前編
あれからしばらくして。
私は倉庫の仕事を終えて組合の受付に立っていた。結局お昼を食べることはできなかったが、なんとか倉庫の選別を終わらせることができた。
ただ先ほどからお腹がグーグーと鳴っている。早朝から働いてるのにお昼を食べなかったせいで、空腹も空腹だ。何か食べなければ倒れてしまいそう。しかし悲しいことに定時までは程遠い。
はぁ……お腹減ったな〜〜。あ母さんの焼いてくれたパンが食べたい……。ううん…こんなこと考えてはダメ。先輩達に認められるように早く一人前の受付嬢にならなきゃ!!
私は気持ちを引き締めるように両手に力を込める。カウンターがあるので誰にも見られないのが幸いだ。
すると。
「随分と疲れている様子だなソフィア。
今日も大変だったのか?」
「あっ…クレイさん!!
ごめんなさいボーっとしちゃって!」
S級冒険者であるクレイ・アルスタさんが来てくれた。彼は優しい笑顔でこちらを見てくる。
「いいんだ、気にするな」
「ゴホン……。それで今日はどのような理由でお越しになりましたか?」
「今日はこれを換金しにきたんだ」
彼はそう言うと麻袋を取り出して、中身をカウンターに置いた。
「凄い、これは……!」
それらは大量の魔石だった。
魔石とは魔物の体内で形作られる結晶であり、観賞用にも実用性にも優れている宝石の一種だ。価値も非常に高く、鉱物の宝石と遜色のない値打ちが付けられる。しかしそれ以上に驚くべきものを私は見た。
「えっ…これは竜の魔石?」
思わず目を見開いてクレイさんの顔を見ると、彼は照れくさそうにしていた。
「北の地に紫龍がいるだろ?
あれを苦労して取ってきたんだ」
ドラゴンといえば大悪魔、聖人クラスの強さを持っているが、クレイさんが倒したのはその中でも紫龍。紫龍といえばそれこそ勇者と同等の強さを誇ると聞く。そんなドラゴンをクレイさんは倒した、しかもクレイさんはパーティーを組んでいない。
つまりクレイさんは単独で龍を倒してこれを取ってきたということになる。私は驚きのあまり声が出せなくなった。
「それでなんだが……。
この宝石を売るのは一部で、残りはお前にあげたい。どうだ、受け取ってくれるか?」
そう言ってクレイさんは宝石の半分を押し出すようにこちらへ渡してきた。
何度も言うがこれは貴重な龍の宝石。一つでも数百万は下らない代物だ。そんな価値のあるものをいくつもこちらへ渡そうとしてくる。
当然そんなものは受け取れない。
私は押し返すように彼の下に返した。
「む、む、無理ですよ!!
私お金無いですしこんな高価なものは頂けません!」
その言葉を聞いて、クレイさんは明らかに落ち込んだ様子を見せる。
「そ、そうか……それは残念だな」
しかしこれだけは譲れない。
こんな貴重なものを貰うわけにはいかないのだ。
全く、クレイさんったら何考えてるんだろう?そういえば前だってなんかすごいもの私にあげようとしてたし。
う〜〜ん……意図がよく分からない。
クレイさんは誰も近寄らせない鋭い雰囲気と無口で有名だが、私にはよく話しかけてくれる。受付だって毎回私のところに来てくれたり、担当受付時間を聞いてきて、その時間内に来てくれる。
私にとっては大歓迎なものの、S級冒険者の中でもトップのクレイさんにメリットがあるとは思えない。とかく誰とも話したくないクレイさんなら受付嬢になってから半年の新米である私より、対応やサービスがしっかりしていて手早く済ませられるベテラン先輩方を選ぶはずだ。
しかしそうではない。
これには何か訳があるのだろうか。考えてみるが私には全く分からないことである。
すると、
「あらクレイ様、わざわざ私たちの組合に足を運んで頂き誠にありがとうございます」
イーラ先輩が近寄ってきた。
彼女はクレイさんに綺麗で無駄の無いお辞儀をする。しかしクレイさんはどこか不機嫌そうな顔をした。
「俺はお前に下の名前で呼ぶことを許可したつもりは一切ない。俺の名前を下で呼べるのはソフィアだけだ」
わざわざ近づいてきたイーラさんに対してクレイさんは少し距離を置いた。なぜそんなに冷たく言うのか、距離を取るのかと、私は思う。
「まぁまぁそんなことは仰らずに。
それよりもこれは竜の魔石……!!
