37 もうすぐ夏休み
期末テストは、何とか赤点を免れた。拓磨と安奈のお陰だ。しかし、香澄だけはダメだった。昼休みに、香澄は大声でわめいた。
「赤点一人っ子になっちゃったよー! ボク、夏休みに補習だなんてやだやだやだー!」
机で暴れる香澄を、拓磨が大きな手でむぎゅっと押さえつけた。
「諦めろ」
「やだー! ボク、たくさん遊びたいのー!」
可哀想になった俺は、夏休みの予定を作ってやることにした。
「なあ、夏休み、どこかに遊びに行こう。安奈も誘って、四人でさ」
すると、香澄はポンと手を叩いた。
「そういうことならお任せあれ! うちの別荘に行こうよ。高原にあって、なーんにもないけど楽しいよ! バーベキューしようよ!」
拓磨が言葉を継いだ。
「オレも行ったことがあるんだ。自然豊かでいいところだぞ。ゲスト用の部屋で一泊したんだ」
「そうそう! お泊まりしようよ!」
お泊まりか。それはいい。友達と泊まるなんて、中学の修学旅行以来だ。それから俺たちは、時期について話し合った。夏休みが始まってすぐの四日間は香澄の補習がある。それが終わった後の七月下旬に候補を定めた。
「安奈の奴、いつも八月にイギリス行ってるしな。七月の方がいいよ」
拓磨が聞いてきた。
「それって、ご実家ってこと?」
「そうそう! 父方の祖父母がイギリスに居るんだよ。だから安奈は日常生活レベルの英語ができる」
「それって凄いねぇ……」
香澄がため息を漏らした。彼の英語の成績は散々なものだった。俺はこっそり、自分より下が居て良かったなどと思っていた。俺だって英語には自信がない。
さて、芹香とも、何か予定を立てたいのだが、どうすればいいのだろう。また、スイーツで誘うというのも芸がない。
ちらりと芹香の方を見ると、いつも通り文庫本を読んでいた。そこへ、優太が現れた。
「やっほー芹香! テストお疲れさま!」
「お疲れ」
「夏休みさー、どっか遊びに行こうよ! おれ、夏祭り行きたい!」
夏祭り、という単語に俺は反応した。その手があったか。しかし、芹香は舌打ちをした。
「あたしはやだ。二人でそんなところ行くの」
「夏祭り自体は好き?」
「まあ、嫌いじゃないけど」
「おーい達矢! こっち来いよー!」
なぜか俺が呼ばれた。優太の隣に立つと、彼はこんなことを言い始めた。
「夏祭り、達矢も興味あるだろ?」
「まあな。でも、夏祭りっていつなんだ?」
「八月三日だよ!」
「それって芹香の誕生日じゃねぇか!」
ギロリ、と芹香の目が俺を刺した。
「なんであたしの誕生日知ってるの!?」
「あ、安奈から聞いた」
「そう」
俺はヒヤヒヤした。探りを入れていたということがバレなかっただろうか。そんな俺の心配をよそに、優太が呑気に言った。
「あのさ、安奈ちゃんも誘って四人で行こうよ! それならいいでしょ? 芹香。誕生日祝いにもなるし!」
「まあ……四人でなら」
「決まり!」
優太が大きく手を掲げるので、俺はそのままハイタッチした。いやまあ、優太よよくぞ言ってくれたという感じではあるが。
その日の放課後、俺はいつもの公園で、安奈に香澄の別荘と夏祭りの話をした。安奈は二つ返事で了承した。
「夏休み、楽しくなってきちゃった! どうせ達矢は何も誘ってくれないものだと思ってたから」
「まあ、二人っきりのデートは無しな。本当に付き合ってるわけじゃねぇんだし」
「それでも嬉しいよ。達矢とのお出かけ」
安奈はキラキラした瞳を俺に向けた。
「夏祭りのときは、頼むな? 俺、芹香ともっと近付きたいんだ」
「わかってるよ。そうだ、芹香ちゃんは浴衣持ってるのかな? 聞いてみる」
すぐさまスマホを操作した安奈だったが、返事はすぐに来なかった。
「芹香の浴衣かぁ。見たいなぁ。きっと可愛いんだろうなぁ」
「ちょっと、わたしの浴衣姿は?」
「そんなの見たことあるし」
「あれは小学生のときでしょ! わたし、小さいのしか持ってないから、買いに行きたいの」
安奈のスマホが振動した。芹香だった。
「持ってないって。一緒に買いに行こうって言ってみる」
「おおっ、サンキュー!」
それから、いくつかやり取りをして、彼女らは次の土曜日に買い物に行くことに決めたようだった。
「芹香ちゃん、けっこう楽しみにしてるっぽいね。ほら」
見せられた画面には、ウキウキしているネコのキャラクターのスタンプが送られていた。ニャンティだ。
「優太に誘われてたときは、そんなに乗り気な返事してなかったけどな」
「芹香ちゃん、素直じゃないから。一応わたし、芹香ちゃんのこともけっこう分かってるつもりだよ?」
このウキウキは、何に対してなのだろうか。夏祭りそれ自体なのか、それとも人なのか。俺と一緒なのが嬉しい、だなんて思ってくれていたらどうしよう。
そうして、高校生になって初めての夏休みが訪れた。
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