしなければならないのですか、村の人々は全員が納得の上で魔王を殺しているのです」
「それはバーディの能力によってではないのか? 」
ノワールの問いに対して、バーディはその羽を自分の腹に何度も打ち付けながら笑い始める。
「クェクェクェ、それは違いますよ。確かにオイラは最初の数回は殺人に対して幸せになる能力を使いました、だけど今はもう使っていません。彼らはオイラの能力なしで自ら率先して人を殺し、幸せを感じることができるように成長したのです」
「殺人の刷り込みか、軍隊に一人いれば指揮を上げるのには役に立つだろうな。しかし、バーディが人の幸せを食すのであればこのような真似はせずに普通に人を幸せにすれば良いのではないか? 」
先程まで調子良く笑っていたバーディであったが、急に眉間に皺を寄せて怒りをあらわにする。
「オイラは幸せを食べるけど、他人の幸せそうな顔を見るのは大っ嫌いなんだよ! 他人の幸福を見てるとムカついてイライラしてくる、てめえらの幸福はオイラにとっての不幸なんだ! だからこんな胸がスカッとするやり方で幸せを食べてるのさ」
「なるほど、ちなみにさっきからバーディの横にいるハピは無表情のままで幸せではなさそうだがそれはいいのか? 」
急に自分の名前が出てきたことでビクッとしたハピは困ったようにバーディを見上げる。
「コイツはいいのさ、オイラの代わりに外の様子を調べて伝える役目だからな。オイラがこの身体で外に出られないのに、外の話を楽しそうに言われたらムカつくだろ? だからハピはずっと不幸でいてくれる方がオイラにとっては幸せなのさ」
「……はい、そうです。自分は幸せになってはいけないのです。自分が幸せになったら、他の人が不幸になってしまいますから」
申し訳なさそうに頭をペコリと下げたハピ。そのお辞儀はゴーレムのように無機質で無感情であった。
「話は理解した、じゃあバーディ。殺し合おうぜ? 」
「……クェ、せっかくの客人でしたがその気ならオイラもやるしかありませんね。勇者達、ここに魔王が現れた! 二人とも討伐するのです! 」
「ええっ、私も!? 」
なかば巻き込まれた感じになってしまったアビスは慌てて周りを見渡すと、さっそく武器を持った村人達に囲まれる。
「アビスには悪いが村人達の相手を頼む。俺はバーディを狙う」
「狙うってアイツは魔族でそう簡単には倒せないですよ。まあノワールはどうなってもしらないけど、どちらしろコイツらを何とかしないと私もまずいから村人共は倒してあげますよ」
アビスは腕まくりをして服に汚れがつかないようにすると、刀で切りかかってきた村人の攻撃をかわして、カウンターで回し蹴りをぶちかます。
「これは正当防衛です。だからクソ女神は私の邪魔するんじゃねーぞ! 」
目つきの鋭くなったアビスは素早い動きでバッタバッタと村人達を地に伏せていく。どうやら今は内なる女神も彼女には何もしないようだ。
(やはり俺の見込み通りアビスは強い。これならば背中は任せて良いだろう、俺の狙いは目の前のデブ鳥だ)
ノワールはアビスに殴られて気絶した村人が落とした剣を拾って軽く素振りをする。どうやら剣を握る感覚はまだしっかり覚えているようだ。
「さて、いくぞ」
「クェクェ、お前は剣を握っちまったなあ? オイラの力を見せてやるよ、『お前はその剣で自分自身の首を掻き切るのが何よりの幸せ』だ! 」
バーディの目が怪しく光ると思わず自分の手が剣を自然と喉元に突きつけてくる。
(とんでもない多幸感だ、この剣で自分の命を奪うことが史上の喜びであり、人生の終着点に感じる。ふむ、ここまで気持ちが昂ると、自然と身体が動くのだな)
「クェクェクェー! もう頭の中は自殺のことしか考えられなくなってるだろう。じゃあ、さっさと死にな! 」
「……だが違うな、これは俺が求めるものではない」
ノワールはしっかりと剣を握り直て、その先端をバーディに向けた。
「クェ!? ど、どうしてオイラの能力が効かないんだ!? 」
「しっかり効いてるさ、剣を自分に突き刺したらどれだけ幸せか今も思っててしまう」
「ならなぜ刺さずにいられるのだ! 」
「自分の幸せを犠牲にしてでも仲間のために戦う。俺はそういうことに慣れているのでな」
ノワールはその場にいた全ての者の視界から姿を消した。そして、つむじ風が吹いたかと思うとバーディの腹が綺麗に裂けて血が舞い散った。
「グエエエエ!? オイラの腹がああああっ!? 」
「随分柔らかいな。ろくな運動をしていないだろ? 」
「コイツ……強い……」
バーディは腹から流れ落ちる血を抑えながら息絶え絶えである。
「本当なら勝負がついた時点でやめてやることにしてるだが、今回はもう少しだけ続けさせてもらうぞ? 」
「クェ、そんなに人間どもを虐めたのが気に食わなかったか……? 」
「いや、弱者が強者にいいようにされること自体は仕方がないことだ。それが自然の摂理というものだからな」