これはアルスタ様がお持ちになったものでしょうか!?」
「あぁそうだ。それを今、ソフィアに鑑定をしてもらっているところだ」
するとイーラ先輩はクレイさんに対してグイッと近づく。
「でしたら私の方でぜひお任せ下さい!!
魔石は非常に貴重で繊細な鑑定品。
こんなまだまだ青い未熟な女では魔石の正確な鑑定は困難だと存じ上げます。
ですのでここは目利きである私に任せてくれた方がより正確な値打ちが付けられ、アルスタ様の利益に繋がります!!」
こんなまだまだ青い未熟な女……。
イーラ先輩は何気なく言ったのかもしれない。しかし今の言葉は私の胸の中で響く。
そうだよね……。私じゃ魔石に値段を付けることは難しいし、もし失敗したら大変だもんね。
イーラ先輩は何も間違ったことは言ってないもの。
それでも……。
なんだか私は全然認められてないって感じですごく傷つく……。
私はショックが隠しきれなかった。
クレイさんの前、お客様の前だというのに頭を俯かせて顔に影を落とす。
そんな様子をクレイは見ていた。
「………」
その顔つきが段々恐ろしく変化していった。やがて我慢できないように口を開く。
「……今の発言、取り消せよ」
「えっ?」
「だから今の発言を取り消せと言っている。俺はこの組合の中で他の誰でもないソフィアに鑑定を任せたんだ、お前じゃ無い。
ソフィアは確かに新米なのかもしれない。
しかし俺は彼女を信頼している。これで値段が適正で無いとしてもそれは俺の責任だ」
いいか……。
「俺のことを馬鹿にするのは構わないが、ソフィアに対して蔑む発言は絶対に許せない。
だから今の発言を撤回しろ」
クレイは鋭い目で容赦なくイーラを睨みつける。そこには震え上がる怒りが湧き上がっていた。
S級冒険者の圧倒的なオーラ。
あたりはその危機を察知し、クレイは他の冒険者達の視線を一身に受ける。
しかしそんなことはクレイにはどうでもよかった。とにかく今は目の前の女が許せない。
「申し訳ございません!!
わたくしの無鉄砲な発言でクレイ様の怒りを買ってしまったことは心より謝罪致します。
本当に申し訳ございませんでした」
イーラは腰が90度に曲がるような深い深い陳謝をクレイに対して行う。しかしクレイの怒りが冷めることはない。
「俺じゃなくてソフィアに謝れ」
「はい。……ご、ごめんなさいソフィア」
イーラは非常に不服そうな顔をして頭を下げた。
「別に気にしないでください。
私は確かに未熟ですから……」
「ソフィア……」
泣きそうな顔のソフィアは無理やり笑顔を作る。その顔を見てクレイは物凄く切ない気分に襲われた。
「で、では私は失礼します」
イーラは逃げるようにこの場から立ち去っていく。
「………」
残されたのはソフィアとクレイの二人だけ。クレイはそっと優しくソフィアの肩を撫でた。
「大丈夫だ気にするな。
あの女がどう言おうとソフィアは立派な受付嬢だ。それはこの俺が保証する」
「クレイさん……」
彼は私の手にそっと手を重ねてきて、励ますようにニコニコと優しい笑みを浮かべてくれる。私はそれを見て何だか泣きそうになってきた。そして何よりも嬉しい。
その時……。
グーー。
「あっ!?ごめんなさい!!」
とうとう耐えきれず私のお腹が鳴ってしまった。こんな緊張が張り詰めた空間だと言うのに、私のお腹の音は過去最高に大きい。
どんな状況でも空腹は誤魔化せなかった。
私の顔は真っ赤に染まっていく。
もしかしたら、先程の泣きそうだった顔より赤くなっているかもしれない。
やっちゃった。
もうこんな状況で私のお腹ったら!!
