第13話 あれ、私、カルマ値カンストしちゃいました?
その晩のことである。
3日に1度の夜間外出禁止の日であったため、私は紅茶を片手に自室で本を読んでいた。真面目なものではなく、近頃流行りだという騎士道物語だ。筋立てはシンプルで、身分違いの恋をした騎士が、ドラゴンを倒すなどの手柄を立てて王に認められ、貴婦人との恋が成就するといったもの。
うーん、正直、令和日本の娯楽の数々に慣れてしまった私には物足りない。戦隊ヒーローも合体ロボも出て来ないし、何より悪の秘密結社が登場しない。一日でも早く怪人を完成させ、この手で完璧な悪の秘密結社を実現させなければ――
はっ、いかんいかん。
行き詰まったので気分転換をしようと小説なんて読んでたのに、気がつけばまた
「怪人……そうね、まずは蝙蝠をどうにかしないと……」
思わず、そんな独り言を洩らしてしまう。
蝙蝠怪人バット・バッデス。それは正義戦隊ジャスティスイレブンの記念すべき第1話に登場した、その名の通り蝙蝠をモチーフにした怪人である。大きな黒い翼で飛行する他、暗闇をもたらす煙幕や、怪音波による攻撃も可能で、1体目にしてはかなり強力なスペックを誇っている。とくに頭部の造形の評価が高いのだが、それもそのはず、造形師は何ヶ月も動物園に通ってオオコウモリの観察をしたそうなのだ。努力の甲斐あって、バット・バッデスは恐ろしげながらもどこかユーモラスで可愛らしい印象を――
「くくく……我を蝙蝠扱いとはな。しかし、よくぞ見破った」
「えっ!?」
脳内特オタ早口語りをはじめたら、天井の隅から声がした。
照明は届かず、わだかまったような闇がそこにはある。その奥から、若い男の声がしたのだ。
「ふん、いまさら驚いたフリなど白々しい」
闇を突き破って、一人の青年が飛び降りてきた。
夜空のように黒い髪とは対象的に、病的なまでに青白い肌。しかしその瞳は真紅の光を爛々と灯していて、奇妙な生命力を感じる。年のころは二十代そこそこといったところか。長身で細身の男だった。
私は枕の下に隠してある短剣を咄嗟に引き抜――こうとして、はたと気がついた。この青年、なんかどっかで見覚えあるな。現世じゃない。前世の方の記憶だ。
乙女ゲームの攻略サイトに転載されてたイラストの一覧で見たことがあるような……。
「あっ、たしかレヴナント!」
「なに!? なぜ我が名を知っている!?」
初対面のはずなのに、名前を言い当てられた青年――レヴナントが動揺している。
彼は攻略対象のひとりだが、出現条件が特殊だ。ゲーム内で悪行を積むたびに増えていくカルマ値がカンストすると、その日の夜、部屋に突然現れる……って攻略サイトに書いてあった。けっこう面倒な手順を求められたので、実際には試していないのだが。
そうか、いつの間にか私のカルマ値はカンストしてたかあ。って、それは関係ないか。この条件でレヴナントが現れるのは正ヒロインであるネトリーのところのはずだ。悪役令嬢である私には関係がない。
ともあれ、名前を知ってた理由かあ。
あなたは前世の乙女ゲームの登場人物なので知ってました、なんて言ったら頭のおかしいやつ確定だよなあ。とりあえず思いつきで答えておこう。
「えーっと、まあ、なんていうか、勘? なんかこうレヴナントっぽい顔してるなあって思って」
「そんなことで誤魔化されるか! 貴様、我ら『夜の種族』についてどこまで知っている」
あ、いかん。適当に誤魔化したら逆に不審に思われたようだ。
いや、不法侵入してる時点で彼のほうがよほど不審なのだが……。まあ、それはともかく、夜の種族とは吸血鬼や人狼など、人間社会に紛れて暮らしている闇のものだ。こんなことはおとぎ話でみんなが知っているが、実在してたんだなあ。
「えーと、レヴナントはたしか吸血鬼だっけ?」
「くっ、我の正体まで辿り着いているとはな。貴様らがジャークダーを名乗り、闇に棲まうものとして暗躍していることはわかっている。闇は我ら『夜の種族』の領分だ。一体、何を狙っている?」
レブナントはまなじりを上げて、その真紅の瞳を私に向けてくる。
ふうむ、ジャークダーの活動のときに「闇より生まれ、闇に棲まうもの」とか名乗ってたのが誤解を誘ったのか。原作のジャークダーにこういう名乗りはないからオリジナルで作ったんだが……どうもそれが気に触ってしまったようだ。
私はこほんと咳払いをして、居住まいを直した。
態度を令嬢モードに改める。
「あなた方の領分を犯すつもりはさらさらございませんでしたわ。しかし、乙女の部屋に深夜に忍び込むのは夜這いにしてもいささか風情に欠けるのではないかしら?」
「我らの領分に泥靴で踏み入ったのは貴様らだ。我らと敵対するつもりがないのなら、本当の狙いは何だというのだ」
うーむ、これは言ってしまってもいいのだろうか……。
まあ、ジャークダーの活動を見てりゃわかることだし、つながりを知ってしまった相手に隠してもしょうがないだろう。
「わたくしが、王子イログールイに理の通らない婚約破棄をされたことを知ってらして?」
「ああ、もちろん知っているぞ、
「ご存知なら話が早いわ。その件で、わたくしとヴラドクロウ家はひどく名誉を傷つけられました。剣と槍を以ってそれを償わせることも考えましたが、それでは民に要らぬ迷惑がかかります。そこで、悪の秘密結社ジャークダーを結成し、それを使って王家の名誉に対して戦を仕掛けることにいたしましたの」
「なに、王家と戦をしているというのか? 貴様は貴族だろう」
おや、レブナントは情報通に見えたが、貴族社会についてはよく知らないようだ。
「王は万民を保護し、貴族は王に奉じるもの。それが基本ですが、その王が暗愚であるならそれを諫めるのもまたあるべき姿なのです。王国300年の歴史の中でも、貴族によって退位を迫られた王は2人、廃嫡された王子はひとりいますわ」
「むう、そういうものなのか。貴族どもは王にへつらうのが仕事だと思っていたぞ」
あー、平民の認識だとそんなもんだよなあ。
そういう貴族ももちろんいるけど、うちの国は王家と貴族で構成される議会とでわりとバチバチやりあっているのだ。王家につくものを王党派、議会を重視するものを議会派と呼び、旗色を明らかにしない中立派もいる。
ヴラドクロウ家は議会派の筆頭であり、近年激しくなってきた王家と議会派貴族の対立を和らげるための政略結婚が私とイログールイとの婚約だった。だが、あのバカは勝手な判断でそれを台無しにしてしまったのだ。お父様がブチ切れるのも当然なのである。
そんなことをざっと説明すると、レヴナントは口元に手を当てて何やら考え込んでいる。
必要なことは話しただろう。今度はこちらが質問する番だ。
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