受付嬢の旦那様っ!

海坂キイカ

プロローグ

「すみませんでした!」


 いつもの時間、いつもの相手に私は頭を下げる。


「あんたはいっつもそそっかしいのよ。

それと昨日の対応も全然ダメ。あんな対応で客商売が務まってると思うの?

あんなのだから……」


「本当にすみません」


「すみませんすみませんって反省してるの?

昨日だってそうやって何にも変わらなかったじゃない」


「い、いえ今度は頭に深く留めて……」


「じゃあ前までは全然気にも留めてなかったってこと?」


「いえ違います!今度こそは本当にもう二度と起こらないように気をつけます!」


「はぁ。まぁいいわ……。ダラダラ説教するほど私はアンタと違って暇じゃないしね・・・・・・・


「す、すみません……」


「また明日この時間にここに来なさい。

私より10分前に来て、何が悪かったのか反省しておくこと。いいね?」


「はい、分かりました」


 イーラ先輩は足早に立ち去っていく。誰もいない廊下で私はただ一人、うなだれるだけだった。


△△△△

 

 私の名前はソフィア・アルシオン。

とある辺境の田舎からエアルという街の冒険者組合に働きに来た新米受付嬢だ。


 田舎生まれの私は右も左も分からず、先ほどのように上司であるイーラ先輩に毎日のように注意を受けていた。


 今はお昼の12時頃。

先ほどのイーラ先輩とは反対の廊下を歩いていく。本来なら休憩の時間だが、私にはまだやるべき仕事が残っていた。いや正確に言えば私だけ仕事が多いと言うべきだろう。


 ただそれも全ては先輩達が私を思ってくれてのこと。未熟な私に早く仕事を覚えてもらおうという先輩たちの励ましだ。だからその期待に応えなくてはならない。


 そんなことを考えつつ歩いていると、突き当たりにある木のドアの前にたどり着く。その中に入るとドアを閉めた。


 中には大量の魔道具が置かれている。魔法で重さを図る天秤、様々な色のポーション、果ては剣までも置かれてある。


 私はその中でポーションが並んだ棚に向かい、しゃがみ込むと選別を始める。いつものように赤いポーションを右へ、青いポーションを左へ仕分けていく。


 お昼の休憩は12時から13時までなので、この作業を終えるのが遅いと昼休みが無くなる事もある。

 

 それでも急ぎすぎてはポーションを割る危険性があるので、気をつけながら加えて、てきぱきと作業しなくてはならない。


 とはいえ怒られた直後にすぐに切り替えるほど私には余裕はなかった。だから作業の手を止めて一つため息をつく。


「はぁ……」


 イーラ先輩を含めて先輩達は私のことを信頼してくれて、可愛がってくれている。仕事だって多く任せてくれるし、気遣いだってしてくれる。


 しかしそれとは裏腹に自分はその期待に答えられない。それで最近は先輩からずっと指導や注意を受けている。


 そんな自分が本当に情けなくて、もどかしい。どうにか早く先輩の期待に応えたいのだが、具体的なミスを先輩は教えてくれない。

 

 先輩曰く、その間違いは自分で気づけとのこと。


 しかしいくら考えてもその間違いというものが私には分からない。自分としては完璧に接客をしていたつもりでも、先輩からすれば誤りがあるらしい。


 最近はそのことでずっと頭を悩ませていて、家に帰った後に泣くこともあるし、眠れなくなることもある。今もそれで気を落ち込ませている。


「私ってやっぱりこの仕事に向いて無いのかな?」


 赤いポーションを床に置いて作業を止める。


 冒険者の受付嬢を始めてから早半年。

村娘だった自分は一生懸命勉強して、憧れだった受付嬢にようやくなることができた。


 あの時はとても嬉しかった。

家族であるお父さんやお母さんはとても喜んでくれて、妹も抱きついておめでとうと言ってくれた。村の人にも祝福されて、私はなんだかお姫様になったような気分だった。


 あの時は決して裕福では無かったが、決して心も貧しく無かった。それに比べて今は、あの村が本当に恋しくなってくる。


 はぁ……。


 そう思うと、またため息をついてしまう。

私はなんてダメなのだろうか。


「でも反省はあとにしなきゃ。今は一刻も早く仕分けを終わらせなくちゃね」


 とはいえ自分一人では終わらない膨大な量。しかし誰かに甘えてはいられないし甘えられない。


 私はその後も終わりの見えない作業を続けていった。


△△△△


「イ〜〜ラ、ソフィアちゃんにだけ倉庫の仕事を任せていいの?」


「いいのいいの。

あんなやつは道具でしかないから」


「もう先輩ったら鬼なんだから〜」


 アハハハハ。


 休憩室に複数人の笑い声が響き渡る。

歳は20後半から30前半だろうか。倉庫で選別をしているソフィアより幾分も歳上だ。


 すると一人の女がまた口を開く。


「今回はどのくらい持つかしら?

一年?半年?あと1ヶ月くらい?」


 するとそれにイーラは答えた。


「そんなのはどうでも良いけど、減ったらまた増やすだけよ」


「そしてたらまた減っちゃうじゃない。

全く最近の新米はグズで役立たずばっかりでほんと嫌になっちゃう。それにしてもさ、イーラはなんでそんなにソフィアちゃんを嫌ってるの?」


「そんなの決まってるでしょ。あの女がアルスタ様に気に入られてるからよ」


「アルスタ様素敵よね。

S級冒険者なのに一人で活動されてて、それに何よりあの見た目ときた。私アタックしてみようかしら?」


 女は意地悪な笑みを浮かべる。

それは目の前のイーラの彼に対する気持ちを知ってのことで、あえてそう言った。


 するとイーラは目に見えて不機嫌になる。


「絶対無理よ。

てかアルスタ様は私のものなんだから、変なこと言わないでくれる?」


「ごめんごめん冗談よ」


「ふん、まあ良いけど……」


 イーラはS級冒険者、クレイ・アルスタのことを考える。


 彼は黒い鎧を身にまとった紫髪の美男だ。

S級冒険者という冒険者の最高の位置に座していながら驚くことに単独で行動している。


 それゆえに冒険者の間では孤高の黒騎士などと言われていた。そしてその名にふさわしく常にクールで無愛想、口数は少ない。


 そんな彼だが一人だけ例外がいる。

それはソフィアに対してだ。いつも無表情なアルスタがあの女の前だけは優しい顔を見せてニコニコと微笑んでいる。


 それが何よりイーラは気に入らない。

二人の仲の良い光景を見ていると、あの女を引き裂いてしまいたくなる。だからはソフィアをいじめるのだ。


 イーラは下衆な笑みを浮かべる。


 今日だって何もミスをしていないが、あの女を呼びつけて怒鳴ってやった。

物凄い気持ちがよかった。明日だって今日と同じように怒鳴りつけてやる。

あの女が辞めるまで泣くまで因縁をつけて、彼を私のものにするのだ。


 あいつに受付嬢になったことを後悔させてやるんだから……♪

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