恐る恐るクレイさんの顔を伺う。
彼は最初キョトンとしていたが徐々に微笑みを浮かべる。
「どうした?
腹でも減ってるのか?」
「本当にごめんなさい……!!
実は今日のお昼を抜かしてまして……」
「はっはっはっ!!
そうだったのかそれは大変だな。
あいにく何も持ち合わせていないのだが大丈夫か?」
「そんな、たとえ何か持っていたとしても今は勤務中なので受け取れませんよ」
「ソフィアはそういうところが生真面目だな。もう少し楽にしていてもいいと思うぞ。
ん……ちょっと待て」
「えっ、どうしました?」
クレイさんは突然真剣な顔をする。
そして何かを考えているのだろうか、顎に手を乗せた。
「なんで今日は昼食を取れなかったんだ?
昼休憩はあるはずだろう」
まさか……。
そう言ったところでクレイさんは何かに気付いた。そしてまた先ほどのような怖い顔になっていく。私には何が何だかわからなかった。
「あの女達に意地悪をされて食べれなかったのか?」
「えっ……」
「例えば仕事を押しつけられたり、仲間外れにされたり」
「………」
「どうした、本当に心当たりがあるのか?」
私は本当に困惑する。クレイさんはこちらを心配してくれているのかもしれない。それでも流石にこの発言は……。
先輩達は私のことを思って仕事を任せてくれている。確かに量としてはかなり多い方。
だけど先輩達は決して意地悪などそんなことはしない。証拠なんかないけど私は信じている。
そんな言葉でソフィアはソフィア自身を信じ込ませていると、別の場所から違う誰かが声を発してきた。
じゃあなんでイーラ先輩は毎日のように私を叱るの?他の人には人が変わったように優しくしているのに。
いいや、それは違うの。
先輩は私のことが気掛かりだからアドバイスをくれているの。決して私のことが気に食わないからじゃない。
じゃあ今日の昼の事はどうなの?
他のみんなは楽しそうにお昼を取っていたのに、一人だけ仕事をさせられてなかった?
いいや違う、それは絶対に違う。
自分が未熟だから先輩達は私を成長させてくれようと多く仕事を任せてるの。自分が嫌われているから、仕事を押し付けられているんじゃない。
絶対に違う。
そう、絶対に違うのだ。
なぜなら、先輩達はそんなこと絶対にしないって私は信じている。
「ソフィア、大丈夫か?
嫌なことがあったら今ここで気にせず言え。
俺がギルド長に相談してやる」
悩みに悩んだ挙句、ソフィアは言葉を絞り出す。
「……そ、そんなことはないです。
私は先輩達に可愛がられていますから」
「そうか……それだったら良いんだが」
私のことを覗き込むようにクレイさんは確かめる。私はとある感情を見せないように必死に隠した。
その感情とは、もしかしたら先輩達にいじめられているかもしれないという、恐怖の感情。
するとクレイさんは安心したのか顔を和らげる。私は一縷の安心と共に寂しさを感じた。
「その……今日は暇か?」
「はい。この後は特に予定は無いですが」
クレイさんは何が言いたいんだろう。
私はその答えを彼の言葉で知ることになる。
「だったら一緒にどこかへ食べに行かないか?ちょうど新しく出来た良い店を知っているんだが……」
「え、そうなんですか?」
「ん?あぁそうだ……」
そんなことを言ってくるなんて珍しい。
それにいつも堂々した態度の彼が、今は緊張した子供のようにモジモジしている。
こんな可愛い一面を見せるのか、そんなことを私は思った。
「でしたら是非連れてってください」
「そうかそうか、それは良かった……」
クレイさんはとても嬉しそうだ。
「俺はまだ組合に用があるからここで待っている。仕事が終わったら来てくれ」
「はい分かりましたっ!」
クレイさんとお食事か。
なんだかとってもワクワクしちゃう…!!
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