序章 光魔法の使い手[Ester]
光あれ、と神様は言いました。
世界が明るくなったのはそれからあとのことで、魔法によって光を生み出せる人のことを──神様の祝福を得ているだとか、
でも、光るだけの魔法というのは、やっぱり火や水を生み出せる便利な生活魔法、
ただ、今現在となっては、少なくともリュクレース王国の王族の間では、そんなことさえも忘れ去られていたようです。大陸の一の大国である以上、光魔法の使い手なんて全土を探せば実はそこそこいるのかもしれません。でも、とある事件によりその
それが私の生まれる前、ざっと十五年前のことです。
申し
父はド・モラクス
まあ、私は母
さて、私は今、あるお方に呼び出されてリュクレース王国王城に来ています。実は初めて来ました。ド・モラクス公爵領はリュクレース王国の
ただ、今まで王都に近づかなかったのは、太陽の下に出られない父の体質の事情を
母が
ウォールドネーズ宰相閣下は、もう何十年もリュクレース王国の宰相を務めておられる方です。この方のおかげで今のリュクレース王国が存在していると言っても過言ではない、名宰相として名高い人物です。少なくとも、ここ何十年と、戦争という暴力的な手段に
私は初めてお会いしますが、どんな方でしょうか。
宰相閣下の執務室の扉が開かれ、奥には
ご老人は立ち上がって、
「ごきげんよう。君がエスター・ド・モラクスか」
「はい、初めまして、ウォールドネーズ宰相閣下」
「
私はそう
なんだか、怖い人ではなさそうです。どうすればいいのか、世間話でもすればいいのか、と私がまごまごしていると、宰相閣下から声をかけてくれました。
「実はな、初めましてではないのだよ」
「え? そうなのですか?」
「ああ、一度だけ、ド・モラクス
こんなに、と宰相閣下は机の高さほどに手を示します。
「そのときに、君と君の兄が持っている真っ白な紙に、驚かされたのだよ」
晩餐会、真っ白な紙、兄。
私はふと、思い出しました。あれは六、七年ほど前のことです、屋敷での晩餐会前に悪戯が完成したので、父に見せに行こうと兄と
その悪戯は──白紙へ、ちょっと
私はそんな
「ああ、あれのことですか! あれは……子どもの悪戯で、あぶり出し文字のように光を当てれば見える文字を作ろうと思って」
「それができるのは、光魔法の使い手だけだよ。少なくとも、我が国の技術ではできぬ」
「そんな、
私は
そう思っていたら、宰相閣下は一枚の白紙を私の前に出してきました。
「この紙を、読んでみてくれるかね」
白紙を受け取り、私は不思議に思いましたが、すぐに話の流れからピンと来ました。
「ああ、これは、同じような仕組みですね。えい」
テーブルに置いた白紙の上に、右手をかざし、私は光魔法を使います。ほの暗い光です、ともすれば
「んー……
少しずつ強さや角度を調整すると、白紙にははっきりと、光る文字が浮かび上がりました。
「うむ、実に
「あはは、大したことじゃありません。えっと、内容は」
私は他人に
そして私は、
「プレツキと
読んだあとで、私は、ん? とその短い内容に引っかかるものを覚え、宰相閣下へ
「あの、これは一体?」
宰相閣下の顔は、孫を前にしているように
「プレツキとは、おそらくプレツキ
プレツキを籠絡せよ。
宰相閣下の言葉と合わせれば、つまりはプレツキ公爵令嬢アマンダという女性を手中に収めろ、味方につけろ、という話です。そして彼女はこの国の第一王子イヴリース殿下の婚約者。
私からすれば、はあ、そんな人もいるのですね、くらいのことです。なんと言ってもド・モラクス公爵家はリュクレース王国の
なので、プレツキ公爵令嬢もイヴリース殿下も、たとえ同じ国の王侯貴族であっても、私やド・モラクス公爵家にとってはほぼ知らない人々、ほぼ関係のない人々の話なのです。あとは、リュクレース王国はとにかく東西に広いですから、親族でもなければ王侯貴族だろうと社交界に出入りしないかぎりはそう簡単には知り合えない、そういう事情もあります。
ということは、ド・モラクス公爵家にとっては、その二人の婚約の話は口を挟むことでもなし、お好きにどうぞ、という話なのですが──。
「とはいえ、イヴリース王子殿下はまだ十三歳。対して、アマンダは十九歳。政略
ふむふむ。アマンダは結婚に不満。
そのアマンダを、籠絡。
ようやく、私の中で言葉の意味が
「まさか、籠絡って……不満を持った将来の
私の顔はちょっと引きつっていたと思います。とても
私の答えに満足したのか、宰相閣下はやはりシワの深い
「
「
「やつが好んで使う
これ、すなわち見えない文字で指示の書かれた紙です。他国の密偵のものでしたか。それは確かに『ヤバい』ですね。私も
なんだか現実味がなく、しかし
ですから、そこに私を呼ぶ意味があるのです。すべての話は繋がっている、となるとこうです。
「あ、ひょっとして、私が呼び出されたのは」
私は
「聡い子だ。分かってしまったかな」
宰相閣下、私へ圧をかけてきました。これは逃げようがありません。気付いたことを正直に答える以外、方法はありませんでした。
「密偵テネブラエの
「うむ。何、危ないことはない。公爵令嬢を危険に
「は、はい」
それは建前では、と思いましたが、私は何も言いません。逃げ道を自分で
「このテネブラエ
なるほど、年の功、というか経験がなせる
まあそれは私と兄が
案の定、宰相閣下はこう続けました。
「ただ、な?」
「ただ、何でしょう?」
ごくり、と
重々しく、宰相閣下の口が開かれました。
「君にはイヴリース王子殿下の話し相手になってもらいたい」
ド・モラクス公爵領の方言がうっかり出そうになりました。私はこほん、と
「ちょっと待ってください。
「君こそ、少し立ち止まって考えてみたまえよ。王城に来たことのなかったド・モラクス公爵令嬢が、なぜ今の時期、
「ア、ハイ、ソウデスネ」
宰相閣下の言うことは、いちいちもっともです。
でもその方便は、割と私の体面にとっては重要な気がするのですが、宰相閣下もそれは当然
「国王陛下にはすでに話を通してある。プレツキ公爵令嬢アマンダに少々
「そのカマって、まさか表向きは私を王子様の将来を
私の軽いジョークを、宰相閣下は
「それ以外、何だと思うのだ」
「まさかー!」
「分かっている。歴史ある名門ド・モラクス公爵家にとっては、一族から王妃を出すことなど大した意味もなく、むしろ王家からの無理な
もう一度言います。宰相閣下の言うことは、いちいちもっともです。それでも私は最後の
「きょ、
「できると思うか?」
「デキナイデスヨネ……ハイ」
これが現状、最速、最善の方策である、と示されてしまっては、もうこれ以上私は抵抗などできるはずもありません。知ってしまって助力を
宰相閣下はにっこり、満面の
「決まりだな。王都での生活はブレナンテ
宰相閣下は立ち上がってやってきて、私の
こうして、私の王都での短い生活が始まりました。
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