第14話 蝙蝠怪人、ゲットだぜ!

「それでレヴナント様、乙女にばかり話をさせるのは少々マナーに反しましてよ。あなたのお話も聞かせてくださらないかしら?」

「ふん、よかろう。何が聞きたい」

「そうね、まずはどうやってこの部屋に忍び込んできたか、ですわね」


 王城ほどではないが、ヴラドクロウ家の警備は厳重だ。

 ネズミ一匹通さない……とまでは言えないが、そんじょそこらの賊が容易く潜り込めるような警備は敷いていない。穴があるなら塞がなければ。侵入してきたのがレヴナントではなく、暗殺者であったのなら今ごろ私の命はなかっただろう。


 私の問いに、レヴナントは唇の端を歪めてくくくと笑った。


「我らのことはよく調べていたようだが、肝心のことは知らなかったようだな。では見るがいい、これが我ら夜の種族の力だ!」


 その言葉とともに、レヴナントの全身が薄っすらと黒い靄で覆われる。

 端正な口元が耳まで裂けていき、歯がめきめきと音を立てながら伸び、無数の牙と化していく。切れ長だった目がほぼ正円に変形し、瞳が拡がって一対の赤い宝玉のようになった。耳が縦に尖って伸びていき、どこか兎を連想させる形に変わる。顔全体から灰色がかった剛毛が生えはじめ、地肌が見えるところがなくなった。

 そして極めつけは……背中だ。ごうと風が吹いたかと思えば、レヴナントの背中には巨大な羽が出現していたのだ。鳥のようなそれではなく、細い骨組みに皮膜を張った、まさに蝙蝠のような羽だった。


 変身したレヴナントに思わず見入っていると、レヴナントが口を開いた。


「くくく、さしもの豪傑令嬢でも驚いたか。これが我ら夜の種族が持つ変身能力だ。この翼を以って夜空を往けば、どんな厳重な警備も無駄というものよ」


 ああ、たしかに驚いた。驚くに決まってる。

 だって、だってこの姿は――


「すっごい! かんっぺきにバット・バッデスじゃん! 衣装さえちょっといじれば原作完全再現間違いなし! ねえねえ、ちょっと触ってみてもいい? 本物に触れる機会なんてないからさ!」

「ま、待て。よだれを垂らしながら近寄ってくるな。それにバット・バッデスとは何なのだ?」

「ああ、ごめんごめん。蝙蝠怪人バット・バッデスっていうのはね、90年代特撮の中でも珠玉の造形と言われる怪人のひとつなの。写実性とデザイン性を兼ね備え、恐ろしさとユーモラスな印象を見事なまでのバランスで同居させてるのよね。『好きな怪人ランキング』なんてアンケートがあると、いまでもかならずTOP10には入るんだから。ま、私はキルレイン様がダントツナンバーワンだと思ってるけど……きぐるみ系の怪人と、悪の女幹部じゃ方向性が違うから別ジャンルよね。で、その頃の特撮のきぐるみって撮影が終わったらまた次の怪人に使い回されちゃったり、処分されちゃったりするから現物はもう残ってないのよ。仮に完品が残ってたら数千万円の値がついてもおかしくないんじゃないかな。いや、怪人の価値はお金で決まるものじゃないよ、もちろん。ただわかりやすさって意味では――」

「待て待て待て待て! それ以上近寄ってくるな! 何を話しているのかさっぱりわからんぞ!?」


 両手をワキワキさせながらにじり寄っていたら、いつの間にかバット・バッデス――じゃなかった。レヴナントを壁際まで追い込んでいた。

 いかんいかん、これでは私のほうが襲っているみたいだ。私は咳払いをひとつして、読書をしていた椅子に戻った。


「ふっ、さすがは豪傑令嬢だ。この姿が恐ろしくないのか」


 蝙蝠と化したレブナントのつぶやきに、私は全力で首を横に降った。


「恐ろしいだなんてとんでもない! いや、もちろん良い意味では恐ろしいけど、めちゃくちゃカッコいいじゃん!」

「カッコいい……だと、この呪われた姿が?」

「呪いだなんてとんでもない! それは祝福よ! 特撮の神様が与えてくれたさいっこうのプレゼントじゃない!」

「祝福……お前はこれを、神の祝福だと言ってくれるのか……」


 レブナントは、膝を折って両手を組み、何やら祈りはじめた。

 私も膝をついてその手を両手で包み込む。おお、毛の質感は思ったより柔らかいんだな。もっとごわごわしているものかと想像していた。


「人々はこの姿を恐れ、迫害した。300年前、この国を作った王は我々を『忌み血』とさげすみ、根絶やしにしようとまでした。以来、我らは夜の種族を名乗り、正体をひた隠しにしてきたが……」

「王には特撮を愛する心が欠けていたのね。あなたたちほどカッコよくって、美しいものは他にはないわ!」

「その言葉は本心か? 何か企みがあるのではないのか?」

「もちろん本心よ! 証拠はこれ!」


 私はレブナントを優しく抱きしめた。

 頭をなで、背中をさする。ふむ、けっこうもふもふだな。羽の付け根をじっくり触り、構造を確認する。ふむ、ちょうど肩甲骨のあたりから伸びてるんだな。皮膜は薄く見えるけど、鞣した牛革みたいでしっかり丈夫だ。お次は耳を――


「おいっ、こらっ! やめろっ、離せっ!」


 あ、調子に乗って触りまくってたら振りほどかれてしまった。

 うふふふ、しかし、これで私は蝙蝠怪人バット・バッデスの実物に触った女だ。特オタの中でも2階級特進を果たした気分だぜ!


「お、お前が本気で我らの姿を嫌悪していないのは理解した。ならば我らを害することもなかろう。王家は我らの怨敵えんてきでもある。武運を祈っているぞ。では、邪魔したな」

「あっ、ちょっと待って!」


 窓を開けて出ていこうとするレヴナントを引き止める。

 こんな逸材が飛び込んできたのに、みすみす見逃す訳にはいかない!


「なんだ、まだ何か用か?」


 怪訝そうなレヴナントに駆け寄り、再びその手を取る。

 そしてまん丸の瞳を正面から見据えながら、真剣な口調で告げた。


「あなたも……いえ、夜の種族もジャークダーに入らない? 悪の秘密結社の一員になって、一緒に王家をやっつけるのよ」

「何、我らも共に……だと?」


 レヴナントの兎耳が、ぴくりと反応した。

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