39 夏祭り

 別荘での楽しい時間は終わり、しばらくは夏休みの宿題に追われた。七月中にやりきってしまおうと思ったのだ。

 しかし、読書感想文だけはダメだった。本自体が決まらないのだ。そのまま俺は、芹香の誕生日、つまりは夏祭りの日を迎えた。

 当日の夕方、俺は安奈の家に行った。どうやら安奈の母親が芹香の分も着付けるらしく、二人が中に居るのだ。俺はインターホンを鳴らした。


「達矢くん、どうぞ」


 安奈の母親に促され、俺は家へと入った。


「達矢! 見て見て? どう?」


 安奈のは、緑色に椿の柄のモダンな浴衣だった。白い帯が彼女の肌の色とよく合う。髪型はアップにしていて、我が幼馴染ながら艶っぽかった。


「うん、可愛いんじゃね?」

「やったあ!」

「芹香は?」

「今、洗面所で髪を結ってるとこ」


 しばらくして、芹香が出てきた。彼女は白地に赤と黒の金魚柄の浴衣だった。もちろん髪をアップにしており、いつもは見えないうなじがあらわになっていた。


「か、可愛い……」

「お世辞でもありがとう」

「お世辞なんかじゃないよ、本当に可愛い」

「はいはい」

「っていうか、誕生日おめでとう!」


 散々悩んだが、プレゼントは渡さないことにした。今日持ってきたら荷物になるし、どんな物を選べばいいのかがまず分からなかったのだ。


「ありがとう」


 芹香は仏頂面だった。そのわけは安奈が説明してくれた。


「髪型、なかなか上手くいかなかったんだって。手伝おうとしたんだけど、断られちゃって」

「なるほど」


 たまにヘアアレンジをしている安奈とは違い、芹香は不器用なのだろう。いつもおろしてるもんな。

 三人で夏祭りの開かれる駅まで行き、そこで優太と合流した。


「わー! 芹香、誕生日おめでとう! 可愛い! マジ可愛い!」

「吠えるな、うるさい」


 優太は芹香の首筋を触ろうとしてチョップされていた。それでも奴は嬉しそうだ。だって、本当に可愛いもんな、今日の芹香。


「今日はダブルデートだな!」

「違う、優太。あんたとあたしは付き合ってない」


 まあ、俺と安奈も本当は付き合っていないから、実質は友達四人での夏祭りなのだが。会場には、あらゆる出店が並び、そこかしこからソースや綿あめの良い匂いがしていた。


「おれ、祭りに来るなんて初めてなんだ! なあなあ、何からする? わっ、金魚すくいなんてある!」

「すくってどうすんの? 優太、飼えるの?」


 相変わらず芹香の物言いは刺々しいが、いくぶん柔らかくなってきたのも確かだった。俺は安奈の彼氏らしく、慣れない下駄を気遣い、ゆっくりと歩いた。優太が言った。


「なあ、まずは腹ごしらえしないか?」

「いいな。俺と優太で何か買ってくるから、女の子たちで場所取っといてよ」


 そうして優太と二人になると、焼きそばの屋台に並んだ。


「おれ、芹香と来れたのもそうだけど、達矢と安奈ちゃんと一緒に来れて良かった!」

「そうなのか?」

「だって、似合いのカップルだもん。一緒に居ると、何だか和むよ」


 優太には、俺たちが偽の恋人だとは伝えていない。それを知ったら、彼は悲しむだろうか。言わない方がきっと彼のためだろうと俺は思った。四人分の焼きそばを買って、俺と優太はベンチに行った。


「ありがとう、二人とも」


 安奈に焼きそばを渡し、箸は俺が割ってやった。腹を満たした俺たちは、射的に向かうことにした。


「優太、射的も初めてだよな?」

「うん! 達矢は得意?」

「まあまあ」


 俺からまず挑戦した。弾は当たるが、的が倒れないと景品が貰えないシステムらしい。俺は悔しがった。景品にニャンティのフィギュアがあったからだ。芹香の誕生日プレゼントにでもと思ったのだが。次は優太だ。彼は全くかすりもしなかった。初めてだから、仕方ない。


「あたしがやる」


 芹香が浴衣をめくり、構えた。一発で的は綺麗に倒れ、屋台のおじさんが鐘を鳴らした。


「おめでとうさん。何でも好きなの、一個選んでいいよ」

「じゃあ、これ」


 選んだのは、やっぱりニャンティだった。


「あー! おれがあげようと思ってたのにー!」


 優太、俺もだ。安奈はそもそもこういうのが苦手だからとやらなかった。

 ラストを飾るのは、やっぱり花火だ。俺たちは人混みをかき分け、ようやく四人分のスペースを確保した。隣に座った安奈が言った。


「花火なんて、見るの久しぶりだなぁ」

「ああ。小学生以来じゃないか?」

「中学のときは、いくら誘っても達矢来てくれなかったもんね、夏祭り」

「えっ、そうなの?」


 優太が驚いた声を出した。事情を知っている芹香は一人、意味深な顔付きをしていた。時間ぴったりに、花火が始まった。ひゅうん、ひゅうんと、赤や黄色の花々が夜空を彩っていく。


「わー! すげー! マジすげー!」


 はしゃぎだす優太に、俺の頬も緩んだ。それは他の皆も同じようだった。花火はどんどん数を増していき、目で追えないほどになった。破裂音に驚いたのか、近くに居た赤子が泣き出した。


「おれも、小さい頃は連れてってもらったらしいんだけどね。覚えてないけど」


 優太が寂しそうに言った。彼の家庭環境を詳しく聞いてはいないが、複雑そうなのは確かだった。俺はとん、と優太の肩を叩いた。


「また、来年も見に来ようよ」

「うん、達矢。ありがとう」


 来年、とはいったものの、その来年には、この四人の関係は変化しているのだろうか。仮に俺が芹香と付き合えば、優太は着いてはこない気がする。俺はこの四人がいい、と思っている自分に気が付いた。それほどまでに、この四人は心地よかったのだ。

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