38 別荘にて

 香澄の別荘へ行く日がやってきた。管理人さんが迎えに来てくれるとのことで、俺と安奈は駅前のターミナルで待っていた。白いワゴン車が到着し、中から香澄と拓磨が手を振ってきた。


「こんにちは。よろしくお願いします」


 行儀よく礼を言って、先に安奈が乗り込み、その隣に俺が座った。


「どうぞよろしくお願いします」

「まあ、管理人さんはボクの家族みたいなもんだからさー! 気楽に構えてよ」


 道中、香澄は補習がいかに辛かったかを延々と訴えてきた。それに安奈は笑い、拓磨が呆れるということを繰り返していたら、車はどんどん田舎の方に進んでいった。


「わあっ、綺麗……!」


 安奈は高原の様子に声をあげた。どこまでも広い空とのコントラストが確かに綺麗だった。


「さーて、あともう少しで見えてくるよ!」


 香澄の指した方向を見ると、二階建てのログハウスが建っていた。ウッドデッキがついており、白樺の木が周りに数本あった。

 車を降り、中へ案内された俺たちは、よく手入れされた内装に感心した。中はモダンな家具で統一されており、六人くらいが座れそうなボックスソファや、大きなダイニングテーブルがあった。


「素敵!」


 安奈は胸の前で手を組み合わせた。香澄は胸を張っていた。


「でしょう? 管理人さんのお陰だよ。パパが執筆のときはよくここを使うんだ」

「執筆?」


 俺は聞いた。


「言ってなかったっけ? ボクのパパ、小説家なの。吾妻勇吾って知ってる?」

「いや、すまん。知らない」

「有名な人じゃない! 達矢何で知らないの!?」


 安奈に詰められたが、知らないものは知らない。しかし、なんとか賞を受賞しているとかで、それなりに名の知れた人らしい。その息子が、これか……。


「ちょっと達矢、小説家の子供のくせにバカだなんて思ったでしょ」

「ごめん、思った」

「素直でよろしい。ささっ、ゲストルームに案内するよ。達矢と安奈はこっちね」


 香澄は一階のとある部屋を開けた。二つのベッドが並んだ個室だった。


「ちょっ、香澄。俺と安奈で使えって?」


 てっきり一人一部屋だと思っていた俺は当惑した。


「えっ? 付き合ってるんだし大丈夫でしょ?」

「大丈夫じゃない!」

「あっ、えっちなことするんだったら、ボクらにバレないようにやってね?」

「誰がするか!」


 とはいえ、準備はすっかり整えてあるらしく、俺たちは仕方なく部屋に入った。


「わあっ、ベッドふかふかー」


 安奈はまるで緊張していない様子で、ちょこんとベッドに座って楽しんでいた。同室なのを気にしているのは俺だけらしい。

 それから、俺たちは外に出てフリスビーやバドミントンで遊び、夜はお待ちかねのバーベキューとなった。ウッドデッキに俺たちは集まった。


「やっほー! お肉、お肉!」

「野菜も食べろよ? 香澄」

「ちょっと、タマネギはやめてって拓磨ぁ!」


 いつかと同じような光景が繰り広げられていた。安奈が聞いた。


「香澄くんって野菜ダメなの?」

「ピーマンなら食べられるよ!」

「わたし、ピーマンだけは苦手だなぁ」

「意外! 安奈ちゃんって好き嫌いなさそうに見えるよ」


 香澄はそう言うが、こいつには嫌いなものだらけだ。コーヒーは飲めないし、梅干しや納豆もダメ。ラーメンも、そんなに好きじゃない。


「拓磨、こっちの肉いけそうか?」

「ああ、達矢。それはもういいよ」


 仕切るのは、やっぱり拓磨だった。でも、安奈も手伝っていた。俺と香澄がバテてソファで寝転がっていた間、二人で野菜を切っていてくれたのだ。


「やっぱりお外で食べるご飯は美味しいね」


 安奈が笑うので、俺もつられて笑った。後片付けは四人でやった。それからは、ダイニングテーブルに座って大富豪大会だ。


「げっ、俺また大貧民かよ!」

「達矢はカードの引きが悪いねぇ」

「香澄が良すぎるんだよ! なんだよ絵札ばっかり出しやがって!」

「だって揃ってたんだもーん」


 俺は悔しくて、何度も再戦を申し込んだが、革命を起こすこともできず、終始大貧民のままだった。俺はうなった。


「あーもう大富豪は無し! ポーカーでもしよう!」

「すまん、オレ、ポーカー分からん」

「そっか、拓磨」

「というか、そろそろお開きにしないか? 安奈ちゃん、眠そうだぞ?」


 隣に居た安奈の顔を覗き込むと、彼女はパッと目を伏せた。


「バレた?」

「本当だ。すまん安奈、気付いてやれなくて」

「いいよ、達矢」


 俺たちは部屋に戻り、順番にシャワーを浴びることにした。まず最初に安奈が使うことになった。俺は一人、部屋に取り残され、ベッドに横たわりながら、今日のことを思い返していた。


「お待たせ、達矢。次使いなよ」


 管理人さんが準備してくれていた、真っ白なパジャマに身を包み、石鹸の香りをさせて安奈が部屋に入ってきた。


「んっ」


 俺はベッドから跳ね起きて、すぐさまシャワーを浴びに行った。顔の火照りを悟られぬように。


「じゃあ、電気消すよ。おやすみ、達矢」

「おやすみ」


 安奈はすぐに寝息をたてはじめた。しかし、俺は眠れない。この状況でよくもまあぐうぐう寝れるものだ。幼馴染とはいえ、男と二人っきりなのに。まあ、よっぽど疲れていたんだろう。そういうことにして、俺は天井を見つめ、眠りが訪れるのを待った。

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