第1章 イヴ王子[Lux-race]①
王都で
なので、伯爵邸とは言いますが、王都の住宅地の一角にあるただの
昨日の夜、このブレナンテ伯爵邸にやってきた私は、
朝、起き出した私は、
「ミセス・グリズル、これは何ですか?」
すると、ミセス・グリズルは楽しそうにおしゃべりします。
「ああ、これはね、イヴ様のお好きなハーブティーよ。実はね、イヴ様はよくうちにも来られるのよ」
「え? 王子様なのに?」
「私の夫の父、義父の先代ブレナンテ伯爵がイヴ様の教育係の一人だったのよ。誠実な方でね、王家の
なるほど、ウォールドネーズ
一人得心がいって、私はハーブティーをご
「今、先代ブレナンテ伯爵はどこに?」
「引退してからは
「へぇ、
「ド・モラクス
はあ、とミセス・グリズルはため息を
うーん、子どもが母親と
熱々のグラタンを
ミセス・グリズルはすぐに立ち上がります。
「あ、帰ってきた。はーい、今行きます」
「私も」
ブレナンテ伯爵家の
ミセス・グリズルによって
「おお、その子が……オーレリアの
母の名を出されて、私は反応します。
「はい、オーレリアの娘、エスターと申します。母のことをご存じなのですか?」
「もちろんだとも。一緒に王城で働いていた仲だ、とはいっても彼女は
王城で働いていた、母の上司。ああ、この方が先代ブレナンテ伯爵でしょう。
その雰囲気を破ってくれたのは、先代ブレナンテ伯爵の後ろにいた少年でした。
「先生、そんな話は後にしてください。後ろ、つかえてます」
先代ブレナンテ伯爵を先生、と呼んだ私と背が同じくらいの十二、三歳程度の少年──灰色がかった毛先に、
先代ブレナンテ伯爵はすぐに顔を上げ、後ろの少年に謝ります。
「おお、すまないね、イヴ。かぼちゃは台所に運んでくれ」
「分かりました」
イヴ、と呼ばれた少年はその手にオレンジ色の小さなカボチャがいっぱいに入ったかごを持っていました。お祭りで使うような大型のカボチャと
私たちの横を通り、イヴ少年はさっさと中へ入っていってしまいました。それを見ていた私は、はっと気付きます。
「イヴ? もしかして、あの子がイヴリース第一王子
「そうだよ。どうやら、
「はあ、そうなのですね」
少々生意気でぶっきらぼうなのは、恥ずかしいから、なるほど、そうなのかもしれません。多分ですが、先生と呼ぶほど親しい先代ブレナンテ
なんだか、悪い方ではなさそうで、私は安心しました。が、よく考えれば宰相閣下と初めて会った昨日も同じことを思った気がするので、やはり用心しなければ。
などと思いつつ、ミセス・グリズルが先代ブレナンテ伯爵とハーブ類を仕分けしている間に、手持ち
「こんにちは、イヴリース様」
「ん。お前がエスターか?」
「はい。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
「分かった。パンプキンパイを作るから、お前も手伝ってくれ。あと、イヴでかまわない」
「はい、承知いたしました」
それを見てか、イヴは感じ入ったようにこう言いました。
「
「そうですね、父のために私と兄は色々やりましたから。ああえっと、私の父は光に弱く外に出られない体質で、私と兄は外で
思えば、私は何一つ公爵令嬢らしくないですね。鉄製のスプーンでカボチャのわたを取りながら、子どものころの思い出の中を探しますが、公爵令嬢らしい
「とはいってもですね、あまり年の近い他の貴族令嬢と会ったことはなくて、友達もいないのですよね……母が言うには、他の方に比べて、私は貴族令嬢らしくないそうですが、よく、分かりま、せん!」
どがん、と音を立てて包丁はまな板に
「種は天日干しして
「イヴ様も
「先生がよく作ってくれるんだ」
私とイヴは、下ごしらえしたカボチャを
それをまさか、リュクレース王国の王子様まで食べていたとは、世界は思ったよりも
しかし、イヴはそんな変な公爵令嬢に親近感が
「なあ、エスター」
「はい、何でしょう?」
「お前は光魔法の使い手で、それでテネブラエの
「ハイマアソウデスネ」
私は自分からどうしても来たくて来たわけではないですが、その
「そうか……お前にも、苦労をかけているんだな」
「えっと、そうかもしれませんが」
「本来なら
イヴは料理ではなく、私を
イヴはリュクレース王国の第一王子です。それ相応の自負はあり、だけどまだたったの十三歳ですから、何もできないも同然です。政治にせよ、社交にせよ、力不足は
それでも、解決のために何かがしたい。イヴの中の王子としての責任感は、しっかりとそこにありました。
ただ、イヴにも十三歳らしいところはあります。
「あと、国の危機を前に、こんなことを王子が言ってはいけないとは思うんだが」
そして出てきた言葉は、こちらです。
「……
しばしの
密偵、まるで
「密偵って
「そ、そうだよな! 密偵、か。ミセス・グリズルもそうだったらしいんだが、あまり話を聞けていなくて」
「聞きましょうよ、面白いですよ、きっと!」
「うん、今度、聞こう。でも、見えない
年相応に、イヴは興奮気味に語ります。それを見ていて、私はそれならば、と
台所の
それを、イヴは何も言わず、明らかに
「水に濡らしたシナモンで、紙に文字を書きます」
さらさら、と水で『
ほの暗い光が、文字を照らし出します。白っぽく、『
「はい、できました。
イヴは目を見開いて、マナー講師にお
「光った! ど、どういうことだ? シナモンを光らせたのか?」
「いえ、ずっと昔に兄と遊んでいて見つけたのですが、シナモンや桜の葉には、見えるか見えないかくらいの暗い光を当てると光る成分があるらしくて、私程度の光魔法でもこういう遊びはできるのです。えへん」
私は鼻高々です。子ども
そんな改心した私はさておき、イヴはやっと落ち着いて、本題に
「なるほど、このためにお前を呼んだのか」
「らしいですよ。どうせなら兄を呼んでくれればよかったのに」
「なぜ呼ばれなかったんだ?」
「多分ですが、兄は
ド・モラクス
そのことを話すと、イヴは笑いを
「ぷっ……お前の兄、
「
よほど、イヴの笑いのツボに入ったのでしょう。イヴは
よかったねお兄ちゃん、公爵令息らしからぬしょうもない兄だと常々思っていましたが、こんなことには役に立つようで何よりです。
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