ノワールは剣を構えて視線をバーディに向ける。その目は冷たく情けを感じさせることのないものであった。
「お前は魔族でありながら、遊び半分で自分達の王である魔王を何度も殺していたな」
「そ、それがどうしたクェ? 」
「魔王というものは仲間のために常に己を犠牲に戦っている。それを侮辱するような真似は俺は許さない」
ノワールはゆっくりと剣を納刀すると彼の右手には真紅のオーラが纏う。おどろおどろしい火の玉のようなオーラはバーディの元まで届き、頬を撫でた。
「クェ、なんだこのオーラ……、お、お前は一体誰なんだ!? 」
「……魔王ノワール、これから死にゆくお前だけに特別に教えてやったぞ」
「ま、まお……」
バーディが最後の言葉を言い切る前にノワールが一閃し、その巨体は一刀両断される。真っ二つになった身体からはどす黒い血と、桃色の幸せがホワホワと漂っていた。
「こっちはだいたい片付きましたよ……って、まさか一人でバーディを倒しちゃったんですか!? 」
「お疲れ様、まあ見た目によらずそこまで強くはなかったな」
「そ、そーなんですか……、まあただの太った鳥ですもんね……」
村人達を倒してやってきたら、全て終わっていた光景を見たアビスは苦笑いをしながら心の中で思う。
(んなわけねーだろうが!? バーディの一族は魔族でもそこそこ名門だったんだぞ、最近戦闘してなかったとはいえ普通の人間が倒せるわけねえ! クソッ、とんでもねえやつを助けちまったもんだなっ! )
アビスは険しい顔をしてノワールを睨みつけるが彼はそのことには気づかずにハピの所へ向かう。
「すまない、怖がらせてしまったか? 」
「別に、血と死体には見慣れてるから大丈夫」
「そうか、キミの両親とかはいるのか? 」
「いないよ、自分は捨てられたところをこの村に拾われたの」
ハピは惨劇を目の前にしても相変わらず無表情のままである。バーディは真っ二つにされ、村人達は気絶しているためこの村の住人で意識があるのは彼女だけだ。アビスはこの村をぐるりと見渡す。
「バーディにやられたのなら村人達はしばらく精神的な治療が必要ですね、それは王都から回復術師を呼ぶとして、その子はどうしたものでしょう」
「どこか安全なところに引き取ってもらえたらいいんだが心当たりはあるか? 」
「うーん、そうですねー。教会だって放り込める子供の数には限りがありますからねー。どこかあるかなー? 」
アビスは面倒臭そうに懐からメモ帳を取り出して眺める。そこには彼女が知っている協会の住所がずらりと羅列されていたがどうやら心当たりはないらしい。そんなアビスの様子を察したのかハピは首を横に振って答える。
「そんなに気にしないで、自分が引き取られたとしても、その代わりに誰かが引き取られなくなって不幸になるだけだから。それなら自分は引き取られなくていいよ」
自分自身の人生に全く価値を見出していないハピ。普通であれば無邪気に外を跳び回る年頃の彼女がそのような考えを持ってしまったことにノワールは同情する。
「ならば俺と一緒に来るか? 適当にブラブラしながらハピの新しい家を探そう」
「どうして自分のためにそんなことしてくれるの? 」
「ハピが喜ぶ顔を見たら、俺はきっと嬉しくなるだろうからな」
笑顔で答えるノワールのことをハピはキョトンとした表情で見つめる。しかし、それ以上に驚いているのがアビスであった。
「ちょっと待ってください、ブラブラってノワールは私と王都に来ないんですか? 」
「少し時間はかかるだろうが遠回りもたまにはいいだろう。道中で猛者に出会えるかもしれぬしな」
すっかりハピを引き取る気満々のノワールを見て、アビスはため息をついた。
(ノワールみたいな危険人物を放置するのは私の計画に支障が出るかもしれない。ならいっそここは私の手元に置いて飼い殺しにするのが得策でしょう)
「わかりました、それではハピちゃんは私の家にしばらく住んでみたらどうでしょう。綺麗なお部屋に美味しい食事もあります、ノワールも是非どうぞ」
「いいのか? ハピばかりじゃなくて俺まで一緒に行っても」
「ええもちろん、私は聖女ですから困っている人には手を差し伸べるのが使命なのです」
女神のように優しく微笑むアビスからは後光が差していた。心の中ではどう思っているかはわからないが見た目だけは聖女そのものであった。
「あの……、ノワールお兄ちゃん、アビスお姉ちゃん、ありがとう。自分もできることがあったら何でもします」
「それなら楽しいことや嬉しいことがあったらまず笑ってください。ハピちゃんの暗い顔を見たら私も憂鬱になるので」
「嬉しかったら笑っていいの? 誰も不幸にならない? 」
困ったような二人の顔を交互に見たハピはその言葉が本当であることがわかるとコクリと頷いた。
「わかった、これから嬉しかったら笑うようにする」
そう言ったハピの顔には不器用ながらも、しっかりと笑顔が作られていた。
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